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胎動・乱世の序章
プロローグ
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深夜。微かな松明の火と月明かり以外に一切光源がないこの時間は、こそこそ何かをするのにもってこいの時間だ。人々が寝静まり、見回りの兵士以外は誰も出歩かない。そのはずだった。
しかし、明らかに兵士以外の怪しい人物が街を進む。そのまま城壁まで進み、難なく飛び越える。只者ではないのは間違いないだろう。
恐ろしいことに彼が街を出たことに気づいた兵士はいない。そして、彼が帰ってくる時もまた同じ。
場所は、ルドマリア帝国帝都。帝都がこんな警備でいいのだろうか。
だが、仕方ないだろう。相手が悪いだけだ。こそこそ人目を潜んで街の外に出ているのは、なんとこの国の皇帝、アーシャ・ルドマリアである。
なぜ皇帝が夜中にこそこそと出かけるのか。その理由を知る者はいない。ただ一つ言えるのは、人に知られてはまずいことがあると言うだけだ。
さて、街の外を出たアーシャが向かった先はダンジョン。帝都の近くには大型なダンジョン、それも世界最大規模のものがある。
ダンジョンがあるのは常に魔力が濃い場所。そして、その魔力の影響を受けた獣が魔獣化すると言われている。もちろんなんの確証もない。ただの人々の想像だ。
そして、そのダンジョンは時折スタンピードを起こす。大量の魔獣が湧き出て地上を荒らす。それを抜きにしても、ダンジョンは危険な場所だ。
そんな場所の近くになぜ帝都を建てたかというと、ダンジョンは危険な場所であると同時に、資源の産地でもあるからだ。
魔力が濃いということは魔獣以外の鉱石も変質する。それらは貴金属として大変価値が高い。さらに、魔獣から取った素材は多岐にわたって使用される。ダンジョン探索を専門とする冒険者もいるほどだ。
ルドマリア帝国の初代皇帝もそこに目をつけて、帝都をここに建てた。
閑話休題。
なぜ、アーシャはダンジョンを目指しているのか。それは、このダンジョンの最深部の秘宝を手に入れるため。
ダンジョンの歴史が古ければ古いほど、宝がある確率は高い。かつて、脱税のために財産をダンジョンに隠すというのが流行った時代があるからだ。
もちろんアーシャが求めているのは、そんな財宝ではない。皇帝なのだから、手を振るうだけで帝国の全てが集まるのだ。
アーシャがわざわざダンジョンを探索しているということは、この地には帝国の全てを上回る何かがあるということ。さらに、それは人に知られてはいけない物であるということ。
「随分と深く閉じ込められたものだね、全く。おかげでここまで一苦労だよ。君も、随分と大変だったみたいだね」
『ガルルルル』
そう言ったアーシャの前には、黒く淀んだ何かが、低くうなり声をあげていた。
◆
アーシャがダンジョン探索を終えてから数ヶ月か経過した。
その間、アーシャはいつも通りに仕事をこなしていた。誰に怪しまれることもなく、淡々と皇帝としての役目を果たしていた。当初アーシャに反抗的な態度をとっていた貴族たちも、次第にアーシャの仕事っぷりを見て考えを改めたようだ。
そして、現在アーシャは帝国西部の視察をしていた。新任の皇帝としては何も不自然なことはない。各地を巡って民の生活を実際に目に焼き付けるのも、上に立つものの役目だ。
だが、帝国では皇帝が西部の視察をすることは珍しい。なぜなら、西部が接しているのは西方諸国だからだ。
向こうから攻めてくる勇気はないし、攻められたところで大したことはない。ならば一々視察する必要もないだろう。
主に視察を行うのは、教国と接している東部と皇国と接している南部である。常に小競り合いは絶えないし、時折大きな侵攻もある。
しかし、アーシャはあえて西部の視察を行った。その目的は、とある墓場。1000年前に、とある異色の王国が存在したと言われている場所だ。
なぜ墓場に行くのか。その理由は今、彼の手組みに巻きついているのドクロのネックレスにある。
「物が手にはいったのはいいけど、器がなぁ」
馬車でそうぼやくアーシャだが、そのぼやきを聞く者はいない。
◆
帝国は大陸の北西部に位置する国。その北部は、そのまま大陸の北部となる。故に南西部に位置する皇国とは気温の差は大きい。
とはいえ、この大陸自体がそれほど緯度が高いわけではないので、凍りつくような寒さではない。とある場所を除いて。
「『怠惰』も、極めればこうなるとは」
その場所は常に吹雪に見舞われていた。大地は凍りつき、草木は一本も生えていない。まさに不毛な大地。そこに四季など存在しない。明らかな異常気象だが、その原因は不明とされている。
原因を解明しようとする者は一人たりとも帰ってきていないからだ。強大な魔獣なせいだという者もいれば、太古の負の遺産だという者もいる。
探索は難航していたが、その地へ皇帝であるアーシャが足を踏み入れた。彼には、そこで何が眠っているのか知っているからだ。
アーシャの侵入を拒むように、吹雪は一層強まる。
「ごめんね、君の安眠を妨げるつもりはないんだ。ただ少し、お話がしたいだけなんだ」
しかし、そのアーシャの言葉は届かなかったようだ。その証拠に、地面の氷から無数の騎士が形成され、さらに奥には氷の巨人が姿を現した。
そのさらに奥には、巨大な氷のドラゴンや氷の天使の姿すらあった。まるで芸術品のように美しいそれらだが、青く光るその目がそれらが芸術品ではないことを表す。
「やれやれ」
わざとらしく首を振るアーシャ。腰に挿してある長剣を引き抜き、煉獄の炎を身にまとう。こうして、アーシャは氷の世界に立ち向かうのだった。
◆
アーシャ帝が即位して3年。各地を巡っては計画の準備を進めてきた。
「ようやくだ。ようやく」
現在アーシャがいるのは、帝国の宝物室の最奥。皇帝以外は立ち入ることすら許されない場所だ。
そんな場所のさらに奥に置かれているいかにも高級そうな椅子に腰をかけるアーシャ。その椅子だけで、上級貴族が一年は暮らせるだけの価値はあるだろう。
しかし、その宝物庫にある全てがどうでもよくなるほど、今アーシャの手に収まっている黒い鎧兜が圧倒的な存在感を発していた。
その兜をまるで子供を寝かしつけるように撫でるアーシャ。薄暗い宝物庫の中に映るその光景は、どうしようもなく不気味で、どうしようもなく歪だった。
ーーーーー
後書き
5章スタート! アーシャは一体何をしているの!?
しかし、明らかに兵士以外の怪しい人物が街を進む。そのまま城壁まで進み、難なく飛び越える。只者ではないのは間違いないだろう。
恐ろしいことに彼が街を出たことに気づいた兵士はいない。そして、彼が帰ってくる時もまた同じ。
場所は、ルドマリア帝国帝都。帝都がこんな警備でいいのだろうか。
だが、仕方ないだろう。相手が悪いだけだ。こそこそ人目を潜んで街の外に出ているのは、なんとこの国の皇帝、アーシャ・ルドマリアである。
なぜ皇帝が夜中にこそこそと出かけるのか。その理由を知る者はいない。ただ一つ言えるのは、人に知られてはまずいことがあると言うだけだ。
さて、街の外を出たアーシャが向かった先はダンジョン。帝都の近くには大型なダンジョン、それも世界最大規模のものがある。
ダンジョンがあるのは常に魔力が濃い場所。そして、その魔力の影響を受けた獣が魔獣化すると言われている。もちろんなんの確証もない。ただの人々の想像だ。
そして、そのダンジョンは時折スタンピードを起こす。大量の魔獣が湧き出て地上を荒らす。それを抜きにしても、ダンジョンは危険な場所だ。
そんな場所の近くになぜ帝都を建てたかというと、ダンジョンは危険な場所であると同時に、資源の産地でもあるからだ。
魔力が濃いということは魔獣以外の鉱石も変質する。それらは貴金属として大変価値が高い。さらに、魔獣から取った素材は多岐にわたって使用される。ダンジョン探索を専門とする冒険者もいるほどだ。
ルドマリア帝国の初代皇帝もそこに目をつけて、帝都をここに建てた。
閑話休題。
なぜ、アーシャはダンジョンを目指しているのか。それは、このダンジョンの最深部の秘宝を手に入れるため。
ダンジョンの歴史が古ければ古いほど、宝がある確率は高い。かつて、脱税のために財産をダンジョンに隠すというのが流行った時代があるからだ。
もちろんアーシャが求めているのは、そんな財宝ではない。皇帝なのだから、手を振るうだけで帝国の全てが集まるのだ。
アーシャがわざわざダンジョンを探索しているということは、この地には帝国の全てを上回る何かがあるということ。さらに、それは人に知られてはいけない物であるということ。
「随分と深く閉じ込められたものだね、全く。おかげでここまで一苦労だよ。君も、随分と大変だったみたいだね」
『ガルルルル』
そう言ったアーシャの前には、黒く淀んだ何かが、低くうなり声をあげていた。
◆
アーシャがダンジョン探索を終えてから数ヶ月か経過した。
その間、アーシャはいつも通りに仕事をこなしていた。誰に怪しまれることもなく、淡々と皇帝としての役目を果たしていた。当初アーシャに反抗的な態度をとっていた貴族たちも、次第にアーシャの仕事っぷりを見て考えを改めたようだ。
そして、現在アーシャは帝国西部の視察をしていた。新任の皇帝としては何も不自然なことはない。各地を巡って民の生活を実際に目に焼き付けるのも、上に立つものの役目だ。
だが、帝国では皇帝が西部の視察をすることは珍しい。なぜなら、西部が接しているのは西方諸国だからだ。
向こうから攻めてくる勇気はないし、攻められたところで大したことはない。ならば一々視察する必要もないだろう。
主に視察を行うのは、教国と接している東部と皇国と接している南部である。常に小競り合いは絶えないし、時折大きな侵攻もある。
しかし、アーシャはあえて西部の視察を行った。その目的は、とある墓場。1000年前に、とある異色の王国が存在したと言われている場所だ。
なぜ墓場に行くのか。その理由は今、彼の手組みに巻きついているのドクロのネックレスにある。
「物が手にはいったのはいいけど、器がなぁ」
馬車でそうぼやくアーシャだが、そのぼやきを聞く者はいない。
◆
帝国は大陸の北西部に位置する国。その北部は、そのまま大陸の北部となる。故に南西部に位置する皇国とは気温の差は大きい。
とはいえ、この大陸自体がそれほど緯度が高いわけではないので、凍りつくような寒さではない。とある場所を除いて。
「『怠惰』も、極めればこうなるとは」
その場所は常に吹雪に見舞われていた。大地は凍りつき、草木は一本も生えていない。まさに不毛な大地。そこに四季など存在しない。明らかな異常気象だが、その原因は不明とされている。
原因を解明しようとする者は一人たりとも帰ってきていないからだ。強大な魔獣なせいだという者もいれば、太古の負の遺産だという者もいる。
探索は難航していたが、その地へ皇帝であるアーシャが足を踏み入れた。彼には、そこで何が眠っているのか知っているからだ。
アーシャの侵入を拒むように、吹雪は一層強まる。
「ごめんね、君の安眠を妨げるつもりはないんだ。ただ少し、お話がしたいだけなんだ」
しかし、そのアーシャの言葉は届かなかったようだ。その証拠に、地面の氷から無数の騎士が形成され、さらに奥には氷の巨人が姿を現した。
そのさらに奥には、巨大な氷のドラゴンや氷の天使の姿すらあった。まるで芸術品のように美しいそれらだが、青く光るその目がそれらが芸術品ではないことを表す。
「やれやれ」
わざとらしく首を振るアーシャ。腰に挿してある長剣を引き抜き、煉獄の炎を身にまとう。こうして、アーシャは氷の世界に立ち向かうのだった。
◆
アーシャ帝が即位して3年。各地を巡っては計画の準備を進めてきた。
「ようやくだ。ようやく」
現在アーシャがいるのは、帝国の宝物室の最奥。皇帝以外は立ち入ることすら許されない場所だ。
そんな場所のさらに奥に置かれているいかにも高級そうな椅子に腰をかけるアーシャ。その椅子だけで、上級貴族が一年は暮らせるだけの価値はあるだろう。
しかし、その宝物庫にある全てがどうでもよくなるほど、今アーシャの手に収まっている黒い鎧兜が圧倒的な存在感を発していた。
その兜をまるで子供を寝かしつけるように撫でるアーシャ。薄暗い宝物庫の中に映るその光景は、どうしようもなく不気味で、どうしようもなく歪だった。
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後書き
5章スタート! アーシャは一体何をしているの!?
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