俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第49話 ブラックなカードを持つ女

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 相手の好意に甘えて相方の、しかも自分の彼女のメシ代を出してくれなんて情けないことこの上ないのはわかっている、しかし前にも言った通りシャーリーにひもじい思いはさせたくない。そのためなら俺はプライドを投げ捨て汚名だろうがなんだろうが被ろう。恥は承知の上なのである。

「それは構わないですけど、先輩は転生特典って受け取って無い感じですか?」

(ん、んん!?)

 天道の口から飛び出した転生特典という言葉に、俺は少しばかり動揺していた。特殊能力や職業がお金とどういう関係があるというのだろうか? それとも俺が金銭系の特殊能力を取得する守銭奴のような人間だと彼女は思っているのだろうか? まあアニオタだったことを考えればそういう目で見られても仕方がないのかもしれないな。

(特殊能力ならちゃんと貰ったぞ)

 とはいえそれに関しても紆余曲折うよきょくせつあったわけで、あまり誇らしく言えることでも無いんだけどな。

「えっと、それ以外にも冒険に支障が出ないようにアイテムとか資金とか色々と貰えたと思うんですけど」

 転生特典でお金やアイテムが貰える……だと? そんなもの俺は初耳だ。何より俺が気がついたときはすでにシンジの腰に……そういえばシンジも結構派手に金を使ってたような……カーラとアイリに高いアクセサリー買ってやったり、食事も高いもの中心に食べていたような気がする。ということはなんだ、俺が貰っていないだけと言うことになるのか?

(……非常に言い難いんだが……貰ってない)

 冷静に考えてみれば俺の立場っていうのはかなり複雑な位置にあるのだろう。なにせ異世界転生者であるとともに俺自身が転生特典でもあるのだから。

 これは俺の推測だが職業と武器、もしくは特殊能力っていうのはこの世界に送り込まれる前に与えられる俺達の権利だ。そして天道の言う資金やアイテムなんていうものは、こちら側にたどり着いてから渡される権利なのだろう。もしこの仮定が正しく、俺の存在が女神の間にいた時は異世界転生者、こちら側では転生特典という扱いになっているのだとしたら、後者の特典は受け取れないということになる、というわけか。

 そうだよな、剣に金とか必要ないもんな。

「もしかして先輩、こちらに転生された時からすでに剣だったりします?」

(……ああ、ちょっとした手違いでな)

 天道の鋭い指摘になんとなく俺は口ごもってしまった。シャーリーやバルカイトの時のようにあっさりと説明してしまえばいいのだろうが、天道が同じ異世界人、それも後輩というせいなのか恥ずかしいと思ってしまったのだ。

(だから、この姿は呪いとかそういう類のものじゃなくて、この世界での俺は生まれつき剣なんだよ。情けないことにな)

「しぇんぱい……くろうしゃれてきたんですね」

 どうせならこの流れで、俺は剣であり元の人間の姿には戻れない情けないやつなんだアピールをし、きっぱりと諦めてもらおうと思ったのだが、どうやら全くの逆効果だったようである。

(ま、まあ、それなりには……な)

 同情するようにすすり泣きを始めてしまった天道だが、俺個人としては気の毒そうに見られても困るところである。確かにこの体は色々と不便ではあるがそのおかげでシャーリーと出会うことができたし、それに剣である俺が金銭的に苦労するなんてことは無いのだから。

 強いて思うことがあるとするなら、その特典を受け取れていれば金銭面でシャーリーに苦労をかけさせることもなかったのだろうな、という思いぐらいである。

「ということは、この方は先輩を満足させることもできずいつも金銭面で苦労をかけ続けている。ということになるんですかね?」

 天道が浮かべた満面の笑み、そこから放たれたのは獲物を見つけた猛獣のような禍々しいオーラの塊。シャーリーに向けられて放たれるそれが俺の心を怖気づかせる。

「……別に……困ってない……普通に生活は……できてる」

 天道の言葉に反論はするものの、シャーリーの語気はとても弱い。それは少なからず彼女が俺に対して引け目を感じているといことなのではないかと俺には思えた。

「シャーロットちゃん、それじゃ駄目なんですよ。今まで先輩のお手入れしてあげたことあります? プレゼントしてあげたことあります? お風呂で洗ってあげたことあります!?」

 プレゼントまではともかく、お風呂は関係ないだろ。と危うくツッコミそうになってしまった。

「……トオルは聖剣……だから手入れとか……いらない」

「そういうことじゃないんです! いいですか、そういうのは気持ちなんですよ、気持ち。実益なんて関係ないんです。尽くしてあげたいという気持ちが、思いが大切なんです」

「……私だってトオルに……色々してあげてる」

「でも、その反応だとお風呂に一緒に入ったことは無さそうですよね?」

 天道の言葉に押されていくシャーリー。そして彼女がお風呂という言葉をあえて避け色々と言ったことに目をつけたのだろう、弱点を的確についてくる天道の巧みな攻めに俺は恐怖を感じていた……いや、これでもまだ生ぬるいぐらいなのかも知れない。

 オンナノココワイ。

「うっ……な、無いけど」

「やっぱり。シャーロットちゃん! 自分の総てをさらけ出せ無くて何が彼女ですか、愛してるですか! 先輩が望むなら私はこの場で産まれた姿になる覚悟も――」

(それはやめてくれ。ならんでいいし、なって欲しいとも思ってない!)

 そして嘘のつけないシャーリーに対して怒涛のラッシュを叩き込もうとする天道だが、俺の否定的な反応に彼女は不機嫌そうな態度を見せる。まったく、すぐに脱ぐだとか、私の裸見たい? だとか、俺を好きになってくれる女子にはこんなのしかおらんのか!

「そうですね。私の体は先輩のものです、先輩が他の殿方に肌を晒すなと言うなら私はしません。その代わり二人きりになったらいくらでも見せて差し上げましょう」

 口調がいちいちアニメキャラ調になったりするのは声優故なのか、はたまた中二病だからなのか。というか先程から度々思っていたのだが、第三者視点から見ると中二病発言って……痛いな。今俺は人の振り見て我が振り直せという言葉の意味を初めて痛感させられているような気がしていた。

「それはともかく先輩、私ならこのお店で食べ続けても数カ月はもつぐらいの財力があります。先輩に金銭面で心配をかけるようなこともありません」

 突然そんなことを言いながら天道が懐から取り出したのは一枚のカード、それには見覚えがあった。確かギルドで発行してる個人情報の管理とクレジットカードのような役割を兼任するマジックアイテムだった覚えがある。

 ギルドの依頼をこなしながら旅を続けるならあったほうが便利だとソイルに作ることを勧められたのだが、シャーリーの素性を明かすのは良くないと考え俺達は作ることを断念したのだ。このカードがあれば金貨千枚だろうが一万枚だろうが持ち歩くことができるのだが、安全には変えられない。それが俺達が大金を持ち歩かない、いや、持ち歩けない理由である。

 確かこのカードにはいくつかの種類があり、ギルドのメンバーランクやカードに内包されてる金額によってカードの色が決まるのだが、

「!?……ブラック」

(って、ブラックカードかよ!)

 天道が取り出したのはその中でも最上位に位置するブラック、S級であり一定以上の蓄えのある超一流の人間だけが持つことを許されるカードだったのだ。

「その通りです。このカードの意味、わかりますよね」

 天道の目つき、そして自信満々の言葉に俺は深くため息を吐いた。

(それで、私についてくれば不自由はさせませんよ。とでも言いたいのか?)

「いえいえ、私はそんなこと一言も言ってませんよ」

 涼しい顔でそんなことを言ってのける天道だが、その下に浮かぶ悪魔の笑みがなびけなびけと俺を誘っていた。
この態度、完全に俺は試されているようだが迷うまでもない。俺の答えはすでに決まっている。

(あのなあ、俺は金で女を乗り換えるようなそんな薄情な男じゃねーよ)

 それが俺の答えだった。というかこのぐらいで揺らぐような生半可な気持ちで俺は彼女を愛していない。

「……トオル」

(それに、今の俺に欲しい物なんて無いんだよ。俺はただシャーロットと一緒にいられればそれだけでいいんだ。お前がさっき俺と一緒にいられれば幸せって言ったのと同じでな。それに、頼んでるのはあくまでも俺で彼女の意思は関係ない。卑しいと思うなら俺のことだけそう思えばいい)

 そして、これは俺一人のわがままなのだとはっきりと明言しておきたかったのだ。

「あはは、ですよね。お金ぐらいでなびいてくれれば私としてはすごく嬉しかったのですが。でもやっぱりその方が先輩らしいです。それにさっきの言葉で私、また惚れ直しました」

 シャーリーへの愛をはっきりと明言したのが逆にまずかったのか、一途な思いを貫く姿勢になんだか惚れ直されてしまったらしい。この娘には俺が何を言っても裏目に出るような気がする。ほんともう、惚れ直さなくていいです。

(それよりもブラックって、お前いったい何討伐したんだよ)

 このギルドカードってやつは金がいくらあろうとA級まではゴールドカードで固定されている。そしてS級というのは魔神クラスを屠るもの、もしくはドラゴンやここのメニューにあるような伝説級のモンスターを複数倒すことができて初めて手の届く代物である。すなわちブラックとは富と力を手にしたものの証明なのだ。そしてファンタジー好きの男の子としては何を倒したのか個人的に興味があった。

「えっと、この世界に来てすぐ金色の亀の群れがこの町を襲ってて、それを全部凍りつかせたらギルドの偉い人が来てカードをこれに更新してくれたんですけど」

 黄金の亀、俺の想像通りならたぶんアダマンタートルのことだろう。サイズはともかく、硬い殻で物理を通さず魔力耐性も高いあれの群れを全部凍りつかせるとか、いったいどんな魔力してるんだよ。

(なあ……ここのメニューのアダマンタートルって、お前が倒したやつじゃないよな)

「たぶん違うと思いますけど。それにあの時は無我夢中だったので何を倒したとかよく覚えてないんです」

 俺の質問に天道は困ったように乾いた笑いを浮かべていた。ブラックカードには驚いたが、困っているものをあえて今掘り下げていく必要もないしな。

(まあいいや。それで――)

「はい、シャーロットちゃん今日は私のおごりです。なんでも好きなもの頼んでいいですからね」

 とりあえず天道は上機嫌のようで快くシャーリーに奢ってくれるらしい。俺としてはありがたい限りである。

(恩に着る)

「恩に感じてくれるなら私とおつきあいを――」

(それは断る)

 俺とつきあう口実を隙あればねじ込んでくる彼女の行動力には、呆れを通り越して感心するしか無かった。

「……それじゃ」

(た・だ・し、シャーロット、遠慮はしろよ)

 そしてお返しにと大量注文することを危惧した俺は、シャーリーに対して釘を刺すのだった。
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