異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~

和田真尚

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第3章 帝都の客人

第122.6話 ヴィルヘルミナの独白 その拾弐【中編】

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「万物には、濫りに揺るがせにしてはならない、あるべき本然ほんねんの姿と申すものがござります」

 ヤチヨ殿が話を始めた。

 なんとなく、いつもに比べて幾分真面目そうに見える……。

「盗まれた物には持ち主がいたはずであり、持ち主の元にあることこそが本然の姿なのでござります」

「そ、そうだな……。確かに持ち主の元にあるべき……だな……。うん……」

 一応はそう答えてみたが、この先の話も同意できるんだろうか?

 なんとなく不安を抱えつつ、ヤチヨ殿の話に耳を傾けた。

「ひとたび持ち主が定まれば、物は持ち主の魂が宿る分身も同然。如何でしょうか? お分かりくださいますか?」

「それは……剣は騎士の魂…………という考えと同じだろうか?」

「……まあ、同じと考えておきましょう」

 うん。絶対に違うな。

 今の感じだと絶対に違う。

 心が通じ合っていない感じが凄まじかった。

 その証拠に、ヤチヨ殿は「それはさて置き、お話の続きを……」と話を再開した。

 一瞬でさて置かれてしまった……。

「――――盗みは本然の姿を乱す行いに他なりませぬ。盗まれた物は本然の姿を乱されることによって穢れを生むのでござります」

「ケガレ?」

「はい。穢れにござります」

 うん。白状しよう。

 何のことだか分からん。

 より一層分からなくなってしまった。

 クリスとヘスラッハ卿も頭に疑問符を浮かべている。

 どうしよう……。

 このまま聞き続けても、理解出来るんだろうか?

 だが、ヤチヨ殿は私達の内心の葛藤を知ってか知らずか、休むことなく話を続けた。

「穢れは忌むべきもの。一つ穢れが生ずれば、次から次へと新たな穢れを生み、際限はござりませぬ。盗まれた物を通じて持ち主の魂にも穢れが及びましょう。放っておけば、如何なる禍事まがごとを引き寄せても不思議はござりませぬ。故に、速やかに祓わねばなりませぬ」

 ヤチヨ殿の話はほとんど理解できない。

 しかし、なんとなく結論だけは見えてきた。

「……つまり、盗みは『ケガレ』を呼び込む行為であり、持ち主本人の魂をも危険にさらす行為だから……その……殺人のように重い罪だと? だから盗みを犯した者は厳しく罰する……のか?」

「ご賢察にござります」

「「「…………」」」

 なんだか、えらく深い話をされた気がする。

 いや、正直なところ、ほとんど理解できていないから、本当に深いと言っていいのか怪しいものだが……。

 そもそもだ。

 『本然の姿』とか、『ケガレ』とか、ヤチヨ殿は事も無げに口にしたが、私達にはどういう意味の言葉なのか見当もつかない。

 私は騎士になるため学問を懸命に学んだし、ヘスラッハ卿もそれは同じだろう。

 クリスだってそうだ。

 物を知らない者が魔法士や魔道具士なんかになれるはずがない。

 それなのに、三人が三人とも難しい顔で押し黙るしかない。

 どのように質問すれば話が通じるのだろうか?

 私達が答えずにいると、ヤチヨ殿が「こんな話はいかがでしょうか?」と、「ポンッ」と手を打った。

蕨粉わらびこはご存知でいらっしゃいますか?」

 ヤチヨ殿が笑顔を尋ねる。

 おそらく、何かの粉なんだとは思うが…………。

 ここでどうしていきなり粉の話?

 聞き覚えのない名前と、読めぬヤチヨ殿の意図。

 私達は疑問符を浮かべて顔を見合わせるしかなかった。

 互いに「どうぞどうぞ」、「いえいえ。お先にどうぞ」と譲り合い、結局最後はヘスラッハ卿が尋ねることとなった。

「えっと……すみません。聞いたことありませんね……。何かの粉……ですか?」

「左様にござります。わらびと申す山菜の根から作る食用の粉にございます。餅と申す食べ物の原料に使います」

「『モチ』ってぇ、前に食べさせてもらったぁ、白くてすっごい伸びるあれぇ?」

「クリス様にお召し上がりいただいたのは、米から作った餅にござりますね。蕨粉で作った餅は白色や土色に濁った色をしております」

「どうやって食べるのぉ?」

平生へいぜいは菓子に使います」

「その言い方だとぉ、普通じゃない時がある……て聞こえるんだけどぉ?」

「仰せの通りにござります。蕨粉が真に活躍するのは飢饉の時。雑穀や芋すら口に入らぬ、過酷な飢饉にござります」

 ヤチヨ殿は相変わらずニコニコとしている。

 その語り口はだんだんと不穏の色を増していた。

「蕨粉を作るには大変な手間暇を要します。山に分け行って蕨を探し、木の根が絡み、石が混ざった固い山肌を削って根を掘り出し、冷水を使って何度も洗い、水に浸けて灰汁を抜かねば食べられたものではありませぬ。それだけの苦労をしても、十の根から採れる蕨粉は一もござりません。飢饉に苦しんでおる時に、なんと無情なことでしょう?」

「そ、そうねぇ……」

「ある時、夫を失い、腹を空かせた子を抱えた寡婦かふが、餓えに耐えかね、他人が水にさらしておいた蕨粉を、夜陰に紛れて盗み取ったのでござります。寡婦の所業は幾日も経たぬ内に村の検断を任された若衆の知るところとなりました。若衆は寡婦を子共々家の中へと追い込め、打ち殺しに致したのでござります」

「「「…………」」」

「真に乱世とは惨き世にござりますね。戦が悪いか、天災が悪いか、飢饉が悪いか、あるいはその全てか……。とかく、人の手には負えませぬ。たとえ惨いと分かっていても、盗みを働いた者に甘い顔をしては、他の者が飢えて死ぬのでござります」

 遠い目をして語るヤチヨ殿。

 ただし口調は淡々としており、悲嘆の色も恐怖の色もない。

 こんな話を平然と語れるあたり、異世界の乱世とは苛烈極まるものなんだろう。

 私達の想像力の貧しさを痛感させるほどに…………。

「――――で、ござりますから、盗みもまた、人を殺すのでござります。故に、厳しく罰しなければ示しがつきませぬ」

「は、はあ……。そう……ですか…………」

 ヘスラッハ卿が、笑っているのか、困っているのか、それとも恐怖しているのか、どちらともとれない曖昧な表情で答えた。

 どんな顔をすればいいかと考えあぐね、結局愛想笑いをしようとしたんだろうが、頬が引き攣って笑うに笑えていない。

 まあ、私やクリスも同じなんだが……。

 ご自分の表情がまずいと思ったのか、ヘスラッハ卿は「あっ!」と何かを思い出した風に手を打った。

「そ、そうでした! 異世界の事情に疎いのは私だけではありませんっ! 姫様やヘレンさん、ハイディさん、イルメラさん、侍女の子達も同じだと思いますので……。すみませんが……」

「分かっております。斎藤の家中は皆、わきまえておりますから」

 一体全体、何を「わきまえて」いるのだろうか?

 目的語を明言しないあたり、なんとなく嫌な予感がする……。

 クリスと視線が合った。

 目が「絶対ロクでもないことが起こるよぉ……」と訴えている。

 私も同じ気持ちだ。

 ヘスラッハ卿は「十分に注意しますが、至らない点があれば何卒ご容赦ください……」くらいの意味合いで話しているのだろう。

 だがしかし、ヤチヨ殿はその意味を理解しつつも、決して「ご容赦」だけにとどめるつもりなどないはずだ。

 「至らない点」があるなら、「理解わかるまで実践して差し上げよう」というのが、異世界の者達の考えだ。

 やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は育たじ…………なんだそうだ。

 きっと必ず、そう遠くない内に、異世界の狂戦士バーサーカー達は、私達を「理解わからせにくる」に違いない…………。

「でも、後味の悪い終わり方となったのも事実でございますね……」

 珍しく、ヤチヨ殿が「はあ……」と小さく溜息をついた。

 回り回って、ようやくカロリーネの話に戻って来たようだ。

 私達は「ほっ……」と小さく息をついた。

 だがしかし、この後に続くヤチヨ殿の言葉は予想もしないものだった――――。

「若も御傷心やもしれませぬ。少し、慰めて差し上げた方がよろしいでしょうか?」

 シンクローが傷心?

 いや、それよりも……「慰める」って何だ!?
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