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第2章 辺境伯領平定戦
第56話 出仕
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「い、異世界の地震はそこまで凄まじいのですか!?」
評定の前日、ネッカーの辺境伯屋敷の一室でのこと。
俺の話を聞いたヨハンは愕然とし、二の句が継げぬ有り様となった。
話の切っ掛けは、九州衆を神隠しに遭わせた地震だ。
俺達が神隠しに遭った時と同様、ネッカーの町も揺れに見舞われ、町は大変な騒ぎとなったらしい。
地震が起こった時、ヨハンは出仕の準備を終え、付き従う兵やその家族を引き連れて町に到着したばかり。
恐怖のあまり泣き出す者あり、逃げ出す者ありと、大混乱に陥った。
ヨハン自身も激しく動揺していたが、必死で彼らを宥めて回ったのだと言う。
未だに覇気のない顔をしておった故、三野が神隠しに遭った時に比べれば穏やかな揺れだと申したのだが、「そんな馬鹿な!」とまるで信じない。
同席するクリスやハンナ、ベンノも似たり寄ったりの反応。
異界の者達にとって、地面が揺れる事はただそれだけで恐ろしく、末世《まっせ》が到来したに等しいようだ。
恐怖はあまりに深く、安堵させてやるつもりで、日ノ本で起こった大地震の話をした。
帰雲城の出来事も交えつつ、地震には大小あり、此度のものは恐れるまでもないと申したのだが……。
俺の話に何とか耐え切ったのは、ミナ唯一人。
驚き慌てる者。
落ちた顎が塞がらない者。
口元が痙攣して言葉が発せない者。
明後日の方向を見てブツブツ呟く者……。
惨憺たるものとなってしまった。
「……八千代」
「はい、若」
「良かれと思ったが上手くいかぬものよな。はっはっは! 失敗だ!」
「この手の話は慣れていただくしかありませぬ。この上は、もっと恐ろしい地震の話をなさっては?」
「それもそうだな。然らば次は――――」
「も、もう十分です……!」
ヨハンは激しく手を振って俺達を止める。
「そうか? 遠慮は無用ぞ?」
「ご勘弁ください……」
「そうだ。シンクローやヤチヨ殿の話は心臓に悪過ぎる」
ミナがヨハンに加勢した。
「それに……ちょっと面白がっていないか?」
「……バレたか」
「ええ、バレました」
「シンクロー! ヤチヨ殿!」
ミナは頬を膨らませる。
ふむふむ。斯様な顔をされては、心にそそるものがあるのう。
おっ? 八千代がミナの頬を突いて遊んでおる。
ミナが恥ずかしそうに頬を赤らめ「なっ、何をするんだ!?」などと申しておるわ。
ズルいぞ八千代! 俺もやる!
「じ、地震の話はともかくとして、その『カエリクモジョウ』はこちらの世界へ渡って来た可能性はないのでしょうか?」
ミナの頬を突きにかかる直前、ヨハンが左様な疑問を口にした。
「ふむ……。確かに、一夜にして土の下へと消え去ったと聞けば、神隠しを疑いたくもなろう」
「でしょう?」
「それはない」
「は?」
「帰雲城は神隠しに遭ってはおらぬ。内ヶ嶋家と共に、間違いなく滅んだ」
「何か確信がお有りなのですか?」
「実はな、内ヶ嶋領は当家の領地になっておっておるのだ」
天正十三年の大地震から数ヶ月後、かつての内ヶ嶋領はそっくりそのまま斎藤家の領地となった。
関白殿下――今の太閤殿下より、いち早く救援に駆け付けた褒美として与えられたのだ。
本来ならば喜ぶところではあるが、ありがた迷惑な話でしかない。
大地震で荒れ果て、実入りは期待出来ず、しかも本城たる三野城から遠く離れた山深い土地など、お荷物以外の何者でもあるまい。
飛騨国の旗頭である金森家に任せるのが道理だと申し上げたが、何故か聞き入れてはもらえなかった。
きっと、石田治部あたりが手を回したのであろう。
あ奴は何かにつけて当家を目の敵にしておったからな。
負担にしかならぬ土地を押し付けて、力を削いでやろうという魂胆だったに違いない。
当時は幼心にも激しい反発を覚えたものであったわ。
そして案の定、その後の苦労は並大抵ではなかった。
豊臣から命じられるままに各地へ出陣する傍ら、旧内ヶ嶋領の普請《ふしん》に当たった。
崩れ落ちた山に木を植え、川を堰き止める土砂を取り除き、街道を整えた。
ようやく目途が立ったのは関東の仕置が終わった頃だったか。
天正の大地震から、五年近い歳月が経っていた。
「普請の最中、土の下に埋まった帰雲城の痕跡も見付かった。無論、城全てを見付けた訳ではないが、あの惨状では生き残った者はいまい」
「そうでしたか……」
「さて、日ノ本の話はこれで終いだ。ヨハン、今度はお主の話を聞かせてくれ」
元々は、ヨハンが願い出たき儀があると申すのでこの部屋に呼び寄せたのだ。
地震に対する恐怖心があまりに強かったために、余計な話で遠回りしてしまったがな。
一体何事であろうかの?
ヨハンは少しばかり緊張した面持ちで話し始めた。
「実は……私の同僚や友人の中に、辺境伯への出仕を望む者達がいるのです」
「ほう? 何者か?」
「私と同じく領地を持たない小身の家の出身者です。今は騎士や役人として領都に出仕しています」
「要はゲルトに付き従って来た者共か?」
そう申すとヨハンの顔は強張った。
緊張していたのはこれが理由か。
ミナが何か申そうと口を開きかけたが、「待て」と手を挙げて制する。
「その者共、信は置けるのか?」
「……ゲルトの行状に憤りながらも、なす術の無い己の無力さに恥じ入ってきた者達です。先の戦では辺境伯に弓を引き、敗北したにも拘らず命を助けていただきました。これ以上、恥の上塗りは出来ません。今度こそ、一命を賭して辺境伯へお仕えしたいと申しております。何卒――――」
「分かった。良いぞ」
「――――どうかお聞き届けを…………は? い、今何と?」
「出仕を許すと申したのだ。何人おる?」
「き、騎士が七人、役人が六人で……」
「ふむ……。短い間に十人以上も集めたか。でかしたぞ、ヨハン。大儀であるな」
「あ、有難きお言葉――――い、いえっ! 本当によろしいのですか!?」
「何がだ?」
「ゲルトに付き従っていた者達です! ご、ご不快の念をお持ちではないかと……」
「それを申せばお主も同じだったではないか」
「そ、それはそうですが……」
「良いかヨハン? お主は先の戦にて、負けたりとは申せ、手傷を負いながらも見事な統率ぶりを見せた。首実検にも力を貸した。心根の良き者であることも分かった。故にこそ、俺は誘いをかけたのだ。信の置ける者だと。そんなお主が連れて来たのだ。滅多な者達ではなかろう?」
「……信じていただけるのですか?」
「お主には信を置いた。信じなくてどうする?」
「あ、有難うございます……」
ヨハンは片膝を突き、胸に手を当てて頭を垂れた。
異界の騎士にとっては最上級の礼の取り方と聞く。
同僚や友人の出仕を願い出る事は、この者にとって相当な重大事だったのであろう。
仕えるべき主君に弓を引いた事を思えば、致し方無きことよな。
ミナは「ほっ」と胸を撫でおろし、クリスやハンナは「良かったですね!」とヨハンの肩を叩き、ベンノは「お水を……」と用意の良さを見せた。
これにて一件落着! と申したいところだが――――。
「ヨハン。出仕の件は良いとして、一つ気掛かりがある」
「は? な、何でしょうか!?」
「本家筋や上役より手出しはされておらぬか? 日和見連中の中には、自ら進んで辺境伯へ出仕しようとするお主らを面白く思わぬ者も多かろう?」
「お見通しでしたか……。しかし、ご心配には及びません」
ヨハンは力強い口調で断言する。
「我らは一度死んだも同然の身。覚悟は定まっております!」
「良し。天晴れな心掛けよ。ならばこの俺もお主らを守り通して見せよう。指一本手出しは許さん」
「そ、そこまでご配慮下さるのですか?」
「当然だ」
「重ね重ね……有難うございます……」
「これから存分に働いてもらうぞ? 期待しておるからな?」
「はっ!」
こうして、辺境伯家は少ないながらも心強い家臣を得た。
評定の前日、ネッカーの辺境伯屋敷の一室でのこと。
俺の話を聞いたヨハンは愕然とし、二の句が継げぬ有り様となった。
話の切っ掛けは、九州衆を神隠しに遭わせた地震だ。
俺達が神隠しに遭った時と同様、ネッカーの町も揺れに見舞われ、町は大変な騒ぎとなったらしい。
地震が起こった時、ヨハンは出仕の準備を終え、付き従う兵やその家族を引き連れて町に到着したばかり。
恐怖のあまり泣き出す者あり、逃げ出す者ありと、大混乱に陥った。
ヨハン自身も激しく動揺していたが、必死で彼らを宥めて回ったのだと言う。
未だに覇気のない顔をしておった故、三野が神隠しに遭った時に比べれば穏やかな揺れだと申したのだが、「そんな馬鹿な!」とまるで信じない。
同席するクリスやハンナ、ベンノも似たり寄ったりの反応。
異界の者達にとって、地面が揺れる事はただそれだけで恐ろしく、末世《まっせ》が到来したに等しいようだ。
恐怖はあまりに深く、安堵させてやるつもりで、日ノ本で起こった大地震の話をした。
帰雲城の出来事も交えつつ、地震には大小あり、此度のものは恐れるまでもないと申したのだが……。
俺の話に何とか耐え切ったのは、ミナ唯一人。
驚き慌てる者。
落ちた顎が塞がらない者。
口元が痙攣して言葉が発せない者。
明後日の方向を見てブツブツ呟く者……。
惨憺たるものとなってしまった。
「……八千代」
「はい、若」
「良かれと思ったが上手くいかぬものよな。はっはっは! 失敗だ!」
「この手の話は慣れていただくしかありませぬ。この上は、もっと恐ろしい地震の話をなさっては?」
「それもそうだな。然らば次は――――」
「も、もう十分です……!」
ヨハンは激しく手を振って俺達を止める。
「そうか? 遠慮は無用ぞ?」
「ご勘弁ください……」
「そうだ。シンクローやヤチヨ殿の話は心臓に悪過ぎる」
ミナがヨハンに加勢した。
「それに……ちょっと面白がっていないか?」
「……バレたか」
「ええ、バレました」
「シンクロー! ヤチヨ殿!」
ミナは頬を膨らませる。
ふむふむ。斯様な顔をされては、心にそそるものがあるのう。
おっ? 八千代がミナの頬を突いて遊んでおる。
ミナが恥ずかしそうに頬を赤らめ「なっ、何をするんだ!?」などと申しておるわ。
ズルいぞ八千代! 俺もやる!
「じ、地震の話はともかくとして、その『カエリクモジョウ』はこちらの世界へ渡って来た可能性はないのでしょうか?」
ミナの頬を突きにかかる直前、ヨハンが左様な疑問を口にした。
「ふむ……。確かに、一夜にして土の下へと消え去ったと聞けば、神隠しを疑いたくもなろう」
「でしょう?」
「それはない」
「は?」
「帰雲城は神隠しに遭ってはおらぬ。内ヶ嶋家と共に、間違いなく滅んだ」
「何か確信がお有りなのですか?」
「実はな、内ヶ嶋領は当家の領地になっておっておるのだ」
天正十三年の大地震から数ヶ月後、かつての内ヶ嶋領はそっくりそのまま斎藤家の領地となった。
関白殿下――今の太閤殿下より、いち早く救援に駆け付けた褒美として与えられたのだ。
本来ならば喜ぶところではあるが、ありがた迷惑な話でしかない。
大地震で荒れ果て、実入りは期待出来ず、しかも本城たる三野城から遠く離れた山深い土地など、お荷物以外の何者でもあるまい。
飛騨国の旗頭である金森家に任せるのが道理だと申し上げたが、何故か聞き入れてはもらえなかった。
きっと、石田治部あたりが手を回したのであろう。
あ奴は何かにつけて当家を目の敵にしておったからな。
負担にしかならぬ土地を押し付けて、力を削いでやろうという魂胆だったに違いない。
当時は幼心にも激しい反発を覚えたものであったわ。
そして案の定、その後の苦労は並大抵ではなかった。
豊臣から命じられるままに各地へ出陣する傍ら、旧内ヶ嶋領の普請《ふしん》に当たった。
崩れ落ちた山に木を植え、川を堰き止める土砂を取り除き、街道を整えた。
ようやく目途が立ったのは関東の仕置が終わった頃だったか。
天正の大地震から、五年近い歳月が経っていた。
「普請の最中、土の下に埋まった帰雲城の痕跡も見付かった。無論、城全てを見付けた訳ではないが、あの惨状では生き残った者はいまい」
「そうでしたか……」
「さて、日ノ本の話はこれで終いだ。ヨハン、今度はお主の話を聞かせてくれ」
元々は、ヨハンが願い出たき儀があると申すのでこの部屋に呼び寄せたのだ。
地震に対する恐怖心があまりに強かったために、余計な話で遠回りしてしまったがな。
一体何事であろうかの?
ヨハンは少しばかり緊張した面持ちで話し始めた。
「実は……私の同僚や友人の中に、辺境伯への出仕を望む者達がいるのです」
「ほう? 何者か?」
「私と同じく領地を持たない小身の家の出身者です。今は騎士や役人として領都に出仕しています」
「要はゲルトに付き従って来た者共か?」
そう申すとヨハンの顔は強張った。
緊張していたのはこれが理由か。
ミナが何か申そうと口を開きかけたが、「待て」と手を挙げて制する。
「その者共、信は置けるのか?」
「……ゲルトの行状に憤りながらも、なす術の無い己の無力さに恥じ入ってきた者達です。先の戦では辺境伯に弓を引き、敗北したにも拘らず命を助けていただきました。これ以上、恥の上塗りは出来ません。今度こそ、一命を賭して辺境伯へお仕えしたいと申しております。何卒――――」
「分かった。良いぞ」
「――――どうかお聞き届けを…………は? い、今何と?」
「出仕を許すと申したのだ。何人おる?」
「き、騎士が七人、役人が六人で……」
「ふむ……。短い間に十人以上も集めたか。でかしたぞ、ヨハン。大儀であるな」
「あ、有難きお言葉――――い、いえっ! 本当によろしいのですか!?」
「何がだ?」
「ゲルトに付き従っていた者達です! ご、ご不快の念をお持ちではないかと……」
「それを申せばお主も同じだったではないか」
「そ、それはそうですが……」
「良いかヨハン? お主は先の戦にて、負けたりとは申せ、手傷を負いながらも見事な統率ぶりを見せた。首実検にも力を貸した。心根の良き者であることも分かった。故にこそ、俺は誘いをかけたのだ。信の置ける者だと。そんなお主が連れて来たのだ。滅多な者達ではなかろう?」
「……信じていただけるのですか?」
「お主には信を置いた。信じなくてどうする?」
「あ、有難うございます……」
ヨハンは片膝を突き、胸に手を当てて頭を垂れた。
異界の騎士にとっては最上級の礼の取り方と聞く。
同僚や友人の出仕を願い出る事は、この者にとって相当な重大事だったのであろう。
仕えるべき主君に弓を引いた事を思えば、致し方無きことよな。
ミナは「ほっ」と胸を撫でおろし、クリスやハンナは「良かったですね!」とヨハンの肩を叩き、ベンノは「お水を……」と用意の良さを見せた。
これにて一件落着! と申したいところだが――――。
「ヨハン。出仕の件は良いとして、一つ気掛かりがある」
「は? な、何でしょうか!?」
「本家筋や上役より手出しはされておらぬか? 日和見連中の中には、自ら進んで辺境伯へ出仕しようとするお主らを面白く思わぬ者も多かろう?」
「お見通しでしたか……。しかし、ご心配には及びません」
ヨハンは力強い口調で断言する。
「我らは一度死んだも同然の身。覚悟は定まっております!」
「良し。天晴れな心掛けよ。ならばこの俺もお主らを守り通して見せよう。指一本手出しは許さん」
「そ、そこまでご配慮下さるのですか?」
「当然だ」
「重ね重ね……有難うございます……」
「これから存分に働いてもらうぞ? 期待しておるからな?」
「はっ!」
こうして、辺境伯家は少ないながらも心強い家臣を得た。
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