ナナはなぜ壊れたのか⑤——誰も知らない場所で、また堕ちていく

nana

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第153話「誰かに見られる、その瞬間を」

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夜が、白み始めていた。

奈良の駅前。

まだ人影はまばらだけど、
少しずつ、早朝の空気が動き出している。

私は、
制服姿のまま、
人気の少ない路地に立っていた。

背中に、
駅から聞こえてくるアナウンスの声。

カートを引くサラリーマンの靴音。
コンビニ袋をさげた高校生らしき子たちの笑い声。

すべてが、
怖かった。

でも、
ぞくぞくするくらい、甘かった。

(ナナ、……ほんまに、こんなとこで……)

制服のスカートをぎゅっと握る。

震える指で、
スマホのカメラを起動した。

録画ボタンを押す。

制服姿のナナ。

うつむき加減で、
小さな声で言う。

「……今、奈良駅の……近くです……」

声が震えていた。

でも、
録画を止めなかった。

(ナナ、見られるかもしれへん)

(ナナのこと、知らん誰かが──)

(見て、笑うかもしれへん)

(馬鹿にされるかもしれへん)

(気持ち悪がられるかもしれへん)

でも。

(それでも、ナナは、……見てほしい)

制服の裾を、
そっと持ち上げた。

ほんの数センチだけ。

でも、
夜明けの街でそれをするには、
あまりにも大胆すぎた。

その瞬間だった。

カラン、という靴音。

──誰かが、路地に入ってきた。

心臓が、爆発しそうになった。

うつむいたまま、
ちらりと視線を上げる。

黒いジャケットを着た若い男。

こちらに気づき、
一瞬、足を止めた。

(見られた──)

(ナナ、……ほんまに、見られた)

頭が真っ白になる。

顔が火傷しそうなほど熱い。

でも、
足は動かなかった。

逃げられなかった。

男は、
少し怪訝そうにこちらを見たあと、
何も言わずに歩き去った。

靴音が遠ざかっていく。

私は、
その場にしゃがみこんだ。

制服の裾を握りしめたまま、
息を殺して震えた。

でも。

(嬉しい)

(ナナ、……嬉しかった)

誰かに見られた。

本当に。

現実の世界で。

ナナが。

震える指で、
スマホの録画を止めた。

汗と涙と興奮で、
ぐしゃぐしゃになりながら。

私は、
撮った動画を男に送信した。

夜明けの奈良の街角で。

制服姿のまま。

私は、
完全に、
壊れていった。

──つづく。
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