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後悔

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「おーい、ティアー」

「あ、蓮さん!見てください!ちょっとだけ泉が見えてきたんですよ!」

 そういって顔を上げたティアは、今日も泥だらけになりながら作業をしていた。
 ティアに手招きされて見てみると、穴の一番奥にうっすらと青い光が覗いていた。

「これでやっと重労働とはおさらばです!」

 初めて見る魔力の光の美しい輝きに、俺は目が釘付けになった。

「こんな小さな隙間だけでいいのか?」

「はい。ここに私のエネルギーを注ぐことで魔力を増やして、それを一気に凝縮することでこの光を結晶化していくんです」

「なるほど……。そういう仕組みになっているのか。さっき、この泉を守るために結界を張った方がいいって言われたんだが、ティアはできるのか?」

 俺の問いに、ティアの顔がさぁっと青くなる。

「忘れてました……。私、まだ結界の張り方を習得してないからサポートアイテムを用意しなきゃって思ってたのにー!!」

 なるほどな。あの商人はこうなることを見越して俺に言ってきたんだな。
 ますます末恐ろしい人物に思えてきたが、今はそんなことを気にしている場合ではなさそうだ。目の前で分かりやすくオロオロするティアをどうにかなだめ付ける。

「大丈夫だからいったん落ち着け。この町にいつも来る商人がそのアイテムも取り扱っているらしい。一週間後には来るからその時に一緒に買おう」

「……え、買って下さるんですか?それ、どんなに安くても50,000コインはしますよ?」

「えっ!?い、いや、だ、大丈夫……だ。男に……二言はないっ!!」

 金額のことなど全く頭になかったため、あからさまに驚きが態度に現れてしまった。しかし、一度口に出したことを撤回するなどできるはずもない。

「めちゃくちゃ二言ありそうですけど!?」

 心配そうにこちらを見るティアの次の言葉を制して、俺はまっすぐにティアの瞳を見た。

「いいから大丈夫だ!!」

「うぅ……蓮さんありがとう!!結界がないと魔力使っちゃいけないし、私も一週間精一杯働いて少しでも足しになるようにしますので!!」

「あぁ、頼んだぞ」

 そんなに大事なものを忘れることがあるのか!?と言いたいが、その言葉を飲み込んだ俺のこと大人だとほめてくれ。
 先週といい今週といい出費がかさむなぁ……。でも、少しずつでも前に進んでいると信じて続けていくしかないんだよな。

 泥まみれのローブを脱ぎ捨てて腕まくりするティアを見ると、自然と俺もやる気が出てきた気がするから不思議なものだ。頭を抱えながらも、みんなで町をつくっているという感覚に、今ものすごく楽しさを覚えていた。




 言葉の通り、ティアは町中をひたすらに動き回って仕事の手伝いをしていた。
 だが、先週から一人で泉を掘り起こすなど、ずっと体を酷使し続けたためか、町の手伝いを始めて四日目にとうとう熱を出して寝込んでしまった。

「うぅ……申し訳ないです……」

 布団にくるまって明らかに落ち込むティアを見て、俺は罪悪感に苛まれた。本当なら、仕事量の管理も俺の仕事のはずだ。
 いくら若いとはいえ、無限に動けるわけではないのに。町の利益を最優先にしてティアの頑張りに甘えていたのだ。

「ティアが謝る必要なんてどこにもない。ごめんな。俺が頼りないから頑張ってくれてたんだよな。今はなにも気にしなくていいからゆっくり体を休めてくれ。それじゃあ、マリーさん、すみませんが後をよろしくお願いします」

 ティアに身の回りの世話を買って出てくれたマリーに頭を下げる。

「任せて。町長さんも無理をしないようにしてくださいね」

 誰も俺のことを責めようとせずかえって優しい言葉をかけられることに、自分のことが情けなくてしょうがない。いくらこのゲームを作った本人だとしても、俺自身が何も特別な力をもっていないのだから住人の力を借りなければいけないのは必須。
 しかし、目の前の人たちがちゃんと生きた人間なんだという感覚を失念していた。こんなんじゃ奴隷商のおやじと何も変わらない。

 一度、町の運営を見直そう。ただノルマをクリアすればいいだけのゲームとは全然違う。

「とんでもなくハードモードになっちまったな……。でも、すぐにクリアしてしまうんじゃつまらない。これくらい難しくないと自分の体でプレイする価値なんてないだろ!」
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