俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第80話 銀髪の魔法天使

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 現実へと意識が戻ってくる。光の中、天道は既に詠唱を始めていた。

「旋風纏いし氷撃よ、絶対零度となりて、我らに仇名す総ての者を、氷の棺へと誘わん! 渦巻き立つ絶対零度の棺ギガシュトロームアイスコフィン!!」

 光がはじけ飛ぶ音とともに、彼女の手のひらからは風を纏った氷の魔力が溢れ出し、吹雪のように辺り一帯へと舞い広がった。広大な広場を一息に駆け抜けた凍気は、シャーリー以外のものを吹き飛ばすと、それらを空の彼方で氷の棺へと封じ込める。そして彼らは降り注ぐ流星のように地面へと舞い降り、綺麗な氷のアートを描き出した。

「シャーロット、大丈夫?」

 威風堂々、そびえ立つ天道の長い銀髪が、魔法の余波で美しくなびく。そう、彼女の髪はまるで色素が抜け落ちたかのように、黒とは正反対の輝きを発していた。瞳の色も青、いや、緑に近い色へと変化し、服装も黒から白主体の清楚なものへと変わっている。

 布面積も増えている……ことには増えているのだが、胸元だけはしっかりと開いているのは彼女のサキュバスとしての本能なのか、それとも俺がただのすけべなのか……太もももバッチリ見せつけてるし。

 しかし、何よりも目を引くのは、背中から生える二枚の白い翼だった。悪魔羽から羽毛を纏い、巨大化したそれは、正しく天使の翼。神々しいまでに輝く彼女の姿は、艶やかなる銀髪すい眼の美少女天使へと変貌していた。

 シャーリーの時とは全く違う変化を見せるディアインハイトだが、その変化は俺の体にも起きているらしい。そう、今の俺はただの剣ではない。柄頭が巨大化し水晶球を形作り、柄の一部がそれを支える鹿の角のような形へと変形し、杖を模したような形態へと変化を遂げているのである。

 刀身部分には変化が見られず、持ち手はかなり制限される作りではあるが、まるで抜き身の仕込杖のようだ。これがディアインハイトの可能性なのかと思うと、興奮で心が震えてくる。このまま行けば装着変身とか、いっそこう巨大ロボット化、なんてのも夢では無いのではなかろうか。ドリルなんかもいいな、なんて、男の子のロマン溢れた妄想を思い描いてしまう。

「……だい……じょうぶ……アサミ……その姿」

 天道の魔法によって男達から解放されたとはいえ、辱めの余波がまだ残っているのだろう、肌を真っ赤に染めたままのシャーリーの視線は、未だに宙を泳ぎっぱなしだ。しかし、ぼんやりとだがこちらの姿が見えているようで、表情からは驚くような、気にかけるような、複雑な彼女の心境が見て取れる。

「私もよくわからないけど……光と闇の力が合わさって、最強に感じる」

 そしてこの天道、全くもってノリノリである。

「それに、先輩の魂をすぐ近くに感じれて、暖かくてとっても心地いい」

 人のことは言えないかもしれないが、興奮する天道の姿に苦笑交じりの笑みを浮かべていると、彼女は突然穏やかな表情で、俺の体をそっと抱き寄せた。

 さり気なく胸へと沈み込む柄、そこから感じる柔らかな感触と、綺麗に変形する弾力に、思わず俺は生唾を飲み込んでしまう。いつもの彼女とは違い、自然と行われているという背徳感が劣情を催させる……って、あー! 簡単に飲み込まれるんじゃ無い俺! 胸の感触ぐらいでいちいち動揺するな! シャーリーの感触を知ってからもう一ヶ月ぐらい立つんだぞ、そろそろな・れ・ろ! 全く、これだから彼女いない歴イコール年齢の童貞は……もう。

「アサミ、あなた、私を裏切るつもりなの?」

 地獄の底から這い出た亡者のような声音に視線を向けると、生気の抜け落ちたような虚ろな瞳で、こちらを見ているゴモリーの姿があった。

「裏切る? 私、貴方の仲間になったつもりなんてこれっぽっちもないんだけど」

 その質問におどけた口調で返答をした天道は、更にこう続ける。

「確かに先輩のこと相談はしたよ、でもさ、恋ってもんは自分で叶えるもんなんだよ。それに、好きな人の大切なものを蹴落として得た愛なんて、何の意味も価値も無いじゃんか。それに私、シャーロットのことも大好きだから」

 シャーロットの方へと視線を向けて微笑む天道。彼女の最後の言葉に俺は感動を禁じ得なかった。二人が仲良くしてくれる、それは俺にとっても嬉しいことだ。主に俺の精神的苦痛の軽減として。この二人がいがみ合ってると命がいくつあっても足りやしない。

「仲間になったつもりはない? ……何言ってんのよあんた、私をおちょくるのも大概にしろよこのクソヤロウドモが! あたしは悪魔よ、魔神なのよ? ちょっと若いからって、ちょっと顔が可愛いからって、ちょっと胸が大きいからって、調子こいてんじゃねえぞ。この万年発情期の雌豚ビッチ共が!!」

 圧倒的私情によって怒り狂うゴモリーは、鬼の形相を浮かべると、再び右手に蛇腹剣を顕現させ、その刃を怒りに任せて俺達めがけて振り下ろす。目にも留まらぬ速さで迫りくる剣閃を、天道は俺の持ち手を半回転させ構えると、相手の数珠じゅず状の刀身を見事に絡め取る。

「切り裂け、氷の刃アイスクリンゲ!」

 天道の短縮詠唱とともに、俺の刀身からは氷の刃が立ち昇り、がっちりと絡め取った蛇腹剣をズタズタに斬り裂いた。短い破片となった刀身が崩れ落ちるさまを見ながら、ゴモリーは驚愕の表情を浮かべている。自慢の武器があっさりと壊され焦っているのだろう。ザマァミロって感じだ。

「嘘でしょ? 仮にもこの剣、魔技マギが数年かけて打ち込んだ魔装なのよ!? それをこんなに安々と砕くなんて。私以上の誘惑テンプテーションに魔装を砕くその魔力、それに短縮詠唱をやってのけるその資質、あんたほんとに何者なのよ」

「私? 私は」

 困惑するゴモリーの問いに対しすまし顔を浮かべる天道は、左手の人差し指を立てると、そいつをゆっくりと天に向けて持ち上げていく。そして彼女はこう告げた。

「お母さんが言っていた。天の道を行き、朝を美しく照らす女だって」

(……天道さん、それアウトでーす)

 突然始まった天道のネタ行動に、俺はツッコミを入れざる負えなかった。

「はぁ? なに言ってんの? あんた……バッカじゃないの?」

「うーん、それじゃあもう一つ。通りすがりの異世界転生者だ、覚えておきな」

 更に俺を構えてポーズを決める彼女の行動に、俺の体からは刀身を伝って嫌な汗、もとい濁った魔力が吹き出していた。なんだ? こいつはこの手のネタを永遠とぶっこもうというつもりなのか?

「あぁ! なんかいらつくわね。もう誰でもなんでもいいわよ、ぶっ殺せば同じことだものね」

「それはこっちの台詞。シャーロットを、先輩を泣かすやつは私が許さない」

 わかる人にしかわからないネタにヒステリーを起こすゴモリーを、天道は俺を腰に構えて迎え撃つ。俺の心情とは裏腹に、緊迫していく場の空気。向かい合った二人は相手の動きを慎重にうかがう。

「いくぞオラァ!」

「さあ、あんたの罪を、数えな!!」

(天道さん、自重してくださーい!)

ゴモリーが地面を蹴った音を合図に、天道は叫びを上げる俺を上方へと振り抜いた。
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