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前兆と予感2
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自分から口に出してしまえば、必ず情報収集だと疑われてしまう。だから、慎重に事を進めるつもりだった。だが、まさかルノーの方からその話を出してくれるとは、ありがたすぎる誤算だった。
「新聞に毎日のように書かれていましたので、大まかなことは存じ上げています」
「神託で明らかにされたのは、国を救ってくれる女神の特徴。そして、その方の力となってともに戦ってくれる勇者が7人いると言うこと。この神託が出たのは、ちょうど王都内で魔獣の報告が増えてきたころのことでした。どんな物理攻撃も通用しない魔獣への対処を求めて、王室へ多くの救援要請が来ました。その時、魔法の国の血族である宰相様は外交のために不在で、剣の国の血族である国王様が対処にあたりました。しかし、彼の率いる軍では全く太刀打ちできません。当然のことです。ですから、私は宰相様の軍も同行させてはと進言したのですが、聞く耳を持ってもらえませんでした。そんな時に神託が下りたのです。国王は、自軍の実質的な敗北を認めず、王子たちへ注目をすり替えることで、自身に向けられた不信感を塗り替えることに成功しました」
ルノーの話を、シエルは信じられない気持ちで聞いていた。
「それだけでは問題は解決しませんよね?魔法しか効かないのであれば、王子たちが魔獣を倒せる勇者だと言うことは嘘だとばれてしまうのでは?」
シエルの言葉に、ルノーはゆっくりとうなずく。
「もちろんです。なので、国政があるからと、国王の息子である第一、第二王子は王室へ残らせ、宰相様の第一子である第三王子が魔獣の討伐隊を率いています」
「国民からすれば、王子が討伐してくれるという事実さえあれば納得できてしまうのですね」
シエルは苦々しい面持ちで言葉を絞り出した。
「その通りです。最初に魔獣の討伐にあたった国王軍の兵士たちは、今この瞬間も魔獣の魔力によって体を蝕まれていることでしょう。その回復方法も伝えましたが、それを行ってしまっては私の知識を認めることになってしまう。だから、王はかたくなにそれをしようとしないのです」
淡々と声色を変えずに話しているように思えるが、ルノーの瞳が暗く冷たい色をしているのを見て、計り知れない思いがあることをシエルは悟った。たまたま居合わせた自分が腹を立てるのはお門違いだと。今為すべきは一つでも多くの情報を集めることだった。
「それでは……魔法が有効であるならば、神託の女神や勇者はその討伐の為に現れたわけではないと思うのですが」
「いいところに気が付きましたね。私は、スマティカ王国という『悪』を討つために現れたのだと思っています」
「……この国を……ですか」
「あなたをはじめとした多くの人々は、この国、王室に蔓延る悪に気付かずに生活をしています。巧みに隠蔽している者たちがいるのです。それは、私ですら気付いていない深いところまで汚い手を伸ばしているのです。自分の目に映るすべてのものを疑いなさい。そうすればこの国の矛盾に気が付くでしょう。あなたにはそれができます。ですがこのことは決して人に知られてはなりません。私の息子は、早くに国の闇を知って、剣と魔法の両方を鍛錬するようになりました。しかしそれが見つかり、国外追放となったのです。くれぐれもお気をつけください」
シエルは、最後の言葉にハッと顔を上げる。よくよく見ると、彼と似た瞳をしていることに気が付く。
「あの……、ルノー様の息子さんって、ファンドと言う名では?」
それを聞いたルノーは、今までに見たことのない表情で身を乗り出す。
「ま、まさしくそうです!なぜその名を……」
「彼は、エドガー様のお屋敷に私たちとともに騎士として仕えています。私と弟の魔法の力を引き出してくれたのもファンドです」
すると、ルノーの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。軽くうつむいて目元を抑えながらも、彼の口元は嬉しそうに上がっている。
「はぁ……そうでしたか。よい領主様の元へ行けたようで良かった。これで私も心残りが無くなりました」
含みのある言い方に、シエルは胸がざわめくのを感じる。
「あの……それはどういう……?」
「魔獣の倒し方を知っている私は、国王にとって邪魔者以外の何ものでもないのです。このままではいつ暗殺されてもおかしくないでしょう」
その言葉を聞いて、それまでずっと冷静さを保っていたシエルの感情が限界を迎える。
「そんなことが許されるはずがありません!進言を聞かないばかりか、自分にとって都合の悪いことは消してしまおうだなんて!」
「シエル……。その気持ちは、今、この時だけのものにしてくださいね。今後は、もっと理不尽なことを目にするでしょう。ですが、常に冷静さを欠いてはいけません。それに、私は感謝しているのですよ。このタイミングで信念を同じくする者に私の話ができたことを」
「そんな……。まるでもうあなたと話ができないみたいじゃないですか」
穏やかに話すルノーに対して、シエルは今にも泣きだしそうな面持ちになる。
「心配しないでください。私もそう易々と捕まるようなことはしません。安全に逃げる算段はきちんと立てているのですよ。あなたも、私の心配をする前にやるべきことがあるのではありませんか?」
ルノーの言葉を聞いて、シエルはこぶしを固く握りしめた。
「私は……女神について知りたいです。神託を受けた女神について」
「では、それはオリオン様も一緒に聞いていただきましょうか」
「あっ!しまった!」
話に夢中になりすぎたあまり、本来の約束を忘れてしまっていた。
「大丈夫です。そこにいらっしゃるのですよね?入って大丈夫ですよ」
ルノーの声掛けに、ドアがゆっくりと開く。そこには、どこか青ざめた表情をしたオリオンがいた。
「す、すみません。他の司書様に案内されてきたんですけど……僕が聞いていい話ではなかったですよね」
足元を見て、どこかおどおどしながらオリオンはいう。
「いえ、オリオン様がいらっしゃっていると分かっていながら話していたのは私たちの方です。何も気にしなくていいのですよ」
「えっ!?ルノー様、オリオンが来ていることに気付いていたのですか?」
「おや、シエルもてっきり気が付いているのだとばかり……。まだまだ修行が足りませんな」
「……一丁前にルノー様のことを心配していた自分が恥ずかしいです」
「ここから先のお話は、ぜひオリオン様にも聞いていただきたいものなのです。せっかくお二人で約束されていたところ申し訳ないのですが、私に時間を頂けますかな?」
その言葉に、シエルをオリオンは互いに顔を見合わせた。二人は小さくうなずきあうと、ルノーの方に向き直る。シエルの引き締まった表情につられるように、オリオンのおびえた様子は消えていた。
それを見たルノーは、どこかほっとしたように穏やかなほほえみを見せるのだった。
「新聞に毎日のように書かれていましたので、大まかなことは存じ上げています」
「神託で明らかにされたのは、国を救ってくれる女神の特徴。そして、その方の力となってともに戦ってくれる勇者が7人いると言うこと。この神託が出たのは、ちょうど王都内で魔獣の報告が増えてきたころのことでした。どんな物理攻撃も通用しない魔獣への対処を求めて、王室へ多くの救援要請が来ました。その時、魔法の国の血族である宰相様は外交のために不在で、剣の国の血族である国王様が対処にあたりました。しかし、彼の率いる軍では全く太刀打ちできません。当然のことです。ですから、私は宰相様の軍も同行させてはと進言したのですが、聞く耳を持ってもらえませんでした。そんな時に神託が下りたのです。国王は、自軍の実質的な敗北を認めず、王子たちへ注目をすり替えることで、自身に向けられた不信感を塗り替えることに成功しました」
ルノーの話を、シエルは信じられない気持ちで聞いていた。
「それだけでは問題は解決しませんよね?魔法しか効かないのであれば、王子たちが魔獣を倒せる勇者だと言うことは嘘だとばれてしまうのでは?」
シエルの言葉に、ルノーはゆっくりとうなずく。
「もちろんです。なので、国政があるからと、国王の息子である第一、第二王子は王室へ残らせ、宰相様の第一子である第三王子が魔獣の討伐隊を率いています」
「国民からすれば、王子が討伐してくれるという事実さえあれば納得できてしまうのですね」
シエルは苦々しい面持ちで言葉を絞り出した。
「その通りです。最初に魔獣の討伐にあたった国王軍の兵士たちは、今この瞬間も魔獣の魔力によって体を蝕まれていることでしょう。その回復方法も伝えましたが、それを行ってしまっては私の知識を認めることになってしまう。だから、王はかたくなにそれをしようとしないのです」
淡々と声色を変えずに話しているように思えるが、ルノーの瞳が暗く冷たい色をしているのを見て、計り知れない思いがあることをシエルは悟った。たまたま居合わせた自分が腹を立てるのはお門違いだと。今為すべきは一つでも多くの情報を集めることだった。
「それでは……魔法が有効であるならば、神託の女神や勇者はその討伐の為に現れたわけではないと思うのですが」
「いいところに気が付きましたね。私は、スマティカ王国という『悪』を討つために現れたのだと思っています」
「……この国を……ですか」
「あなたをはじめとした多くの人々は、この国、王室に蔓延る悪に気付かずに生活をしています。巧みに隠蔽している者たちがいるのです。それは、私ですら気付いていない深いところまで汚い手を伸ばしているのです。自分の目に映るすべてのものを疑いなさい。そうすればこの国の矛盾に気が付くでしょう。あなたにはそれができます。ですがこのことは決して人に知られてはなりません。私の息子は、早くに国の闇を知って、剣と魔法の両方を鍛錬するようになりました。しかしそれが見つかり、国外追放となったのです。くれぐれもお気をつけください」
シエルは、最後の言葉にハッと顔を上げる。よくよく見ると、彼と似た瞳をしていることに気が付く。
「あの……、ルノー様の息子さんって、ファンドと言う名では?」
それを聞いたルノーは、今までに見たことのない表情で身を乗り出す。
「ま、まさしくそうです!なぜその名を……」
「彼は、エドガー様のお屋敷に私たちとともに騎士として仕えています。私と弟の魔法の力を引き出してくれたのもファンドです」
すると、ルノーの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。軽くうつむいて目元を抑えながらも、彼の口元は嬉しそうに上がっている。
「はぁ……そうでしたか。よい領主様の元へ行けたようで良かった。これで私も心残りが無くなりました」
含みのある言い方に、シエルは胸がざわめくのを感じる。
「あの……それはどういう……?」
「魔獣の倒し方を知っている私は、国王にとって邪魔者以外の何ものでもないのです。このままではいつ暗殺されてもおかしくないでしょう」
その言葉を聞いて、それまでずっと冷静さを保っていたシエルの感情が限界を迎える。
「そんなことが許されるはずがありません!進言を聞かないばかりか、自分にとって都合の悪いことは消してしまおうだなんて!」
「シエル……。その気持ちは、今、この時だけのものにしてくださいね。今後は、もっと理不尽なことを目にするでしょう。ですが、常に冷静さを欠いてはいけません。それに、私は感謝しているのですよ。このタイミングで信念を同じくする者に私の話ができたことを」
「そんな……。まるでもうあなたと話ができないみたいじゃないですか」
穏やかに話すルノーに対して、シエルは今にも泣きだしそうな面持ちになる。
「心配しないでください。私もそう易々と捕まるようなことはしません。安全に逃げる算段はきちんと立てているのですよ。あなたも、私の心配をする前にやるべきことがあるのではありませんか?」
ルノーの言葉を聞いて、シエルはこぶしを固く握りしめた。
「私は……女神について知りたいです。神託を受けた女神について」
「では、それはオリオン様も一緒に聞いていただきましょうか」
「あっ!しまった!」
話に夢中になりすぎたあまり、本来の約束を忘れてしまっていた。
「大丈夫です。そこにいらっしゃるのですよね?入って大丈夫ですよ」
ルノーの声掛けに、ドアがゆっくりと開く。そこには、どこか青ざめた表情をしたオリオンがいた。
「す、すみません。他の司書様に案内されてきたんですけど……僕が聞いていい話ではなかったですよね」
足元を見て、どこかおどおどしながらオリオンはいう。
「いえ、オリオン様がいらっしゃっていると分かっていながら話していたのは私たちの方です。何も気にしなくていいのですよ」
「えっ!?ルノー様、オリオンが来ていることに気付いていたのですか?」
「おや、シエルもてっきり気が付いているのだとばかり……。まだまだ修行が足りませんな」
「……一丁前にルノー様のことを心配していた自分が恥ずかしいです」
「ここから先のお話は、ぜひオリオン様にも聞いていただきたいものなのです。せっかくお二人で約束されていたところ申し訳ないのですが、私に時間を頂けますかな?」
その言葉に、シエルをオリオンは互いに顔を見合わせた。二人は小さくうなずきあうと、ルノーの方に向き直る。シエルの引き締まった表情につられるように、オリオンのおびえた様子は消えていた。
それを見たルノーは、どこかほっとしたように穏やかなほほえみを見せるのだった。
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