【完結】聖女のおまけは黒ポメ小公爵様に愛を捧ぐ

社菘

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第1章:異世界転移

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 翌朝、エヴァルトに付き添われて王宮の離れへ向かう道のりで、エヴァルトから昨夜のお礼を言われた。

「昨夜はアルトがお世話になったようで、ありがとうございます」
「いえ、偶然出会いまして……可愛くて賢い子ですね。俺が言っていることが理解できるみたいで、尻尾で感情を表してました」
「はは……感情表現が人間のように豊かなんですよ」

 もっとアルトのことを聞きたかったのだが、それよりも前に深侑は改めてこの国の深刻な状況を実感することになった。

「先生、あそこを見てください」

 エヴァルトが指差す先には、王宮の美しい庭園の一角が黒く焼け焦げたようになっている場所があった。そこだけ植物が全て枯れ果てて、まるで生命力を根こそぎ奪われたような不気味な光景が広がっている。

「魔物が出現した跡です。幸い、騎士団が駆けつけて大事には至りませんでしたが……最初は結界が張られている境界線から始まり、段々と王宮に近づいているんです。ただ、そのスピードが尋常ではなく、聖女様の召喚に至ったというわけです」
「……そうなんですか…」

 昨夜は疲労と混乱で状況を把握しきれていなかったが、改めて見ると本当にこの国は危機的状況にあるのだということがよく分かった。聖女召喚が急務だったという話も納得できる。

「先ほど連絡が入ったのですが、聖女様は今朝から早速、結界の視察に向かわれたそうです」
「え、もう?」
「とても積極的な方ですね。使命感が強いというか……あなたの教え子だけあって、立派な方だ」

 エヴァルトの言葉に、深侑は複雑な心境になった。莉音の真っ直ぐな性格は確かに長所だが、危険を顧みずに突っ走ってしまうところがある。この異世界でも同じように無茶をしていないか心配になった。

「あの子は……矢永さんは、一度決めたら止まらないところがあるんです。まだ16歳ですから、感情のままに、という感じですかね」
「先生が心配するのは分かります。でも、聖女様にはこの国一の騎士団がついていますし、何より聖女の力は魔物に対して絶大な効果を発揮します。魔物に襲われそうになると自動的に聖女様の結界が発動すると言われていますしね」
「聖女の力というのは、昨日今日来た異世界人でも使えるものなんですか?」
「召喚される聖女様は、元々その力を持っている方しか召喚されません。力の発動を自分で操れるようコントロールを学ぶ必要がありますが、緊急事態の時は自然と発動されるでしょうね」
「へぇ、そういうものですか……」

 そんな会話をしているうちに、王宮の離れに到着した。離れと聞いていたので小ぢんまりした家を想像していたのだが、やはり異世界は規格外。深侑の感覚では十分に大きな屋敷で、周りには手入れの行き届いた庭が広がっている。ただ、なんとなく人の気配が薄く、静まり返っているのが気になった。

「レアエル殿下は、この離れでお一人で生活されているのですか?」
「使用人は数名いますが、殿下があまり人を寄せ付けたがらないので最小限にしています。数年前に実の母親を早くに亡くされてから少し荒れていまして……複雑な事情があるのです」

 エヴァルトの説明に、深侑は胸が痛んだ。まだ12歳なのに母親を亡くし、王宮の離れで一人で生活している。それだけでも十分に孤独だろうに、教師も次々と辞めていくとなれば、ますます心を閉ざしてしまうのも無理はない。

「殿下、エヴァルトです。新しい先生をお連れしました」

 離れの扉の前でエヴァルトが声をかけたが、返事はない。しばらく待っても何の反応もないので、エヴァルトは困ったような顔をした。

「いつものことなんです。最初は無視されるのが当たり前だと思ってください」
「そうですか……」

 現代で勤めていた学校でも生徒から無視されたことはあったし、教頭先生からもガミガミと説教をされることが多かった。生徒に関しては深侑のほうから歩み寄る努力を続けると、大体の子は少しずつ心を開いてくれたものだ。深侑はそんな経験を思い出しながら扉に近づいて、優しく声をかけてみた。

「レアエル殿下、初めまして。柊深侑と申します。昨日聖女様の召喚に巻き込まれ、こちらに来てしまったしがない教師です」

 しばらく沈黙が続いたが、やがて扉の向こうから少年の声が聞こえてきた。

「……異世界から来たって言った?」

 今度は足音が聞こえて、扉がゆっくりと開かれる。ドアの隙間から見えるのは、プラチナブロンドの美しい髪と、青い瞳をした少年だった。顔立ちは整っているが、どこか寂しげな表情を浮かべていた。

「本当に異世界から来たの?」
「本当です」
「信じられない」
「殿下、私もこの目で見ましたから、間違いはありませんよ」

 レアエルは深侑をじっと見つめて、それからエヴァルトに視線を移した。

「だからって、次は異世界から来た先生をわざわざ連れてきたの? どうせすぐに逃げ出すくせに」
「普通の先生では、殿下にはもう物足りないかと思いまして」
「ふん……何人来たって同じだよ」

 ふいっとレアエルが顔を背けると、エヴァルトは苦笑した。深侑がエヴァルトを見上げると「申し訳ありません」と眉を下げて謝るものだから、深侑は左右に首を振った。

「確かに、俺がどんな人間かは殿下にはまだ分からないと思います。まずはお互いに知ることから始めませんか?」
「……みんなそう言って、結局は僕が悪い子だから嫌になって出て行くんだよ。誰が来たって一緒」

 レアエルの言葉にはこれまでの経験からくる諦めと、それでもどこかに期待を抱いている複雑な感情が込められている気がする。深侑にはこの少年が本当は誰かに認めてもらいたくて、でも傷つくのが怖くて先に突き放そうとしているのだと感じた。

「今日はお勉強ではなく、少しお話をしませんか?」
「……別に、話すことなんてないし」
「それでもいいです。俺が一方的に話しますから、殿下は聞いているだけで構いません」

 深侑の提案にレアエルは少し考えてから、小さく頷いた。

「……少しだけなら、いいけど」

 扉が完全に開かれ、レアエルは深侑を離れの中へと招き入れた。エヴァルトが安堵の表情を浮かべているのを横目に、深侑は小さな一歩を踏み出した。


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