クリスの物語

daichoro

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第四章 パラレルワールド

第39話 サタンの召喚

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 再び室内の照明が灯されると、一行の目の前に巨大な怪物が姿を現していた。

 その怪物が悪魔であることは、クリスや紗奈にとっても一目瞭然だった。



 巨大な体には大蛇のような尻尾とコウモリのような翼を生やし、山羊のような頭には二本の大きな角が生え、鋭い牙をむいた口からは長い舌を垂らしていた。

 体中から粘液が垂れ、見るからに嫌悪感を覚える不気味な出で立ちだった。



『サタンだ。悪魔の中でも、最上位の悪魔だよ』

 頭に響くハーディの声は、心なしか震えていた。



 一同は、自然と身構えた。エンダの背に乗るベベも吠え声を上げることなく、耳を垂らして萎縮している。

 エランドラとラマルは、いつの間にかドラゴンにシェイプシフトしていた。



 サタンは、クリスたちに向かって一歩一歩ゆっくりと歩を進めた。その巨体が動く度に、強烈な悪臭が鼻を襲った。



 突然、エランドラが飛び上がってサタンに攻撃を仕掛けた。口を大きく開けて、サタンに火を吹きかける。

 しかし、サタンが歩みを止めることはなかった。火を吹き続けるエランドラに歩み寄り、まるで目の前の障害物をはねのけるように腕をひと振りした。



 一撃だった。

 吹き飛ばされて壁に激突したエランドラは、人の姿に戻ってビクビクと痙攣していた。続けざまに、ラマルがサタンに襲いかかった。



『ラマル、ダメ!』

 クレアが叫んだときには、もう遅かった。



 口から水砲を放って攻撃したラマルも、エランドラ同様サタンの一撃にあっけなく沈んだ。

 エランドラとラマルの元へ駆けつけようと、紗奈が瞬間移動のカンターメルを唱えた。



「プントービオ」



 しかし、紗奈はその場に留まったままだった。



「え?」

 紗奈は、指にはめたマージアルスを見つめた。



 それからもう一度「プントービオ」と唱えた。しかし、瞬間移動できない。



「魔法が発動しない」と、紗奈が困惑するように言った。先の戦いで消耗しすぎてしまい、魔法が使えるほどの生命力はもう残されていないのかと不安になった。



「ヴァグラデュース」



 ハーディが向かってくるサタンに指先を向けた。しかし、ハーディの魔法も発動されない。

 すぐさま、クリスもカンターメルを唱えた。



「アクアバーラボンバーダ」



 しかし、クリスも同様だった。



「アクアサルギータ」

「アクアスピール」

「ラニムグラデュース」



 クリスは次々と思いつく攻撃魔法を唱えた。しかし、何ひとつ発動されない。



『結界だ』

 ハーディがそう言って、天井を指差した。

 天井の四隅に、魔法陣が描かれている。



『あの結界を破らないと、魔法は使えない』



 そんな────。

 一同顔面蒼白になった。こんな化け物、魔法なしに戦えるわけがない。辛うじてピューネスの飛翔機能は作動するが、それだと飛んで逃げ回ることしかできない。



 近づいてくるサタンに合わせて、一行は宙に浮いたまま後ずさりした。

 ついに、壁際まで追い詰められた。サタンは、じわりじわりと近づいて来る。まるで逃げ惑うネズミを追う猫のように、この狩りを楽しんでいるようだった。



 誰からいたぶってやろうかと吟味するように、サタンが舌なめずりをした。

 それを見て、クリスは旧校舎裏倉庫でアーマインが紗奈に襲いかかろうとしたときのことを思い出した。

 そうだ、ミラコルンがある。



「オンドーヴァルナーシム」



 クリスは腕を突き出し、ミラコルン発動のカンターメルを叫んだ。

 しかし、ミラコルンが発動される様子は微塵もない。



『ダメだよ。結界の中ではあらゆるカンターメルが打ち消されてしまうんだ』

 サタンを見据えたまま、ハーディが言った。



 万事休す。クリスは言いようもない恐怖に襲われた。



『飛ぶんだ』

 いよいよ目の前にサタンが迫ってきたところで、ハーディがかけ声をかけた。

 全員一斉にその場に飛び上がった。



『仕方ない。とにかくここは、ひとつでもいいからクリスタルエレメントを奪い返すことだけを考えよう』

 ハーディはそう言って、クリスタルエレメントに向かって飛んでいった。



 すると、サタンがその場に飛び上がった。図体からは想像できないほどのものすごいスピードだった。

 ドンッと鈍い音がして、血が飛び散った。サタンの腕が、ハーディをかばって飛び出したラシードの胴体を貫通していた。



「ラシード!」

 ハーディが叫んだ。



 サタンは床に着地すると、ラシードを腕から抜き取って放り投げた。

 ラシードはビクビクと痙攣していた。



 ハーディはラシードのもとに飛んで行って、名前を叫んだ。

 ラシードは大きな瞳でハーディを見つめた。そしてゆっくりと目を閉じた。すると間もなくして、ラシードの姿は消えてしまった。



 ハーディは涙を拭って立ち上がった。いつも冷静沈着なハーディの目が血走って怒りに燃えていた。



「いいですね。その顔ですよ。恐怖と怒り。その感情こそが私たちの求めるエネルギーです」

 バルコニー席で見物する老人が、興奮した様子で言った。



「うおおおおおお」

 床に落ちていたラシードの大剣を拾い上げると、ハーディは怒号を上げてサタンに向かっていった。



「ホルス!」

 紗奈が叫んだ。



 ハーディが振り下ろした大剣をサタンが易々と片手で受けとめた。

 そしてもう一方の手でハーディを捕まえようとした矢先、ホルスが飛び上がってハーディを救い出した。



 ハーディを床に降ろすと、ホルスは立ち上がってサタンと向かい合った。

 巨大なホルスよりも、サタンはさらにひと回り以上大きい。



 手に槍を構えると、目にもとまらぬ速さでホルスが攻撃を仕掛けた。

 サタンが辛うじて手でそれを受けると、ホルスはすかさず蹴りを入れた。するとサタンの巨体が宙を舞って、床に倒れた。振動で建物が揺れた。



 見事な立ち回りだった。ホルスだったら勝てるかもしれない。

 一同の間にそんな期待が芽生えた。



 しかしサタンの強さは、予想をはるかに超えていた。

 ホルスの俊敏な動きに翻弄されはしているものの、ホルスの攻撃はサタンにほとんど効いていなかった。一方、ほんの少しサタンの攻撃がホルスをかすめただけで、ホルスはダメージを負った。



 少しずつ弱っていくホルスを前に、一同の士気も徐々にしぼんでいった。

 このまま、ここで全員殺されてしまうのだろうか。

 もし運よく逃げ出せたとしても、地球を闇の手から救い出すことはできないだろう。そんな諦めムードが漂い始めた。




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