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3章 皇宮 編
禁忌の花束
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「はあ? 公女に花を贈れだと?」
「皇后陛下からの殿下へのご伝言を携えた使いが来たんですよ。公女様と親しくなるため、花ぐらい贈ったらどうか、とね。公女様が入宮して二か月にもなるのに、いまだお二人がご一緒のところを見た者がおらず、たいそうご心配とのことですよ。婚約者への贈り物が一度もないというのが、皇宮内で噂になっているのを気にされてのことのようですし」
執事のロデリオ卿の言葉に、セレスは不服を唱えた。
「花を用意するなんて、難しいことじゃありませんよ。殿下がやらないなら、私が代わりに手配します。皇后陛下からのご命令ですからね、やらないと騒動になりますよ」
「ああ、そうしてくれ。……いや」
一瞬考え込んで、セレスは思いついたように言った。
「俺が言う花を贈れ」
「では、何の花を?」
セレスは贈る花をロデリオに指示した。
「えっ、本当にその花を?」
驚くロデリオに、セレスはにやりと口の端を歪めた。
昨夜、公女に一瞬でも心を引かれそうになった自分に抱えた、許せない気持ち。
その罪を拭い去り、後ろ暗い思いからきっぱりと抜け出すために。
「ああ、それにしてくれ。俺の好きな花だからな」
「はあ……。知りませんよ、私は」
ロデリオは大きなため息をついて、執務室を出た。
◆ ◆ ◆
「皇太子殿下から、贈り物が届いております」
ハリソン夫人が大きな花束を抱えたメイドとともに現れた。
「皇太子殿下からの贈り物」という言葉に反応して、マリーが喜びの声を上げた。
「まあ! 初めてですね、贈り物をくださるなんて、ようやくお嬢様と親しくなろうと思われるようになったんですよ!」
マリーはそう言ってくれたが、そんな期待はするだけ無駄だ。
おそらく皇帝陛下か皇后陛下から、そうするように言われたに違いない。
私はむしろ、当てが外れたマリーが、落胆する姿を見るのが辛い。
だが、メイドから受け取った花束を見て、私は落胆どころか言葉を失った。
同じく、物事に聡いネスも理解したのだろう。花束を見た途端、呆気にとられたように黙り込んだ。
私とネスの反応に、その花の持つ古い意味を思い出したらしいハリソン夫人は、青ざめた顔で言い訳するように言った。
「……何か皇太子宮で手違いがあったのだと思います。確かめて参りますので、しばしお待ちを」
「いえ、その必要はないわ」
きっぱりと言った私に、マリーとシーラはきょとんとした顔で互いに目を見合わせ、首をかしげている。
(間違いでも、手違いでもない。これがセレスの言いたいことね……)
ナユタの花――花束は、その花だけで作られていた。
儚げな水色の花弁が幾重にも重なるナユタの花。美しいが、その根には毒がある。それゆえ花言葉は、「復讐を忘れない」。
かつて国を滅ぼされ、仇となる国に戦利品のように嫁がされた王女が、自分の住む王子妃宮の庭園の花をすべてナユタの花に植え変え、激しい拒絶の意を伝えたという逸話がある。
数百年も前の話なので、今では知らない者がいて当然だ。それでもいまだ外交などで他国との交流の機会がある高位貴族の間では、贈り物に禁忌の花とされている。
(こんなことをしてまで、憎んでいると伝えたいのね……)
悲しいを通り越して、虚しい。
別人の体とはいえ、もう一度生きることを許されて、一番に会いたかったセレスにここまで憎まれる悲しさは、跡形もなく消えてしまったほうが楽だと感じるほど虚しいのだ。
でも、これを受け取ったのが本物のアデリナ嬢ではなく、偽物の私なのがせめてもの幸いかもしれない。
これ以上耐えられない、ごめんなさいと、夢の中で私に吐露したアデリナ嬢の、消え入りそうなか細い声が心に響く。
(アデリナ嬢に罪はないでしょ? あの家に生まれただけでここまで憎しみをぶつけられるなんて)
だが、こんなことで私は動揺しない――そう自分に言い聞かせる。
「なんにせよ、お礼状は書かないと。その花は……無碍むげにはできないから、他の花と混ぜて目立たないように花瓶に生けてくれない? 装飾のない、真っ白な便箋を用意してもらえる?」
婚約者からの贈り物への礼状は、たとえ一言の礼しか綴らないとしても、香油を染み込ませた高価な便箋を用いるのが常だ。それにより、便箋に認したためた文字以上の感情を伝えることができる。
だがそれも、礼儀を知る相手へのこと。今の私たちは、とてもそんな真心を伝え合う仲ではない。
せめて私の不快感を伝えるために、これでお返ししてやる!
私は通りいっぺんの事務的なお礼文を綴ると、その便箋を丁寧に畳んだ。
「それは私がお届けしてきましょうか?」
申し出てくれたネスが、何だか楽しそうに見えるのは気のせい?
「皇后陛下からの殿下へのご伝言を携えた使いが来たんですよ。公女様と親しくなるため、花ぐらい贈ったらどうか、とね。公女様が入宮して二か月にもなるのに、いまだお二人がご一緒のところを見た者がおらず、たいそうご心配とのことですよ。婚約者への贈り物が一度もないというのが、皇宮内で噂になっているのを気にされてのことのようですし」
執事のロデリオ卿の言葉に、セレスは不服を唱えた。
「花を用意するなんて、難しいことじゃありませんよ。殿下がやらないなら、私が代わりに手配します。皇后陛下からのご命令ですからね、やらないと騒動になりますよ」
「ああ、そうしてくれ。……いや」
一瞬考え込んで、セレスは思いついたように言った。
「俺が言う花を贈れ」
「では、何の花を?」
セレスは贈る花をロデリオに指示した。
「えっ、本当にその花を?」
驚くロデリオに、セレスはにやりと口の端を歪めた。
昨夜、公女に一瞬でも心を引かれそうになった自分に抱えた、許せない気持ち。
その罪を拭い去り、後ろ暗い思いからきっぱりと抜け出すために。
「ああ、それにしてくれ。俺の好きな花だからな」
「はあ……。知りませんよ、私は」
ロデリオは大きなため息をついて、執務室を出た。
◆ ◆ ◆
「皇太子殿下から、贈り物が届いております」
ハリソン夫人が大きな花束を抱えたメイドとともに現れた。
「皇太子殿下からの贈り物」という言葉に反応して、マリーが喜びの声を上げた。
「まあ! 初めてですね、贈り物をくださるなんて、ようやくお嬢様と親しくなろうと思われるようになったんですよ!」
マリーはそう言ってくれたが、そんな期待はするだけ無駄だ。
おそらく皇帝陛下か皇后陛下から、そうするように言われたに違いない。
私はむしろ、当てが外れたマリーが、落胆する姿を見るのが辛い。
だが、メイドから受け取った花束を見て、私は落胆どころか言葉を失った。
同じく、物事に聡いネスも理解したのだろう。花束を見た途端、呆気にとられたように黙り込んだ。
私とネスの反応に、その花の持つ古い意味を思い出したらしいハリソン夫人は、青ざめた顔で言い訳するように言った。
「……何か皇太子宮で手違いがあったのだと思います。確かめて参りますので、しばしお待ちを」
「いえ、その必要はないわ」
きっぱりと言った私に、マリーとシーラはきょとんとした顔で互いに目を見合わせ、首をかしげている。
(間違いでも、手違いでもない。これがセレスの言いたいことね……)
ナユタの花――花束は、その花だけで作られていた。
儚げな水色の花弁が幾重にも重なるナユタの花。美しいが、その根には毒がある。それゆえ花言葉は、「復讐を忘れない」。
かつて国を滅ぼされ、仇となる国に戦利品のように嫁がされた王女が、自分の住む王子妃宮の庭園の花をすべてナユタの花に植え変え、激しい拒絶の意を伝えたという逸話がある。
数百年も前の話なので、今では知らない者がいて当然だ。それでもいまだ外交などで他国との交流の機会がある高位貴族の間では、贈り物に禁忌の花とされている。
(こんなことをしてまで、憎んでいると伝えたいのね……)
悲しいを通り越して、虚しい。
別人の体とはいえ、もう一度生きることを許されて、一番に会いたかったセレスにここまで憎まれる悲しさは、跡形もなく消えてしまったほうが楽だと感じるほど虚しいのだ。
でも、これを受け取ったのが本物のアデリナ嬢ではなく、偽物の私なのがせめてもの幸いかもしれない。
これ以上耐えられない、ごめんなさいと、夢の中で私に吐露したアデリナ嬢の、消え入りそうなか細い声が心に響く。
(アデリナ嬢に罪はないでしょ? あの家に生まれただけでここまで憎しみをぶつけられるなんて)
だが、こんなことで私は動揺しない――そう自分に言い聞かせる。
「なんにせよ、お礼状は書かないと。その花は……無碍むげにはできないから、他の花と混ぜて目立たないように花瓶に生けてくれない? 装飾のない、真っ白な便箋を用意してもらえる?」
婚約者からの贈り物への礼状は、たとえ一言の礼しか綴らないとしても、香油を染み込ませた高価な便箋を用いるのが常だ。それにより、便箋に認したためた文字以上の感情を伝えることができる。
だがそれも、礼儀を知る相手へのこと。今の私たちは、とてもそんな真心を伝え合う仲ではない。
せめて私の不快感を伝えるために、これでお返ししてやる!
私は通りいっぺんの事務的なお礼文を綴ると、その便箋を丁寧に畳んだ。
「それは私がお届けしてきましょうか?」
申し出てくれたネスが、何だか楽しそうに見えるのは気のせい?
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