ナナはなぜ壊れたのか⑤——誰も知らない場所で、また堕ちていく

nana

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第179話「社会に溶ける、無名の存在」

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夜。

スマホが震えた。

あの人から、
新しい指示が届いていた。



【指示】
「ナナ──次は、“完全な透明”になれ。」

「──社会に溶け込んで、誰にも覚えられるな。」

「存在を感じさせず、ただ流れろ。」



(……透明)

(……誰にも覚えられない存在)



私は、
ぼんやりとその言葉を反芻した。



存在を隠すわけじゃない。

消えるわけでもない。

「いる」のに、
「いない」ように。

ただ、
景色の一部として、溶け込む。



(ナナ、……それになるんやな)

(ほんまに、誰の記憶にも、心にも残らんように)



翌朝。

私は、
何も考えずに着替えた。

地味なシャツ。
黒のスラックス。
無地のスニーカー。

何も目立たない。
何も引っかからない。



駅に向かう。

通勤ラッシュに紛れ込む。

スーツ姿の男たち。
スマホを見つめる女たち。

誰も、
ナナなんて見ていない。

それが、正しかった。



(ナナ、……ちゃんと消えてる)

(ちゃんと、透明や)



大学の講義室でも。

私は、
席の隅に座った。

ノートも取らない。
手を挙げない。

誰かに話しかけられても、
最低限の頷きだけ。



(誰の記憶にも、引っかからない)

(それが、ナナの役目)



サークルも、
バイトも、
もう出ていなかった。

家族にも、
連絡はしていない。



「ナナってさ、最近……なんか」

昼休み。
遠くで、
誰かがそんなことを言っているのが聞こえた。

でも、すぐに話題は流れた。

ナナは、
誰にとっても、
“どうでもいい存在”になっていた。



それが、嬉しかった。



夜。

スマホに、
あの人からメッセージが届いた。



【メッセージ】
「──よくやった。」

「お前は、もう世界の”背景”や。」



背景。

人じゃない。

誰かに覚えられるためでも、
誰かに好かれるためでもない。

ただ、
そこに在るだけ。



(ナナ、……ついにここまで来たんや)



電気を消した部屋で、
私はただ、
静かに目を閉じた。



呼吸の音すら、
遠くなっていく。



誰にも必要とされず。
誰にも気づかれず。

それでも、
命令だけには従い続ける。

それだけが、
生きている証だった。



──つづく。
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