クリスの物語

daichoro

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第一章 過去世の記憶

第5話 薬売りの老婆

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「おい、ホズピヌス。あれ見ろよ」


 背が高く長髪のひょろひょろした男が、隣を歩くよく日に焼けた太った男の肩を叩いた。


「うん?なんだ?」

 ホズピヌスは目を細めて長髪の男が指さす方向を見つめた。

 そこには、たくさんの人で賑わう市場の中ひとりポツンと座る老婆の姿があった。

 熱い日差しの中、老婆は黒い布を頭まですっぽりと被っている。


「薄気味悪いババアだな。あんな格好して、見ているこっちが暑くて仕方ねえ」

 手で顔を扇ぐ仕草をすると、ホズピヌスは「ちょっと行ってみようや」と言って、顎で合図をした。


 老婆の前には、ガラス製の容器に入った薬液のようなものがたくさん並べられていた。

 それを見て、ホズピヌスは目を丸くした。


「スプラトゥルス、なんだってこの婆さんは高価なガラス細工をこんなにも持っているんだ?」

 長髪の男に向かって、小声でホズピヌスが聞いた。

 聞かれたスプラトゥルスも同じく驚いた様子で口元を押さえ、首を傾げた。


 衝動を抑えられず、ホズピヌスは老婆の元へ近寄っていった。


「おい、婆さん。こんなところで一体何してるんだ?」


 身動きせずうつむいたままの老婆は、声をかけられるとゆっくりと顔を上げた。

 その顔を見て、ホズピヌスは絶句した。

 老婆の目には、黒目がなかった。見開かれた瞳は、腐った卵のように黄色く変色していた。

 しわくちゃの顔には、ワシのくちばしのような長く大きな鼻が伸びている。


 老婆はホズピヌスの顔を少しの間見つめるとがっかりしたように首を振り、再びうつむいた。

 それからボソッと何かをつぶやいた。



「あん?」

 ホズピヌスが聞き返すと「薬だよ」と、かすれた声で老婆は言った。



「薬を売ってるのさ。ただし、お前さんたちに売るような薬はないよ。さっさと去りな」

「なんだと?」

 激昂げっこうするホズピヌスを、スプラトゥルスがなだめた。



「放っておこう」

 スプラトゥルスに腕を引っ張られると、「けっ、死に損ないめ」とホズピヌスは吐き捨てるように言った。それから、二人はその場を後にした。



************************************************



「─────そうですか。分かりました。─────はい、お願いします。失礼します」



 電話を切ると、紗奈は椅子の背もたれに寄り掛かった。

 クリスの母親からべべが死んだことを聞かされ、紗奈はショックだった。


 数年前までは、よくクリスと一緒に散歩に行っていた。

 あれだけ元気だったのに・・・。


 元気に走り回っていたべべを思い出して、クリスと遊ばなくなってから長い月日が流れていることを紗奈は改めて実感した。


 そして何より、クリスが不憫で仕方なかった。

 べべはクリスの心の拠り所だった。そのべべがいなくなって、クリスの精神状態は大丈夫だろうか?


 今は泣き疲れて眠ってしまっているということだが、無理もないことだ。

 母親へは起きたら電話をくれるよう言伝しておいた。

 起きたら、会いに行ってあげよう。

 棚にスマホを置くと、紗奈はベッドに横たわった。



************************************************



「おい、起きろ」

 体を揺すられて、ファロスは目を覚ました。


「大丈夫か?」

 青い目をした青年が、心配そうにファロスの顔を覗き込んだ。


 壁に身を預けていたファロスは姿勢を正すと「寝てしまっただけだ」と言って、頭を振った。

 軽くこめかみを押さえてから「オルゴスは起きていたのか?」と聞いた。


「ああ、この日差しの中じゃさすがに寝られんよ。お前も日射病にでもなったんだろう。たくさん水を飲んだほうがいい」

 そう言って、オルゴスは水の入った皮袋を差し出した。


 ファロスはそれを一口飲んでから髭を拭うと、食べ残してあった平べったいパンの切れ端を口に放り込んだ。


 そこへ「休憩は終わりだ!持ち場につけ!」と、兵士から号令がかかった。

 二人は立ち上がり、兵士の指示に従って突き刺すような日差しの中、再び積み荷を運ぶ列へと戻った。



**********************************************************



「仕事が終わったら、ワインでも飲んでいこうや」

 ファロスに荷を受け渡すと、溢れ出る額の汗を拭ってホズピヌスが言った。

 受け取った荷をオルゴスへと引き渡してから、ファロスは首を振った。


「いや、そんな余裕はないさ」


 そんなファロスの浮かない表情を見て、傍らで荷を運んでいたスプラトゥルスが思い出したように言った。


「そういえば、今朝市場で薬売りの老婆を見かけたぞ」


 それに対して「いやいやいや」と、手を振ってホズピヌスがすかさず口を挟んだ。


「あんな胡散臭いババアの売る薬なんざ、何の効き目もねえよ。反対に飲んだら最後、ポックリいっちまうぜ」

 老婆に相手にされなかったことに未だ腹を立てているのか、ホズピヌスはふてくされるように言った。


「まぁ、たしかにな。でも、あれだけのガラス細工を持っているってことは、ひょっとしたらかなり名の知れた調合師なのかもしれないぜ?」


 スプラトゥルスの言葉に、ホズピヌスは鼻で笑った。


「だとしたら、俺たちの手の届く代物じゃないだろう。実際、あのババアは俺たちの身なりを見てお前らに売る薬なんてない、などと抜かしやがったんだ。行ったところで売ってもくれんさ」



 それからファロスと目が合うと、ホズピヌスは首を振ってから「心配ないさ。エメルアの病はきっと治る」と言って励ました。


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