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寿命千年の価値をセリで決める
しおりを挟むダンスねえ……はっきり言って苦手分野だ。
お貴族様が集まって踊りまくる舞踏会というのは、社交ダンス的なやつだろうとは思う。
ワンツーワンツーでアンドゥトロワなイメージ。うん、知らない。
習うとして誰に習えばいいのだろう。身近に貴族は……ディムナが一番身近な件。
そうするとメイニルお母様から教えていただくのが一番かなと思うけど、寝たきりの彼女に頼むのは無理である。
エルフで貴族は……知り合いにいない。
実は島エルフ族には伝統的な踊りってのがある。私は踊れない。なぜならこの踊り凄く難しい。そして私は輪をかける運動音痴。
踊りの練習? そんな雰囲気を察知したら逃げてました。
どこまでも回避しまくった結果、エルフ伝統の踊りが踊れないエルフらしくないエルフがここに出来上がったわけです。そういうところでもリリエイラちゃんらしくないから、両親には申し訳なさでいっぱいである。
なんか……たぶん……うちの両親にはバレてるというか、温かく見守られてるんじゃないかと思う節がある。
七歳を境に一気に変わってしまった娘を、奇異な目で見ることなく、ここまで育てて下さり本当にありがたい。そして申し訳御座いません。何度謝っても謝りきれないよ。
とまあ、ここでへこんでも仕方無い。
苦手を克服するのは難しいものですが、いつかディムナとワンツーステップのため、私は踊りの師匠を見つけることにした。
手始めに、お母さんへ聞いてみよう。むしろ最初っからそうしろという話。
「お母さーん」
と、ピンクふわふわ髪したマイママを呼びながら階段を降りる。
「リリィ、丁度良かったわ。ハイエルフ様たちがいらしたのよ」
ハイエルフ様たちとな。複数形なのも珍しいけど、ハイエルフ様が帰っていらしたという方が朗報である。
私は急いで階段を降り……きる前に数段をジャンプして、華麗に廊下へと着地。リビングへ顔を出して驚いた。
ハイエルフ様と鬼神、それからイーガンさんがいるではないか。
今はイーガン・トレアスサッハ伯爵様だったかな。我が家へいらっしゃるなんて珍しいったらありゃしない。というかですね、嫌な予感がもりもりするったらありゃしない……。
「ごきげんよう皆様」なんて作り笑いで社交辞令挨拶しつつ私の内心すっっごく焦っているからね。イーガンさんとは珪藻土事業で接点はあるけど、なかなか親しさを覚えれないでいる。
鬼神はセクハラ親爺である。唯一ハイエルフ様には心からのこんにちはー!ができたと思うけど、一体皆様なんの用でうちへいらしたのでしょうか……。
「単刀直入に言おう。君の協力が必要だ。メイニルの為に力を貸して欲しい」
と、いきなりイーガンさんが私に頭を下げた。
んんん? んええ?!!!!
「ちょ、ちょっと待って貴族様が頭下げるなんてそんな……いやさ、それよりメイニルさんの為って? どういうことかお話ください顔を上げて……!」
「落ち着いてリリエイラちゃーん」
「ハイエルフ様これが落ち着いていらりょうか?!」
「ぶはは! 言葉遣いまで変になってるぜ」
笑うな鬼神!
「戸惑うのも無理はない。これまでの経緯を話そう。その上で、君に協力を仰ぎたい」
一番私を混乱させてるご本人がおっしゃいますか……。
でもまあ何とか落ち着いた私は、静かに着席する。
メイニルお母様に何かあったのだろうか……なんでディムナは来てないのだろう……などなど余計なことを考えながらも、イーガンさんの話を聞いた。
お話の内容はこうである。『不死鳥の卵殻』の件で、まずは不死鳥について知ろうと魔国へ遣いを送ったと。
しかし状況は芳しくなく、直接の判断も迫られた為にイーガンさんも魔国へ行ってみたと。
それで分かったことが……不死鳥はもうこの世界に誕生しないということ。
「誕生しない? どういうことでしょうか」
もういないというなら分かる。絶滅したってことだからね。でも、誕生しないということは、不死鳥は存在してるけど卵のままであるということだろうか。ピエタのように。
白緑竜のピエタも卵のまま死んでしまったと判断され祭壇に祀られていた。実際は生きていて、最後の力技、私の魔力で爆誕したのだ。
「不死鳥の世話をする一族が死に絶えた。その一族はゴロムト公記にも出てくるのだが……ゴロムトの内情は君も知っているだろう? 陰謀策謀に巻き込まれ、一人また一人と非業の死を遂げた。最後に残った一人も、孵らぬ不死鳥の卵を残したまま亡くなったそうだ」
わお悲惨だ。ゴロムト大公の地位を狙ってのカザストラ家ドロドロ惨劇はずっと昔から繰り返されているらしい。
それに巻き込まれてしまった人たちはたまったもんじゃないね。不死鳥のお世話係?の一族はゴロムトに関係ある一族なのだろうか。
詳しくはイーガンさんも話さなかったけど予想はできる。しかし今肝心なのは悲劇の内容じゃなくて一族が死に絶えたということだ。
「一族の末裔がどこかに生き残っていないか探しているが……そんな稀有な人物を見つけ出す時間さえ今は惜しい。メイニルにはもう時間が無いのだ」
それは私も薄々感じていた。お見舞いに行く度にやつれていくメイニルお母様。
何かしてあげたくても何もできないジレンマを抱えていた私と違って、イーガンさんはやれることをやっていたわけだ。
でも、そちらの状況も切羽詰まっている。不死鳥はもう甦らない。不死を謳う鳥も、パートナーがいなければ復活は不可能なのだそうだ。
不死鳥が復活するとき、不死鳥の卵殻が手に入る。
それは以前にアプリ【世界図書館】で閲覧したゴロムト大公国の建国伝説が書かれている本から読み取ったことだ。
不死鳥の卵殻は、呪いの魔導具<血の絆>を形成する紅玉を封じる唯一のアイテムである。
建国伝説に語られる卵殻は、おそらく現大公その人が所有しており、メイニルお母様の心臓を脅かすものと対の紅玉が封印されているはずだ。
対の紅玉が封印された卵殻ごとこちらの手に入れば万々歳だが、それもうまくいっていないらしい。
目星はついていたそうなのだ。大公の所有物で怪しいものがあると。
だが、いざ確かめてみたら偽物だったそうで。本物はどこに……。
「これはまだ憶測だが……卵殻以外で安全に管理できる場所は、メイニルが体現している」
「え。まさか体内に隠していると……?!」
そんなこと有り得るのだろうか。唯一の安全場所である不死鳥の卵殻をフェイクにして、体内に隠し持つなんて……。
「それしか考えられまい。今、誰の体内に隠されてるか調査中だが……最悪、大公自身が隠し持っている可能性もある」
「それこそ有り得ないですよ。心臓握られたら体が弱りますよね。普通に生活できなくなります」
メイニルお母様をみればわかるだろう。人体に隠し持つだけでリスクが高い。確実に寿命が縮む。
そんな本末転倒な方法、大公の地位にしがみつく狡猾で自分本位な現大公が実行するだろうか……?
「オルモックのやつは、こちらが苦しめば苦しむほど楽しいのだろう。その為には自身さえも囮にするかもしれない」
とんだ変態ですね。愉快犯の思想だ。
「だが、普通に考えれば信頼のおける部下にでも託すだろう。様々な可能性を探っているが……人物の特定が完了するまでにメイニルの体がもつとは思わん」
「そんな……どうすれば…………」
メイニルお母様を救うには心臓に埋め込まれた魔導具を外せばいい。その単純なことが難しい。
「外部からの除去手術も、【神の御業】も、理法魔術でさえもお手上げだ。だったらもう一択しかねえ。本人が外すんだ」
「あの魔導具はメイニルちゃんの魔力で起動してます。外すのもメイニルちゃん自身で行うしかありません」
鬼神とハイエルフ様の言葉に耳を傾ける。二人が言うことは分かる。でもそれって無謀なんじゃ……。
「メイニルにも覚悟は決めさせた。実行させる為には追い込むしかない」
えええ。厳しすぎやしないかイーガンさん。
メイニルお母様の気持ちを無視して追い込むなんて……。
私は明らかに不満顔をしていたのだろう。ハイエルフ様が私の手を握る。
「大丈夫ですよ。リリエイラちゃん」
「ハイエルフ様……」
「万全を期して挑みます。メイニルちゃんのサポートは私もします。イーガンくんもね、あんな言い方して自分を悪者にしてますけど、本当は違いますからね」
ふふっと優しく笑ってイーガンさんに視線を送るハイエルフ様が尊い。まるで地母神の笑みである。
「本心は心配で心配でしょうがないくせにねえ。それにメイニルちゃんだって、自身で決断したんですよ。強制なんかしてませんて」
おお。ハイエルフ様がそう言うならそうなんだろう。私は何故かこくこく頷き入信したい気分である。
何にって? ハイエルフ教かな?
イーガンさんなんか罰悪そうにそっぽ向いている。ハイエルフ様を直視できないんだね。気持ち分かります。
メイニルお母様が自身の魔力で魔導具を外す。今まで可能性は検討していたけど実行できなかったのは、人体に負担がかかり過ぎるからだ。
ただでさえ弱った体に更なる負荷をかけることになる。失敗したら死あるのみだけど、成功しても体力が枯渇したメイニルお母様の体で、どこまでもつか……。
だがこうなった今、もうこの方法にかけるしかないというところまで来ている。
不死鳥の卵殻の存在は色んな意味で転機と打開の手段になりえる。これはなんとしてでも手に入れなければならないものだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、私の神器で不死鳥を具現化する方法だね。
「前に考察しただろうがよ。不死鳥を、その神器で出せるんじゃねえかって」
「うん……話題にはしたねえ…………」
あの時は、ひらめいた! っていうだけで、実際に具現化できるかまでは分からなかった。
「可能なら具現化して欲しいのです。その神器に代償があるのは知ってます。リリエイラちゃんの寿命を捧げろなんて言いません。他人の寿命でも可能なら、私の命を使ってください」
と、ハイエルフ様に言われてしまったらもう降参するしかないでしょ。
私は「はい」と答え……る前に、鬼神の横やりが入る。
「待て待て。ハルの命をやれるわけねえだろ。俺の寿命を使え。まだ余ってるはずだ」
「アスタロさんのは駄目です!」
珍しく声を荒げたハイエルフ様が鬼神を睨む。な、なにごと?
「駄目です絶対ダメ!!」
「ハル……言っただろうが。俺は構わねえって」
「嫌です! 私が嫌だから……っ」
ちょっとちょっと、ハイエルフ様が泣きそうですよ。鬼神なんとかしろ。
「ハルはエルフ族の為にも生きねえと駄目だ。俺は別になんも背負ってねえから余ってる寿命で事足りる」
「足りませんよ! 千年も削ったらあとちょっとしか生きれないでしょ?! わ、私を置いて逝く気ですか……っ!」
ありゃーとうとうハイエルフ様が泣き出した。
余計拗らせてどうすんだバカ鬼神。
聞けば鬼神の寿命ってあと千年ちょっとらしい。
自分の寿命分かるとかすごいですね。どうやってんだろ。
残りの寿命を全部を削って不死鳥出せとか言われたら、私だって躊躇するわ。ハイエルフ様が泣いちゃうのも無理ないでしょうが。とりあえず慰めろアホ鬼神。
「寿命千年か……流石に人間には出せんな」
イーガンさんも渋い顔である。元より渋い顔が益々に渋くなるこの事実。私だって千年も寿命削ったら即コロですわ。
どっかに長寿な神とかいないもんかなと思うけど、頼みの鬼神すら残り千年ちょっとじゃなあ。
命を懸けるということに他人が口出しもできないので、ハイエルフ様と鬼神の喧嘩というか押し問答は勝手に収束するのを待つしかなかった。
「私が千年だします!」
「千年も駄目だ。百年くれえなら」
「じゃあ九百年」
「百五十」
「八百!」
って、寿命のセリになってるよ二人とも。
なんだかんだと言い合って、結局は半々で折り合いがついたっぽい。
「しゃーねーな。折半だ」
「五百と五百でいきましょう」
うん。そこが折り目だね。着地点があって良かったよ。
えーと、それじゃあ、不死鳥の具現化をしましょうかね。
応援ありがとうございます!
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