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4章 ランブイユ編
74 消えゆくもの
砂埃に白く奪われた視界が戻ると、そこは真っ暗な闇。落ちた瓦礫に地上への出口を塞がれてしまい、地下の空間に閉じ込められてしまったのだ。
アルから見せてもらっていた王城内の地下道の地図には、このホールの下に空間はなかったはずなのに。
乾いた埃の匂いと共に、黴臭い湿った匂いが混じる。
(ん?)
柔らかくて温かいものが頬に当たる。何かに全身を包まれているのに気づき、はっとした。ノルマンの腕がしっかりと私を抱きとめてくれていたのだ。
手探りで、そっと彼の頬に触れる。
指先に触れた、ぬるりとした感触。
「ノルマン様、血が……」
「少し切っただけだ。それよりあちらに……」
ノルマンが瓦礫をかき分けて隙間を広げると、暗闇の先に広く開けた空間と、そこで怪しく発光するもの。
「ノルマン様、魔法陣です! ルオン、お願いっ!」
魔法師たちは誰も知らない空間に、魔法陣の本体を隠していたのだ。
まさかこんな近くにあったなんて。
銀毛の虎が姿を現し、咆哮して浄化の光を放つ。
すぐに辺り一面、眩い光に包まれる。清廉に煌めく粒子が、禍々しく光るものを覆い尽くし、解くように消していく。
同時にノルマンは、私を再び胸にしっかり抱くと、頭上を閉ざしていた瓦礫に剣を突き立てた。それは剣気によって一瞬にして砕け散り、地上への脱出口が開かれる。
すぐにルオンの背に飛び乗り、地上に上がった私たちが目にしたのは、ホールに散乱する魔物たちの死骸と、魔力封じの魔道具で捕らえられた魔法師たち。
魔力の供給源となっていた本体の魔法陣が破壊されたことで、すべてが力を失ったのだ。
そして、玉座から引きずり降ろされ、アルに剣の切っ先を突き付けられた王の姿。
地下から突然、飛び出してきた銀毛の大きな虎を見て、また新手の出現かと剣を構える者もいたが、アルの制止の声が届くより早く、皆が剣を下ろした。
銀毛の高位精霊の、神々しいともいえる存在感。
その姿に、誰もが本能的に魅了された。そして、先に目にしていた禍々しい紛い物との、圧倒的な違いを思い知らされもしたのだ。
私とノルマンを背に載せたまま、ルオンはまた浄化の光を降らせる。
光を浴びた魔物の死骸は、瞬時に瘴気の塊と化し、やがて完全に消え失せた。不穏な魔力の残滓が一掃され、満たされた気の清々しさを感知できた者たちが一斉に目を見張る。
浄化の完了を見届けたルオンは、私とノルマンを背から降ろすと、また姿を消した。
「父上……不肖の息子からの、せめてもの情けを差し上げます」
アルは、王の喉元に剣を突き付けながら、その罪を問うていた。
「あなたは国を治めるものとして、致命的な過ちを犯しました。国にとって最も誤った選択をしようとしたのです。ですから自らの意志で、この場で王位を退くと宣言し、その誇りをお守りください。そして、王である最後の務めに、その座を継ぐ者として、廃太子とした兄上の復権を勅令してください」
しかし、この後に及んでも王は目を血走らせ、不気味に笑い続ける。あれは正気ではない。
「ははっ……何を馬鹿なことを。余はつねに国のために正しい選択をしている。王国にとって最善なのが、この大陸一強大な国となることだ。そして、その強大な国を王として支配するのは余だ。その余に対して叛逆を企てるとは、生意気な。この者を捕らえて、牢につなげ!」
だが、その王の言葉に動くものは一人もいなかった。
それでもなお不敵な笑みを浮かべていた王だったが、その表情が見る間に一変した。
「あ、代償を払う時が来たね……」
いつの間にか少女の姿のミニョンが、私とノルマンの背後にいた。
禁制魔法には代償がつきもの。それが生命に関わる酷いものであるがゆえに、どんな国でも禁制としている。
あれだけの規模の魔法なら、その対価は魔物の血肉の量を積み上げた程度では収まらない。魔法を発動させた者自身の生命も、対価として捧げられているに違いない。
禁制魔法による魔法陣が不意に消滅したなら、そこに込められていた魔法は対価となった生命に返される。これを呪い返しと呼ぶ者もいるが、まさにその通り。
私たちの視線の先で、王は苦痛に顔を歪めたかと思うと、その首に手を当てた。そして何かに操られでもしているかのように、自らの首を絞め始める。
慌ててアルが王の腕を引いて止めようとするも、苦悶にあえぐ王の口からは黒い煤のような煙が溢れ出した。その指先からは色が失われていき、ひび割れた陶器が粉々になって崩れるようにその形を失くしていく。
後には、中身を失った王の着衣だけが人の痕跡を留め、それを茫然とした面持ちでアルが手に取っていた。
同様に、捕らえられていた魔法師たちも煤のような煙を全身に纏わせ始めたかと思うと、一人として声を上げる間もなく、空気に溶け出すように人の形を失っていった。こちらも着ていた衣服だけが抜け殻のように残されて、そこに人が存在していたという痕跡を辛うじて留めただけ。
「これで終わった、のよね……」
でも、アルの心中を察すると、胸は痛む。
血を分けた父親の、死と呼んでいいかもわからない最期。あの死を何と正式には公表するのか。
それに突然に王を失うことになったこの国は、しばらくは落ち着かないことだろう。
「そうだな」
短く応えしたノルマンは、私を抱き寄せた。
「一緒に城に戻ってくれるか?」
「……はい。勝手に逃げ出してきてしまって、申し訳ありませんでした」
「いいんだ。俺も謝らなければならないから。……きみの精霊にも」
周囲の空気がわずかに揺らいで、ルオンが頷いた気配がした。
アルから見せてもらっていた王城内の地下道の地図には、このホールの下に空間はなかったはずなのに。
乾いた埃の匂いと共に、黴臭い湿った匂いが混じる。
(ん?)
柔らかくて温かいものが頬に当たる。何かに全身を包まれているのに気づき、はっとした。ノルマンの腕がしっかりと私を抱きとめてくれていたのだ。
手探りで、そっと彼の頬に触れる。
指先に触れた、ぬるりとした感触。
「ノルマン様、血が……」
「少し切っただけだ。それよりあちらに……」
ノルマンが瓦礫をかき分けて隙間を広げると、暗闇の先に広く開けた空間と、そこで怪しく発光するもの。
「ノルマン様、魔法陣です! ルオン、お願いっ!」
魔法師たちは誰も知らない空間に、魔法陣の本体を隠していたのだ。
まさかこんな近くにあったなんて。
銀毛の虎が姿を現し、咆哮して浄化の光を放つ。
すぐに辺り一面、眩い光に包まれる。清廉に煌めく粒子が、禍々しく光るものを覆い尽くし、解くように消していく。
同時にノルマンは、私を再び胸にしっかり抱くと、頭上を閉ざしていた瓦礫に剣を突き立てた。それは剣気によって一瞬にして砕け散り、地上への脱出口が開かれる。
すぐにルオンの背に飛び乗り、地上に上がった私たちが目にしたのは、ホールに散乱する魔物たちの死骸と、魔力封じの魔道具で捕らえられた魔法師たち。
魔力の供給源となっていた本体の魔法陣が破壊されたことで、すべてが力を失ったのだ。
そして、玉座から引きずり降ろされ、アルに剣の切っ先を突き付けられた王の姿。
地下から突然、飛び出してきた銀毛の大きな虎を見て、また新手の出現かと剣を構える者もいたが、アルの制止の声が届くより早く、皆が剣を下ろした。
銀毛の高位精霊の、神々しいともいえる存在感。
その姿に、誰もが本能的に魅了された。そして、先に目にしていた禍々しい紛い物との、圧倒的な違いを思い知らされもしたのだ。
私とノルマンを背に載せたまま、ルオンはまた浄化の光を降らせる。
光を浴びた魔物の死骸は、瞬時に瘴気の塊と化し、やがて完全に消え失せた。不穏な魔力の残滓が一掃され、満たされた気の清々しさを感知できた者たちが一斉に目を見張る。
浄化の完了を見届けたルオンは、私とノルマンを背から降ろすと、また姿を消した。
「父上……不肖の息子からの、せめてもの情けを差し上げます」
アルは、王の喉元に剣を突き付けながら、その罪を問うていた。
「あなたは国を治めるものとして、致命的な過ちを犯しました。国にとって最も誤った選択をしようとしたのです。ですから自らの意志で、この場で王位を退くと宣言し、その誇りをお守りください。そして、王である最後の務めに、その座を継ぐ者として、廃太子とした兄上の復権を勅令してください」
しかし、この後に及んでも王は目を血走らせ、不気味に笑い続ける。あれは正気ではない。
「ははっ……何を馬鹿なことを。余はつねに国のために正しい選択をしている。王国にとって最善なのが、この大陸一強大な国となることだ。そして、その強大な国を王として支配するのは余だ。その余に対して叛逆を企てるとは、生意気な。この者を捕らえて、牢につなげ!」
だが、その王の言葉に動くものは一人もいなかった。
それでもなお不敵な笑みを浮かべていた王だったが、その表情が見る間に一変した。
「あ、代償を払う時が来たね……」
いつの間にか少女の姿のミニョンが、私とノルマンの背後にいた。
禁制魔法には代償がつきもの。それが生命に関わる酷いものであるがゆえに、どんな国でも禁制としている。
あれだけの規模の魔法なら、その対価は魔物の血肉の量を積み上げた程度では収まらない。魔法を発動させた者自身の生命も、対価として捧げられているに違いない。
禁制魔法による魔法陣が不意に消滅したなら、そこに込められていた魔法は対価となった生命に返される。これを呪い返しと呼ぶ者もいるが、まさにその通り。
私たちの視線の先で、王は苦痛に顔を歪めたかと思うと、その首に手を当てた。そして何かに操られでもしているかのように、自らの首を絞め始める。
慌ててアルが王の腕を引いて止めようとするも、苦悶にあえぐ王の口からは黒い煤のような煙が溢れ出した。その指先からは色が失われていき、ひび割れた陶器が粉々になって崩れるようにその形を失くしていく。
後には、中身を失った王の着衣だけが人の痕跡を留め、それを茫然とした面持ちでアルが手に取っていた。
同様に、捕らえられていた魔法師たちも煤のような煙を全身に纏わせ始めたかと思うと、一人として声を上げる間もなく、空気に溶け出すように人の形を失っていった。こちらも着ていた衣服だけが抜け殻のように残されて、そこに人が存在していたという痕跡を辛うじて留めただけ。
「これで終わった、のよね……」
でも、アルの心中を察すると、胸は痛む。
血を分けた父親の、死と呼んでいいかもわからない最期。あの死を何と正式には公表するのか。
それに突然に王を失うことになったこの国は、しばらくは落ち着かないことだろう。
「そうだな」
短く応えしたノルマンは、私を抱き寄せた。
「一緒に城に戻ってくれるか?」
「……はい。勝手に逃げ出してきてしまって、申し訳ありませんでした」
「いいんだ。俺も謝らなければならないから。……きみの精霊にも」
周囲の空気がわずかに揺らいで、ルオンが頷いた気配がした。
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