俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第ニ章 堕ちた歌姫

第83話 恋する乙女は無敵なの

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「ふぃー、疲れたぁ! これ、ライブよりシンドイかも」

 勇ましい戦姫のような表情から一変し、気の抜けた締まりのない顔が、彼女がどこにでもいる普通の少女であったことを思い出させる。命のやり取りを繰り広げたというのに、比較がライブというのが天道らしいというかなんというか。まあ、彼女にしてみれば声優の仕事やライブ、その一つ一つが命がけなのかもしれないしな。

「先輩もお疲れ様。ありがとね」

(お礼を言うのはこっちの方だよ。お前が居なかったらどうなってたことか。正直、感謝してもしたりないぐらいだ。ありがとな)

 笑顔で述べられた感謝の言葉に、俺も感謝の言葉で返す。

「いやぁそれ程でも。先輩のためならこのぐらい当然だって。もうね、朝美ちゃんにどーんとおまかせ、って感じだよ」

 俺に褒められたのがとてつもなく嬉しかったのか、天道は、ニーハハとか意味不明な笑い声を上げそうなぐらいご機嫌な態度を見せている。それにしてもこいつ、調子に乗ると自分のこと名前で呼ぶタイプか。……うん、あんまり図に乗らせないようにしよう。

「にしても……下のあれ、どうしよう」

 絶好調な態度から一転して、苦笑いを浮かべた天道の視線を追って見下ろせば、氷に覆われたままの男女数百人の姿と、肩で息をする女の子座りのシャーリーの姿があった。体は動かせるようになったものの、疲労は残ったままと言った感じか。だが、天道が心配しているのはそっちではなく、氷漬けな皆様方のことだろう。

(あれ、生きてるんだよな)

「冷凍睡眠みたいな状態だからね。命には別条無いはずなんだけど。その……戻し方わかんないや」

 最悪の状況を想定しながら尋ねてみると、天道は悪びれた様子も見せず、悪戯をする子供のように可愛らしく舌を出した。

(わかんないやって……)

「しょうがないじゃん。誰も傷つけずに、一瞬でシャーロットを救うには、あの方法しか思いつかなかったんだから」

 そんな彼女の態度に呆れた声で返すと、今度はムスッとした表情で返してくる。全く、表情がコロコロ変わって飽きないやつだよな……ではなくて。あの状況ではそれが最善の方法だったのかもしれないが、不機嫌そうな顔をされてもこっちだって困る。俺に炎の力でもあればいいのだが、都合良くそんなものは備わっていない。あったとしても、焦がさないで助け出す自信とか微塵もないけど。

「私の力じゃ氷、少量の水。先輩の力を借りても風と、ちらっと光魔法っぽいのが見えるけど、溶かすような魔法は見つからないし」

(使える魔法が見えるって、まるでコマンドRPGだな)

「うん。魔法を使おうとすると脳裏に使える魔法の一覧みたいのが浮かんできて、選択すると呪文が見える感じだよ。先輩も使えるようになった時、頭に浮かんできたでしょ?」

 シャイニングの魔法が使えるようになった時、確かに呪文が浮かんできた。なるほど、複数取得するとコマンドメニューみたいなものまで浮かんでくるのか。面白そうなので是非体験したい。そして、せめて一ページ埋まるぐらいの魔法は使えるようになりたいものである。いつまでも、足手まといではいたくない。

「参ったなー。こういう状況に直面すると、中途半端に強大な力を手にするのも良し悪し、ってのがよくわかるよ。大いなる力には責任が伴うってホントだね。う~ん、とりあえず溶けるまで待つしか無いのかな。でも、溶けた後どうしよう。記憶は残ってるだろうし、あれも私の責任だよね。卑猥なことを強引にさせてたわけだし、体で責任をって言われちゃったり……そしたら、先輩の目の前で淫れることになるのか。いや、もしかしたら監禁? ……今、すっごいシャーロットの気持ちがわかった気がする。想像するだけで恥ずかしいを通り越して気が重い。監禁とかちょっと怖いし。ああ、でもサキュバスの本能がその状況を求めてしまう! そんな自分が憎らしい!」

 とりあえずエロ系と監禁から離れようか。それはともかく、今こいつが悩んでることだって、元を正せば俺の責任なんだよな。それを思い出した途端、心が急に締め付けられたかのような感覚に襲われる。とにかく、とにかく謝らないと。俺の心は、罪悪感から解放されたいという焦りにさいなまれていた。

(天道……ごめん。俺、俺さ。俺のせいでお前に……)

 とは言え、何をどう謝ったらいいのかわからない。謝るべきことなのかすらわからなくなってくる。謝りたいのか、自己満足なのか、ただ許されたいだけなのか……頭の中がごちゃまぜになって、本当の気持ちが見えない。

「もう、先輩はほんと、優しいダメダメさんだね」

 暗く落ち込む気持ちの中、俺は突然彼女に抱きしめられた。……もちろん谷間にしっかりと。

(て、天道!? あの、その、刀身、押し付け、肌、傷つけ……)

 相も変わらず、最初こそ動揺を隠せなかったが、鈴を転がすような彼女の声に、すぐさまおれの心はひどくほっとさせられた。

「いいよ、先輩になら傷つけられても。先輩はね、責任なんて感じること無いんだよ。だって、私の選んだ道なんだから」

 傷つけられてもいいよなんて、そういう危ないことをこいつはまた平然と言ってのける。正反対の性格なのに、こういうところだけはどうしてこう似てるんだろうな、この二人は。彼女の温もりに包まれていると、そんなことさえどうでもいいと思えてくる。

「そりゃさ、先輩と出会わなければ、今の私はこんな風になってないんだろうけど。でも、そしたらさ、私は幸せを知らないまま、この世から消えてた。私に演じる喜びを、歌う楽しさを教えてくれたのは先輩なんだよ。それと、好きな人を愛するっていう、この温かな気持ちもね」

(いや、そこまでした覚えは)

「細かいことはいいの! 後、最後を否定するな。と・に・か・く! 先輩は私の恩人なんだから、責任なんて感じないでよ。そんな顔されたら、私が悲しくなっちゃう」

 一瞬の沈黙。彼女の言葉が心に重く響いてくる。先程よりもほんの少し強まった抱擁が、自分を信じてほしいという、彼女の意思を表しているように感じられた。

「先輩は、女の子にいつも笑っていてほしいんでしょ? そのための努力はするんだよね? なら先輩も笑ってよ。そしたら私も目一杯笑えるから、今が最高に幸せだって思えるから」

 微笑む彼女の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。天道は今、自分の気持の全てをさらけ出そうとしているのだ。それも、俺のために。もし俺が彼女の立場だったら、たぶん、否定されることを恐れているだろう。

 考えてみれば、昨夜から俺は彼女の生き方を……彼女のこれからを、肯定したり、否定したり、どっち付かずの返事を繰り返している。自分のせいにしながら、迷いっぱなしでいる。……うん、せめて言ったことぐらいには、けじめをつけないとな。

(そうだな、わかったよ。うじうじ言うのは止めだ。俺もお前も出会えて幸せ。それでいいよな)

「うん!」

 考えていることの上辺しか言えてない気がするけど、それでも彼女には伝わって。今の天道の笑みは、薙沙ちゃんの時を含めても、最高に輝いているように見えた。

 そういえば、昔飼ってた犬が褒めてやるとこんな表情見せたっけ。あ……そっか、天道って犬っぽいんだ。やんちゃで、さみしがりやで、ちょっと我儘で、でもほんとは忠犬で。なんか、そんな感じ。頭撫でてやったら凄く喜びそうだけど、そうしてやれないのが残念だな。

「先輩に頭なでなで。はぅ、考えただけで凄い気持ちいい」

 まるで俺の思考を読んだかのように、天道は恍惚の表情を浮かべている。……え? 思考を読む?

(って、なんで俺の考えてることがわかるんだよ!?)

「何でって、私達今繋がってるんだよ。わかるに決まってるじゃん。ポッ」

 そうか、ディアインハイトで精神がリンクしてるから俺の考えが読めて……

(おい、如何わしそうな言い方をするんじゃない! 後、ポッっとかつけない!)

 頬を真っ赤に染めながら体をくねらせる天道のことを、俺は叱りつける。

「そういえば先輩」

 そんでもって、脈絡なく話題を変える彼女を見て、何にでも興味を持つ犬なんじゃないかと本気で思い始めている自分がいた。

「さっき自分のこと彼女いない歴イコール年齢って言ってたけどさ、シャーロットがいるんじゃないの?」

(……あっ)

 とまあ、全く関係の無い話ではあったのだが、俺の話題だったため、つい短い声を上げてしまう。いつもの癖でつい彼女いない歴と考えてしまったが、そうだよな、一応シャーリーとは恋人……なんだよな。今でもあんまり自信ないけど。

 俺に彼女がいる。改めて噛み締めてみても実感が無いというか、不思議な感じだ。

「ねえねえ、先輩がシャーロットのことそんなに高値の花だと思ってるんなら、今すぐ私に乗り換えちゃいなYO! ちょっと魅力は落ちるかもしれないけど、安くて庶民的で気が楽だよ~」

 隙あらばなんとやら。その売り文句、電気屋でプロバイダの乗り換えを薦める店員かなにかかお前は。それに、気後れするのはどっちにしたって変わんねえよ。お前だって十分可愛いんだから……なんてこと、素直には言ってやらないけど。

「可愛いだなんてそんな~、嬉しいこと言ってくれちゃって。お世辞なんか並べてもなんにも出ないぞこんちくしょー」

 しまった。全部つつぬけなんだった。

 俺を握っていない右手と、背中の羽を嬉しそうに振り回す彼女の姿を見ながら落胆していると、突然天道の体が淡い輝きに包まれ始める。どうやら、ディアインハイトの限界が来たようだ。

「あっ、もう終わりなのか。もっと長い時間、先輩と繋がってたかったな。そしてもっともっと、ドロドロに熱い先輩のソウルを、体が壊れるぐらい全身に注ぎ込まれたかったのに」

(お前なあ、いい加減に――)

「ん? 魔力の共有するのってそんなにいけないことかな? 先輩の魔力があると溢れるぐらいパワービンビンだし、先輩と一緒だったら誰にだって負ける気しないね。……っで、先輩は何を考えていたのかな? この純粋無垢な後輩様に、思いの丈をドーンとぶっかけてみてはどうだね?」

 どうやら俺は、軽く天道の口車に乗せられたらしい。にしても、ほんと楽しそうだなこいつ。シンクロ直前に見せた羞恥心が嘘なんじゃないかと思うぐらい、やっぱり天道はエロトークに寛容だった。

(あんまおちょくってると、今度本気でぶっかけるからな)

「どうぞどうぞ、望むところなので」

 身体的にも性格的にも、俺がそういうことをできないとわかっているからなのか、シモネタにも一切動揺しない。むしろ笑顔で返してくる。

 恋する乙女は強いとか無敵とかよく言うけど、ここまで堂々とされると全くもって勝てる気がしないな。そんなことを考えながら、俺達二人のシンクロは解除された。

 ディアインハイトが解け、元の姿に戻った天道の服がサキュバスのものではなく、身持ちの固い学生服姿であったことに、俺は内心ホッとしている。このタイミングでサキュバスモード全開で来られたら、貞操を守り通せる自信が無かったからだ。貞操というものがこの体にあるのかはわからないが。

 にしても、一時はほんとどうなることかと思ったが、今回も無事切り抜けられて何よりだ。天道にディアインハイトの後遺症のようなものも見られないし、後はシャーリーが落ち着けば万事解決か。あ、氷漬けの人々の問題が残ってるっけ。どうしたものか。

(……とりあえずシャーロットのとこへ……あの、天道さん?)

 とにかくまずシャーリーと合流、そう考えながら天道の顔を覗き込むと、彼女は薄っすらと頬を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうにしていた。この状況、何故だかデジャヴを感じざる負えない。

「ご、ごめん先輩。ちょ、ちょっとだけ待って!」

 深呼吸を数回繰り返し、コホンと一つ咳払い。そして意を決したように天道は言葉を紡ぎ始める。

「それでは先輩。……うーん、えと……と、とおる、さん……あはは、名前で呼ぶと結構恥ずかしいな。天道朝美、これからも末永く、よろしくお願いします」

 不束者ですがとか、大好きです。なんてことは言わなかったが、彼女なりの俺と一緒にいたい、そういう愛情表現なのだということだけは感じとれた。

(おう。仲間として、よろしく頼む)

 ただまあ、それを受け止めてやれるほど俺も素直じゃ無いというか、結局シャーリーへの罪の意識はあるわけで、つい余計な言葉を挟んでしまう。

「むー、先輩の意地悪。そこは素直に頷くところなんだよ。もしくは、バカ野郎、それはこっちのセリフだ。俺のほうがお前のこと、もっと好きなんだからよ。とか、言われなくても俺はお前を放してなんかやらないぜ。とか、カッコつけるところでしょ!」

 その念のためにいれた言葉が気に入らなかったのだろう、天道はふぐのように頬を膨らませ、更に訳のわからない言葉を並べだす。

(意地悪って……あのなぁ、俺達別にカップルでも――)

 どうしたら良いかわからず、とりあえず恋人でもなんでもねえだろと説明を始めようとしたところ、彼女は有無を言わさず俺を持ち上げ、地面へと切っ先を突き刺しながら立ち上がる。その行動から再び感じたデジャヴに、嫌な予感がした。

 そして俺の嫌な予感は的中し、彼女は俺を引きずりながら歩き始める。そう、シャーリーと出会った時にも行われた、痛みを伴う行軍という名の理不尽ないたずらであった。

(って、痛い! 天道さん、痛いからやめ、ガガガガガ)

「意地悪な先輩にはお仕置き、お仕置き」

 デコボコに揺れる感覚と、表面を削られる痛みに耐えながら、俺は笑顔の天道に引きづられて行くことしかできないのだった。
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