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第7話 対決、酒呑童子の巻(1)

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「雪那様はまだ来ていないのですかぁ?」

 渡辺が戸部に尋ねる。

「うん、まだ来てないわ。何かあったのかも」

 戸部が心配をすると、坂田が口を挟む。

「まぁ、あいつのことだから大丈夫だろ。昼休みになっても来ないとは、あいつ、さては寝てるな」

 携帯を弄りながら、坂田は憶測を口にする。
 藤原は、朝から学校に来ておらず、太陽が真上にまで登っており、既に昼休みの時間になっていた。
 戸部は少し意外そうに坂田に質問する。

「てっきり心配するかと思ったけど、坂田って案外薄情なのね」

「何で俺があいつの心配しなきゃいけないんだ。子供じゃないんだから、自分のことは自分でするだろ。来ないってことはサボりだよ、サボり」

「坂田さんは心配じゃないんですね。唯は心配ですぅ! なので唯もサボりますぅ!」

 渡辺 は強い口調で坂田に宣言する。

「宣言して、サボるやつがいるかよ。サボるならこっそりサボれよ。それとお前、雪那を探しに行きたいだけだろ」

「なっ! なななっ! 坂田さんはエスパーか何かですかぁ?」

 目を開いて坂田の発言に驚く。

「んな能力ねぇよ。お前の考える事は誰でも分かるわ。てか、さっき自分で言っただろ」

 坂田の発言に、戸部もそうそうと頷く。

「バレたなら仕方在りません! 唯は何を隠そう、雪那様が心配ですぅ。というけですので、雪那様の家に行ってきますぅ! では!」

「では! じゃねぇよ」

 坂田達に踵を返し、教室の出入り口に向かう渡辺の腕を掴んで、坂田は止める。

「お前に言いたいことがいくつかある。まず、雪那の家がどこにあるの か知ってるのか? それと、家にはいない。あと、何でそんなに雪那に執着してるんだ?」

 坂田は矢継ぎ早に渡辺に質問をする。渡辺もその質問に答える。

「え、えぇとですねぇ。そんなに質問されても……」

「質問は二つしかしてない。一つ一つでいいから落ち着けよ」

「ええぇとですね、今住んでいるところは分かりませんが、実家なら分かりますぅ。雪那様は、ですねぇ、唯の恩人であり、唯にとって大切な人だからですねぇ」

 坂田はそうかと頷き、戸部が坂田に質問する。

「ちょっと待って、何であんたが藤原が家にいないって知ってるのよ?」

 確かにその通りだ、と気づき渡辺も坂田を見る。
 視線の集まる坂田は、歯切れが悪く、嫌そうに答える。

「あ、あぁ、それはな 。あいつの家に寄ったからだ。朝来るとき寄ったら、あいつ居なかったんだよ。それに電話しても圏外か充電切れてんのか繋がらないしな」

「坂田、藤原の家寄ったの? 坂田が!?」

「坂田君って、友達思いだったんですね! すみません! 唯勘違いしてました」

 戸部、渡辺の二人とも目が大きく開いた。

「だから、言うの嫌だったんだよな。別に、偶々だからな! 偶々朝、あいつの家通ったから寄って行っただけだからな」

 坂田が唾を飛ばす勢いで反論する。

「へぇ~、偶々ねぇ。偶々。あんた、意外と言い訳下手なのね。普段は頭回るのにね」

「そうですかぁ。偶々だったんですね! てっきり、雪那様が心配で寄って行ったのかと思いましたぁ」

「もうその話はいいから。そ れより、あいつのことは心配しなくていい。協団に連絡したら、雪那はそこにいて、今寝てるんだとよ」

 坂田の話を聞いて、渡辺は安堵の表情を浮かべる。

「良かったですう。無事何ですねぇ。妖怪に襲われたりはしてないんですねぇ」

「唯は心配し過ぎよ。わざわざ妖怪の方から特定の人物を襲いにかからないでしょ。まぁ、あんたは別かもしれないけど。そもそも、なんであいつ、協団で寝てるのよ?」

 戸部が疑問を口にする。

「さぁな? そこまでは教えて貰えてないな。ま、あいつのことだから、疲れてそのまま寝てしまったか、お腹を空かせて動けず、諦めてそこで寝たかだろうな」

「どっちにしてもばかばかしい二択ね」

「雪那様、大丈夫ですかぁ? 唯が弁当を作って持って行 ってあげますぅ!」

 渡辺が拳に力を入れて、宣言する。

「それは止めた方が、……いや、いいと思うぞ。あいつ喜ぶと思うぞ」

 坂田は、そんなことをしたら、二度と起きなくなると思ったが、それはそれで面白そうだと思い、肯定した。あの殺人的にマズイ料理を藤原が食べると思うと、坂田は思わずニヤけてしまう。

「喜ぶでしょうかぁ!? 唯、頑張りますぅ!」

「やけに熱が籠もってるわね。坂田も肯定するなんてね。てっきりひがむか、嫌がらせするかと思ったけど」

 渡辺の料理の恐ろしさを知らない戸部は、坂田の発言が意外だったことに少し驚いている。

「俺は友達思いだからな」

 妙に不自然な笑顔を貼り付けて、恥ずかしげもなく宣言する。
 
 放課後の時間になっても藤原は学校に来ることはなかった。
 渡辺は、鞄を持って、教室を出ようとする。

「もう帰るのか?」

 坂田は椅子に座ったまま渡辺に向いている。
 戸部は席を立ち、渡辺に心配そうに声をかける。

「必要なら、私も協団に一緒に行くから」

 渡辺は首を横に振る。

「いいですぅ。私一人で行くから大丈夫ですぅ」

 笑顔を二人に向ける。

「そうか。悪いな。俺は後で協団に寄るから、先行っててくれ」

「私も後で行くからね」

 渡辺は「わかりましたぁ」と頷いて、教室から出ていった。
 残った二人は互いの目線が合う。

「良かったのか? 一人で行かせて。お前も行きたいんじゃないのか?」

「あんなに、合うのを心待ちにしてる唯を見ると、何 だか、私はお邪魔かなって。――って、何言わせるのよ!」

 坂田をキッと睨みつける。

「お、おい、お前が一人で言ったんだろ」

 びくりと体をビクつかせて坂田は体を後ろに引いた。
 
 渡辺は教室を出て少し歩くと、そこにはピアスをつけて、茶色い髪を立たせた男子生徒が立っていた。
 渡辺達と同じ学年で違うクラスの秋山である。

「よう、どこに向かっているんだ?」

 ニヤついた顔で、馴れ馴れしく渡辺に声をかけた。

「協団ですぅ。どうかしましたかぁ?」

 渡辺は少し嫌そうな顔をしながら、真面目に答える。

「そうか、なら協団行く前によ、ちょっと付き合って欲しいとこがあるんだよ」

 目的地はどこでも良かったのだろう。声をかけるきっか けが欲しかっただけのようだ。

「あのぅ、唯は遠慮しておきますぅ。急いでるので」

 そう言って、通り過ぎようと踏み出す。

「まぁ、待ちなって。協団つったら、藤原のとこだろ? 行こうとしてるのは」

 行き先を言い当てられ、渡辺が口を開こうとするが、その前に秋山が続ける。

「あいつは、今異界にいるぜ。それも最下層だ」

「えっ!? な、何でそんなところにいるんですぅ!?」

 渡辺は驚きの表情に変わる。
 異界は、人間が足を踏み入れてはいけない、踏み入れたが最後、妖怪達に襲われ、殺されてしまう。
 さらに、その最下層ともなれば、妖怪退治の訓練を受けた協団の者、さらにはその上位クラス、二級や一級の者でさえも生きては戻ってこれない。その階層には 鵺が存在すると聞いていた。

「さぁな。どうやって入ったのか知らねぇな。大方、弱いくせに自分は強いと勘違いして、調子に乗って最下層に挑んだんだろ。あいつバカそうだしな」

 ヘラヘラ笑って、説明する。

「訂正して下さいぃ! 雪那様はバカじゃありません!」

 渡辺は眉をつり上げて、秋山に詰め寄る。

「はぁ? バカをバカと言って何が悪いんだよ。てめぇ、バカの肩を持つってことは、てめぇもバカだろ? そういや、お前ら仲良しこよしのバカチームだったな」

 秋山はバカを連呼し、渡辺や、藤原を貶した。

「唯はバカで結構ですぅ! でも雪那様と、皆さんのことをバカとか、貶したりするのは止めて下さい!」

 渡辺は一歩も引かずに反論する。

「てめぇ、うぜぇ なぁ。ったく、面倒くさい」

 秋山はポケットから鍵を取り出した。

「てめぇもバカのようだから教えてやる。藤原は今異界の最下層だ。っで、これはその最下層と協団の訓練扉とを繋ぐ鍵だ。協団でこの鍵を使えば、異界の最下層と繋げることが出来る」

「その鍵、協団のモノですよね!? 返して下さいぃ!」

「はぁ? 渡すわけねぇだろ。 いいから、ついて来い。目的地に着いたら渡してやるよ」

 秋山は条件を提示した。

「……わかりました。付いて行きますから、絶対に渡して下さいぃ」

 渡辺は渋々条件を飲むことにした。
 藤原を救い出す為には、その鍵を協団に持って行くしかない。それも一刻も早く。けれど、幼い頃の藤原を知っている渡辺の中では一つだけ確信があ った。

(鵺なんかにやられる雪那様では無いですぅ)
 
 秋山の後をついて行き、校門を出ると、一台の黒塗りの車が停まっていた。
 「乗れよ」と秋山に促され、後部座背に乗ると、運転席にいた人物が後部座背に向けて体を振り向かせた。

「やあ。来てくれて嬉しいっすよ」

 青色の協団の服を纏っていて、十代後半に見えるイケメン、重之だ。
 これから協団に車で連れて行ってくれるのだろうか。
 秋山が助手席に乗ると、重之が車のサイドブレーキを下ろしギアを変える。

「お前の運転で乗るのは初めてだな。俺が乗っているんだ、安全運転でいってくれ」

「任せて下さいっす」

 その言葉を無視するかのように急発進と急停止が繰り返される。
 赤信号で は急停止、青に変わると急発進。そして曲がる先では遠心力を無視するかのように急ハンドルを切り、勢いよく曲がっていく。
 秋山はグローブボックスにあった紙袋を持ち、「お前いつか絶対殺す」と、言いながら殺意だけを糧に我慢している。
 一方、渡辺は「きゃあああああ!」、「いやぁぁぁぁ!」と悲鳴をあげていたが、やがて悲鳴もなくなり、ぐったりしていた。
 しばらく車を走らせると、公園にやってきた。渡辺達の通う学校からは離れているが、その公園は鷲公園と呼ばれており、県内では一番大きな公園である。
 城跡を利用したその公園には遊具は一切無く、ジョギングや、ベンチでの一休みに利用されている。
 三人とも車を降りると、何事も無かったように先頭を重之 が歩き、秋山が少しふらつきながらついていく。
 秋山はそんな状態でも「ついてこい」と、渡辺に促す。
 渡辺は真っ青に青ざめた顔をし、「わ、わかりましたぁ……」と、元気の無い声でついていき、時折、口に手を当てる。
 あり得ない程の激しいドライブに、吐き気を催すが、必死に堪えてふらふらとついていく。

「あの、協団に行くんじゃないんですかぁ?」

 あまり外を見る余裕は無かったけれども、協団とは違う方向に向かっていることには気付いており、ついに質問することにした。

「協団には行かないっすよ!」

 重之が笑顔で答える。

「それじゃあ、唯をどこに連れて行くつもりなんですかぁ?」

「いちいちてめぇに答える必要ねえよ。黙って大人しくついてくりゃい いんだよ」

 秋山はイラつきながら歩を進める。渡辺も黙って付いていくことにした。
 公園の奥は山道になっており、ジョギングだけではなく、ハイキングとしても利用出来、そのハイキングコースを奥へ奥へと進み、途中から一般の方には辛い、険しい山道になり、さらに三十分程山の中を歩き続ける。
 土を固めて舗装された道を進んでいたが、途中でその道から外れ、重之は急斜面を下りて行く。秋山も舌打ちをつきながら、同じく斜面を下りていく。

「てめぇも早く来い」

 渡辺も急かされて、その後を付いていく。
 スカートより下の、素肌を露わにしている太股や膝に草木が擦れてしまい、数ヶ所程切り傷が出来てしまう。それでも歩き続け、やがてひらけた場所に辿り付いた。 
 藁葺き屋根の、いかにも古そうな民家が点在しており、どの家もボロボロに風化している。
 何十年、いや、百数十年、誰も住まなくなって、古びてしまったような印象を受ける。
 周りに生い茂った木々に遮られている所為かもしれないが、まだ日が出ている時間帯にも関わらず、辺りが暗い。僅かに届く日の光によって少しは視界が確保出来る程度である。周りの暗さと古びた家が相まって、異様な怖さを醸し出している空間だ。
 その怖さに気にも止める様子もな無く重之が歩を進める。
 秋山は少しそわそわしつつも重之の後に付いていき、一件の民家の中に入って行った。渡辺も後を追うようにして入っていく。

「到着っす!」

 重之がそう宣言すると、秋山が口を開く。

「ここ がお前の言ってたところか? こんなとこに連れてきて何するっていうんだ。まぁ、俺には関係無いけどな。で、約束通り渡辺を連れて来たんだから、てめぇの番だ。約束通り『神器』を渡して貰おうか」

「どういうことですかぁ?」

 渡辺が口を挟む。

「あぁん? 渡辺を目的地まで連れてくれば『神器』を渡すってことになってんだよ。で、さっさと寄越せよ」

 渡辺から重之に向き直り、要求する。

「無いっす! どんな手を使ったのか知らないっすけど、ご苦労っす! この子を連れてきてもらってご苦労っす!」

 重之が笑顔を秋山に向ける。

「はぁあ? てめぇ何言ってるのかわかってるのか?」

 秋山が怒りながら重之を睨みつける。

「君の方こそわかってないっすね」

  重之の笑顔は崩れない。

「何をわかってないって言ってんだ? てめぇ殺す
ぞ!?」

 秋山が怒鳴る。

「ここがどこで、君が何をして、誰にモノを言ってるのか。それがわかってないって言ってるっすよ」

 重之は相変わらず笑顔のままだ。張り付いたかのように笑顔が崩れない。

「はあ? だから……」

 重之の表情が一切変わらないことに気づき、二人の背筋が凍る。

「ここは異界。君が三種の神器持ちを連れてきて、君達がSS級と呼ぶ妖怪にモノ言ってるってことっす」

 終始笑顔の重之の体から漂う、只ならぬ妖気を感じとり二人は身動き一つとれないでいる。

「約束は破棄っす」

 重之の笑顔のまま宣言する。そして――。

「《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》持ち は、両手両足を切断して、動けない様にしておこう。もう一人は、……要らないな」

 笑顔がゆっくりと不自然に崩れ、口元がニタぁっと弧を描く。人間の顔なのに、この世のモノとは思えない異様な表情に二人とも恐怖してしまう。

「い……、いや、いやですぅぅぅぅ!」

 渡辺が後ろに後ずさる。

「ひ、ひぃ、こ、殺してやる……」

 秋山がビクつくが直ぐに冷静を取り戻し、『贋神器』の刀を出現させ、構える、その手は小刻みに震えている。

「青行燈(あおあんどう)!」

 部屋の奥にある、青色の紙で出来た長方形の行燈(あんどん)に向かって重之が呼びかける。
 すると、その行燈から、青白い光が生まれ、その光が消えると同時に妖怪が姿を現した。
 白色の着物を着てお り、角が二本生えた、般若の顔をした妖怪である。
 青い肌をしており、あからさまに妖怪だと物語っている。身長は二メートル以上はあり、筋肉隆々で、体格も人間離れしている。

「ワシヲ呼ぶその声、その妖気、酒呑童子様ではないか」

 青い肌の般若顔が重之に片膝をつく。

「青行燈、その女の両手両足を奪い、男は殺せ」

 さっきまでの笑顔とは変わり、冷たい表情を張り付かせ、命令する。

「仰せのままニ」

 青行燈と呼ばれた妖怪は立ち上がると、二人に歩む。

「こ、来ないでくださいぃ!」

 渡辺がさらに後ずさる。

「く、来るなぁ!」

 秋山が刀をブンブンと振り回す。
 青行燈が刀を手で払うと、秋山の手から刀が飛んでいき、秋山は渡辺を置いて、一目散に家 の外に走り去った。
 青行燈が今度は、残された渡辺に近寄る。

「真っ白ナ肌、柔らかそうナ肉、旨そうダ。両手ト両足は頂くとしよウ」

 青行燈は良いモノを見つけたように、渡辺にさらに近づく。
 渡辺は後ずさろうとして、バランスを崩し、尻餅をついてしまった。その体勢のままそれでも後ろに下がる。

「いやですぅ! 来ないでぇ!」

 渡辺の言葉に耳も貸さず、青行燈は渡辺の足を片手で掴んだ。

「いやぁぁぁ! いやぁぁ! あぁぁ!」

 渡辺は足を引っ張ろうとするがびくともしない。
 青行燈の手に力が徐々に込められていく。

「あぁぁぁぁぁああぁああぁぁ!」

 万力に締め上げられているかのように、足を掴む手が締まっていく。渡辺は恐怖で悲鳴を上げる。「人間の恐怖スル姿は、何度見ても飽きナイ」
 青行燈の楽しそうな表情が見てとれる。

「相変わらずいたぶるのが好きだな。どうした? 『神器』を使わないのか? このままでは青行燈にいたぶられる一方だぞ。と言っても未来が見えたところで抵抗のしようが無いがな。守られるしかない非力な『神器』を呪うがよい」

「いやぁぁぁあぁああああぁぁ!」

 余りの恐怖に涙が溢れ、悲鳴を上げ続ける。
 青行燈の手に一本の青い矢が突き刺さる。続けて、五本の矢が刺さった。指一本につき矢が一本ずつ、それぞれ正確に刺さった。

「ガァ?」

 青行燈の手が緩む。
 その隙に、渡辺の腕が急に捕まれて引っ張られ、青行燈の手からするりと抜ける。
 渡辺の腕を?む人物の顔を見る と、宮本だ。

「先ずは退きますわよ!」

 青色の協団の戦闘衣を着た、ショートカットヘアの女の子が力強く腕を引っ張り、渡辺を立たせた。もう片方の手には大きな刀を握っている。

「宮本さん!」

 渡辺が名前を呼んだ。
 宮本は渡辺の腕を引っ張り立たせると、民家の外まで連れ出す。
 足はヒビまで入っておらず、無事に走れるようだ。
 家の外まで出ると、二人は家から遠ざかる方向に向かって走る。
 渡辺は後ろを振り返ると、民家から青行燈が出てきて二人を追いかけてきた。
 このままでは直ぐに捕まってしまう。そう思った宮本は別の民家を通り過ぎたところで方向を変えて走った。腕を引っ張られている渡辺も同じ方向に走る。青行燈の視界から二人は姿を消した。
 青行燈もその民家まで辿りつき、曲がるが、民家が点在しているだけで、二人の姿がどこにも見えない。

「ドコに逃げタ?」

 青行燈は奥に見える民家まで走っていく。
 足音が遠ざかるのを確認すると、先ほど二人が曲がったすぐ側の民家の中で、宮本が渡辺に話しかけた。

「怪我はないかしら?」

 渡辺は首を縦に振る。

「はいぃ! 大丈夫ですぅ!」

 重之達に連れられて来たときに負った傷だろうか、草で切った様な浅い切り傷ばかりで、重傷に見えるところは無いのを確認すると、宮本は「そう? なら良かったですわ」と安心した。

「あの、腕……」

 腕を怪我しているのかと思い、宮本は渡辺の腕を見ると、まだ宮本が渡辺の腕を?んだままだった。

「ああ、すまない」

 宮本は慌てて掴んでいる腕を放した。

「いいえ、ありがとうございます! 怖かったですぅ」

 渡辺は宮本に頭をぶんぶんと下げて、涙目を浮かべる。

「まだ安心は出来ないですわ」

 数秒待ってから、青行燈が近くにいないか確認の為に、宮本は民家の外を覗いた。
 民家の外には青行燈の姿は見えない。
 今の内に来た道を戻ろうと、渡辺に呼びかける。

「渡辺さ……」

 渡辺の方に振り向くと――。

「見いつけタ」

 青行燈が渡辺の背後にいた。
 宮本は咄嗟に渡辺を自分の胸に引き寄せ、渡辺に伸ばした青行燈の手が空を掻く。

「邪魔だナ」

 青行燈はそう言うと、宮本達に近寄る。
 宮本が唯を抱き寄せたまま刀を青行燈に向けて構えると、青色の矢が般若顔の 額に突き刺さり、青行燈が少し蹌踉めいた。
 矢の飛んできた方向に渡辺が振り向くと、民家から少し離れたところに弓を構えている戸部がいた。
 青行燈がよろけている隙に、宮本と渡辺は民家の外に向かって走った。
 外に出ると、戸部の他に坂田と碓井がいた。

「優子さん! 坂田さん! それに碓井さんまで!」

 そのまま戸部の側まで駆け寄りながら名前を呼んだ。

「こっちまで来て!」

 弓を民家の中に向けて構えたまま戸部が指示する。

「後は俺達に任せな」

 刀を構えた坂田が安心させる言葉をかける。

「……あっしも君達に任せて逃げたいのですが」

 碓井は錫杖形の『贋神器』を片手に後ろ向きな言葉を呟く。
 先ずは坂田が青行燈の前に立ちはだかる。
 猿顔の鵺の額に刀を突き刺した。その刀を引き抜くと鵺の体から青白い光を放ち、消滅した。
 今ので最後の一匹だった。何体倒したのか数えていない。十二体からどんどん増えていき何体倒したのか数えていない。五十体だろうか、七十体? いや、百体は倒しているかもしれない。無我夢中で戦い続け、初めの一体を倒してから一日中ぶっ続けで戦っていると思う。
 『神器』から意識を奪われるという感覚も無くなった。自我を勝ち取ったのだろうか。
 辺りは相変わらず暗く、今が夜なのか、朝なのかもわからない。
 見渡しても妖怪の姿は無く、気配も感じない。本当にさっきので最後だったのだろう。
 体が重く、睡眠を求めている。一刻も早く、横になって休みたい。 寝てしまいたい。そんな衝動に駆られるけど、ここで寝てしまうと命は無いだろう。
 妖怪の巣窟、異界。それも何故か鵺ばかりが出現する一階層では寝込みを襲われたら最後、二度と目を覚まさないだろう。
 ふと、視界に人影が見えた。

(誰だろう?)

 その人影は僕に近づいてくる。

「よく、そんなにも倒しましたね。ここまで倒し続けるなんてさすが雪那さんです」

 十数歳に見える小さな少女の姿だ。

「さすが、藤原家十七代目、《天羽々斬(あめのはばきり)》を使いこなしますね。いえ、『神器』抜きにしても、凄い神力と体捌きです」

 豪華な装飾のされた青色の着物を羽織ったその少女は僕を賞賛する。

「和泉(いずみ)様、いつでも助けに来れたなら、早く来て下さいよ」

 綺麗な白髪の少女姿の教団長に文句を言ってみた。

「鍵無しでもこの異界に出入りは出来ますが、私が来たところで助けることはさすがに無理です」

(教団長ともなれば、この教団で一番強い人の筈だ。そんな方が僕一人助けられないなんて、そんなことはないと思うんだけどな)

「その顔は疑っておりますね。あなたは鵺の強さを知らないからそんなことを思うのです。鵺はA級ですよ、その鵺と対峙するには、一級クラス以上の者を十人程用意して、戦えるかどうかというところですのに、全くあなたは大した人です」

(一級と言うと、宮本さん。その宮本さんが十人程いて、それでようやくなんだ)

「それはともかくですね、あなたに用があって来ました」

 小さな女の子が僕の近くまで寄ってきた。

「用って何ですか? 僕はもう寝たいんですけど、早くここから出して下さい」

 自身で勝手に異界に入っておきながら、そんなお願いをしてみた。

「あなたにはこれから、渡辺さんの元に飛んで貰います」

「ちょっと待って、話が見えないんだけど」

 疑問を口にした。

「説明しますから、落ち着いて聞いて下さい。その体捌き、神気の使い方から察しますに、記憶は戻っているということで宜しいですか。そのまま話を続けますね。今、渡辺さんは酒呑童子の目の前にいます。捕らわれるのも時間の問題でしょう」

「ええと、何で渡辺さんが狙われているの? やっぱり三種の神器持ちだから、襲われたってこと?」

「合ってはいますが、理由はそれだけではないのです 」

 そう言うと、細かく説明をしてくれた。
 《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》、《八咫鏡(やたのかがみ)》、《草薙剣(くさなぎのつるぎ)》、それら三種の神器の持ち主を人柱として命を犠牲にすることで、妖怪の存在する異界と人間世界を完全に繋ぐことが出来る。今現在は神力の籠もった特殊な鍵を使用することで人間と一部妖怪のみが行き来出来るけど、妖怪の制限無く自由に行き来出来るようになると、力の無い人間達は妖怪達に人間界を占領されてしまうということ。酒呑童子はその人柱、三種の神器の持ち主を集めることを目的としているということ。そして、その三種の神器の持ち主は、《八咫鏡(やたのかがみ)》の契約者、和泉教団長と《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》 の契約者、渡辺唯が狙われている。和泉教団長は教団に守られている為、狙われる心配は今のこところ薄いらしい。それよりは、誰からも守られていない、狙い易い渡辺さんが危険だということだ。
 その渡辺さんは今、酒呑童子に連れ去られていて、直ぐに取り戻さなければ取り返しにつかないことになるらしい。

「何だよそれ? じゃあ今酒呑童子と一緒にいるっていうこと? それなら急いで僕、行ってくるよ」

 直ぐにでも追いかけなきゃ。
 和泉ちゃんの補足によれば、渡辺さんは僕を対象者として『神器』を使った。渡辺さんが『神器』の力を使うと僕に効果が発揮され、渡辺さん自身には何も効果を及ぼさない。狙われても為す術がないってことだ。力を使ったのは僕が小学生のときだった。
 つまり、今の今まで何も対抗する力無しに妖怪から逃げ回ってきたんだ。そして今度は妖怪の中でも恐ろしく強い、SS級の妖怪、酒呑童子が相手だ。今までずっと自分自身を囮にして、逃げ回ってくれて、妖怪の世界から僕を守ってくれていた。このままあの子を連れてかれるなんてそんなの悲しすぎる。
 僕のせいなのに。僕が弱いから力を使って僕を助けてくれたのに。そんなのあんまりだ。
 渡辺さんをこのまま連れて行かれてなるものか。

「待ちなさい! 一刻も早く渡辺の元に駆けつけたいのでしょ? それならこれを使いなさい」

 少女の姿で話す似つかわしくない言葉で和泉教団長がそう言うと、僕に鍵を渡した。
 鍵の頭には青い石が付いていて、その鍵を手に取ると、青く発光した。

「その鍵は『神器』間で繋がりがある者への扉を開ける鍵です。異界で使用すれば、其方と繋がりのある者、《八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)》で繋がった渡辺さんの元へ飛ぶことが出来ます。でもその前に、――佐々木さん!」

 和泉ちゃんが呼ぶと、その背後から華奢でいかにも美少女な女の子、彩花が出現した。

「……お待たせしました」

 青色の協団のコートを羽織った彩花は手にもコートを持っていて、僕の前まで近寄った。

「【神器】を使用して、治療してあげてください」

「……はい」

 短くそう答えると、手に持ったコートを和泉ちゃんに渡し、僕の体に向けて腕を広げ手を向ける。手首に着けた数珠が青く光る。その光に僕の体が包まれた。

「この【神器】は体の細胞の再 生を速めて治療する能力があるのです」

 和泉ちゃんが説明をする。その言葉通り、鵺との戦いで負った、体にあちこちにある傷口が塞がっていく。

「彩花って、『神器持ち』だったの? ってことは、何か失っているんじゃ? 大丈夫なの?」

「……こんなときでも、……人の心配をするのね?」

「この子の場合、失うというよりは与えられたと言った方がいいですね。半径十メートル以内の人の考えが頭に入り込んでくるようになったのですよ」

「え? それってメリットじゃ?」

「嫌でも人の気持ちが分かってしまう状況がどれだけ彼女を苦しめるか、まだあなたにはわからないかもしれませんね」

「そんなに大変なんだ!? え、治療なんかしてて大丈夫?」

「……私は大丈夫。…… それよりももっと、……大事なことがあるでしょ」

 そうだ、僕は渡辺さんを助けにいかなきゃ!
 傷が塞がったのを確認すると、彩花は腕を下ろし、僕の体を包む光が消えた。

「……終わりました」

「ありがとう!」

「ご苦労様。雪那さん、その鍵の使い方ですが、簡単です、強く念じることです。そうすれば『神器』間の繋がりのある渡辺さんの元へ行けます。それとこれを持っていきなさい」

 和泉教団長が先ほど彩花から受け取ったコートを僕に渡してきた。
 全体が青い色をしたコートだ。彩花が着ているコートよりも深い蒼色をしている。

「そのコートは妖怪の力、妖気による攻撃を多少なりとも軽減する効果があります。無いよりはマシだと思います」

 多少だとしても、攻 撃を軽減出来るなんて、便利なコートに違いない。遠慮無く使わせてもらうことにした。コートに袖を通し、鍵に念じる。強く念じる。
 渡辺さんのもとへ! どうか渡辺さんの元へ僕を飛ばしてくれ! あの子を今度は僕が守る番だ!
 鍵は反応するかのように青く強い輝きを放ち、目の前に青く渦巻いた空間が出現した。人一人通れるくらいの大きさだ。
 青く渦巻いた空間に入る。

「それと、この【青龍の協団】の宣伝にもなります。其方が身に付ければさぞ良い広告塔になるでしょう」

 最後の言葉は聞かなかったことにした。
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