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6章
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それから数日して、レインは新しい依頼のために旅立っていった。
それに僕が同行すればいいのでは、と思ったのだが、
「あら、若い女の子と、二人っきりで、旅がしたいのですか?」
カリンが驚いたと言わんばかりに大きく目を見開いて言うものだから、言葉のニュアンスが僕の意図することと違いすぎて、思わず否定してしまった。
考えてみれば、若い女の子と同じ部屋で寝ることを続行させた人に言われたくないことではある。
「と、言うのは冗談なのですが」
憮然とする僕に、カリンは小さく笑いながら言葉を継いだ。
「先日の魔獣のこともありますし、ハルとヒナタだけでは不安もありますし、しばらくハウス待機でお願いしますね、あ、もちろん、ほかのメンバーが戻ってきたら、出稼ぎ研修のことも考えますから」
「待機組なら、あなたがいれば大丈夫なんじゃ?」
なにしろ魔女の異名を持つ猛者である。
遠目に見たことがあるが、身長ほどもある長大な剣を片手で振り回し、片っ端から敵を吹っ飛ばしていた。敵に回したくないと思ったものである。
「いえいえ、急に出なくてはならなくなることもありますので、私では無理なんですよ」
実際、僕を拾った直後にレインの応援のためにギルドを出たということなので、出稼ぎ組のフォロー役といったところなのだろう。
「そういえば……」
カリンの部屋の窓からは、村が一望でき、中央の木もよく見える。ふと思い出して、その木のことを聞いてみた。
「一度だけ、あの木が、もっと大きく見えたことがあるんだ……」
カリンは大きく目を見開いた。
「見えたのですか?」
頷いて、もう一度窓の外を見やる。やはりあの大きな木は見えないが、それでも十分目を奪われる木が目に入る。
問いを重ねようとしたところで、ドアがノックされた。
カリンの返事を受けて開いたドアから顔をのぞかせたのは、小さな鳥を肩に乗せたヒナタである。
「カリン、ユウヒからお手紙だよ~」
「ユウヒ? めずらしいですね」
ヒナタから鳥を受け取ると、その足に括りつけられていた手紙を取り外す。手紙を読んだカリンは、形のいい眉をひそめた。
「魔人が出るかもしれないそうです」
ドクン
その言葉に、心の奥で何かがうごめく。冷や汗が出てきた。
魔人は、どんなきっかけで出てくるかはわからない。変化する原因は分からないのだ。
なぜなら、誰が魔人になったのか、わからないからだ。
魔人になってしまった人は、周囲の人の記憶から消えてしまう。いや、消えるというより、薄れてしまうのだ。
そんな人もいたよね、あの人どうしたっけ、ほらあの魔人のときに……、ああそうだった。
そんなふうに、なぜいなくなったのかも曖昧になってしまう。
「え! ユウヒたち、大丈夫なの?」
「ええ……今はまだ何とか大丈夫らしいですが、……ちょっと私行ってきますね」
手早く机の上を整理しながら、カリンがヒナタに視線をちらりと向けた。
「私の指示があるまで、三人ともここで待機してください。万が一の時は鳥を飛ばしますので、足が速いやつをお願いします」
「はーい。下で用意してるね」
カリンから鳥を受け取ると、ヒナタが部屋を出ていく。旅支度の邪魔になってもいけないし、僕もヒナタの後に続いた。
階段を下りながら、ヒナタと話をしている(ように見える)小鳥を見つめる。チュピチュピと囀る小鳥に、チチチ、とヒナタも応じている。
先日のヒナタの一喝にひるんだ魔獣の一件と合わさって、合点がいくものを感じた。
「もしかして……ヒナタ、動物使い? いや、魔獣使い?」
動物使いと魔獣使いは似ているようではあるが、まったくの別物だ。
動物と意思の疎通ができるからと言って、魔獣ともできるというものではない。その逆もしかりだ。通常の動物と魔獣が異なるものなのだから、当たり前のことではある。
「ん~……そのようなもの、かなぁ?」
「どういうこと……」
「まだ一人前じゃないってこと。お話しできるのも、これくらいの小鳥が精いっぱいだよ」
「でも、それは適性の問題だろ?」
ヒナタの言葉に、僕は首をかしげた。
以前聞いた話では、動物使いだからと言ってすべての動物を扱えるわけではないということだったのだが。
ヒナタはやっぱりう~んとうなった後、言葉を継いだ。
「わたしの場合はね、ひろーーーーーくあさーーーーーくなの」
大きく手を広げて、広さを表現しているようだが、やや小柄なヒナタがどれだけ手を広げても、広さはあまり伝わってはこない。
「広く浅くというと……いろいろな動物と意思の疎通できるってこと?」
「ええっとねぇ……お話はできる、かな。お願いを聞いてくれるかは、そのとき次第」
肩に乗っている小鳥の頭を指先でなでて、ヒナタは僕を見上げた。
「この子たちは、小さい時から一緒だから、だいたいのお願いは聞いてくれるよ。緊急の時の手紙を運ぶくらいだけど、とても助かってる」
確かに、緊急時に空を飛んで手紙を運べるのは、すごい利点だと思う。それが正確に届くのであれば、文句なしだ。ヒナタがハウス待機になるのも納得である。
しかし、そこでふと疑問がわいた。
「でも、手紙が届いて、すぐ動ける人がいないときはどうするの?」
今日みたいにカリンがいる時はいいが、そうでないときの方が多いだろう。ハルもヒナタも戦闘要員ではないのだから、だれか戻ってくるのを待っていると助かるはずのものも助からなくなる。
「その場合はねぇ、王都に飛ばすの。いくつか協力をお願いしてるギルドがあるから、そちらから人を回してもらうの」
階段を降り切ったヒナタは、僕を見上げて笑った。
「その代わり、あちらから要請があったら、うちのギルドから人を回すこともあるんだけどね!」
なるほど……それで、カリンが王都のギルドと共闘したことがあるわけか。もしかしたらあの時、ほかのメンバーも来ていたのかもしれないな。
一回の部屋の一つが鳥小屋になっていて、その部屋からヒナタが一羽の小鳥を連れて出てくる。チチチチ、と動物使い特有の声音で何事かを小鳥に言い聞かせている。
それが終わったタイミングで、カリンも二階から降りてきた。
小鳥はピィと小さく鳴いて、カリンの肩へと移動する。
「では、行ってきますね」
「いってらっしゃーーーい!」
ヒナタとハル、そして僕に見送られて、カリンはギルドハウスから旅立っていった。ギルドマスターも大変なものだな……。
それに僕が同行すればいいのでは、と思ったのだが、
「あら、若い女の子と、二人っきりで、旅がしたいのですか?」
カリンが驚いたと言わんばかりに大きく目を見開いて言うものだから、言葉のニュアンスが僕の意図することと違いすぎて、思わず否定してしまった。
考えてみれば、若い女の子と同じ部屋で寝ることを続行させた人に言われたくないことではある。
「と、言うのは冗談なのですが」
憮然とする僕に、カリンは小さく笑いながら言葉を継いだ。
「先日の魔獣のこともありますし、ハルとヒナタだけでは不安もありますし、しばらくハウス待機でお願いしますね、あ、もちろん、ほかのメンバーが戻ってきたら、出稼ぎ研修のことも考えますから」
「待機組なら、あなたがいれば大丈夫なんじゃ?」
なにしろ魔女の異名を持つ猛者である。
遠目に見たことがあるが、身長ほどもある長大な剣を片手で振り回し、片っ端から敵を吹っ飛ばしていた。敵に回したくないと思ったものである。
「いえいえ、急に出なくてはならなくなることもありますので、私では無理なんですよ」
実際、僕を拾った直後にレインの応援のためにギルドを出たということなので、出稼ぎ組のフォロー役といったところなのだろう。
「そういえば……」
カリンの部屋の窓からは、村が一望でき、中央の木もよく見える。ふと思い出して、その木のことを聞いてみた。
「一度だけ、あの木が、もっと大きく見えたことがあるんだ……」
カリンは大きく目を見開いた。
「見えたのですか?」
頷いて、もう一度窓の外を見やる。やはりあの大きな木は見えないが、それでも十分目を奪われる木が目に入る。
問いを重ねようとしたところで、ドアがノックされた。
カリンの返事を受けて開いたドアから顔をのぞかせたのは、小さな鳥を肩に乗せたヒナタである。
「カリン、ユウヒからお手紙だよ~」
「ユウヒ? めずらしいですね」
ヒナタから鳥を受け取ると、その足に括りつけられていた手紙を取り外す。手紙を読んだカリンは、形のいい眉をひそめた。
「魔人が出るかもしれないそうです」
ドクン
その言葉に、心の奥で何かがうごめく。冷や汗が出てきた。
魔人は、どんなきっかけで出てくるかはわからない。変化する原因は分からないのだ。
なぜなら、誰が魔人になったのか、わからないからだ。
魔人になってしまった人は、周囲の人の記憶から消えてしまう。いや、消えるというより、薄れてしまうのだ。
そんな人もいたよね、あの人どうしたっけ、ほらあの魔人のときに……、ああそうだった。
そんなふうに、なぜいなくなったのかも曖昧になってしまう。
「え! ユウヒたち、大丈夫なの?」
「ええ……今はまだ何とか大丈夫らしいですが、……ちょっと私行ってきますね」
手早く机の上を整理しながら、カリンがヒナタに視線をちらりと向けた。
「私の指示があるまで、三人ともここで待機してください。万が一の時は鳥を飛ばしますので、足が速いやつをお願いします」
「はーい。下で用意してるね」
カリンから鳥を受け取ると、ヒナタが部屋を出ていく。旅支度の邪魔になってもいけないし、僕もヒナタの後に続いた。
階段を下りながら、ヒナタと話をしている(ように見える)小鳥を見つめる。チュピチュピと囀る小鳥に、チチチ、とヒナタも応じている。
先日のヒナタの一喝にひるんだ魔獣の一件と合わさって、合点がいくものを感じた。
「もしかして……ヒナタ、動物使い? いや、魔獣使い?」
動物使いと魔獣使いは似ているようではあるが、まったくの別物だ。
動物と意思の疎通ができるからと言って、魔獣ともできるというものではない。その逆もしかりだ。通常の動物と魔獣が異なるものなのだから、当たり前のことではある。
「ん~……そのようなもの、かなぁ?」
「どういうこと……」
「まだ一人前じゃないってこと。お話しできるのも、これくらいの小鳥が精いっぱいだよ」
「でも、それは適性の問題だろ?」
ヒナタの言葉に、僕は首をかしげた。
以前聞いた話では、動物使いだからと言ってすべての動物を扱えるわけではないということだったのだが。
ヒナタはやっぱりう~んとうなった後、言葉を継いだ。
「わたしの場合はね、ひろーーーーーくあさーーーーーくなの」
大きく手を広げて、広さを表現しているようだが、やや小柄なヒナタがどれだけ手を広げても、広さはあまり伝わってはこない。
「広く浅くというと……いろいろな動物と意思の疎通できるってこと?」
「ええっとねぇ……お話はできる、かな。お願いを聞いてくれるかは、そのとき次第」
肩に乗っている小鳥の頭を指先でなでて、ヒナタは僕を見上げた。
「この子たちは、小さい時から一緒だから、だいたいのお願いは聞いてくれるよ。緊急の時の手紙を運ぶくらいだけど、とても助かってる」
確かに、緊急時に空を飛んで手紙を運べるのは、すごい利点だと思う。それが正確に届くのであれば、文句なしだ。ヒナタがハウス待機になるのも納得である。
しかし、そこでふと疑問がわいた。
「でも、手紙が届いて、すぐ動ける人がいないときはどうするの?」
今日みたいにカリンがいる時はいいが、そうでないときの方が多いだろう。ハルもヒナタも戦闘要員ではないのだから、だれか戻ってくるのを待っていると助かるはずのものも助からなくなる。
「その場合はねぇ、王都に飛ばすの。いくつか協力をお願いしてるギルドがあるから、そちらから人を回してもらうの」
階段を降り切ったヒナタは、僕を見上げて笑った。
「その代わり、あちらから要請があったら、うちのギルドから人を回すこともあるんだけどね!」
なるほど……それで、カリンが王都のギルドと共闘したことがあるわけか。もしかしたらあの時、ほかのメンバーも来ていたのかもしれないな。
一回の部屋の一つが鳥小屋になっていて、その部屋からヒナタが一羽の小鳥を連れて出てくる。チチチチ、と動物使い特有の声音で何事かを小鳥に言い聞かせている。
それが終わったタイミングで、カリンも二階から降りてきた。
小鳥はピィと小さく鳴いて、カリンの肩へと移動する。
「では、行ってきますね」
「いってらっしゃーーーい!」
ヒナタとハル、そして僕に見送られて、カリンはギルドハウスから旅立っていった。ギルドマスターも大変なものだな……。
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