俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

文字の大きさ
上 下
57 / 526
第ニ章 堕ちた歌姫

第56話 天道メイドを語る

しおりを挟む
 ホールを見た瞬間、俺が感じたのは懐かしさだった。多彩なメイド達がご主人様に笑顔を見せるこの光景、俺達の世界、俺の日常に戻ってきた、そんな錯覚すら覚えそうになるほど雰囲気は俺のよく知るメイド喫茶そのものだった。ただし店内の作りにはかなりの差異があって、テーブルやイスなどに華やかな色味こそ使ってはいるものの、既存の喫茶店を派手にしただけという印象が強い。当然ショーを行うようなステージは無い。

 そしてメイド服のデザインも色合いこそ白黒のシックなデザインではあるが、短めのスカートに、目算上D以上のバストサイズの女の子の制服は胸元が開いたデザインへと変更されている。何やら奥ではVIP席らしき場所でお酌をするメイドさんがいるなど、いかがわしいお店の雰囲気を感じさせる要素もところどころ存在していた。

 それでも接客の対応やメニュー名などの再現度は、どこから知識を仕入れてきたのかと素直に感心させられてしまう。因みに天道のメイド服は胸元が開いているタイプだ。

 さて、何故俺達がこんなところに潜入しているのかというと、この店の女性従業員、その中でも一部美人が仕事に行ったまま帰ってこない、という事案が発生しているということらしい。何やら裏方では如何わしい取引が行われているという噂もあるらしく、かなりやばそうな案件なのだが、その分報酬額も高い。

 最低報酬が金貨三十枚、状況によってはそこに手当も出ると天道は言っていた。命をかけるには安すぎる報酬なのではないか? と思わないこともないが、その手の議論を始めたらキリがないのでこんなものなのだろうという所で納得しておこう。シャーリーもお金目当てで請け負ったわけじゃ無いだろうしな。

「あら~、二人ともよく似合ってるじゃない。うんうん、いい感じよ」

 などと考えていると、二人のことを褒めながら店長が笑顔で俺達の元へと駆け寄ってくる。

「ありがとうございます!」

「……あり……がとう」

 天道は笑顔で感謝の言葉を返すが、シャーリーはいつも通りゆっくりとした喋り方で返事をしながら、戸惑いと恥ずかしさの入り混じった複雑な表情を浮かべている。そんなシャーリーのことを天道は横目でチラチラと確認しているのだが、何か考えてでもいるのだろうか。

「二人とも接客は初めてかしら?」

「私は何度か経験があって大丈夫なんですけど、妹はこういう仕事は初めてでして」

「……いも!?」

(……はぁ?)

 シャーリーのことを妹なんて言う天道の突拍子もない発言に、俺は驚きの声を上げてしまう。当人のシャーリーはと言うと、驚きの声を上げそうになるのを堪えるのに必死そうだ。

「話合わせてください、その方がやりやすいので」

 そんな言葉を耳打ちする天道に対し、店長に気づかれぬよう軽く首を縦に振るシャーリーであったが、彼女の背中からは困惑の震えが小刻みに俺の刀身へと伝わってきていた。

「私とシャーロットは義理の姉妹なんですけど、この子は今まで孤独な生活を送っていて、だからこんな塞ぎ込んだような性格になってしまって……それを治してあげたいと思ってこの仕事に連れてきたんです。ですから少しだけ多めに見ていただけると助かるのですが」

 なるほど、先程の天道のチラ見はこれを考えていたのか。割りとテンプレ設定とは言え、この短時間でよくこれだけの話をでっち上げたなと俺は彼女のセンスに感服してしまっていた。しかも横目で確認すれば目元には薄っすらと涙すら浮かべている。嘘泣きまで絡めるとはなんという迫真の演技であろうか。

「そう……そうだったの。貴方達苦労してるのね。わかったわ、シャーロットちゃん、頑張りましょうね!」

「……う……うん」

 天道の作戦は一応効果があったようではあるが、結局店長の気合にシャーリーが気圧されるという形になってしまい、状況はあまり変わったような気がしなかった。

「それじゃあ早速、お客様ご来店時の挨拶の練習をしてみましょうか。いらっしゃいませご主人様! はい」

「……い……いらっしゃい……ませ……ご主人……様」

 気合が入りすぎて男声に戻っている店長のいらっしゃいませご主人様に続いて復唱するシャーリーだが、当然店長と同じようにはきはきと喋れるはずもなく、

「ダメよダメダメ。シャーロットちゃん、もっと笑顔で、それに言葉もはきはきと!」

「……は……はい」

 案の定ダメだしをされてしまい、どうしたら良いものかとシャーリーは完全に戸惑ってしまっている。天道の余計な名演技も相まって店長の指導にも熱が入ってしまっており、その情熱が逆にシャーリーを苦しめているように俺には見えた。

「ライアさん! こういう性格の子は無理に笑わせようとしちゃ駄目です! クールに振る舞い、笑わないことこそがステータスなんですよ!」

 しかしここで何故か天道が助太刀に入る。しかもオタク目線でだ。

「そ、そういうものなのかしら? でも天道さんこのままでいいの? さっきと――」

「はい、そのためにこうやって剣を背負わせているんです。クール系戦うメイドさん、しかもロリ幼女! 一部のマニアにはたまらないと思うのですよ! こう見えても私、男性を惹きつけるメイドの極意には詳しいんです。ですから騙されたと思って私のことを信じてみてください!」

 どうやら俺の嫌な予感は当たっていたらしい。絶対になんとかしますからって言うのはどうせこれのことだろう。しかもこの力説する感じ、まさしく熱く語るオタそのものだった。というか、今店長さんがツッコもうとしていたがさっきと言ってることが完全に真逆、メイドへの情熱がヒートアップし過ぎで設定がガバガバになってしまっている。

「う~んそうね……わかったわ。アサミちゃんの言うことを信じてみましょ」

 しかしその天道の溢れ出る情熱は、店長さんの心を揺れ動かす程の力を持っていたようだ。

「それじゃあシャーロットちゃん、試しに接客してみましょうか」

 そしてすぐさま実戦投入……と。ここで上手く趣向に合うお客さんが来てくれればいいのだが、俺の心は不安でいっぱいである。そんなことを思っている間に店内を綺麗なベルの音が鳴り響き、入り口から二名のお客様がご来店なされた。

「……いらっ……しゃい……ませ……ご主人……様」

 ああ、このたどたどしい感じのご主人様の言い方やっぱり萌え……ではなく、

「何だこの子挨拶もまともに――」

 俺の予期した通り左側のお客様、もといご主人様におしかりを受けそうになったのだが、

「ちげーよ、おまえわかってねぇなあ、この子はこういう性格の設定なんだよ。ごめんな。無口系戦うメイドさん、くー、たまんないね。流石店長、あんた最高だぜ」

 どうやら相方がシャーリーと相性最高のご主人様だったようである。絶妙なタイミングでの戦闘系クーデレ好きご主人様のご来店に俺はほっと胸を撫で下ろした。

「天道さん、貴方できるわね」

「こういうことなら任せてください」

 天道と店長の二人は自然と親指を立てガッツポーズを決め合い、意気投合の笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む

処理中です...