クリスの物語

daichoro

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第一章 過去世の記憶

第45話 予感

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 こうして毎日待ってみても、なかなか現れないものだね。

 そもそもこの地表世界に、ドラゴンと契りを交わした人間などそうそういるものでもないのかもしれないね。


 まぁいいさ。アタシは自分の使命に従って行動しているんだ。その使命に同調する人間が、いずれ現れるはずだよ。そうでなければ、アタシもそれまでの人間だったということさ。


 それにしても、今日はずいぶんと人が多い。どうやら、遠方の国からも商人たちが物売りに来ているようだね。

 これだけ人がいれば、ドラゴンと契りを交わした人間が一人くらいは現れそうなものだ。


 やはり、アタシの読みに狂いはなかった。

 こちらへ近づいてくるあの若者には、ドラゴンがついているよ。本人は気づいていないようだが。


 アタシの使命は、やはり地上の人間を目覚めさせることにあるのさ。

 だからこそ、こうしてその使命を遂行するのに必要な人間を必要なときにちゃんと神が寄越してくださるのだ。


 あの若者ならきっと、黒いドラゴンの石を取ってくることができるだろう。そして、この地上の人間たちが目覚めるための足がかりとなってくれるはずさ。



「婆さん、薬を売っているんだろう?」

 ほうら、きたきた。


「そうだよ。お前さんのために、アタシは今日ここで薬を売っているのさ」

「一体それはどういう意味だ?」


「言葉そのままの通りさ。お前さんをここで待っていたということだよ」

 こやつも薬を買いに来たということは、きっと身内に伝染病にかかっている者がいるのだろうね。

 このところ、アタシのところへやってくる者は皆そうだからね。


「お前さん、大切な人が病にかかっているのだろう?」

「なぜ分かるんだ?」


「アタシにはすべてお見通しなのさ」

「じゃあ婆さん、その病を治せる薬があるのか?」


「残念ながら、アタシの薬だけではその者の病は治せないよ。少しは回復させることができるだろうがね。しかしそれ以前に、その者にはもはやその病に打ち克つほどの体力が残っていないのさ。

 今この国では、多くの者が同じように伝染病にかかっているよ。しかし、すでに発症してしまっているようなか弱い人間は、回復の見込みがほとんどないのさ」


「それじゃあ、諦めろとでも言うのか?何とか治す方法はないのか?」


「どうした?」


 おや、お連れの者がいたようだね。

 こちらは、特にトラゴンと契りを交わしているということはなさそうだ。


「何の話をしてたんだ?」

「いや、この婆さんが言うには、エメルアのかかっている病はもう治せる見込みがほとんどないということらしいんだ」


「この婆さんには治せないというだけのことだろう。気にすることはない。エメルアの病はきっと治るさ。こんな婆さんの言うことなど放っておいて、行くぞ」


「ああ、そうだな」

 本当に何も知らないボウヤだねぇ。


「ちょっと、お待ちよ」


「何だ?」

「アタシはまだ治す方法がないといってはいないよ」

「それじゃあ、治せるのか?」

 まったく、地上の若者はせっかちだこと。


「ないことはないさ。それに、もしアタシが無理だというのなら、この地上でその娘の病を治せる者など存在しないよ」

「ずいぶん威勢のいいことを言うじゃないか、婆さん。それで、どうやって治すというのだ?特効薬があるとでもいうのか?」


 こやつは、本当に口の聞きかたを知らないね。

 まぁいいさ。そこに目くじらを立てても仕方がない。


「そうさね。まずは、根本的にこの国の体制が腐ってしまっているよ。そこを改善していかないことには、いずれまた同じことを繰り返すさ」

「国の体制だと?そんなこと、俺たちには改善のしようがないだろう。それに、エメルアの病を治すのにそんなことは関係ないだろう。そんな悠長なことも言っていられないしな」


「まぁ、お聞き。お前さんたちの運命は、生まれた境遇によって決定されるというわけではないよ。仮に定められていたのだとしても、一人ひとりが自分の力で起ち上がるよう意識を変えれば運命など変えることができるのさ。

 そしてこの国の者たちは、今まさにその岐路に立たされていると言えるよ。状況がね、そういうことを表しているのさ。

 エメルアという娘にしてもそうだが、今国民が侵されている病はただ単純に栄養を摂って、体力さえ蓄えていれば発症することのないものだったのさ。

 ところが、この国ではほとんどの物資が国に巻き上げられ、国民には行き渡らない。そんなことでは、病に打ち負かされるのも当然のことさ」


「それじゃあ、エメルアの病も栄養を摂りさえすれば治るということか?」

「栄養を摂れるのなら、そうした方が回復の見込みは当然上がるさ。しかし、それだけじゃあもはや手遅れだね。もっと、内奥から生命力を呼び起こすような起爆剤が必要だよ」

「何だそれは?そうする薬があるということか?」


「いいや、違うよ。内奥から生命力を呼び起こし、国民一人ひとりを真に目覚めさせる起爆剤となるもの・・・。それは、ドラゴンの石さ。それも、黒く輝くドラゴンの石だよ」


「ドラゴンの石?石にそんなパワーがあるというのか?」

「ただの石ではないよ、ドラゴンの石は。それは、ドラゴンの生命エネルギーを封じ込めた神聖なるものなのさ。

 それに、黒いドラゴンの石は、ドラゴン族の中でも伝説的なパワーを持つ超竜の生命力を封じ込めてある。

 つまり、それは計り知れないほどの力を秘めているのさ。

 その石を手に入れてその力を解き放てば、皆の潜在する生命力を呼び起こし、病を克服することも革命を起こすことも可能になるということさ」


「それで、そのドラゴンの石とやらはどこにあるんだ?」

「それは地底深くに眠っているということだよ」


「地底深くに眠っている?ずいぶん漠然としているな。もっと、具体的に分からないのか?」

「そうさね。それは、行ってみないと分からない。誰にも知られることなく、密かに眠っているのだからね。それは導きがあってすればこそ、見つけ出すことができるのさ。

 ただ、アタシが思うに、お前さんは導かれているようだよ。行けばきっと見つけ出すことができるだろうさ」


「でも行くといったって、そのような地底深くへと、どうやって行けばいいというのだ?」

「ひとまずアタシの住処へおいで。地底への入り口までなら、アタシが案内できるからね」


「どうする?」

「そうだな。しかし急には決められないな。とにかく一度家へ帰ろう。帰って少し考えてみようじゃないか」


「そうするといい。ただし、その娘の命もそんなに猶予はないよ。もってあとひと月というところだろうね。考える時間はあまり残されていないよ」



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