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三柱の世界

双陽神が仕込んだこと

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私の家においでよ関係者全員集合!の日程調整はなかなか難しいみたい。
今のこの帝国の状況を鑑みるに、皆で情報を共有した方がいいとは思うんだけど…ままならぬようだ。
それでもやっとこさ予定の摺り合せができたといわれたのが昨日のこと。この皇居宮殿に来て二ヶ月は経っている。

この二ヶ月なにをやってたかというと、アリステラ姫と変装してショッピングしたりランチしたり、ロザンナ医師に魔法を教えていただいたり逆に私が日本語をお教えしたり、アザレアさんからお料理を習うこともした。
アリステラ姫と一緒に、私の家でレッツクッキングである。花嫁修業だね。
システムキッチンだから一般家庭に嫁ぎたいというアリステラ姫には、あまり相応しくないかもだけど、アザレアさんの料理っておふくろの味だから、レシピ覚えてヒースラウドさんに振る舞えば胃袋は掴めると思うんだよね。

私の家といえば、家には今アリステラ姫が常駐で住んでいて、家事全般をやってくれている。私はルークスさんの部屋に入り浸ってばかりで、家になかなか帰らない家主ですみません。
アリステラ姫の真面目気質はここでも活かされており、お世話になってるのでこのくらいはと好意で家事してくれてるのである。ええ子や…。
真面目気質というより不幸体質な気もするけど。私は悪い継母か意地悪な姉ってとこだろう。灰かぶりをいじめて何が楽しいんだ。
私はいじめてませんよノータッチですよ。嫁入り前の娘さんと風呂に入って、でかおっぱいを揉みしだくとかしてませんよ。
…嘘です。やりました。おっぱいってお湯に浮くんだね。初めて知った。

ロザンナ医師にこの体験談をしたら「人にとっての乳房は物質量が多くても何も得にならないものだ」と力説された。ですよねーちっぱい仲間。
胸薄い仲間同士交流を深めようと、ロザンナ医師とはパジャマパーティーもした。
スラックス派の私もその日ばかりは姫と一緒に買ったのを着用。パジャマというよりはネグリジェですが。
なんかこの世界、ネグリジェタイプが一般の寝間着をさすみたい。
人気は白色だと店員さんに勧められ、シャムロックモチーフのレースや刺繍が施されたの大人可愛いのを購入。こっちの世界にもあるんだねえシャムロック。

他にも色々していたのだが割愛である。

そんなこんなな二ヶ月の日々を相変わらず無職のまま過ごした。無職…。
一応ね、ルークスさんとの取引で使った魔法素養の売り込みが女帝様のお耳にも入っていたらしく、魔法使いとして宮殿で雇おうかという打診はあったけど断った。いやだって私、本当の魔法使いじゃないし。本職の人に失礼なくらいの魔法チートもちだから魔法使いとして雇用されてはいけないと思ったのだ。
だから魔法使いより女官とか、他のお仕事を宮殿内でしたいですとお返事したら、「ルーちゃんのお嫁さんであるハツネちゃんに下働きはさせれません」と女帝様はきっぱり断言。まだ嫁じゃないですが。それでも来年には皇族に仲間入り予定である。立場上、下働きは無理だと悟らされた。

「それに、あなたは帝国の為に二度も戦ってくれてるのよ。大型の魔物を倒したことも、"扇動者"を退けたことも、まるで勇者のようだわ。あ、そうね。勇者になれば我が帝国で雇うわよ」

なんてこった。トリッキーな職を勧められてしまった。
勇者なんて厨二病代表のような職業、絶対にのーせんきうです。
宮殿内の職業は尽く却下。それならば宮殿の外でアルバイトでもと思って求人情報誌みたいなの読んでたらルークスさんに見つかった。

「私の稼ぎだけじゃ不満なのかい?」

笑顔で言われたんだけど、その笑顔が怖ッ。
そっと情報誌を閉じました。監禁されたらたまらんからね。
少し外出するだけでも毎度騒ぎを起こしてくれる束縛系彼氏である。
もし私がバイトするどー!と、内緒で外へと通いだしたら絶対に閉じ込められるだろう。塔にでも。窓の外、あっちにもこっちにも見える細長い塔を眺めて、ナイナイと首を振る私であった。ピンチ姫にはなりたくない。

そんなわけで未だ無職なんだぜ。はっはー!

無職な私、今日は、我が家の地下室を掃除したいと思っている。
無職だけど、なんだかんだで毎日それなりにやりたい事が見つかって楽しく過ごしてます。
さて、なぜに地下室の掃除かというと、皆様をお招きするにあたってリビングじゃ手狭だろうし地下の和室を使うことにしたのだ。
部屋を分かつ襖をとっぱらえば、お座敷の宴会会場のようになるからね。人数集まるならここが一番適切な場所だろう。
ただ、今まで利用する用途もなかったので一度も掃除をしていない。皆様をお招きする前にピカピカにしなければ。
そう思って我が家の玄関を潜ったら、そこに懐かしのあの人たちがいた。

『おかえりなさい稲森初音さん。お引越ししたのねえ』
『よお。お前なあ引っ越したら引越し通知くらい寄越せよ。神だけどビビったわ』

二ヶ月ぶりに会う双陽神たちである。
引越し通知って何で何処に出せばいいんだい。
葉書が神の国に届くならなんぼでも書いてやるわい。

『いいか。神なんだから神殿が経由地である。手紙を神官にあずければ朝の礼拝で奏上できるからこれからはそれを使え』
「はっはっは。嫌です面倒くさい」
『言ってることと思ってることが違うだと?!』
「本音と建前ってやつです」
『普通は本音を隠すから逆じゃねえのか』
「ラオルフさんは勝手に心の中読めるからどっちでもいいじゃないですか」

こいつの相手すんの面倒臭いなあ。

『またお前は…神を蔑ろにして楽しいのか確信犯なのか愉快犯なのか』
「そんなことより何でこの家に居るんですか?お留守番頼んだのに二ヶ月以上も留守にした神たちよ」

もう出てこなくていいのに。

『出ないと始まらないだろ?!物語的にも神話的にも!』

やっべ。面倒そうな事案キタ。なんとか誤魔化せんもんかな。

『稲森初音さん。今回は不可避よ。真実から目を逸らしちゃ駄目』

ミルビナさんにそこまで強く言われたら私も観念するしかないじゃないか。
とりあえずリビングへ、落ち着いてお茶でも飲みながら話しましょう。
掃除は後だ。アリステラ姫は今いないらしい。
…デートかな。後で尋問だ。おっぱい尋問だ。

『私たちの世界を偵察してから、ちょっと地球へ旅行してきたの。あ、これお土産よ』

ティーカップを傾け一口。重い話でも始まるかと思いきや意外と軽いというかなんというか…旅行だと?聞き間違いでなければ、我がふるさと地球へ気軽にお出掛けしていただとーーーううう?

リビングのテーブルの上に置かれたそれは気軽な重さのものじゃなかった。でかい。でかい長方形のダンボール箱だ。人間が横になって入れるくらい大きい。
このサイズでも宅急便は配送してくれるんだねえ。伝票ついてる。これまでにも実家からの荷物は伝票ついてたけど、これもそうなのだろうか。
いやでも私はここまで大きなサイズのものは送っていない。だとしたら誰が…と、差出人欄を読んだ。

「かずゑさん…?」

実家の家政婦さんの名前である。

「開けていいですか?」
『勿論。懐かしいものでいっぱいよ』

懐かしいもの…地球のものだろうけど、かずゑさんは何を送ってくれたのだろう。
甘いものがいいなと心の片隅で思いながら、布ガムテープで厳重に梱包されてたので鋏でカットして開けた。たちまち香ってくるこの匂いは…。

「これ、私の着物じゃないですか」

におい袋の匂いだった。間違いない。成人式で着た晴れ着一式である。
それが一番上に、高級和紙に包まれて姿を現した。晴れ着の他にも何着かの訪問着と、大学の卒業式で着た袴も入っている。帯に髪飾りに巾着に足袋草履など、各種小物も揃っていた。

『見覚えあるでしょう。手紙も入ってるはずよ』

ミルビナさんの言う通り、縦封筒が着物の隙間に挟んであるのを発見。手に取って宛名を見る。
私の名前が書いてある。いつも、かずゑさんが呼んでくれていたそのまま───『初音おじょうさま江』と。

「本当に…かずゑさんからだ…」

私は胸を締め付けられる思いに耐えていた。今ここで、神たちのいる前では決して見せたくない顔になりつつあるので、ぐっと堪えてる次第。

『我慢しなくても、泣いていいんだぜ?』

ラオルフさんがニヨニヨ言ってくるから余計に堪える。
こいつには絶対、涙をみせないぞ。

『ラオ、女の子をからかうもんじゃないわ。さっさと荷物を運んであげてちょうだい』
『へいへーい』

ミルビナさんがラオルフさんを窘めて、着物の入ったダンボール箱を地下へと運ばせた。地下には桐箪笥がある。和室に、立派な桐箪笥が二つもあるから気にはなっていたけど、これの為だったのだろうか。
着物を私に土産と称して渡すのは、やっぱり何か企んでのことだろうか。相変わらず私は双陽神たちのことを信用していない。

『今度、皆この家に集まるのでしょう。私たちも出席するわね』
「よくご存知ですね」
『神ですもの。まるっと全てお見通しよ』
『全知全能ってやつだぜ』と、ラオルフさん。

それならストーカー野郎改め月神のことも何とかして欲しいものだ。

『そうしたいけど、神は神を救えないのよ』
「…え?」

なんか今究極なことサラっと言いましたねミルビナさん。

『特に私は無力よ。苦しんでる彼を助けることができないわ』
『ミル、自分を責めるのは』
『本当のことよ。近すぎて遠いの、彼とは…』

えーと、これはあれですか。ミルビナさん、月神のこと愛しちゃってるとかそういうことでしょうか。予想だにしてなかった展開に脳が追いついていけてませんけど、恋する乙女は応援し隊。神様も恋愛するんだねえ。

『お前の予想通りだぞ稲森初音。ただし、企んでなんかないからな。俺はいつでも直球勝負だ』
「あー…そうだねえ。細かいこと仕組んだのはミルビナさんだなーてのは手に取るように分かるよ」

ラオルフくんにゃ陰謀策謀なんか無理だ。正直者だもの。いや正直神か。

「この家を用意してくださったのはミルビナさんでしたよね。月神に見つからないようにしてくれたり、私好みのインテリアにしてくれたり、芸が細かいなと思ってます」
『ふふ。そうよ、この家を気に入ってくれるよう仕込んだのは私。稲森初音さん、あなたが招いて気を許した相手はこの家に帰ることができる。そこも気づいてるのかしら』
「まあ、なんとなくですけど…」

アザレアさんやルークスさん、アリステラ姫なんかフリーパスだよねこの家。
そうか、私が気を許してるのか…。

『最初にあなたを見つけたのはラオだけど、あなたを選んだのはこの私。今のところ、私の思う通りに事態が動いてくれていて嬉しい。これからも期待してるわね』

にこっと笑った顔。瞳を細め唇は弧を描き、どこか空恐ろしい形相ですよミルビナさん。
女神の美貌でそんなことされるとゾクゾクしちゃいますがこれは恐怖で…だよね。

『人間にゃ荷が重いことだとは思うが…稲森初音、お前と光の騎士なら月神を救えるかもしれん。やつと同じ呪いを受けたのはお前らだけだからな』
「はい?呪いとな?」

呪われてるって?なんも自覚ないぞ。つーか、呪いとか気持ちわるいもんどこの誰がかけたというのか。

「その呪いは解けるんですか?」
『お前らのはもう断ち切られてる。月神だけがまだ背負ったままだ』

呪われたままの月神。双陽神でさえ救えない…。

「神でさえ無理な救済を私ができるわけ…。ねえ、光の騎士って誰のことですか。私そんな人知りませんけど…」

でも、あ、ちょっと待て。光の騎士って聞いたことあるぞ。
神子の晃さんがそんな人物のこと話題に出してたよね。
光の騎士のことを女帝様に伝えて、それを元に女帝様が守護騎士の任命と共に名付けた名前…ルークスさんの名前の由来…。

「まさか光の騎士ってルークスさんのことじゃないでしょうねえ」
『近いけど違うな。違うけど…同じ記憶は仕込んだ。いつ思い出すかは知らんがな』

遠回しに言いやがりますなラオルフさんよう。それほぼ同一人物だよね。

「記憶…なに?どういうこと?私も忘れた記憶があるっぽいけど、ルークスさんにもあるの?」
『お前の記憶は神子に預けた。光の騎士の記憶はそのまま潰えて未来には届かないはずだった』

と、ラオルフさんがミルビナさんを見る。
私もつられてミルビナさんを見た。もう、彼女は笑ってない。

『私が光の騎士の、最期の言葉を叶えてあげたの』
「最期の…」
『ええ。"共に生きた証が欲しかった" そう言ってたわ』

共に…それって前にもどっかで聞いたぞな。
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