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胎動・乱世の序章

第2話 謁見

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「まさかこれほど早く謁見を許されるとは……」
「うちらが来ることわかっとったみたいやな」
「だとしても早すぎませんか? まさか到着したその日に夜に謁見などと」
「まあ、早い方がうちらにとっては都合ええけどなぁ」

 そう会話を交わしたカエデと従者。そして、彼女らの目の前には謁見の間の大門が立ちはだかっていた。

 ◆

 扉が開き、カエデたちが謁見の前に入る。獣王国とは比べ物にもならないほどの巨大な部屋。1000人以上入っても余裕があるほど。

 そして一番奥の高い玉座に座る男こそが、皇帝レオンハルト・ラインクールである。

 肘掛けに手を置き、頬杖をつくレオンハルト。さらには足を組み、その姿勢から微動何せずカエデたちを眺めていた。その身からは有無言わせぬ圧力が滲み出ている。

(想像以上や……レオンハルト・ラインクール)

 レオンハルトの威武を前に、カエデは額に汗を滲ませる。

 ゆっくりと、しかし確かな足取りで、カエデはレオンハルトの前に進みである。両側には公爵家当主たちがおり、レオンハルトのそばにはシュナイダーとクリストファーが控えている。

「獣王国女王カエデ、御身の前に」
「ラインクール皇国皇帝レオンハルト・ラインクール。互いに一国を治める主だ。余計な礼は不要」
「さいですか。ほな」

 下げた頭をあげ、レオンハルトを見上げる。

「して、要件は?」
「いきなりやな。まあ、話の早い男は嫌いやないで」

 そう言ってカエデは真剣な眼差しをレオンハルトに向けて、

「うちらを、助けてほしい」

ーーーーー
 獣王国が西方連合を抜けたのは3年前のこと。

 当時、西方連合は大国の帝位争いに介入すべく動いていたため、獣王国にかまっている余裕はなかった。しかし、介入は失敗に終わり、連合内でも不穏な空気が流れていた。

 そこで不満の吐け口として狙われたのが獣王国。奴らが肝心な時に連合を脱退したから失敗したのだと。

 そしてついに一年前、連合は獣王国に戦争を仕掛けたのだ。しかし、獣王国は亜人の国。数こそ少ないものの、精強な戦士たちである。戦でそうそう遅れは取らない。

 相対する連合は獣王国と同等な規模の国はいくつもあるが、それに対しても獣王国は善戦していた。

 とは言ったものの、流石に一年以上戦争を続けると継戦能力が低い獣王国が不利である。獣王国上層部の計算によると、ここまで戦は長引かないという予想だったが、連合は思った以上のタフネスを見せていた。

 それもそのはず。実は連合はこっそり大国神聖アルテミス教国に援助を求めていた。

 教国においては人間至上主義は盛んである。亜人の国など認められるはずがない。しかし、獣王国との間には皇国と帝国があるため攻めるに攻めれなかった。

 そこで連合からの応援要請だ。当然教国は援助を決定。海路を通じて物資や兵を送り込んでいた。連合の継戦能力の秘密はここにある。

 流石の獣王国といえど、神聖アルテミス教国を相手にしてはたまらない。

 したがって、同じ三大国の一つであるラインクール皇国に援助を求めるのは自然の流れである。
ーーーーー

 カエデが現在の獣王国の状況を説明し、正式にレオンハルトに応援を求めた。

「なるほど、話はわかった」
「ほなーー」
「だが、援軍を出したとして、余に何のメリットがある?」
「え?」
「当然だろう。国主たるもの、国益にならんことをするわけにはいかん」
「……」

 カエデは押し黙る。

 亜人の文化では利益よりも情を重んじる。レオンハルトは親亜人派と聞いていたから無条件で助けてくれると思ったのだが、メリットを求められるとは。

 事前に用意していなかったものだから、困ってしまったのだ。
 そんなカエデを見かねたカエデの従者は、レオンハルトに突っかかる。

「ですが、獣王国が連合を抜けたのは皇国を助けるためだったのですよ」
「だから助けろと? なるほど、交渉としては下の下だ。覚えておけ。恩義などという曖昧なもので国は動かん。そもそもこちらから頼んだ覚えはないのだ」
「なんだと!?」

 カエデの従者もまた獣人であるため、実直な性格をしている。大国の皇帝だろうと突っかかるものは突っかかる。

 レオンハルトを守るべくシュナイダーが一歩前にでる。それに対して、相手の獣人も今まさに襲い掛かろうという姿勢。

 事態はまさに一触即発。

 こんな状況でも、両国主は至って冷静だった。レオンハルトはただカエデを見つめるだけ。そして、カエデは、

「ほな、どんなメリットがええの?」
「思考停止か?」
「うちらに提供できるメリットなんて、そうあらへん。せやったら、そっちの条件を聞いたほう早いやろ?」
「余が服従を求めたら?」
「あかん。獣王国には手は出させへん」
「そちらが条件を提示しない上に、こちらの要求を一方的に断るだけ。それでは、交渉にならんぞ?」
「ほな、うちがあんたのもんになったる。せやから獣王国には手出さんというて」

 まさかの発言に場が氷づく。

 あのレオンハルトですら一瞬耳を疑ったほどである。それもそのはず。言葉を発した本人が一番驚いているのだから。

(あれ? うち、何をいうて……)

 姿勢を変えないままレオンハルトは僅かに目を細める。

「それは、獣王国が余の下につくことと何が違う?」
「うち個人の話や。獣王国は関係あらへん」
(ううぅ、こうなったらやけや!)

 本人たちは焦っているが、周りはそれ以上に動揺していた。

「へ、陛下! 何を無茶なことを!」
「こうでもせんと国は守れへん。うちは、女王としての役割を果たすだけや」
「ですが、このような男に御身を差し出すなど!」

 カエデと従者が激しく争っている中、レオンハルトはーー

「っくっくっく、はっはっはっはっは」

 ーー大笑いをしたのだ。

「どうだクリストファー。やはり亜人は政治のやりとりが苦手だろ」
「ええ。しかし、まさかこれほどとは。国を治める女王陛下が自ら身を差し出すなどと」
「あれは余も驚いた。まさか再びその言葉を聞く日が来るとは」
「……再び?」
「いや、こっちの話だ」

 状況を掴めないカエデとその従者。ポカーンとした顔でレオンハルトとクリストファーのやりとりを眺めていた。

「獣王国の女王とその従者よ。意地悪がすぎたな。許せ。今までのやりとりは全てなかったことにして構わん」
「へ?」
「こちらにも事情があるのだ」

 そう、今皇国内には亜人の快進撃を恐れている貴族は多数いる。すでに亜人の登用を大規模に行ったレオンハルトは、一部の国内貴族の反感を買っている。

 ここでさらに堂々と亜人の国家を支援すると言ってしまうと、更なる反発を呼ぶだろう。

 亜人が貴族階級に入り、自分たちの権威が損なわれるのではないかと心配する貴族も多い。本来、亜人というのは政治の中枢とは縁遠い存在。奴隷のように扱う国もいるほどだ。

 だからこそ、貴族たちは知らないのだ。亜人の姿を。

 職人気質な亜人は、能力こそ高いものの政治的なやりとりはからっきし。自分の得意分野を淡々とこなすのが亜人の習性だ。もちろん個人差はあるだろうが、女王ですらこれだ。

 上手く付き合いさえすれば、良き隣人になること間違いなし。

 歴史的に見ても、亜人と人間が手をとったのは1000年前まで。アレクサンダリア帝が亡くなってから、一度もない。人間側の歴史書ではそれの事実を削除するほどだ。

 しかし、1000年前の帝国が最も栄華を極めていたということは事実。時が経てば、技術は進み、より良い時代を迎えるのが通常だが、種族差別や大戦などで旧世代の技術は失われた。

 その事実から、人々は目を背け続けている。

 人間たちは怖いのだ。少数でありながら優秀すぎる亜人を。支配階級に立つには、数は必要ない。いずれ亜人に支配されるのではないかと、歴代の人々は考えた。だから、支配される前に支配しようと動いたのだ。

 四大公爵家当主といえど、そう言った意識があるのは間違いない。意識改革は徐々に始めなければならない。まずは国のトップから始める必要がある。

 今、積極的に亜人の登用をしているのはレイフィス公爵家のみ。他の公爵はまだ重い腰を上げられていないのだ。その原因は亜人を知らないことにある。知ってしまえば、多くの亜人は政治などに興味がないことがわかる。

 そして、こういったタイプは権力者にとっては一番都合がいい。そのことに気づけないほど、四大公爵家の当主はアホではない。特にリングヒル公などは、すでに亜人の登用について検討し始めていた。

「其方らを利用した。それについては詫びよう」
「そ、それはええけど」
「援軍の話だったな。もちろん、応援するのはやぶさかではない」
「ほんまか!?」
「お待ちを陛下」

 そこで待ったをかけたのはクリストファー。彼としても亜人は脅威ではないことがわかったし、助けたい気持ちもないわけではない。しかし、宰相としてはやはり国益を優先したい。

「獣王国とは明確な同盟関係ではありません。ここで介入してしまっては、国外はおろか、国内からも反発が生じる可能性があります」
「案ずるな。ちゃんと考えてある」

 レオンハルトはクリストファーから視線を逸らし、カエデたちを見つめる。そして、ニヤリと口を歪ませる。

「今夜、ここに獣王国の女王は来なかった」
「へ? なにをーー」
「そして、余はこれから西側の視察へと赴く。そのついでに、近隣諸国との友誼を図るべく獣王国へと訪れる」

 レオンハルトはそうやって、これから起こるであろうこと物語でも語るかのように話し始めた。この瞬間、この場にいるカエデとその従者以外の全員が理解した。

「なるほど、そういうことですか」
「じゃから口外厳禁じゃったのか。あの報告からこの状況を予測しておったとは、恐ろしや」
「「さすが陛下」」
「みんな、何をいうてんねん」

 口々に納得の言葉が溢れる公爵たち。それに対して、カエデたちは取り残されたままだった。

「西方連合が獣王国に戦争を仕掛ける。余が訪れているこの時期に、西方連合が獣王国に攻めいるのだ。クリストファーよ。これを宣戦布告と言わずに何というか」
「おっしゃる通り、宣戦布告以外の何物でもありません」
「ほえ?」

 ここでやっとカエデの理解が追いついてくる。

 つまりシナリオはこうだ。

 カエデがレオンハルトに謁見したという事実はなく、レオンハルトはあくまで視察で西方に訪れる。そして、そこで西方連合に襲われてしまう。

 皇帝が襲われる。国にとっては一大事だ。宣戦布告を受けたと同義。であれば、正々堂々と叩き潰すことができる。

 無論名目だが、政治の世界では名目は何よりも重要なのだ。

「さて、支度するぞ。西へゆく」

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