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転生・蘇る大帝

第11話 小さな一歩

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 レオンハルトが目を覚まして、さらに3日が経過した。魔力回路以外はほとんど回復したレオンハルトは戦の前のように騎士たちを集めていた。

 あの時と違うのは、騎士たちが動揺していないことと、皆顔に尊敬の色を浮かべていることぐらいだ。

「さて、皆のもの。よく集まってくれた。感謝する」
「「「はっ!」」」
「……知っての通り、我らは帝国軍を無事撃退できた。これは、ひとえに諸君らの奮闘によるもの。本当によくやってくれた。よくぞ、民を守ってくれた。領主代理として、感謝の言を述べさせてほしい。ありがとう。そして、辺境の野暮で泥くさい騎士と言ってしまったことを謝らせでほしい。本当にすまなかった!」
「あ、頭をあげてください! あれは腑抜けた我々を激励するためだと、皆わかっております!」
「それでもすまなかった。撤回しよう。諸君らは決して野暮で泥くさい騎士などではない! お前たちはこのライネル領を守ってくれた英雄である! 民を守ったその功績は、万金にも値する! 誇れ! お前たちは成し遂げたのだ! 帝国軍1万相手に見事に民を守ることができた! もう、誰にもお前たちを馬鹿にさせない! お前たちと手綱を並べたことは我が誇り! 何事にも代えがたい至高の宝である!」
「「「おおううぅ! レオンハルト様万歳! レオンハルト様万歳!」」」

 戦前の戦意に満ちた雄叫びではない。
 心の底から湧き起こる尊敬の念をただ言葉にしただけ。
 それだけなのに、なんだ高揚感は。俺たちは今、歴史の転換点に立っている、歴史の証人となっている。
 その思いが、共通して騎士たちの中に存在した。



 騎士たちを引き連れて、要塞都市ライネルに帰還したレオンハルトは、目の前の光景に圧倒されていた。
 まるで王の帰還かのように、大通りの横には領民がずらりと並んでおり、皆お祭り騒ぎである。

 実はレオンハルトによる演説、通称暁の演説は騎士たちだけでなく、一部の領民にも聞かれていた。噂が噂を呼び、レオンハルトの演説は過剰なまでに拡大解釈されたまま領内に広まっていた。

 それに加えての戦勝の知らせ。騎士たちだけでなく、領民たちの間でも、間違いなくレオンハルトの評判は上がっていた。

「レオンハルト様だ! レオンハルト様が帰還されたぞ!」
「まだ子供じゃないか。本当にこんなのが帝国軍に勝てたのかよ」
「間違いないよ! 僕はあの日、演説で聞いたのは間違いなくレオンハルト様の声だった。幼さはあるけど、凛々しい声だった。間違いない!」
「きゃー! レオンハルト様! こっち向いて!」
「なんという貫禄! 子供ながら、天晴!」
「あれ、相当強いんじゃねーか? 馬上なのに体幹がまったくぶれてねー」
「ああ、あれなら帝国軍に勝ったのも眉唾ではないのかもな」
「眉唾なものか! あの日の演説を聞いた奴らは、みんなレオンハルト様に夢中さ。俺もだけど」
「ちっ、ガキが。調子に乗りやがって」

 一部否定的な声も上がっているが、それはほんのわずか。

 噂を耳にした領民も、演説を聞いた領民も、腕利きの冒険者たちも、皆レオンハルトを認めていた。

 僻んでいるのは、レオンハルトの元々の噂を知る物やただただ羨ましいという器の小さい者たちだけだった。

 レオンハルトの評価は確実に高まっていた。それが、たとえ辺境の一部であっても、大きな一歩であることは間違いない。






 同時刻、ラインクール皇国皇都の中心。

 一際大きな建物、俗にお城と呼ばれている建築物のうちの一室に、初老の男性と年老いた老人が1人、眉をひそめながら報告書と睨めっこしていた。

 この睨めっこで、報告書側が勝つことはないだろう。

 初老の男性は一際高価そうな衣装を身にまとい、鈍く光る金髪をオールバックにしている。その目元のしわの数は彼の仕事の苛烈さを物語っている。

 この男性こそが、このラーケード・ラインクールその人である。

 皇帝とともに報告を受けるている老人もまた、ただものではない。
 顎に蓄えた白い髭は大地にキスしており、皇帝であるラーケードよりも一層シワが深く、仙人のような出で立ちである。

「して、宰相よ……これは、余の見間違いか?」
「で、あればようございましたのう。陛下の見間違いなどではないでしょう。見間違えてるのはワシの方かのう。いやはや、寄るとしなみにはかないませんなあ」
「茶化すな、宰相よ」
「茶化したくもなりましょう。いやはや、近頃の報告書は凄まじいのう。冗談までついてくるとは。これが世代間格差というものかのう。年寄りにはついていけませんな」
「冗談ではないだろう。正式な手続きを踏んで送られている。これで冗談なら首の一つでも切ってやろう」
「この皇国に、胴体のない首が一つ生まれる瞬間ですなあ」
「……」

 ジト目宰相を睨み付ける皇帝。

「ごっほん。まあ、洒落はここまでになさいましょう」
「余は、はなから洒落るつもりなどなかったがな」
「おや、そうでしたか。にしては随分と趣のあることで」
「……もう、いい。話を戻そう……帝国軍が我が国土を侵犯。その数およそ1万。それをライネル領領軍500が交戦し、撃退、か」
「やはり、何度聞いても洒落てますなぁ。帝国軍の動きに気づかなかったことは百歩譲って、まあ良い。しかし、それを500で撃退とは。若者の冗談は派手ですなあ」
「……耳に確認させた。事実だそうだ」
「おや、そうでしたか。ではお聞きしますが、帝国の猿どもの声も聞こえぬ耳が、皇国の民の声をどうして届けられようか」
「相変わらず強烈だな……だか今回に限ってはその通りだ。余も未だ信じられん。だが、信用しているものに任せた。間違いということはないだろう」
「……」

 皇帝と宰相の間に沈黙が流れる。報告書の内容が信じられないこともあるが、問題の重大さに頭を悩ませていた。

 ちなみに、宰相は先代皇帝の弟、つまり皇帝の叔父に当たる人物。2人きりの場では多少の無礼も許されている。

 先に口を開きたのは宰相。

「情報の伝達が滞った原因は掴んでおりますかな?」
「ああ、すぐに調べさせた。その結果、20もの帝国の間者の存在が明らかになった」
「それだけではないでしょう。1万の大軍ともなれば、各部署から軍に連絡が入るはず。それなのに…….」
「ああ、軍の上の方に裏切り者、または間者が紛れ込んでるということだ」
「洗いましたかな?」
「無論だ。その結果出てきたのが、タロウという大隊長だが……捕縛に向かわせた騎士によると、すでに自害していたそうだ。ご親切に遺書までの残してな」
「……やり手じゃのう。しかも大隊長より上となれば准将か、将軍ですなぁ」
「ああ、面倒なことこの上ない……加えて洗った結果、全員白だ」
「これはこれは、猿と言えども猿知恵は回りますなあ。感心感心」
「感心するな。まあ、それはこの際どうしようもない。全員に監視を付けさせた故、しばらくは動けんだろう」
「……監視はよした方がよろしいかと」

 皇帝の言葉に、宰相は目つきを鋭くする。先ほどのふざけた雰囲気はどこへいったのやら。

「なぜだ?」
「このこと自体が帝国の策の可能性がございます。皇国の将軍はこの国の武の象徴。彼らに疑念を向けられていることを悟られてはなりません」
「ではどうする?」
「1人1人、釣っていきましょう。掛かればそれでよし。掛からなければ、それはそれで潔白の証明にもなりましょう。権謀術数は文官の分野でございます。うまくやって見せましょう」
「そうか。ではそなたに一任しよう。決して他のものに悟られるな」
「はっ」

 ひと段落ついたところで、皇帝も宰相もため息をこぼす。

「それでだ……もう一つの方はどうしたものか」
「レオンハルト・シュヴァルツァーのことですな」
「ああ、公爵家の嫡子でありながら子爵家のものに決闘で敗北。その罰として廃嫡され、辺境に向かわせたはずだが……」
「とびきりの大金星ですなぁ。帝国軍1万を追い返し、剰え帝国将軍ケッツェルの首級をあげた。ここ数年で類を見ないほどの功績。褒賞に困りますなぁ。これが事実ならば……」
「宰相は虚偽だと?」
「なんとも言えませんなあ。あれほどまでに落ちぶれた公子もまた類を見ないほど珍しいものじゃからのう。にわかには信じがたい……」
「しかし、この報告書以外に余たちの判断材料はない」
「一度、皇都へ呼び寄せると良いでしょう。陛下自ら見極めてくださいませ」
「余の判断の結果、真実であればどうする?」
「その時はーー」

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