年に一度の旦那様

五十嵐

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110 クレアの呟きの真意

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クレアの命令は絶対なのだろう、仕立て屋は控えていた位置からすぐにレイチェルに近づいた。しかも座ったままのレイチェルへ手を伸ばしたのだ。通常の採寸では絶対にありえない座ったままという状態だというのに。それ以前に仕立て屋は男性だ。どう考えてもレイチェルの採寸を行うのはおかしい。クレアに余裕があれば、何らかの話の流れから仕立て屋が首回りを測るという一芝居に持ち込むはずだったのだろうが。

クレア同様、仕立て屋にも余裕がないのは明らかだ。糸を通す針穴程度のきっかけだというのに、動かざるを得ないとは。おそらく仕立て屋はアーミテージ子爵からも、侯爵邸へ向かうにあたり、レイチェルに力があるか必ず調べてくるよう圧をかけられたのだろう。普段はテーラーにやって来る人物の首回りを測る仕立て屋。コリンス伯爵のように稀に貴族の邸に出向くことはあるかもしれないが、それは先方にシャツを仕立てるという理由があり呼ばれるからだ。今回のように、呼ばれてもいない貴族の邸、しかも侯爵家では、仕立て屋はあまりにも立ち回りを知らなさすぎた。

レイチェルの細い首に、仕立て屋の太い腕の先にある大きな手が触れる。もしかしたらと期待を込めた手。けれど、仕立て屋と同じ力を持たないレイチェル達にもわかる。何も感じることはできないと。そしてレイチェル達は織り込み済みだった。仕立て屋が念入りに確認するため、その手に力を込めるだろうことは。

「痛い、痛いわ」

仕立て屋がつかつかとレイチェルに近づいた時も動かなかったロイ。しかし、レイチェルの悲鳴にも似た痛みを訴える声に、仕立て屋の手首を掴み、後ろ手にして捕らえたのだった。

「邸内の警備を呼んできてくれ」

そして透かさず、そこにいたフリカ以外のメイドに侯爵家の警備の者を呼んでくるように伝えた。

「あなた、何をするの。その者は、わたくしが連れてきた仕立て屋だというのに」
「ですが、奥様に危害を加えようとしました。奥様の細い首を掴もうとしたのを我々は見ました。それに奥様も悲鳴を上げたではありませんか」
「それは首回りを測るためよ」
「グルーバー子爵夫人、申し訳ございませんがこの者は侯爵家で預かり調べさせていただきます。解放するか否かは、マクレナン侯爵閣下の判断となります。」
「そんな、そんなことは許されないわ。わたくしは親戚となったレイチェル様と仲良くするために」
「夫人もご存知だとは思いますが、コリンス伯爵夫人は奥様を虐げていました。その伯爵夫人と親しい夫人が男性を連れてきて、奥様の首を触れさせたのですから、これは仕方がないことかと思います。夫人も耳にされたように、わたし達も奥様が痛みを訴える声を聞きました。そこにいるグルーバー子爵家から来た侍女も聞いたでしょうし」

予定通り、ロイは仕立て屋をクレア、そしてアーミテージ子爵から奪った。平民である仕立て屋は貴族に逆らえない。もちろんその貴族にも階級があり、このマクレナン侯爵邸の中ではマクレナン侯爵がルールだということも仕立て屋は理解している。だからロイの言葉に従い捕まるしかなかった。けれど、捕まったからとアーミテージ子爵の命令を仕立て屋はおろそかにすることはなかった。レイチェルの力の有無をクレアにサインで知らせたのだ。

「嘘よ、何のために…。じゃあ、あの子達は…まだ続くというの」

仕立て屋のサインを受け取ったクレアは表情を歪め呟いた。
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