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婚活中だった人々
ハットベルの場合2
しおりを挟むその日も、魔森で学術調査の為のサンプルを採取していた時だった。
か細く啜り泣く女の声。
「また、か……」
緑の蔦という蔦に縛られ身動きのとれないリンランを発見した。
「えーん、熊さん助けてえぇ」
ぐしぐし涙を零すリンラン。鼻水も垂らして大変まぬけな顔を晒している。
ハットベルは再び木に登り、ぐるぐる巻きリンランを拘束する蔦植物を熊爪で引っ掻いて剥ぎ取ってあげた。
「ありがとう熊さん…………あ、んえーとぉ……」
頑張って名前を思い出そうとする仕草をするリンランに、「ハットベルだ」と再度名乗る。
「ふぁ! し、知ってるよ大丈夫だよ。ここまで、そう、喉のここらへんくらいまで出かかってたし、ちゃんと覚えてるよ……!」
明らかに忘れてただろうに、見栄を張る鳥頭がアホ毛のように冠羽を揺らして焦る様子を見ながら、ハットベルは「ああ、そうだな」と頷いた。心なしに口元がニヤついてしまったが、熊顔なのでリンランからは表情が動いたようには見えなかった。
「ハーさん優しい…………」
おかげでリンランはハットベルをスーパー熊紳士だと勘違いした。
しかも直ぐ名前を忘れる鳥娘は、二度も助けてもらった命の恩人の名を、縮めて愛称で呼ぶことにしたようだ。
「ハーさんは、ここに住んでるの?」
「いや、魔森には仕事で来ている」
「そうなんだ。てっきり住んでんのかと」
「森の脇に小屋がある。そこに住んでる。調査期間中だけ…………で、君は何で二度も "魔蔦" の罠に掛かったんだ?」
「えー罠なんて知らないよう。私、お空飛んでただけだし。いきなりその植物が巻きついてきたんだよ」
リンランが言うことが本当なら、この "魔蔦" は特別変異種かもしれない。通常の魔蔦なら、地上で小動物を捕まえる為に蔦を張り巡らせ罠を仕掛ける。その罠に引っかかった動物だけを捕食するはずだから。空中まで蔦先を伸ばすなんてこと、できっこないはずないのだ。
これは警戒すべき案件だった。
ハットベルは肩に掛けていた鞄を開いて、サンプル採取キットを取り出す。
しかしこの採取キット、小さな部品を組み立てて使うので熊姿のままだと手を動かし辛い。ハットベルは人型になった。
「ふおおお……!」
リンランはを瞳を輝かせて人型姿になったハットベルを見つめた。
毛深かった体毛は殆ど無くなり人間の肌へ。人間にしては毛深いかもしれないが、熊の時より断然お肌はつるつるである。熊毛と同じく髪の毛は赤茶毛た赤銅色。頭の左右にこれまた赤銅色の熊耳。瞳は赤や黄が入った玄の色。彫り深い顔で、お尻に熊尻尾のある体躯は逞しい美男子がそこにいた。
採取キットを組み立てている間、ハットベルの傍に寄って、ずっと組み立て作業を見ていたリンラン。特に手元を、熊手じゃなくなって節くれだった男らしく太い指先を凝視していた。
出来上がった採取道具は注射器具みたいな形をしていた。器具を持って熊爪で刈った魔蔦の細胞片を採取する。魔力反応があった。器具の中にあった透明の液体が紫色に変化した。
「これは…………リンラン、体は大丈夫か? その、いつもと違うところとか、ないか?」
少し焦った様子で訊ねてくるハットベルに、リンランはポ~~とした表情で答えた。
「んえーと、えと、頭がボーとするかなあ」
「なに?! それは熱があるということか」
急いで肩掛け鞄から体温計を取り出すハットベル。キットを組み立てる際に敷いた敷布の上に腰を下ろした。そして「おいで」とリンランを手招き。
「ふぁい…………」
リンランはトロンとした瞳で足下ふらふらさせながら、言われた通りハットベルに近づきお膝に座った。
「ああ、いや、確かに呼んだがここではなく……」
座ったのはリンランと視線を合わせようとしたからで別に他意はなかった。おいでと呼んだのも、近くで体温計を差し出そうと思ったからで……こんな風に、膝にお尻をつけられてしまう事態は想定していなかった。こんな、お尻を……柔らかくもフニフニとしたお尻を……。
「お熱、計ってくれるんでしょ?」
そう言って上目遣いで見つめてくる鳥娘に、ハットベルは気づいた。気づいてしまった。やはり、この娘は媚薬に侵されていると。魔蔦の細胞片から微力ながら媚薬成分の反応があったのだ。紫色に変化したのがその証拠。あの魔蔦には大量の魔力と共に、媚薬効果のある分泌物が内包されている。
魔蔦に絡まれまくったリンランには、その分泌物が付着もしくは体内へと注入されている可能性がある。
「リンラン……」
ハットベルは改めてリンランの全身を観察した。
見たところ、服は破られていないし、肌が分泌物で汚れているという箇所もない。
首が細いなとか、肩が丸くて華奢だなとか、胸の谷間を見て、意外とボリューミーだなとか、思ってない。
「ねえ、ハーさん……体熱いの。胸がドキドキしてるし……ちょっと息するの辛い気がする。私、どうしちゃったのかなあ……?」
という台詞を、わざと発してるなら、あざとい娘だと蔑むところだが、違う。これは違うのだ。リンランは純粋にハットベルから問われたことに答えてるだけで、どこにもあざとさなど、皆無だった。
無垢な心で問い質され、ハットベルは「う…………」と口を閉ざしてしまった。
無言でリンランの熱を計る。体温計を耳の穴に、そっと近づけて皮膚に接触させれば即、熱が計れるのだ。
「ひゃん……っ」
耳の中に細い棒が触れてリンランが小さく叫んだが、きちんと計れた。
微熱だ。けど、だいじをとって休ませた方がいい。
ハットベルは即行、リンランの体を左肩に担ぎ上げる。
「ひゃああ?!」
片手で敷布を丸め、鞄に物を詰め、その場を後にした。
*
結論から述べると、魔森の脇にある小屋へ月白の愛らしい鳥さんをテイクアウトした熊さんは、ベッドで介抱するどころか、触れ合った瞬間から燃え上がり、盛り上がった末に脱童貞の快挙を成し遂げた。
「それで、くっついたのですわね。おめでとうございます」
「えへへー。ありがとうアイリスちゃん」
場所は魔王城。女魔王様おわす居城の一室で、城の主である女魔王様──アイリスと面会中である。
リンランは嬉しそうに晴れ晴れと笑い、ハットベルは相変わらず蜂蜜を舐めていた。熊姿で。
「空中の獲物を狙って捕食する植物か…………。
よく知らせてくれたなハットベル。これは直ちに対処した方がいい事案だ。おい、そこの竜王ちょっとこの件、ささっと片付けてこい」
「えー。意地悪狐が行けばー?」
ハットベルからの報告書を読んで、城で大臣政務官を務める魔妖狐のアサトは、女魔王の王配である竜王ニールを顎差しで指名した。
対するニールは拒否。二人の間に火花が散る。
「誰が意地悪をしてるか。通常業務だ。魔国民の為に働いてこい」
「それは知ってるけど、俺じゃなくてもいい気がする」
「んなこたぁねえから、こういう時こそ竜王の力を発揮してこい」
「命じられると動きたくなくなる系?」
「知るかそんな系統!」
やいのやいの言い合う狐と竜のコントは日常茶飯事だ。
大抵この後に女魔王様が「ニールの働くところ見てみたいですわ」と笑顔で力押しして、「アイリスの為なら」と快諾した竜王が張り切ってお空へと飛び立つのだ。
今回もそうなった。
そして女魔王様の笑顔にやられる同室の人々……というオチなのだが、この場に居る者は殆どが耐性を持っているので無事である。
ただ一人を除いて。
「アイリスちゃん……笑顔は……笑顔はダメだよお」
「あら、ごめんあそばせ」
女魔王アイリスの微笑みの爆弾でリンランだけがダメージを受けていた。
ハットベルは、ぐってりするリンランをお腹の上に乗せる。熊のお腹は世界で一番のクッションだとばかりにリンランはあったかい熊腹毛に顔を埋めた。至福。
「あら、微笑ましいですわ」と女魔王様。
「あっちでもこっちでもバカップルばかりだな……」
アサトは溜息を吐いて幸せラブカップルを視界の隅から追い出した。独り身なの俺だけじゃないかと零しつつ書類を纏める。
「ハハハ。他にもバカップルなんていたか?」
知った風な口を利くのは淫魔種のハワードだ。こいつも最近、幼馴染とイチャコラしているのをアサトは知っている。
椅子に座って優雅に紅茶を飲むハワードをジト目で睨んだ。
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「鳥ねえ……空飛べる種族って、いいよな」
いいよなとぼやきつつ遠くを見つめるアサトの視線は、さっきニールが飛び立った窓の方を向いていた。
窓枠に切り取られたような蒼天の空が眩しい。
「でしょでしょ? よーし、それなら……っもが?!」
言いかけたリンランの口を大きな手が塞ぐ。ハットベルの手だ。熊の手じゃなくて人間の手。
ハットベルはいつの間にか人の姿になっていた。
「リンラン、俺は?」
アサトばかり褒めるなよとハットベルは思っていた。その思いは問いかけの言外に含まれていたが、リンランは正しく読み取って、手がどけられて開け放たれた口でこう言った。
「もちろん、ハーさんが一番だよ!」
【おわりんこ】
漫画いただきましたー!
熊さんと鳥さんの出会い2ページです。
リンちゃんのアホ毛かわいい(๑>◡<๑)
SFさん本当にありがとう~!
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