侯爵殺人事件

のま

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従姉妹の証言

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「はい、確かに昨夜わたくしが叔父様のお部屋にご挨拶に行ったのは9時ごろで間違いないです。」

目の周りを赤くした美しい親子は、一見侯爵の死を心から悼んでいる様に見える。

しかし騎士は王都にいた頃の汚職事件で、息子は反省しているから許してやってほしいと騎士団まで言いに来た商家の夫人のことを思い出していた。

夫人は騎士が全く忖度するつもりがない事を知ると怒鳴り散らし、応接室で対応していた騎士に、テーブルの紅茶をぶちまけた。
いや、ぶちまけようとした。

騎士は代々騎士家系なだけあり反射神経が鋭く、咄嗟に紅茶がかからぬ様近くにあったトレイでガードする。

その結果騎士は全く濡れず、紅茶は興奮した夫人に全て反射してかかった。

慌てた上司がハンカチで夫人の顔をぬぐうと、悪かった顔色や赤く腫れていた様に見えた目の周りの色が、全て消えたのだ。

騎士はその時気付いた、その商家が扱っている化粧品でそう見せて、気の毒に思わせる事で息子の罪を幾分か減らそうとした夫人の策略だったのだと。


そうするとこの従姉妹と娘もおそらく侯爵のことを大切に思っていた訳ではないのかもしれない。
それだけで犯人に直結することはないが、気になる謎は、なぜ悲しむふりをしなければならないか、だ。

正直言って親戚の厄介者であったはずの侯爵と付き合いをやめないどころか亡くなったことを悼み、大切に思っていたと周りにアピールする利点はなんなのだろう。


「それで、騎士様はいつあの犯人の義理の息子を捕まえてくださいますの?」

従姉妹が全く濡れていないハンカチで目元を押さえながら聞いてきた。

「いえ、今捜索はしておりますが、まだ犯人と決まった訳ではございませんので」

「あら、ではもっと怪しい方がいらっしゃるの、わたくしたち怖くてもう夜も眠れませんわ。
本当にこの可愛い娘とあの息子が結婚する前でよかったわ。」

従姉妹の言葉に娘の目が一瞬揺れる。


「ご結婚のご予定だったのですか?」

騎士は娘の表情を見ながら質問したが、母親はもう動揺することもなく貴族らしい顔付きを取り戻していた。

「ええ、食事会は婚約を発表するつもりでしたの。
でもこんなことになってしまって。
騎士様、お屋敷や財産はどうなりますの?
献身的にしていたのは一族で無くわたくし共親子ですわ。
住み続ける事を従兄弟も望んでいると思いますの。」

なるほど、見えてきたかもしれない。
何らかの理由でこの2人は皇太后の実家に居づらくここへ来たということか。

王族として何不自由なく育てられ、性格が曲がってしまった侯爵には、周りが離れていった理由がわからず、金に寄り添うものと気付いていたのかいないのか、唯一の親族を可愛がっていたのは本当だったのだのだろう。

義理の息子と結婚させ手元に起き続けたいと思うほどに。

娘がそれを望んでいたのかは分からないが、貴族の娘とは騎士の様な責任のない三男とは違い親に逆らえない。

母親の望む自分になるべきだと、そう思い生きていくのが普通だ。

先程までは演技でしか無かった、悲しみや虚無といったものが、母親の言葉を聞いた娘の目には浮かんでいる様に感じ、騎士はそっと目を逸らし気付かぬフリをし続けた。
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