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嵐の夜に―3
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――――ザッ……グググ………バサッ…ッッ…
双頭の竜達一行が次に向かった場所は、王宮ではなく貴族の邸宅だった。
建物自体は古いが、外観は上品で白を基調とし、敷地内の芝生や花壇を含め草花はきちんと手入れが行き届いている。
元々あるのか、建てた人の趣味なのか、邸宅には少々不釣り合いな池まであった。
静かに降りたつもりだが、竜は梟の様に物音立てず降りるのは不可能で、寝ている使用人達が起きて来ないかレイヴァンはチラリと辺りを気にした。
幸い、普段使用人達が利用していない西側に降りたお陰で、誰も出で来る様子は無い。
夕食後、再度仕事で外出するレイヴァンを見送った執事とメイド長も出て来る気配は無く、気付いていないみたいだった。
「少し大人しくしていてくれ」
地面に立ち双頭の竜の鼻筋を撫でて、双頭の竜の背中から女性を抱き上げた。
ルゥは勝手にレイヴァンの左肩に留まる。
手紙にあった西側の部屋まで歩き、右肩から右肘に体重を掛けて大きな窓を押し開いた。
窓硝子と共に重いカーテンを押し、バーガンディの厚い絨毯に踏み入れ自分の体と女性が部屋に入った所で肩肘を外し、行儀が悪いが脚で窓を閉めた。
「兄様」
「!!…………レナ」
窓から数メートル離れた部屋の出入口に当たる扉の前、ピンクパールカラーの上質なナイトガウンを羽織り、艶のある濃紺色の長い髪を緩く斜めにリボンで結び、眉より少し上でパッツンにカットされた前髪が少々幼さを残しつつも、美しい容姿を持つレイヴァンの妹が部屋の中を覗くように立っていた。
部屋には誰も居ないと思っていた為ビクッと肩が揺れた。
「先に寝ていなかったのか?」
「女性を助ける為に毛布を頼んで、使用人達にバレたくないなんて書いて、誰が女性を着替えさせるの?……まさか兄様、変態じゃないでしょう?」
「お前は…」
小さく軽蔑する眼差しを向けたレナに、レイヴァンは呆れて眉頭にシワを寄せた。
レナが本気で軽蔑している訳ではない事は分かっている。
「…で、兄様、その人が倒れていた方?」
レナはレイヴァンがお姫様抱っこした継の女性へと視線を移した。
小声ではあるが話し声でも目を覚まさず、眠った状態の女性。
「あぁ、湖の草の上に…」
レナの質問に答えながら、部屋に備え付けられているベッドへ女性を降ろした。
普段使用されてない部屋であっても、優秀な使用人達がいつ使われても良い様に―と毎日綺麗に掃除をしている為、ベッドも問題なくふかふかだ。
レイヴァンの後に続いてレナはベッドへ歩み寄る。
「本当はお風呂に入れた方が良いと思うが、この状態だし……俺は一旦、王宮へ戻らなきゃならない。」
「それなら、体を拭いて着替えさせれば良いのね?」
「あぁ」
流石、隊長を務めるレイヴァンの妹だけあり、頭の回転は早い。
小さい頃からずっとレイヴァンの側に居たレナは、レイヴァンのして欲しい事を汲み取るのが上手だった。
本来ならば使用人達が着替えさせるだろうが、今は知らせたくない為レナに頼むしか無い。
「一人では少し大変かもしれないが…平気か?」
「大丈夫よ。」
申し訳無い気持ちで聞いたレイヴァンだが、レナは嫌な表情もせずふわりと微笑んだ。
「それよりも兄様、戻るなら気を付けて?嵐は止んだけれど、夜の闇に紛れて変な事件に巻き込まれでもしたら…」
「分かっているさ。」
右手人差し指を立てて、まるで母親のように言い始めたレナの言葉を遮る。
理由あってレイヴァンがまだ幼かった時から、国王と王妃である両親と離れてこの邸宅で二人は生活している為、成長するに連れレナの口調が偶に母親みたくなるのは日常でよくある事だった。
暮らし始めた日から兄であるレイヴァンが主人なので、皆、レイヴァンの言う事には基本従っているが、レイヴァン不在の時やメイド達がなかなかレイヴァンに言い難い事はレナが代わりに聞いたり決定を下して来た。
結婚もしていないし婚約者すらいないレナは、自宅では女主人のようでもある。
「戻るまでに何かあれば、連絡してくれ。ルゥも置いて行くから」
左肩に載るルゥを見る様に首を動かせば、ルゥはレイヴァン肩からベッド横のサイドテーブルの上へと降りた。
レイヴァンの言葉が分かっているかのように。
「それと彼女が…「目覚めた時も…でしょ?」
「大丈夫だから、兄様は無事に帰宅してください。早く行かないと。仕事が残っているのでしょう?」
そうだな。という言葉を飲み込んで、レナに頷きレイヴァンは入ってきた窓の方へ歩く。
窓硝子を開いて外に出ると、レナが硝子を押さえた継、レイヴァンに片手を振って見送った。
大人しく待っていた双頭の竜とミニ竜を、邸宅の裏にあるレイヴァンの竜用の森に移動させる。
普段、森で放し飼いだが、レイヴァンの竜達は各々できちんと縄張りを決めているのか喧嘩は無い。
ミニ竜はレナの竜なので、後で返さないといけないが一先ず、双頭の竜と一緒に移動させた。
双頭の竜とミニ竜を放した後、レイヴァンはパンツのポケットから七・八センチ位の銀製の笛を取り出した一吹きする。
ピィ―――――……
森に笛の音が静かに響いた数秒後。
バザッ………バザッ………………ザン!!
木々の間から素速く、全身はブラックブルーで瞳はモリオンのような黒眼の竜がレイヴァンの前に姿を現す。
双頭の竜と比べて凛々しい表情の竜だ。
「寝ていたのに悪いな。仕事だカイス。」
カイスと呼ばれた竜はジッとレイヴァンを見詰める。
「王宮まで取り敢えず一飛びしようか」
レイヴァンがカイスに跨がると、カイスは空へ向って真っ直ぐ風を切るように飛び立つ。
森の上空へ出ると、レイヴァンの言った通り王宮方面へと向かった。
カイスと共に王宮の隣に併設される城内の一角、竜着地専用場に到着すると、他の部隊の隊員と竜の姿を数人見掛けた。
見た感じ騎士服の右肩に入る、三本の線の色から第三部隊の隊員達であろう。
隊員の制服にこうでなければならないという決まりは殆んど無いが、第一部隊と第二部隊と違い、第三部隊は女性も所属している事から、まとめる為に制服に目印が入っている。
ただ、医務部隊程、女性の数が多い訳ではない。
カイスを自分の竜用の定位置に留め、レイヴァンは第一部隊の部屋へと向かった。
階段を上がり、扉を開ければ何人かの隊員が室内に居た。
よく見るとその中にはルイの姿も。
レイヴァンが入って来た事に気付いたのか、ルイは直ぐ様、レイヴァンに歩み寄って来た。
「おい、レイヴァン!」
「…戻ってたのか」
「戻ってたのかじゃないだろう…!碧鷹を送った後に湖へ戻れば、一羽の碧鷹はそこに留まった継だし、お前は居ないし……」
どうやらルイはレイヴァンが居ない湖で、困り果てた様だ。
それでも碧鷹を肩に載せてる所を見ると、碧鷹を連れて戻る事が最善だと判断したのだろう。
さっき一人行動は控えろと言ったばかりで……とクドクド文句がルイの口から漏れる。
しかし、ルイの説教は五分と長く続かなかった。
明け方までにやる事はまだあり、時間が勿体無いとルイは分かっている。
「それで、どうするんだレイヴァン?」
「ルイが回収した碧鷹は、何か咥えていたか?橋の方を確認させていたんだ」
橋の確認をさせた碧鷹を忘れてはいない。
きっと戻って来るルイが最悪、碧鷹を連れ戻す事を予測はしていたし、あの女性をその継には出来なかった。
女性の事をレイヴァンは、ルイ達に今は語るつもりが無い。
「石の欠片を咥えていたぜ。恐らく、形状と色から橋の一部だろう」
そう言って、ルイが騎士服の胸ポケットから取り出した石には、明らかに手が加えられて出来ている凹みがあった。
双頭の竜達一行が次に向かった場所は、王宮ではなく貴族の邸宅だった。
建物自体は古いが、外観は上品で白を基調とし、敷地内の芝生や花壇を含め草花はきちんと手入れが行き届いている。
元々あるのか、建てた人の趣味なのか、邸宅には少々不釣り合いな池まであった。
静かに降りたつもりだが、竜は梟の様に物音立てず降りるのは不可能で、寝ている使用人達が起きて来ないかレイヴァンはチラリと辺りを気にした。
幸い、普段使用人達が利用していない西側に降りたお陰で、誰も出で来る様子は無い。
夕食後、再度仕事で外出するレイヴァンを見送った執事とメイド長も出て来る気配は無く、気付いていないみたいだった。
「少し大人しくしていてくれ」
地面に立ち双頭の竜の鼻筋を撫でて、双頭の竜の背中から女性を抱き上げた。
ルゥは勝手にレイヴァンの左肩に留まる。
手紙にあった西側の部屋まで歩き、右肩から右肘に体重を掛けて大きな窓を押し開いた。
窓硝子と共に重いカーテンを押し、バーガンディの厚い絨毯に踏み入れ自分の体と女性が部屋に入った所で肩肘を外し、行儀が悪いが脚で窓を閉めた。
「兄様」
「!!…………レナ」
窓から数メートル離れた部屋の出入口に当たる扉の前、ピンクパールカラーの上質なナイトガウンを羽織り、艶のある濃紺色の長い髪を緩く斜めにリボンで結び、眉より少し上でパッツンにカットされた前髪が少々幼さを残しつつも、美しい容姿を持つレイヴァンの妹が部屋の中を覗くように立っていた。
部屋には誰も居ないと思っていた為ビクッと肩が揺れた。
「先に寝ていなかったのか?」
「女性を助ける為に毛布を頼んで、使用人達にバレたくないなんて書いて、誰が女性を着替えさせるの?……まさか兄様、変態じゃないでしょう?」
「お前は…」
小さく軽蔑する眼差しを向けたレナに、レイヴァンは呆れて眉頭にシワを寄せた。
レナが本気で軽蔑している訳ではない事は分かっている。
「…で、兄様、その人が倒れていた方?」
レナはレイヴァンがお姫様抱っこした継の女性へと視線を移した。
小声ではあるが話し声でも目を覚まさず、眠った状態の女性。
「あぁ、湖の草の上に…」
レナの質問に答えながら、部屋に備え付けられているベッドへ女性を降ろした。
普段使用されてない部屋であっても、優秀な使用人達がいつ使われても良い様に―と毎日綺麗に掃除をしている為、ベッドも問題なくふかふかだ。
レイヴァンの後に続いてレナはベッドへ歩み寄る。
「本当はお風呂に入れた方が良いと思うが、この状態だし……俺は一旦、王宮へ戻らなきゃならない。」
「それなら、体を拭いて着替えさせれば良いのね?」
「あぁ」
流石、隊長を務めるレイヴァンの妹だけあり、頭の回転は早い。
小さい頃からずっとレイヴァンの側に居たレナは、レイヴァンのして欲しい事を汲み取るのが上手だった。
本来ならば使用人達が着替えさせるだろうが、今は知らせたくない為レナに頼むしか無い。
「一人では少し大変かもしれないが…平気か?」
「大丈夫よ。」
申し訳無い気持ちで聞いたレイヴァンだが、レナは嫌な表情もせずふわりと微笑んだ。
「それよりも兄様、戻るなら気を付けて?嵐は止んだけれど、夜の闇に紛れて変な事件に巻き込まれでもしたら…」
「分かっているさ。」
右手人差し指を立てて、まるで母親のように言い始めたレナの言葉を遮る。
理由あってレイヴァンがまだ幼かった時から、国王と王妃である両親と離れてこの邸宅で二人は生活している為、成長するに連れレナの口調が偶に母親みたくなるのは日常でよくある事だった。
暮らし始めた日から兄であるレイヴァンが主人なので、皆、レイヴァンの言う事には基本従っているが、レイヴァン不在の時やメイド達がなかなかレイヴァンに言い難い事はレナが代わりに聞いたり決定を下して来た。
結婚もしていないし婚約者すらいないレナは、自宅では女主人のようでもある。
「戻るまでに何かあれば、連絡してくれ。ルゥも置いて行くから」
左肩に載るルゥを見る様に首を動かせば、ルゥはレイヴァン肩からベッド横のサイドテーブルの上へと降りた。
レイヴァンの言葉が分かっているかのように。
「それと彼女が…「目覚めた時も…でしょ?」
「大丈夫だから、兄様は無事に帰宅してください。早く行かないと。仕事が残っているのでしょう?」
そうだな。という言葉を飲み込んで、レナに頷きレイヴァンは入ってきた窓の方へ歩く。
窓硝子を開いて外に出ると、レナが硝子を押さえた継、レイヴァンに片手を振って見送った。
大人しく待っていた双頭の竜とミニ竜を、邸宅の裏にあるレイヴァンの竜用の森に移動させる。
普段、森で放し飼いだが、レイヴァンの竜達は各々できちんと縄張りを決めているのか喧嘩は無い。
ミニ竜はレナの竜なので、後で返さないといけないが一先ず、双頭の竜と一緒に移動させた。
双頭の竜とミニ竜を放した後、レイヴァンはパンツのポケットから七・八センチ位の銀製の笛を取り出した一吹きする。
ピィ―――――……
森に笛の音が静かに響いた数秒後。
バザッ………バザッ………………ザン!!
木々の間から素速く、全身はブラックブルーで瞳はモリオンのような黒眼の竜がレイヴァンの前に姿を現す。
双頭の竜と比べて凛々しい表情の竜だ。
「寝ていたのに悪いな。仕事だカイス。」
カイスと呼ばれた竜はジッとレイヴァンを見詰める。
「王宮まで取り敢えず一飛びしようか」
レイヴァンがカイスに跨がると、カイスは空へ向って真っ直ぐ風を切るように飛び立つ。
森の上空へ出ると、レイヴァンの言った通り王宮方面へと向かった。
カイスと共に王宮の隣に併設される城内の一角、竜着地専用場に到着すると、他の部隊の隊員と竜の姿を数人見掛けた。
見た感じ騎士服の右肩に入る、三本の線の色から第三部隊の隊員達であろう。
隊員の制服にこうでなければならないという決まりは殆んど無いが、第一部隊と第二部隊と違い、第三部隊は女性も所属している事から、まとめる為に制服に目印が入っている。
ただ、医務部隊程、女性の数が多い訳ではない。
カイスを自分の竜用の定位置に留め、レイヴァンは第一部隊の部屋へと向かった。
階段を上がり、扉を開ければ何人かの隊員が室内に居た。
よく見るとその中にはルイの姿も。
レイヴァンが入って来た事に気付いたのか、ルイは直ぐ様、レイヴァンに歩み寄って来た。
「おい、レイヴァン!」
「…戻ってたのか」
「戻ってたのかじゃないだろう…!碧鷹を送った後に湖へ戻れば、一羽の碧鷹はそこに留まった継だし、お前は居ないし……」
どうやらルイはレイヴァンが居ない湖で、困り果てた様だ。
それでも碧鷹を肩に載せてる所を見ると、碧鷹を連れて戻る事が最善だと判断したのだろう。
さっき一人行動は控えろと言ったばかりで……とクドクド文句がルイの口から漏れる。
しかし、ルイの説教は五分と長く続かなかった。
明け方までにやる事はまだあり、時間が勿体無いとルイは分かっている。
「それで、どうするんだレイヴァン?」
「ルイが回収した碧鷹は、何か咥えていたか?橋の方を確認させていたんだ」
橋の確認をさせた碧鷹を忘れてはいない。
きっと戻って来るルイが最悪、碧鷹を連れ戻す事を予測はしていたし、あの女性をその継には出来なかった。
女性の事をレイヴァンは、ルイ達に今は語るつもりが無い。
「石の欠片を咥えていたぜ。恐らく、形状と色から橋の一部だろう」
そう言って、ルイが騎士服の胸ポケットから取り出した石には、明らかに手が加えられて出来ている凹みがあった。
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