11 / 18
たまには贅沢してみよう
しおりを挟む
困っている人がいたら手を差し伸べる。日頃から徳を積み続けていればいずれは自身に恩恵として返ってくる。
アヤンは断じて見返りを求めていたわけではない。あくまで純粋な気持ちで行った行為が予定外の収入を得る事になった。しかもそれは二人にはお目のかかれない程の金額。喜びより戸惑いが勝ってしまう。
しかし受注をしていなかったのですぐに受け取ることができない。正規の手続きを行なっていないので冒険者ギルドで通常より手間のかかる処理が必要となるためだ。成り行きとはいえギルド職員に余計な仕事を増やす事になった。
一方受注していたクエストの報酬はすぐに支払われる。はっきり言って数日後に手に入る報酬と比べれば微々たるもの。本来であればこれを旅費の足しにして旅を再開した。
二人は冒険者ギルドに向かい証明書を提出し受注した分の報酬を受け取った。それが終われば夜を明かす宿を探しに行く予定になっている。それと同時に夕食を取るための食堂を物色しているとユリィはあることを思いついた。
「アヤン、ちょっと考えがあるんだけど」
「どうかしましたか?」
「もうすぐ大金が入ってくるから、今日は宿と食事ふんぱつしようよ」
二人の旅においては旅費をいかに切り詰められるかが重要だった。特に宿と食事がネックになる。
「今日は…ですよね」
「そう、今日だけ」
確かに懐事情はこれから良くなる。そうであってもこのような考えを持つのは厳しく言えばただの油断。それを承知しているアヤンは悩み返答しかねた。
「まあ…、一回くらいそういう日があってもいいですね」
結果的にアヤンは賛同した。早速ユリィはアヤンと共に繁華街へと向かった。
この街の繁華街には飲食店が乱立している。夕刻であるこの時間には多くの人が集まっていた。そこには二人が普段利用しているような金銭に余裕のない冒険者や日雇い労働者が集まる食堂が立ち並んでいる。だが今日の二人はそこを素通りした。
二人はこの旅で初めてレストランと呼ばれるカテゴリーの店に入った。
「こんな立派な内装…学院長室以来だな」
「聖堂学院の来賓室もこんな感じでした」
豪華な店の作りを見た二人から出た感想はこれだった。孤児院育ちだったためそもそもこのような店に入ること自体が初めてだった。シワ一つないタキシードを纏った店員が丁寧に挨拶すると二人を席へと案内した。未体験な領域に踏み入れた二人はたどたどしい足つきで店員の後を追った。
「俺たちには場違いな店だったかな…」
「今更そんなこと言わないでください…」
案内された席に座ると二人にはメニューを渡された。それには紙質自体に高級感がありどちらも焦りそうになる。両者とも震えを抑えながら広げそれに目を通す。
「ねえアヤン」
「はい?」
ユリィはメニュー表をアヤンの方へ向け指を差した。
「これってどんな料理?」
「ごめんなさい。私も初めてなのでよく分かりません…」
そこには見慣れぬ料理名が並んでいた。名称だけでは食材さえ予想できず二人は途方に暮れそうになる。
「そう言えばこう言う時はセットを選べばいいって聞いたことがある」
「それが無難だと思います」
格式高い店の洗礼を受けた二人。自身の知識では対応できずこの手段に出た。
「じゃあこのセットにしよう」
「ユリィさん、ここではコースと呼びます」
「そういやそう書いてある。『フルコース』って」
「一通り出て来そうなネーミングですね」
二人は普段利用する店の感覚がどうしても抜ける事がなかった。とりあえずこれを二人分注文することにした。
しばらくして配膳された食事を見て二人は反応に困った。まずフォークとナイフが左右に並べられている意味が理解できていない。それに加えて使い方もぎこちない。普段の食事に使ってはいるが何かが違う。やがてメインディッシュのステーキが二人に運ばれた。
「この食器高そう…。傷つけないように気をつけないと」
だがその肉は柔らかく意外に簡単に切れた。二人はこのような肉が存在するのを初めて知った。
「ここは別世界ですね」
普段通う定食屋とは違い量より質を重視された食事に二人はどうしても馴染めない。手間暇かけて育てられた食材から生み出された芸術品のような夕餉は二人の語彙を乏しくさせた。
このような店は会食にも用いられる場でもあるため料理毎に配膳されるまでの待ち時間が長い。場に馴染めていない二人はほとんど会話ができず無言のままその時間を過ごす。ようやく最後のデザートが届けられると口に放り込み飛び出すように店を出た。
「ええっと、よかったね」
「はい…。あんな豪華な食事生まれて初めてです」
料理の味は良かったが楽しめたとは言えない。それゆえ当たり障りのない感想しか言えず話が止まる。宿を探しに通りを進む二人に気まずい空気が漂った。そんな中でユリィは通りの先で多くの人がたむろする店が目に留まる。それは酒類を提供する店だった。
「ねえアヤン。バーってどんなのか気になっていたんだ。一回入ってみようよ」
ユリィは気分転換を図ろうと誘う。
「あのようなお店に入ったら危ない目に遭わないでしょうか?」
確かに、ガラの悪い連中が集まっているというイメージはある。
「なんかあったら俺がすぐに助けるよ」
「そういう問題ですか…」
暴力は暴力で制するとも受け取れる対処法。そう言って半ば強引にアヤンを諭して店へと連れ込む。バーに入るのは二人とも初めてでつい店の中を幾度も見回してしまった。
この店はさっき行ったレストランとは違い完全に酒を飲みながら楽しむ場所。店の中央にはステージがありそこでバンドによる生演奏が行われていた。ノリのいい曲に合わせて踊る人の姿があった。
「あの席が空いているって」
ユリィは大きめの声でアヤンに伝えた。楽器の音が鳴り響いているので普段の声量だと聞き取りにくい。話しかけられたら耳に神経を集中しないと聞き逃してしまうような環境だった。
二人はカンター席に着いた。メニューを見ようとしたらオススメ品が目に入った。
「この店で一番人気があるのは泡の出る酒か。マスター、二人分!」
「あの…、私一度もお酒飲んだことがありませんが大丈夫でしょうか」
「俺もそうだよ。人生は何ごとも経験だから今日ここで飲んじゃおうよ!」
アヤンがそのように戸惑っていると注文した酒が各々の前に置かれた。歓声をあげながらユリィは容器の取手を掴む。それを見てアヤンも渋々取手に手を添えた。
「じゃあアヤン、かんぱ~い!」
「…かんぱい」
ユリィは一気に飲みほした一方アヤンはチビチビと喉へと流し込んだ。ユリィはすぐさま二杯目を注文した。酒の味を嗜んでいると別の客が声をかけてきた。
「えっ何?」
バンドのいる方を指差しながら何かを伝えようとしている。しかしその演奏のせいで話が聞き取れない。
「何て!?」
聞き取ろうと耳を寄せた。
「うっ…」
近づいたせいで酒の匂いが鼻腔を刺激し咽そうになる。聞き終えたユリィは先程の匂いにむせながらアヤンの耳元に近づいた。
「アヤン!」
聞き取れるよう大声で名前を呼んだせいでビクッとなった。
「どっ…どうしました?」
「踊りに行こう」
ユリィは踊ったらどうかと誘われていた。乗ることにしたユリィはアヤンを誘った。ユリィは立ち上がりアヤンの手を引いた。
「わっ…私は行くとは言っていませんけど!」
拒否しようとしたが一方的に誘導されることになる。バンドの前では多くの客が踊っていた。巻き込まれる形となったアヤンだがしばらく経つと場の雰囲気に溶け込むことができた。
「次は姉ちゃん一人で舞台に立ちな!」
「えっ、あっ…はいっ!」
酔いが背中を押したのかアヤンは従い踊りを披露することになった。二人にとってこのような場所で踊ることも初めての体験だった。この後遅くまで二人は遊んだ。レストランよりこっちの方がずっと楽しかった。
遊び疲れた二人は街で一番豪華な宿へと向かった。普段利用している場末のボロ宿とは比較にならない程立派だった。今までは入浴がわりに水浴びをしていたが、ここには各部屋に風呂がある。
ベッドも普段とは別物だった。昨日泊まった宿に敷かれていたシーツはボロ布に近かった。その前は汗の匂いが染み込んでいた。その他では朝起きたら体中が痒くなったこともあった。だがこの日眠るベッドには真っ白なシーツを皺一つない状態で張られていた。芸術作品のようなそれを崩してしまうことに抵抗感を持ちながらめくりあげるとその中へ潜った。
「はあ~、今夜はよく眠れそうだ」
このような清潔なシーツに入浴を済ませていない身体で触れたことに背徳感を感じながらもその感触を楽しんだ。
数日が経ち報酬が渡される日がようやく訪れた。ユリィはアヤンと共に冒険者ギルドの窓口へと向かった。
「それでは受け取りのサインをお願いします」
ユリィは手渡されたコインの枚数を確認し終えると指示された通り領収のサインを記載した。報酬の入った袋を抱え帰ろうとすると別の職員が現れ二人を呼び止めた。
「しばらくお時間をいただけませんか?」
「えっ?別にいいけど…」
「何か問題でもあったのでしょうか?」
職員は二人を関係者専用入り口へ通した。このような場所へは部外者は立ち入れないので通されると特別感がある。二人は一番奥にある部屋へ案内されそこにある応接用の席に座らされた。しばらくして物々しい感じの男が入ってきた。男はこのギルドの長であることを証した。
「ギルド長が何で?」
二人の表情はこわばった。
「ははは、君たち硬くならなくて良い」
「はっ、はあ…」
そうは言われたが二人の緊張は解れなかった。
「ギルド長が直々に呼び出すって何の用事だ?」
ユリィの問いでギルド長の目つきが変わった。緊張しなくていいと言った本人が緊張感を漂わせてきた。
「それだが、これからいう話は他言しない欲しい。昨日の夜、君達が捕えた賊が死んでいた」
「死んだ!?」
ユリィは耳を疑った。
「三人の中のどなたがですか?」
「三人、つまり全員だ」
深夜の看守が巡回中に倒れ伏せた三人を発見。駆け付けた警備兵によって全員の死亡が確認された。
「この先三人からは余罪の追求や略奪物の転売ルート、さらには背後関係を解明する予定だった。誠に残念な結果だ」
「そうなんだ。その報告のために俺たちを呼んだのか?」
「それもある」
「も?」
ギルド長の言い方は意味ありげに感じる。
「問題は奴らの死因だ」
「確かに、三人同時は不自然ですね」
「何者かの口封じの線も考えた。しかし何者かが侵入した気配はない。宿直した警備兵が関わっていないか調べたが可能性は低い」
「じゃあ誰が…」
ユリィは胸騒ぎがした。似た話が過去にもあった。
「三人はおそらく呪術を使って殺された。そう結論づけている」
「呪殺!?」
その答えを聞いて二人は叫んだ。似た展開が過去にある。ユリィはその時起きた現象を思い返し聞いた。
「もしかして身体に何か描かれていたの?」
「さすがは魔導士、よく勉強しているね。三人の身体には呪い系の紋様があった」
アヤンは断じて見返りを求めていたわけではない。あくまで純粋な気持ちで行った行為が予定外の収入を得る事になった。しかもそれは二人にはお目のかかれない程の金額。喜びより戸惑いが勝ってしまう。
しかし受注をしていなかったのですぐに受け取ることができない。正規の手続きを行なっていないので冒険者ギルドで通常より手間のかかる処理が必要となるためだ。成り行きとはいえギルド職員に余計な仕事を増やす事になった。
一方受注していたクエストの報酬はすぐに支払われる。はっきり言って数日後に手に入る報酬と比べれば微々たるもの。本来であればこれを旅費の足しにして旅を再開した。
二人は冒険者ギルドに向かい証明書を提出し受注した分の報酬を受け取った。それが終われば夜を明かす宿を探しに行く予定になっている。それと同時に夕食を取るための食堂を物色しているとユリィはあることを思いついた。
「アヤン、ちょっと考えがあるんだけど」
「どうかしましたか?」
「もうすぐ大金が入ってくるから、今日は宿と食事ふんぱつしようよ」
二人の旅においては旅費をいかに切り詰められるかが重要だった。特に宿と食事がネックになる。
「今日は…ですよね」
「そう、今日だけ」
確かに懐事情はこれから良くなる。そうであってもこのような考えを持つのは厳しく言えばただの油断。それを承知しているアヤンは悩み返答しかねた。
「まあ…、一回くらいそういう日があってもいいですね」
結果的にアヤンは賛同した。早速ユリィはアヤンと共に繁華街へと向かった。
この街の繁華街には飲食店が乱立している。夕刻であるこの時間には多くの人が集まっていた。そこには二人が普段利用しているような金銭に余裕のない冒険者や日雇い労働者が集まる食堂が立ち並んでいる。だが今日の二人はそこを素通りした。
二人はこの旅で初めてレストランと呼ばれるカテゴリーの店に入った。
「こんな立派な内装…学院長室以来だな」
「聖堂学院の来賓室もこんな感じでした」
豪華な店の作りを見た二人から出た感想はこれだった。孤児院育ちだったためそもそもこのような店に入ること自体が初めてだった。シワ一つないタキシードを纏った店員が丁寧に挨拶すると二人を席へと案内した。未体験な領域に踏み入れた二人はたどたどしい足つきで店員の後を追った。
「俺たちには場違いな店だったかな…」
「今更そんなこと言わないでください…」
案内された席に座ると二人にはメニューを渡された。それには紙質自体に高級感がありどちらも焦りそうになる。両者とも震えを抑えながら広げそれに目を通す。
「ねえアヤン」
「はい?」
ユリィはメニュー表をアヤンの方へ向け指を差した。
「これってどんな料理?」
「ごめんなさい。私も初めてなのでよく分かりません…」
そこには見慣れぬ料理名が並んでいた。名称だけでは食材さえ予想できず二人は途方に暮れそうになる。
「そう言えばこう言う時はセットを選べばいいって聞いたことがある」
「それが無難だと思います」
格式高い店の洗礼を受けた二人。自身の知識では対応できずこの手段に出た。
「じゃあこのセットにしよう」
「ユリィさん、ここではコースと呼びます」
「そういやそう書いてある。『フルコース』って」
「一通り出て来そうなネーミングですね」
二人は普段利用する店の感覚がどうしても抜ける事がなかった。とりあえずこれを二人分注文することにした。
しばらくして配膳された食事を見て二人は反応に困った。まずフォークとナイフが左右に並べられている意味が理解できていない。それに加えて使い方もぎこちない。普段の食事に使ってはいるが何かが違う。やがてメインディッシュのステーキが二人に運ばれた。
「この食器高そう…。傷つけないように気をつけないと」
だがその肉は柔らかく意外に簡単に切れた。二人はこのような肉が存在するのを初めて知った。
「ここは別世界ですね」
普段通う定食屋とは違い量より質を重視された食事に二人はどうしても馴染めない。手間暇かけて育てられた食材から生み出された芸術品のような夕餉は二人の語彙を乏しくさせた。
このような店は会食にも用いられる場でもあるため料理毎に配膳されるまでの待ち時間が長い。場に馴染めていない二人はほとんど会話ができず無言のままその時間を過ごす。ようやく最後のデザートが届けられると口に放り込み飛び出すように店を出た。
「ええっと、よかったね」
「はい…。あんな豪華な食事生まれて初めてです」
料理の味は良かったが楽しめたとは言えない。それゆえ当たり障りのない感想しか言えず話が止まる。宿を探しに通りを進む二人に気まずい空気が漂った。そんな中でユリィは通りの先で多くの人がたむろする店が目に留まる。それは酒類を提供する店だった。
「ねえアヤン。バーってどんなのか気になっていたんだ。一回入ってみようよ」
ユリィは気分転換を図ろうと誘う。
「あのようなお店に入ったら危ない目に遭わないでしょうか?」
確かに、ガラの悪い連中が集まっているというイメージはある。
「なんかあったら俺がすぐに助けるよ」
「そういう問題ですか…」
暴力は暴力で制するとも受け取れる対処法。そう言って半ば強引にアヤンを諭して店へと連れ込む。バーに入るのは二人とも初めてでつい店の中を幾度も見回してしまった。
この店はさっき行ったレストランとは違い完全に酒を飲みながら楽しむ場所。店の中央にはステージがありそこでバンドによる生演奏が行われていた。ノリのいい曲に合わせて踊る人の姿があった。
「あの席が空いているって」
ユリィは大きめの声でアヤンに伝えた。楽器の音が鳴り響いているので普段の声量だと聞き取りにくい。話しかけられたら耳に神経を集中しないと聞き逃してしまうような環境だった。
二人はカンター席に着いた。メニューを見ようとしたらオススメ品が目に入った。
「この店で一番人気があるのは泡の出る酒か。マスター、二人分!」
「あの…、私一度もお酒飲んだことがありませんが大丈夫でしょうか」
「俺もそうだよ。人生は何ごとも経験だから今日ここで飲んじゃおうよ!」
アヤンがそのように戸惑っていると注文した酒が各々の前に置かれた。歓声をあげながらユリィは容器の取手を掴む。それを見てアヤンも渋々取手に手を添えた。
「じゃあアヤン、かんぱ~い!」
「…かんぱい」
ユリィは一気に飲みほした一方アヤンはチビチビと喉へと流し込んだ。ユリィはすぐさま二杯目を注文した。酒の味を嗜んでいると別の客が声をかけてきた。
「えっ何?」
バンドのいる方を指差しながら何かを伝えようとしている。しかしその演奏のせいで話が聞き取れない。
「何て!?」
聞き取ろうと耳を寄せた。
「うっ…」
近づいたせいで酒の匂いが鼻腔を刺激し咽そうになる。聞き終えたユリィは先程の匂いにむせながらアヤンの耳元に近づいた。
「アヤン!」
聞き取れるよう大声で名前を呼んだせいでビクッとなった。
「どっ…どうしました?」
「踊りに行こう」
ユリィは踊ったらどうかと誘われていた。乗ることにしたユリィはアヤンを誘った。ユリィは立ち上がりアヤンの手を引いた。
「わっ…私は行くとは言っていませんけど!」
拒否しようとしたが一方的に誘導されることになる。バンドの前では多くの客が踊っていた。巻き込まれる形となったアヤンだがしばらく経つと場の雰囲気に溶け込むことができた。
「次は姉ちゃん一人で舞台に立ちな!」
「えっ、あっ…はいっ!」
酔いが背中を押したのかアヤンは従い踊りを披露することになった。二人にとってこのような場所で踊ることも初めての体験だった。この後遅くまで二人は遊んだ。レストランよりこっちの方がずっと楽しかった。
遊び疲れた二人は街で一番豪華な宿へと向かった。普段利用している場末のボロ宿とは比較にならない程立派だった。今までは入浴がわりに水浴びをしていたが、ここには各部屋に風呂がある。
ベッドも普段とは別物だった。昨日泊まった宿に敷かれていたシーツはボロ布に近かった。その前は汗の匂いが染み込んでいた。その他では朝起きたら体中が痒くなったこともあった。だがこの日眠るベッドには真っ白なシーツを皺一つない状態で張られていた。芸術作品のようなそれを崩してしまうことに抵抗感を持ちながらめくりあげるとその中へ潜った。
「はあ~、今夜はよく眠れそうだ」
このような清潔なシーツに入浴を済ませていない身体で触れたことに背徳感を感じながらもその感触を楽しんだ。
数日が経ち報酬が渡される日がようやく訪れた。ユリィはアヤンと共に冒険者ギルドの窓口へと向かった。
「それでは受け取りのサインをお願いします」
ユリィは手渡されたコインの枚数を確認し終えると指示された通り領収のサインを記載した。報酬の入った袋を抱え帰ろうとすると別の職員が現れ二人を呼び止めた。
「しばらくお時間をいただけませんか?」
「えっ?別にいいけど…」
「何か問題でもあったのでしょうか?」
職員は二人を関係者専用入り口へ通した。このような場所へは部外者は立ち入れないので通されると特別感がある。二人は一番奥にある部屋へ案内されそこにある応接用の席に座らされた。しばらくして物々しい感じの男が入ってきた。男はこのギルドの長であることを証した。
「ギルド長が何で?」
二人の表情はこわばった。
「ははは、君たち硬くならなくて良い」
「はっ、はあ…」
そうは言われたが二人の緊張は解れなかった。
「ギルド長が直々に呼び出すって何の用事だ?」
ユリィの問いでギルド長の目つきが変わった。緊張しなくていいと言った本人が緊張感を漂わせてきた。
「それだが、これからいう話は他言しない欲しい。昨日の夜、君達が捕えた賊が死んでいた」
「死んだ!?」
ユリィは耳を疑った。
「三人の中のどなたがですか?」
「三人、つまり全員だ」
深夜の看守が巡回中に倒れ伏せた三人を発見。駆け付けた警備兵によって全員の死亡が確認された。
「この先三人からは余罪の追求や略奪物の転売ルート、さらには背後関係を解明する予定だった。誠に残念な結果だ」
「そうなんだ。その報告のために俺たちを呼んだのか?」
「それもある」
「も?」
ギルド長の言い方は意味ありげに感じる。
「問題は奴らの死因だ」
「確かに、三人同時は不自然ですね」
「何者かの口封じの線も考えた。しかし何者かが侵入した気配はない。宿直した警備兵が関わっていないか調べたが可能性は低い」
「じゃあ誰が…」
ユリィは胸騒ぎがした。似た話が過去にもあった。
「三人はおそらく呪術を使って殺された。そう結論づけている」
「呪殺!?」
その答えを聞いて二人は叫んだ。似た展開が過去にある。ユリィはその時起きた現象を思い返し聞いた。
「もしかして身体に何か描かれていたの?」
「さすがは魔導士、よく勉強しているね。三人の身体には呪い系の紋様があった」
0
あなたにおすすめの小説
この世界の攻略本を拾った俺、この世界のモブな事を知る〜ヒロイン?の自由と幸せの為に最強を目指そうと思う〜
シャルねる
ファンタジー
このヒロイン? っていうのはなんで全員が全員一回は不幸な目に遭うんだよ
数日前、両親が死んでしまった。
家族が居なくなってしまった俺は、まだ現実を受け入れられておらず、気がついたら、母さんと父さんとの思い出の場所である花畑に足を運んでいた。
多分、一人になりたかったんだと思う。
村のみんなは俺がまだ12歳という若さで一人になってしまったから、と色々と優しく声をかけてくれるが、村の人達に優しく話しかけられる度に、現実を思い出してしまって嫌だったんだ。
「……なんだ? あれ」
そんな時に見つけた一冊の本が俺の全てを変えた。……変えてくれた。
その本のせいで知りたくないことも知ってしまったりもしたが、誰かが不幸になると知ってしまった以上は死んでしまった両親に自分が死んだ時に顔向けできるように、とヒロインって人たちを助けられるように攻略本を頼りに努力を続け、この世界の本来の主人公よりも更に強くなり、ゲームのことなんて何も知らないままヒロイン全員を救う……そんな話。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~
華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』
たったこの一言から、すべてが始まった。
ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。
そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。
それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。
ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。
スキルとは祝福か、呪いか……
ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!!
主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。
ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。
ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。
しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。
一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。
途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。
その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。
そして、世界存亡の危機。
全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した……
※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる