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学園・出逢いは唐突に
第2話 大暴走
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要塞都市ライネルの高くそびえる城壁の上に、2人の男が立っていた。いや、正確には魔弓騎士たちも並んでいるが、それは置いておこう。
1人はこのライネル領の領主である、レオンハルト・ライネル。そして、もう1人は穏やかそうな顔をした中年の男性。王都からやってきた使者である。
「やはり使者殿には城内で待機していただきたいのだが……」
「良いではありませんか。せっかくここまで来たのです。是非見学させてください」
「……空を飛ぶ魔獣もいるかもしれませんので、お気をつけて」
「ご忠告、痛み入ります」
1日前にライネル領に到着した使者は、スタンピードの噂を聞きつけ、見学したいなんて申し出た。
むげに扱う訳にもいかないので、レオンハルトは城壁の上ならと許可を出した。
「それにしても……随分と立派な騎士たちですね」
使者が言っているのは何も魔弓騎士たちの話だけではない。城壁の下で、黒い軍馬に跨がる魔戦騎士たちのことも含めて、立派と言っているのだ。
「彼らが乗っているのは……魔獣ではありませんか?」
「ええ、そうですよ。バトルホースと呼ばれる魔獣の一種です。並の馬とは段違いの脚力と持久力、それに加えて出生から成馬になるまでの時間が短い。単独でも戦闘をこなせるほどの戦闘力。うち自慢の軍馬ですよ……まあ、多少食費がかさみますが」
黒い毛並みに、真っ赤に染まる瞳。深い青色のたてがみを靡かせ、そのに佇むだけで存在感を放っていた。
「……危険ではありませんか?」
「そんなことはありませんよ」
「しかし、魔獣ですよ。飼い慣らせるものなんですか?」
「皆勘違いしやすいのですが、魔獣といえどただの獣。体に魔力を宿しているだけの、ね」
「……魔獣は凶暴で有名なはずですか?」
「いきなり力を与えられたら、誰しもが凶暴になるものです。ライオンで居られるなら、誰もウサギになろうなんて思いませんよ。狩られる側から狩る側に回った。その意識が彼らを凶暴にしているのです」
「それでは、飼いならせないのでは?」
「いいえ、馬に彼らの立場を分からせれば割と簡単ですよ。まあ、うちの騎士たちも乗れるまで3年以上かかりましたけどね」
「……」
使者は言葉を失った。
魔獣を軍馬のように扱うなどという発想は浮かぶはずがない。
仮に浮かんだとしても、それを誰が実行しようと思うか。そう思うと、このレオンハルトという青年は王都で言われているような人物ではないことがわかる。
(陛下はああ言っていたが、こうして自分の目で見ると中々強烈ですね。辺境の噂は滅多に王都に届かないとはいえ、ここまでとは……彼、王都に戻ったら苦労しそうですね)
「レオンハルト様! 遠方より魔獣の大軍を確認!まっすぐこちらに向かってきております!」
「分かった……全軍直ちに戦闘態勢に移れ!」
「「「はっ!」」」
魔獣の存在を確認したライネル領軍は、戦闘態勢に入る。それだけでなく、冒険者たちも表情を引き締める。
「魔法よおおい!」
「「「……」」」
魔弓騎士たちは弓をつがえ、それぞれの得意魔法を発動させる。冒険者たちもそれぞれ、詠唱に入る。
「まだだ。もう少し……もう少し……よし!放ててえぇぇ!」
レオンハルトの指示により、魔法と魔法の矢が放たれる。空を覆わんばかりの魔法が魔獣たちに降り注ぐ。
先ほど、レオンハルトが言ったように魔獣といえどただの獣。痛みを感じないわけではない。魔法を受けた魔獣たちは悲鳴を上げる。
しかし、そこで手を緩めるレオンハルトではない。
「魔弓騎士第二射用意!冒険者たちは詠唱に入れ!……第二射、射ててぇぇ!」
先ほどよりは少ないが、それでもかなりの魔法が放たれ、魔獣たちを蹂躙する。
「第三射、射ててぇぇ!」
「第四射、そして冒険者たちも合わせろ!放ててぇぇ!!」
魔法の詠唱を必要としない魔弓騎士は、並の魔法使いの3倍の速さで魔法を行使できる。
威力もレオンハルト監修の下、徹底的に鍛えられたため、段違いの殲滅力を見せていた。
「相変わらず出鱈目ね」
「領主様直伝だからな、そりゃー強いわ」
「いいなぁ、騎士たち。僕もレオンハルト様に教わりたいなぁ」
冒険者たちにとっては見慣れた光景かもしれないが、使者にとってはそうではなかった。
(ばかな! 無詠唱魔法だと! しかも全員! ありえん、王都の宮廷魔法士以上ではないか!)
戦場でチンたら魔法の詠唱なんてできるか、というのがレオンハルト意見である。無論、一発で戦局を変えれるほどの極大魔法は例外だが。
魔法による殲滅は順調。魔力消費も抑えられ、ポーションの消費量もそこまで激しくない。
だが、それでも抜けてくる魔獣はいる。そんな魔獣たちに対しては、
「第一戦線を突破された!魔戦騎士よ!駆けろ!魔獣を殲滅せよ!決して第二戦線を突破されるな!だが、第一戦線より前には出るな、魔法の餌食になるぞ!」
「「「はっ!」」」
やっと出番かと、魔戦騎士たちは勇んで戦場を駆ける。レオンハルトは都市から離れている方から、第一戦線、第二戦線、第三戦線と定めている。
第一戦線より先は、魔獣しか存在しない。そこに魔法を撃ち込み、数を減らず。事前に用意した罠なども第一戦線より前にある。
そして第二戦線と第一戦線の間は、魔戦騎士たちが守っている。突破してきた魔獣たちを狩る役目である。軍馬に乗っているため、機動力が高い。
そして第二戦線を突破しても、そこで待ち構えているのは第三戦線を守る接近タイプの冒険者たちである。
馬に乗ることができない彼らは、第二戦線より先に出ることはない。故に、魔戦騎士と魔弓騎士が奮闘する今、彼らは暇である。
「ひ~ま~」
「そうぼやくな。まあ、気持ちは分からんでもないが」
「騎士たち強すぎ~、少しは獲物をくれてもいいのになぁ」
「マジそれ」
「おい、無駄話はそれぐらいにしろ。そろそろくるぞ」
「お? 思ったより早い出番だな」
「魔獣の数が想定より多いのだろう。もうすぐ1万に届くらしいだぜ」
「げっマジか。でも、まあなんとかなるか」
「ああ、なんとかなるよ、なんせ俺たちにはーー」
「レオンハルト様がついてるからよ」
「領主様がいるからな」
「レオ様が指揮してるからな」
「おい! てめーら合わせろや」
「そっちこそ!」
「くるぞ!」
◆
魔獣の殲滅は順調だったが、レオンハルトは気がかりな点があった。
(かなりの数だな。想定外だ……こうなると後ろの奴は中々の大物かもしれん)
「浮かない顔ですね。私の目には順調そのものに見えますが」
「そうですね。予想よりも数がかなり多い」
「それでも捌けないほどではないのでは?」
「今のままではそうですね……使者殿は、スタンピードの原因はご存知で?」
「はい? 魔物の繁殖力が原因では? 多くなり過ぎた魔獣が狩場を失い、狂乱状態に陥って、それが連鎖して起こるのがスタンピードだと学園で教わっております」
「それは野良の魔獣の場合ですよ。今回のはダンジョンによるものです。まあ、スタンピードを引き起こすダンジョンなんて大型以上なので学園では教わらないかもしれませんが」
「ダンジョンでは違うのですか?」
「ええ、ダンジョンのスタンピードは突然変異によって生まれる特異個体が原因であることが多い。その個体が階層を跨ぎ、他の魔獣を地上に追い立てるのですよ…….今回のは特に強い種なのでしょう」
「その強い種というのは?」
「そうですね……例えばーー」
そう言ったそばから、大地が震える。地震のような地響きが波のように大地を伝わる。魔獣たちの群れのちょうど真ん中で、大地が大きく隆起する。
「例えば、竜種、とか」
「なっ!?」
膨らんだ大地の下から現れたのは、体高10メートル、体長25メートルほどの巨体を持つ竜だった。
見るからに強靭そうな顎に、たくましい四肢、そして極め付けは背中に生え揃える剣山。翼こそ持たないものの、その強さは十二分に伝わってくる。
「なるほど、地下だったとは。通りで見つからないわけだ。次回からは地下も捜索出来るようにしよう」
「呑気に反省してる場合ですか?! アースドラゴンですよ!? 討伐難易度銀十字相当ですよ!?」
「いや、ダンジョンが産んだ特異個体なので金十字相当ですね」
「んな馬鹿な!」
ラインクール皇国では、勲章の種類によって魔獣の強さを表している。上から翼、十字、星となっており、それぞれに金銀銅の三等級が存在する。
金十字ということは、単独討伐すれば金十字勲章がもらえるほどの功績ということ。実際もらえるかどうは別であるが。
「マルクス、指揮権を譲る。あれは俺がやろう」
「了解しました。お気をつけて」
「ああ、行ってくる」
「行ってらしゃいませ!」
「「「行ってらしゃいませ!!」」」
騎士たちの敬礼とともに、レオンハルトはその場を離れる。残されたのは呆然とした使者だけだった。
「ちょっと! いいんですか!? 死にますよ!」
「大丈夫でしょう。レオンハルト様はお強いですから」
「いや、しかし! 金十字相当ですよ! いくらなんでも無茶がーー」
「まあまあ、落ち着いてください。なに、レオンハルト様はすでに金十字勲章を叙された身。アースドラゴンごときに負けるはずありません」
「しかしだな……」
「お? レオンハルト様が出陣されましたよ」
マルクスのその言葉に従い、使者は戦場に目を向ける。
そこには、黒地に深い血のような赤い装飾が所々施された軽鎧を着込み、魔獣であろう赤黒い毛並みをもった軍馬に跨がるレオンハルトの姿だった。
手にはすでに黒月が握られており、戦場を縦横無尽に駆け回っていた。
いく先を阻む魔獣がいれば容赦無く切り捨てる。今のところ、レオンハルトの一撃に耐え切った魔獣はまだ現れていない。
程なくして、レオンハルトはアースドラゴンのもとへと辿り着こうとしていた。
それにアースドラゴンも気づいていた。近づく人間を踏み潰そうと前足を高く掲げて、レオンハルトに向かって振り下ろす。
「いきなり随分なご挨拶じゃないか……よ・い・しょっと!」
対するレオンハルトは、スピードを落とすことなく突っ込む。
右下に構えていた黒月を左上に向かって振り上げる。しっかりと魔力を乗せ、それに加えて遠心力も利用する。
振り上げる途中で右手を離し、左手を中心に遠心力をつけ、力が乗り切る前のアースドラゴンの前足を迎撃する。
それだけで、アースドラゴンの巨体は大きく仰反る。
「吹き飛ばした!」
使者は大いに驚く。
なんとか体勢を整えようと、踏ん張るアースドラゴン。
しかし、その前足の着地地点の先にはレオンハルトがいた。
「もう一発!」
先ほどと同じ体勢だが、今回は防御ではなく攻撃するためである。
陸跡魔闘術ーー戦跡・焔
レオンハルトの一撃はアースドラゴンの前足を容赦無く切り裂く。
「グッグアぁぁぁ!」
痛みのあまり、絶叫を上げるアースドラゴン。これを好機とばかりにレオンハルトは残りの足も次々と切り裂いていく。
四肢を斬られ、立つ事すらままならないアースドラゴンの首を目掛けて、レオンハルトはトドメの一撃を放つ。
トン!
ズシリと重厚な音を立てながら、アースドラゴンの首は地に落ちる。
その一瞬後、レオンハルトが勝鬨をあげる。
「ボスは討ち取ったあぁ! これより殲滅戦に移行する! 気を緩めるなあ! 一気に片付けるぞ!」
「「「うおおおぉぉぉ!!」」」
騎士たちだけじゃなく、冒険者たちも一緒に雄叫びを上げる。1人取り残された使者はと言えば、
「本当に勝った……こんなにあっさりと」
これは、皇帝に報告することは多そうだ、とそんなことを考えていた。
1人はこのライネル領の領主である、レオンハルト・ライネル。そして、もう1人は穏やかそうな顔をした中年の男性。王都からやってきた使者である。
「やはり使者殿には城内で待機していただきたいのだが……」
「良いではありませんか。せっかくここまで来たのです。是非見学させてください」
「……空を飛ぶ魔獣もいるかもしれませんので、お気をつけて」
「ご忠告、痛み入ります」
1日前にライネル領に到着した使者は、スタンピードの噂を聞きつけ、見学したいなんて申し出た。
むげに扱う訳にもいかないので、レオンハルトは城壁の上ならと許可を出した。
「それにしても……随分と立派な騎士たちですね」
使者が言っているのは何も魔弓騎士たちの話だけではない。城壁の下で、黒い軍馬に跨がる魔戦騎士たちのことも含めて、立派と言っているのだ。
「彼らが乗っているのは……魔獣ではありませんか?」
「ええ、そうですよ。バトルホースと呼ばれる魔獣の一種です。並の馬とは段違いの脚力と持久力、それに加えて出生から成馬になるまでの時間が短い。単独でも戦闘をこなせるほどの戦闘力。うち自慢の軍馬ですよ……まあ、多少食費がかさみますが」
黒い毛並みに、真っ赤に染まる瞳。深い青色のたてがみを靡かせ、そのに佇むだけで存在感を放っていた。
「……危険ではありませんか?」
「そんなことはありませんよ」
「しかし、魔獣ですよ。飼い慣らせるものなんですか?」
「皆勘違いしやすいのですが、魔獣といえどただの獣。体に魔力を宿しているだけの、ね」
「……魔獣は凶暴で有名なはずですか?」
「いきなり力を与えられたら、誰しもが凶暴になるものです。ライオンで居られるなら、誰もウサギになろうなんて思いませんよ。狩られる側から狩る側に回った。その意識が彼らを凶暴にしているのです」
「それでは、飼いならせないのでは?」
「いいえ、馬に彼らの立場を分からせれば割と簡単ですよ。まあ、うちの騎士たちも乗れるまで3年以上かかりましたけどね」
「……」
使者は言葉を失った。
魔獣を軍馬のように扱うなどという発想は浮かぶはずがない。
仮に浮かんだとしても、それを誰が実行しようと思うか。そう思うと、このレオンハルトという青年は王都で言われているような人物ではないことがわかる。
(陛下はああ言っていたが、こうして自分の目で見ると中々強烈ですね。辺境の噂は滅多に王都に届かないとはいえ、ここまでとは……彼、王都に戻ったら苦労しそうですね)
「レオンハルト様! 遠方より魔獣の大軍を確認!まっすぐこちらに向かってきております!」
「分かった……全軍直ちに戦闘態勢に移れ!」
「「「はっ!」」」
魔獣の存在を確認したライネル領軍は、戦闘態勢に入る。それだけでなく、冒険者たちも表情を引き締める。
「魔法よおおい!」
「「「……」」」
魔弓騎士たちは弓をつがえ、それぞれの得意魔法を発動させる。冒険者たちもそれぞれ、詠唱に入る。
「まだだ。もう少し……もう少し……よし!放ててえぇぇ!」
レオンハルトの指示により、魔法と魔法の矢が放たれる。空を覆わんばかりの魔法が魔獣たちに降り注ぐ。
先ほど、レオンハルトが言ったように魔獣といえどただの獣。痛みを感じないわけではない。魔法を受けた魔獣たちは悲鳴を上げる。
しかし、そこで手を緩めるレオンハルトではない。
「魔弓騎士第二射用意!冒険者たちは詠唱に入れ!……第二射、射ててぇぇ!」
先ほどよりは少ないが、それでもかなりの魔法が放たれ、魔獣たちを蹂躙する。
「第三射、射ててぇぇ!」
「第四射、そして冒険者たちも合わせろ!放ててぇぇ!!」
魔法の詠唱を必要としない魔弓騎士は、並の魔法使いの3倍の速さで魔法を行使できる。
威力もレオンハルト監修の下、徹底的に鍛えられたため、段違いの殲滅力を見せていた。
「相変わらず出鱈目ね」
「領主様直伝だからな、そりゃー強いわ」
「いいなぁ、騎士たち。僕もレオンハルト様に教わりたいなぁ」
冒険者たちにとっては見慣れた光景かもしれないが、使者にとってはそうではなかった。
(ばかな! 無詠唱魔法だと! しかも全員! ありえん、王都の宮廷魔法士以上ではないか!)
戦場でチンたら魔法の詠唱なんてできるか、というのがレオンハルト意見である。無論、一発で戦局を変えれるほどの極大魔法は例外だが。
魔法による殲滅は順調。魔力消費も抑えられ、ポーションの消費量もそこまで激しくない。
だが、それでも抜けてくる魔獣はいる。そんな魔獣たちに対しては、
「第一戦線を突破された!魔戦騎士よ!駆けろ!魔獣を殲滅せよ!決して第二戦線を突破されるな!だが、第一戦線より前には出るな、魔法の餌食になるぞ!」
「「「はっ!」」」
やっと出番かと、魔戦騎士たちは勇んで戦場を駆ける。レオンハルトは都市から離れている方から、第一戦線、第二戦線、第三戦線と定めている。
第一戦線より先は、魔獣しか存在しない。そこに魔法を撃ち込み、数を減らず。事前に用意した罠なども第一戦線より前にある。
そして第二戦線と第一戦線の間は、魔戦騎士たちが守っている。突破してきた魔獣たちを狩る役目である。軍馬に乗っているため、機動力が高い。
そして第二戦線を突破しても、そこで待ち構えているのは第三戦線を守る接近タイプの冒険者たちである。
馬に乗ることができない彼らは、第二戦線より先に出ることはない。故に、魔戦騎士と魔弓騎士が奮闘する今、彼らは暇である。
「ひ~ま~」
「そうぼやくな。まあ、気持ちは分からんでもないが」
「騎士たち強すぎ~、少しは獲物をくれてもいいのになぁ」
「マジそれ」
「おい、無駄話はそれぐらいにしろ。そろそろくるぞ」
「お? 思ったより早い出番だな」
「魔獣の数が想定より多いのだろう。もうすぐ1万に届くらしいだぜ」
「げっマジか。でも、まあなんとかなるか」
「ああ、なんとかなるよ、なんせ俺たちにはーー」
「レオンハルト様がついてるからよ」
「領主様がいるからな」
「レオ様が指揮してるからな」
「おい! てめーら合わせろや」
「そっちこそ!」
「くるぞ!」
◆
魔獣の殲滅は順調だったが、レオンハルトは気がかりな点があった。
(かなりの数だな。想定外だ……こうなると後ろの奴は中々の大物かもしれん)
「浮かない顔ですね。私の目には順調そのものに見えますが」
「そうですね。予想よりも数がかなり多い」
「それでも捌けないほどではないのでは?」
「今のままではそうですね……使者殿は、スタンピードの原因はご存知で?」
「はい? 魔物の繁殖力が原因では? 多くなり過ぎた魔獣が狩場を失い、狂乱状態に陥って、それが連鎖して起こるのがスタンピードだと学園で教わっております」
「それは野良の魔獣の場合ですよ。今回のはダンジョンによるものです。まあ、スタンピードを引き起こすダンジョンなんて大型以上なので学園では教わらないかもしれませんが」
「ダンジョンでは違うのですか?」
「ええ、ダンジョンのスタンピードは突然変異によって生まれる特異個体が原因であることが多い。その個体が階層を跨ぎ、他の魔獣を地上に追い立てるのですよ…….今回のは特に強い種なのでしょう」
「その強い種というのは?」
「そうですね……例えばーー」
そう言ったそばから、大地が震える。地震のような地響きが波のように大地を伝わる。魔獣たちの群れのちょうど真ん中で、大地が大きく隆起する。
「例えば、竜種、とか」
「なっ!?」
膨らんだ大地の下から現れたのは、体高10メートル、体長25メートルほどの巨体を持つ竜だった。
見るからに強靭そうな顎に、たくましい四肢、そして極め付けは背中に生え揃える剣山。翼こそ持たないものの、その強さは十二分に伝わってくる。
「なるほど、地下だったとは。通りで見つからないわけだ。次回からは地下も捜索出来るようにしよう」
「呑気に反省してる場合ですか?! アースドラゴンですよ!? 討伐難易度銀十字相当ですよ!?」
「いや、ダンジョンが産んだ特異個体なので金十字相当ですね」
「んな馬鹿な!」
ラインクール皇国では、勲章の種類によって魔獣の強さを表している。上から翼、十字、星となっており、それぞれに金銀銅の三等級が存在する。
金十字ということは、単独討伐すれば金十字勲章がもらえるほどの功績ということ。実際もらえるかどうは別であるが。
「マルクス、指揮権を譲る。あれは俺がやろう」
「了解しました。お気をつけて」
「ああ、行ってくる」
「行ってらしゃいませ!」
「「「行ってらしゃいませ!!」」」
騎士たちの敬礼とともに、レオンハルトはその場を離れる。残されたのは呆然とした使者だけだった。
「ちょっと! いいんですか!? 死にますよ!」
「大丈夫でしょう。レオンハルト様はお強いですから」
「いや、しかし! 金十字相当ですよ! いくらなんでも無茶がーー」
「まあまあ、落ち着いてください。なに、レオンハルト様はすでに金十字勲章を叙された身。アースドラゴンごときに負けるはずありません」
「しかしだな……」
「お? レオンハルト様が出陣されましたよ」
マルクスのその言葉に従い、使者は戦場に目を向ける。
そこには、黒地に深い血のような赤い装飾が所々施された軽鎧を着込み、魔獣であろう赤黒い毛並みをもった軍馬に跨がるレオンハルトの姿だった。
手にはすでに黒月が握られており、戦場を縦横無尽に駆け回っていた。
いく先を阻む魔獣がいれば容赦無く切り捨てる。今のところ、レオンハルトの一撃に耐え切った魔獣はまだ現れていない。
程なくして、レオンハルトはアースドラゴンのもとへと辿り着こうとしていた。
それにアースドラゴンも気づいていた。近づく人間を踏み潰そうと前足を高く掲げて、レオンハルトに向かって振り下ろす。
「いきなり随分なご挨拶じゃないか……よ・い・しょっと!」
対するレオンハルトは、スピードを落とすことなく突っ込む。
右下に構えていた黒月を左上に向かって振り上げる。しっかりと魔力を乗せ、それに加えて遠心力も利用する。
振り上げる途中で右手を離し、左手を中心に遠心力をつけ、力が乗り切る前のアースドラゴンの前足を迎撃する。
それだけで、アースドラゴンの巨体は大きく仰反る。
「吹き飛ばした!」
使者は大いに驚く。
なんとか体勢を整えようと、踏ん張るアースドラゴン。
しかし、その前足の着地地点の先にはレオンハルトがいた。
「もう一発!」
先ほどと同じ体勢だが、今回は防御ではなく攻撃するためである。
陸跡魔闘術ーー戦跡・焔
レオンハルトの一撃はアースドラゴンの前足を容赦無く切り裂く。
「グッグアぁぁぁ!」
痛みのあまり、絶叫を上げるアースドラゴン。これを好機とばかりにレオンハルトは残りの足も次々と切り裂いていく。
四肢を斬られ、立つ事すらままならないアースドラゴンの首を目掛けて、レオンハルトはトドメの一撃を放つ。
トン!
ズシリと重厚な音を立てながら、アースドラゴンの首は地に落ちる。
その一瞬後、レオンハルトが勝鬨をあげる。
「ボスは討ち取ったあぁ! これより殲滅戦に移行する! 気を緩めるなあ! 一気に片付けるぞ!」
「「「うおおおぉぉぉ!!」」」
騎士たちだけじゃなく、冒険者たちも一緒に雄叫びを上げる。1人取り残された使者はと言えば、
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