侯爵殺人事件

のま

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回想から現在へ

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自暴自棄になっていなかったとは言えない。

しかし父に大切にされる彼に対して私が感じたのは憎しみではなく、羨望だったのだ。

身分、お金、愛情、欲しくてたまらなかった物達を彼は得ていたし、惜しみなく自分に注いでくれた。

だから父の宝物から、宝石の様に扱われる事はこの上なく甘美で、そのうちに本当に自分も彼を愛しているかの様に思えてきたのだ。


孤児院の友人からは、彼の商才の無さや女癖の悪さなどを今更ながら手紙で知らされたが、幼い頃からの満たされなさを埋めてくれた存在の彼を、もうまやかしでもなんでもいいと思えたし、

「結婚して欲しい、父は必ず説得する。
もし出来なかったら君と共に2人でどこか遠くで暮らそう。」

そう言って指輪をくれた彼と
共に生きていきたいと考える様になっていた。

しかし私はやはり父を許せなかった、人を愛することを知った故に尚更、母を忘れあんな物を準備していた父を。


私は罪を犯した。


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硫黄の香りと悲壮感漂う室内でメイドは苦しそうに呟いた。

「そうよ、私はあの男の娘。
認めるわ。
でも彼は何もしていない、本当よ。
罪は私にあります。」

愛する彼女を見つめる彼の目は、彼女の言葉を聞いても変わらず、メイドはそれに安堵と憐れみの目で返す。

しかし彼の次の言葉を聞いた時、その目から溢れ出る涙を止めることは出来なくなった。


「彼女に罪があるのなら、それは共に生きようと約束した僕の罪でもあります。
騎士様、僕も連れて行って裁いてください。
僕は彼女の美しい見た目だけを好いているわけではないのです。
心根を愛しているのです。
だからきっと彼女には事情があったのだと思います。
優しい、優しい女性なんです。」


涙で洗われた彼女の目は、遂に願っていた愛を見つけたのだと、雨上がりの空の様に澄んだものに変わっていた。

2人は見つめ合い、悲劇のままで人生が終わらない事に感謝し、覚悟を決める。


先程までと対峙している状況は変わらないはずなのに、妙に甘い雰囲気に騎士は耐えかねて頭をかきながら言った。



「というか、あなた方には犯人を先にお伝えしようかと思ってまいりました。
戸籍と血縁でのお身内ですから。」


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舞台はお屋敷に戻り、
執事、メイド長、メイド、従姉妹とその娘、画家、貿易商、宝石商、医者、

全ての関係者が晩餐室へと集うと、そこへ義理の息子が、扉を大袈裟に開いて入ってきた。

「きゃー!」
「屋敷にいたのか!」
「今までどこにいたんだ!」
「よくも旦那様を!」


口々に様々な言葉が飛び交うが、騒然となった室内に騎士の大声が発せられる。

「これから侯爵様殺人事件の概要を説明させていただきます!」
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