クリスの物語

daichoro

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第三章 悪魔の儀式

第54話 優里のドラゴン

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 ふわふわとしたベッドの上にクリスは横たわっていた。

 体を起こしたクリスは、ぼーっとする頭を押さえた。



 横になっていたのは、アダマスカル内の寝室のベッドの上だった。部屋には他に誰もいない。クリスはベッドから出て、ラプーモで一度体をリフレッシュさせた。それから、円盤に乗って上階へ上がった。



 リビングにいたのは、エランドラだけだった。



『よく眠れたかしら?』

 クリスに気づくと、エランドラが微笑んだ。



『うん。まだ頭がぼーっとするけど。ところで、みんなは?』

『外へ出ているわ』



 クリスは窓辺に近づいて外を見た。外は、雲ひとつない快晴だった。

 あたりには草原が広がり、その向こうには真っ白な雪原がどこまでも広がっている。しかし、その雪を見てクリスは首を傾げた。

 雪にしては、質感がおかしい。もこもことしたあぶくのようだ。クリスは振り返ってエランドラに尋ねた。



『えーっと、ここどこだっけ?』

『ここは空中都市のアジユトよ』



 クリスの隣へやってきて、エランドラが答えた。やっぱり、とクリスは思った。

 見渡す限り広がる白い綿のようなものは、雪ではなく雲だったんだ。霧に覆われたどんよりとした街にずっといたためか、



 目の前に広がる明るく牧歌的な風景はクリスの目にとても鮮明に映った。

 空中都市アジユトといえば、ラーナミルたちの出身地だ。



『トルメイがラーナミルたちをお送りするということで立ち寄ったのだけど、せっかくだからみんな観光したいと言って出かけたのよ』

 そんなの、ずるい。ベベまでも抜け駆けするなんて、とクリスは唇を尖らせた。



『それなら、ぼくも行く。エランドラは行かないの?』

『では、一緒に行きましょうか』

 エランドラは笑顔でうなずいた。



『あ、そうか。エランドラはぼくのこと待っていてくれたんだよね。ごめん』

 エランドラの気遣いを察して、クリスは謝った。するとそこへ、円盤に乗って皆が上がってきた。フィオナやラーナミルたちもいる。



 真っ先にベベが駆け寄ってきて、抱っこをせがんだ。ベベはピューラが破れてしまったため、空が飛べなくなっていた。



「クリス、目が覚めたんだね」

 紗奈が嬉しそうに声を弾ませた。

「あ、うん。紗奈ちゃんは?みんな大丈夫だったの?」



 風光都市から脱出した時には、闇の勢力や超竜との激闘で皆疲弊していた。

 ナイフで切りつけられて大きな怪我を負ったヴァルター、それにドラゴンとの戦いで体中傷を負ったロインは紗奈の治癒によりその場で回復していた。しかし、皆生命力を使い果たしてボロボロだった。



「マルゲリウムで回復したからね。全然、大丈夫」と言って、紗奈は両手を握ってガッツポーズした。

「それより、クリス。ちょっと見て。優里の」



 紗奈はそう言ってうしろを振り返った。

 紗奈に促されて、優里は満面の笑顔で手を差し出した。優里の広げた手の上には、エメラルドグリーンの小さなドラゴンがちょこんと乗っていた。



「ナイルさんがくれたの。卵をくれて、そうしたらわたしの手の上で孵化したの」

 頬を紅潮させ、興奮気味に優里が言った。



 よくよくナイルから話を聞くと、ナイルたちが空のクリスタルエレメントを探していたときのこと、空中都市ポスレンシアの“風の洞窟”でドラゴンの卵を見つけたということだった。

 そしてそれを持ち帰ってみたものの、適任者が現れずに卵は孵化しないままだった。そこへ、ドラゴンと契約を交わしてはいるが未だ守護ドラゴンのいない優里が現れたので、ナイルはひょっとしたらと思いこうして卵を渡してみた。

 すると優里の手に触れた途端、卵は孵化したというわけだ。



「名前はエンダっていうの。ドラゴン以外の姿にシェイプシフトできるようになるには、地表世界の年月でいうと1000年くらいはかかるみたい。でもサイズはすぐに大きくなるって言ってた」

 目を輝かせながら、優里は話した。エンダに乗ってドラゴン飛翔するのが、楽しみで仕方がないという様子だ。



「名前は桜井さんが考えたの?」

「ううん。エンダが自分で名乗ったの」

「え、もう喋れるの?」

「うーん。喋れるってほどではないけど、たまにちょっと思念を飛ばしてくる」

 優里は、愛おしむように指先で小さなドラゴンの頭を撫でた。



「ピー」と鳴いたドラゴンから、たしかに『うれしい』と思念が飛んできた。

 その光景を微笑ましそうに眺めるフィオナに、クリスは視線を向けた。



『そういえば、ウェントゥスは無事でしたか?』

 クリスが尋ねると、フィオナは笑顔でうなずいた。



『はい。おかげさまで』と、フィオナが返事をすると『この通り、私が持っています』と、ヴァルターが腰に提げた麻袋をぽんぽんと叩いた。袋は丸く膨らんでいた。

 ロインもパオリーナも、満面の笑顔だった。かなり手こずったからこそ、最終的に自分たちの手で入手できたことが誇らしく、何にも代えがたい喜びだった。



『それじゃあ、これで無事に地球は闇の勢力の手を逃れてアセンションできるんですね』



 皆の笑顔を見回して、クリスがしみじみと言った。

 思えば、ファロスとしての前世を思い出したことからすべてが始まった。つまり、前世を思い出したことには意味があったということだ。それがなければ、こうしてエランドラやクレアたちとも、今世で出会うこともなかっただろう。

 以前エランドラが話していたように、すべては必然だったのだ。



 そして危険な目に遭いながらもアクアを手に入れ、みんなの力を合わせて最後のクリスタルエレメントもこうして無事に手に入れた。あとは、これをソレーテの元へ届けるだけだ。



『いかがなさいますか?』

 トルメイがクリスの顔をのぞき込んだ。



『せっかくですから、クリスさんもアジユトを観光されますか?』

「うん。せっかくだから、そうしようよ。すっごい素敵な街だよ」と、キラキラした目で紗奈が言った。その隣で優里も同意するようにうなずいた。



 クリスはラーナミルを見た。ラーナミルは笑顔でうなずいた。クリスはラーナミルにうなずき返してから、トルメイに視線を戻した。



『今度、ゆっくり見学させてもらいに来ます。それより今は、早いところウェントゥスをソレーテさんの元に届けた方がいいと思うので』



 いつどこでまた闇の勢力の攻撃を受けるか分からない。油断は禁物だった。

 すべてのクリスタルエレメントが手に入った今、早いうちに地球のアセンションを進めてもらった方がいいだろう。

 クリスのそんな思いに、皆が納得するようにうなずいた。



 地球のアセンションに関しては、5つのクリスタルエレメントが揃ったからといってすぐに始まるわけではないとラーナミルが説明した。

 アセンションを進めるためには、地球のあらゆる都市から集められた選ばれし十三人の神官が7日に及ぶ儀式を行う必要がある。だからそれまでクリスタルエレメントの保管にはくれぐれも注意してください、と去り際ラーナミルがトルメイに念押しをした。




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