異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

文字の大きさ
94 / 201
第2章 辺境伯領平定戦

第82.5話 ヴィルヘルミナの独白 その玖

しおりを挟む
「シンクロー様ってやっぱりすごいですよね……」

 旧ゲルト邸の一室でハンナが口を開いた。

 誰に問うでもない呟きに過ぎない。

 私とお母様は少し顔を上げただけだったが、クリスがすぐさま反応した。

「だねぇ。悠長に軍事演習なんてやるのねぇ……なんて思っていたらぁ、裏で色々と手を回していたんだもんねぇ」

「それもありますけど、そっちじゃないです」

「えぇ? じゃあどっちぃ?」

「シンクロー様の剣技ですよ!」

「ああ! そっちぃ!」

 不正を働いた家臣達の裁きは先程一区切りが付いた。

 代官職にあった者達十八人が死罪となり、刑はすぐさま執行された。

 異世界の『ウチクビ』と言う処刑方法で。

 最初の一人に刃を振るったのはシンクロー自身だ。

「カタナってすごく刀身が細いじゃないですか? なのにあんなに簡単に人の首を斬っちゃうんですよ?」

「確かにねぇ……。冒険者が束になっても斬れなかった案山子かかしを斬った時点で相当な腕前だとは思っていたけどぉ……」

「ネッカーの戦いでゲルトとカスパルの首を一振りで斬ったって聞かされた時はさすがに嘘でしょって思いましたもんね」

「あれを見せられたら信じない訳にはいかないわねぇ。でもぉ、斬るって言うならシンクローの家臣も皆すごくなかったぁ? 誰がやっても事も無げにやっちゃうんだものぉ」

「でも、シンクロー様が一番綺麗な剣でした。静かで、無駄がなくて、惚れ惚れと見入っちゃいました――――」

「あの……二人共それくらいで……」

 私が頼むと、二人は「はっ!」と目を見開いた。

「え? あっ! ごめんなさい!」

「す、すみませんでした!」

「いえ、良いのですよ」

 お母様が「気にする事はありません」と片手を上げる。

 家臣達に刑が執行される間、お母様は一度も目を逸らせる事なく最後まで見届けた。

 私やクリス達は荒事の経験がある。

 だからこそ人の首が斬り落とされる光景を前にして耐え切る事も出来た。

 だが、お母様は剣を握った事もないはずだ。

 辺境伯夫人でなければ、ごくごく普通の女性に過ぎない。

 次々と落とされる首、そして代官達の断末魔の声。

 ついさっきまで代官達の不正をなじり、怒りを露わにしていた民衆さえも顔を背ける中、お母様は辺境伯夫人として気丈きじょうに振る舞っておられたものの、顔色は優れなかった。

 心配になった私は刑の執行が終わった直後、お母様に休息を取っていただこうと裁きの場を離れたが……。

 見た目とは裏腹に、お母様の声は弱々しさを感じさせない。

「サイトー殿の剣には美しさすら感じました。剣を握った事のない私ですら、そう感じたのです。あなた方が素晴らしいと感じるのは当然の事でしょう」

「そ、そうですかぁ?」

「そう仰っていただけると……」

「サイトー殿のお陰で残酷な光景を見ずに済んだのです。私はむしろ感謝せねばならないくらいですよ」

 我々の国にも首を斬る処刑方法はあるが、異世界の『ウチクビ』とは大きく異なる。

 異世界の『ウチクビ』が剣身の細いカタナを使うのに対し、こちらでは分厚く巨大な斧を用いて首を斬る。

 しかも、とにかく力任せに斧を振り下ろし、首を叩き折るかのように。

 極めて粗雑な処刑方法だ。。

 刑吏が十分な膂力りょりょくを備え、斧の扱いに長けた者であれば一撃で首は叩き斬られる。

 罪人は痛みに苦しむ事はなく、恐怖に悶える事もなく、一瞬で死を迎える事が出来るだろう。

 だが、罪人にとって理想的な刑吏はほとんどおらず、むしろ例外中の例外。

 技量の劣る刑吏が圧倒的に多数であり、罪人を待ち受けるのは苦悶に満ちた最期だ。

 斧の狙いは定まらず、首とは関係ない箇所を何度も打ち付けられ、苦しみはいたずらに長引くだろう。

 飛び散る血肉と泣き叫ぶ囚人の声は、見る者の心を搔き乱し、大いに恐怖させる。

 恐るべきは、処刑執行者の目的が、罪人を処刑する事そのものよりも、苦しませる事と見る者に恐怖心を植え付ける事にある時だ。

 処刑に使われる斧は、わざと錆を浮かせ、刃こぼれを作り、極限まで切れ味を鈍らせ、もはやただの鉄の塊としか言いようのない代物が用意される。

 始まるのは残虐極まる見せ物。

 処刑を『ウチクビ』で行うと聞かされた時、私達はそうなる事を覚悟していた。

 だが、現実はそうならなかった。

「人が殺される光景など、罪人の処刑であっても好き好んで目にするものではありません。ですが……私も見入ってしまいました。あの剣技に……」

「お母様……」

「ですから、覚悟していたよりも気持ちは落ち着いているのです。心配してくれてありがとう……」

「頭を上げて下さい。お母様が穏やかな心持でいらっしゃるのが何よりなのですから」

 私がそう言うと、お母様は重ねて「ありがとう」と口にされた。

「……ふう。それにしてもサイトー殿はお優しい方ですね」

「え?」

「残酷で無慈悲な刑にしようと思えばいくらでも出来たはずです。たしか……『ノコギリビキ』でしたか? ハンナさんがされかけたのは」

「ひっ……! あ、あれですか……?」

「木で作ったノコギリでジワジワと首を斬るだなんて、とても恐ろしい刑ではありませんか?」

「思い出したくもありません……!」

謀反人むほんにんは火あぶりか牛裂きが基本。それが我が国の国法です。出来るだけ残酷な刑を用いて見せしめにするのです。サイトー殿にはその事もお伝えしました。ですがサイトー殿は一瞬で終わらせました。きっととがのある者にも慈悲を掛けられたのですよ」

「確かに……。シンクローならあるいは……」

「え? どういうことぉ?」

「何か心当たりがあるんですか?」

「ああ。実は――――」

 今日の裁きに先立って、シンクローは処刑された者達の家族を秘かに逃がしていた。

 不正が明らかとなり、刑が執行されれば家族にも累が及ぶかもしれない。

 これまで通りにアルテンブルク辺境伯領に住み続ける事は困難だろう。

 結託して不正に手を染めていた者や、不正で得た財貨と知りながら利益を得た者は裁かねばならないが、そうでない者まで苦しませる事はないと、ネッカーへ移すなり、ビーナウから船で逃がすなりしていたのだ。

 特に幼い子どもは。

「ええっ!? いつの間にそんな事してたのぉ!?」

「お傍にいるのに全然気付きませんでしたよ!」

「モチヅキ殿やマツナガ殿はずいぶん反対したらしい。トーザ殿やサトー殿までもな。連座れんざを理由に一族郎党悉く族滅ぞくめつすべしと進言したそうだ」

「一族郎党……」

「ぞ、族滅……」

「しかし、タンバ殿とリギョー殿はシンクローの味方となったらしい。ここは彼らにとっての異世界。慈悲を掛けてみるのも一興だ、と」

 お二人がシンクローに賛成した真の理由は分からない。

 タンバ殿には何か策があるのかもしれないし、リギョー殿は聖職者だからかもしれない。

 さらには、シンクローの父親であり、サイトー家の当主であるサコン殿までシンクローの好きにさせて良いと仰ったのだと言う。

 サイトー家の重鎮三人が賛成に回ったことで、族滅すべしとの意見は全く勢いを失った。

「外に漏れるとまずい話だ。秘密にしておいて欲しい」

「わ、分かってるわよぉ……」

「墓の中まで持って行きます……」

「本当に、アルテンブルク辺境伯家は得難い人物を得ましたね。私達はサイトー殿が動きやすくなるよう、しっかり支えていかなければなりません」

 すると、お母様が私を見つめてニッコリ笑った。

「ですからヴィルヘルミナ? 早くサイトー殿とねんごろになって下さいね?」

「えっ!? ま、またその話ですか!?」

「成就するまで何度でも言いますよ? 私も旦那様も諦めていないのですから」

 お母様は、まるでヤチヨ殿のように「うふふふ……」と怪しく微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

最弱弓術士、全距離支配で最強へ

Y.
ファンタジー
「弓術士? ああ、あの器用貧乏な最弱職のことか」 剣と魔法が全てを決める世界において、弓は「射程は魔法に及ばず、威力は剣に劣る」不遇の武器と蔑まれていた。 若き冒険者リアンは、亡き叔父から譲り受けた一振りの弓「ストーム・ウィスパー」を手に、冒険者の門を叩く。周囲の嘲笑を余所に、彼が秘めていたのは、世界をナノ単位で解析する「化け物じみた集中力」だった。 リアンの放つ一矢は、もはや単なる遠距離攻撃ではない。 風を読み、空間を計算し、敵の急所をミリ単位で射抜く精密射撃。 弓本体に仕込まれたブレードを操り、剣士を圧倒する近接弓術。 そして、魔力の波長を読み取り、呪文そのものを撃ち落とす対魔法技術。 「近距離、中距離、遠距離……俺の射程に逃げ場はない」 孤独な修行の末に辿り着いた「全距離対応型弓術」は、次第に王道パーティやエリート冒険者たちの常識を塗り替えていく。 しかし、その弓には叔父が命を懸けて守り抜いた**「世界の理(ことわり)」を揺るがす秘密**が隠されていた――。 最弱と笑われた少年が、一張の弓で最強へと駆け上がる、至高の異世界アクションファンタジー、開幕!

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

処理中です...