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32 記者会見
しおりを挟む翌朝、いつもより早く綾を保育園へ送って家に帰ると林道の出口にマスコミがいた。
小太りで歳は俺より少し上、毎日来る人だ。名前は覚えていない。
「桜沢さんおはようございます」
車から降りると挨拶された。
「おはようございます。今日って少し時間ありますか?」
「え?はい!もちろん!」
「そしたら申し訳ないんですけど、1時間くらい待ってもらえませんか?」
「はい!はい!全然待ってます!」
俺は頭を下げると家へ入った。そして弁護士の樋之口先生へ電話を掛ける。
先生に警察から電話があったこと、マーイの世界のこと、俺がやろうとしていることを告げ、今後の流れと先生の予定を確認して電話切った。
40分くらい話し合っていたが、電話を切り窓から外を見るとさっきのマスコミは待ってくれていた。
俺はマーイに声を掛ける。
「マーイ、これから外のマスコミの人と話すんだけど、マーイも一緒に来てもらってもいい?」
「ん?マーイ、行っていいの?」
いつもは隠れていたから不思議がるマーイ。
「うん。服装は……そうだな……あれがいいか」
マーイは出会った時に着ていた冒険者っぽい紫色の服と皮をなめして作られた軽鎧を身に着け、頭には去年、ハロウィンの時に買ってあげた紫の魔女の三角帽子を被った。
「本物の魔女っ娘って感じだな」
まぁ本物だけど。
「この服、重い、硬い、動く良くないね。リョウ買ったの服、軽い、柔らかい、暖かいw」
とマーイは微笑む。
俺とマーイが外に出るとさっきのマスコミに声を掛けられた。
「桜沢さーん」
魔女帽子の大きなつばが邪魔して背の低いマーイの顔は見えていない。
「すみません。お待たせしました。ご紹介します」
俺は帽子を後ろにずらしてマーイの顔をさらけ出した。
「彼女が魔女っ娘、マーイ・リッツァリッツです」
華奢な体、小さな顔、宝石のような青い瞳、そして艶やかな桜色の髪、恰好はアニメとかに出てくる冒険者の魔法使い。そんなマーイを見てマスコミの人が驚いた顔をしている。
「ほ、本物ですね……。初めまして、×××テレビの伊藤です。あの……取材してもいいんですか?」
「いいですよ。カメラも回してください」
「あ、ありがとうございます!カメラマン呼んできます!」
「あ、伊藤さん」
「はい?」
「撮影で1点だけお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
◇
そしてマーイと俺の撮影が始まった。伊藤さんがカメラに向かって喋る。
「今日は今話題の魔女さんに会いに来ました。ではご紹介します」
カメラが俺とマーイに向いた。マーイはにこにこ笑っている。
「マーイさんと保護者の桜沢涼さんです」
俺とマーイは笑顔で頭を小さく下げた。
「横浜で空を飛んだことや、この前学生が空を飛んだのはマーイさんの魔法なんですか?」
「マーイ、魔法できる!」
「はい。そうです」
「もし良かったら少し飛んでもらうことってできますか?」
俺はマーイに。
「マーイ、今、空飛ぶ、できる?」
「マーイ、できる!」
「箒取ってきますね」
俺が箒をマーイに渡すと彼女はそれに跨った。そして――。
「ベトウユッフ」
風が起こり、マーイの体がゆっくり宙に浮く。そのまま上昇を続け、屋根より高い位置で止まった。
「うわぁあああ、本当に飛べるんですね。凄い……」
「マーイ、少し移動してみて」
「うん」
マーイは俺達の頭上を旋回した後、農地の上を一周回る。
「ど、どれくらい飛んでいられんですか?」
「1時間くらい連続飛行できるそうです」
「なるほど……えーと、これって、どうやって飛んでるんですか?エネルギーは何なんですかね?」
「魔法なので魔力です」
「はぁ……ま、魔力……ですか……」
帰ってきたマーイは地上に降りず俺の横、頭の位置で浮いている。
「マーイ、降りていいよ」
マーイは地上に降りると箒を抱え微笑んだ。
「マーイさんありがとうございます。それで今日は桜沢さんからお知らせがあるとか?」
「はい。明日の11時、記者会見をやろうと思っています」
「場所はどこでやられますか?」
「ここでやる予定です」
「参加条件はありますか?」
「ありません。マスコミ各社、YouTuber等興味のある方は参加していただると幸いです」
「わかりました。以上、最近注目の魔女さんのインタビューでした」
ここでカメラが止まる。
「いやー桜沢さん、マーイさんありがとうございます。特大スクープが撮れました!」
「いえいえ、こちらこそ撮影してくれてありがとうございます」
「ところでマーイさんってどこから来たんですか?」
「それは明日の記者会見で話しますよ」
こうして取材は終わった。
早速その日の昼過ぎ、マーイが箒で空を飛ぶ姿と俺の喋りがテレビニュースで全国に放送された。
◇
翌日。
記者会見でうちの前は人でごった返した。
10:30頃、樋之口弁護士が到着し、原稿のチェックと最終的な打ち合わせをする。
そして11:00、俺、マーイ、樋之口先生は大勢の前に立ち、カメラのフラッシュが向けられた。
これは全世界に生放送されている。
マスコミ100人くらいはいるか……。こんな大勢の前で話すとか流石に緊張する。でも……やるしかない!俺とマーイの未来のために!
俺はマイクを持って話し始める。
「今日はお集り頂きありがとうございます。私は桜沢涼という者です。昨年の秋、こちらの魔女っ娘を保護し今日まで一緒に生活してきました。彼女は日本語を上手く喋れませんので今日は私が彼女の代弁をします。それとこちらは顧問弁護士の樋之口先生です。私が答えられないことは先生に答えてもらいます
今日お集り頂いたのは、こちらの魔女っ娘、マーイ・リッツァリッツさんを皆様にご紹介したかったからです。僭越ではございますが、これよりご紹介いたしますのでご清聴頂ければ幸いです。
先ず彼女の出身ですが、マーイさんは異世界からこの地球に迷い込んだ異世界人です」
周囲がざわつく。
「信じられない話しかもしれませんが事実です。彼女が暮らしていた星には太陽が二つあり、夏は暑い夜が2日続き燃える昼が1日訪れます。冬は氷る夜が1日、冷たい昼が2日続くそうです。また、意思疎通ができる猫がいたり、ドラゴンもいるそうです。
何故、彼女は地球に来たのか?それは、彼女の星でペスト――、病気が流行し大勢の死者が出て彼女は世界を救う魔法を使ったそうです。その結果、日本に来てしまった。彼女の暮らしていた世界は地球で例えると10世紀頃の文明レベルで病気に対抗する知識を持ち合わせていませんでした。
彼女は日本で学び細菌が病気の原因であることを知りました。つまりペストへの対処法を知ることができのです。
そして、早ければ明日の夜、彼女は異世界へ帰ります。異世界で苦しむ人々を助けに戻るのです。
そこで私から一つお願いがあります」
俺は手に持っていた画用紙を持ち上げる。そこにはメールアドレスが書かれていた。
「ペニシリンの抽出方法に詳しい方がこの記者会見を見ていましたら、こちらのメールアドレスにできれば動画で抽出方法を送って頂けると助かります。その動画を見るのは異世界人です。言葉は理解できませんので、映像だけで理解できるものである必要があります。もしいらっしゃれば宜しくお願い致します。
続きまして、今後についてお話します。
異世界の病気に目途が立ったら、彼女はまた日本で生活したいと考えています。日本の食べ物や生活がとても気に入ったようです。
私は今年からこの地で養鶏農家を始めたのですが、生産した卵は道の駅に卸す予定です。
彼女が日本へ戻ってきたら、道の駅まで箒で飛んで卵を配達する仕事をやってもらいたいと考えています。当然給料も払います。彼女はそのお金で税金を払い法律を遵守し、日本で生活することを望んでいます。
彼女は異世界出身ですから当然パスポートはありません。例外中の例外、前代未聞であるのは百も承知です。ですが、日本政府、法務省は彼女に就労ビザを発行して欲しいのです。何卒宜しくお願いします。
私からは以上になります」
その後、マスコミの記者やYouTuberから質問が飛び交い、俺と樋之口先生が答え、それからマーイが皆の前で空を飛んだ。因みにマーイは炎を出したり水のボールを飛ばすこともできるが、そういったのは見せていない。危険人物だと思われるからだ。披露したのはあくまで飛ぶ力だけ。
質問タイムでも特に俺が伝えたかった、マーイのビザ発行の件をアピールできた。
結局2時間近く会見は開かれ、その日は解散になった。
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