脳筋魔導士が魔闘家を目指す〜格闘センスは抜群なのに魔術の才能がないから魔闘家を目指そうとしたら精霊術だけ得意な落ちこぼれ術士の女の子と出会い

烏賊墨

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たまには贅沢してみよう

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 困っている人がいたら手を差し伸べる。日頃から徳を積み続けていればいずれは自身に恩恵として返ってくる。

 アヤンは断じて見返りを求めていたわけではない。あくまで純粋な気持ちで行った行為が予定外の収入を得る事になった。しかもそれは二人にはお目のかかれない程の金額。喜びより戸惑いが勝ってしまう。

 しかし受注をしていなかったのですぐに受け取ることができない。正規の手続きを行なっていないので冒険者ギルドで通常より手間のかかる処理が必要となるためだ。成り行きとはいえギルド職員に余計な仕事を増やす事になった。

 一方受注していたクエストの報酬はすぐに支払われる。はっきり言って数日後に手に入る報酬と比べれば微々たるもの。本来であればこれを旅費の足しにして旅を再開した。


 二人は冒険者ギルドに向かい証明書を提出し受注した分の報酬を受け取った。それが終われば夜を明かす宿を探しに行く予定になっている。それと同時に夕食を取るための食堂を物色しているとユリィはあることを思いついた。

「アヤン、ちょっと考えがあるんだけど」

「どうかしましたか?」

「もうすぐ大金が入ってくるから、今日は宿と食事ふんぱつしようよ」

 二人の旅においては旅費をいかに切り詰められるかが重要だった。特に宿と食事がネックになる。

「今日は…ですよね」

「そう、今日だけ」

 確かに懐事情はこれから良くなる。そうであってもこのような考えを持つのは厳しく言えばただの油断。それを承知しているアヤンは悩み返答しかねた。

「まあ…、一回くらいそういう日があってもいいですね」

 結果的にアヤンは賛同した。早速ユリィはアヤンと共に繁華街へと向かった。

 この街の繁華街には飲食店が乱立している。夕刻であるこの時間には多くの人が集まっていた。そこには二人が普段利用しているような金銭に余裕のない冒険者や日雇い労働者が集まる食堂が立ち並んでいる。だが今日の二人はそこを素通りした。

 二人はこの旅で初めてレストランと呼ばれるカテゴリーの店に入った。

「こんな立派な内装…学院長室以来だな」

「聖堂学院の来賓室もこんな感じでした」

 豪華な店の作りを見た二人から出た感想はこれだった。孤児院育ちだったためそもそもこのような店に入ること自体が初めてだった。シワ一つないタキシードを纏った店員が丁寧に挨拶すると二人を席へと案内した。未体験な領域に踏み入れた二人はたどたどしい足つきで店員の後を追った。

「俺たちには場違いな店だったかな…」

「今更そんなこと言わないでください…」

 案内された席に座ると二人にはメニューを渡された。それには紙質自体に高級感がありどちらも焦りそうになる。両者とも震えを抑えながら広げそれに目を通す。

「ねえアヤン」

「はい?」

 ユリィはメニュー表をアヤンの方へ向け指を差した。

「これってどんな料理?」

「ごめんなさい。私も初めてなのでよく分かりません…」

 そこには見慣れぬ料理名が並んでいた。名称だけでは食材さえ予想できず二人は途方に暮れそうになる。

「そう言えばこう言う時はセットを選べばいいって聞いたことがある」

「それが無難だと思います」

 格式高い店の洗礼を受けた二人。自身の知識では対応できずこの手段に出た。

「じゃあこのセットにしよう」

「ユリィさん、ここではコースと呼びます」

「そういやそう書いてある。『フルコース』って」

「一通り出て来そうなネーミングですね」

 二人は普段利用する店の感覚がどうしても抜ける事がなかった。とりあえずこれを二人分注文することにした。

 しばらくして配膳された食事を見て二人は反応に困った。まずフォークとナイフが左右に並べられている意味が理解できていない。それに加えて使い方もぎこちない。普段の食事に使ってはいるが何かが違う。やがてメインディッシュのステーキが二人に運ばれた。

「この食器高そう…。傷つけないように気をつけないと」

 だがその肉は柔らかく意外に簡単に切れた。二人はこのような肉が存在するのを初めて知った。

「ここは別世界ですね」

 普段通う定食屋とは違い量より質を重視された食事に二人はどうしても馴染めない。手間暇かけて育てられた食材から生み出された芸術品のような夕餉は二人の語彙を乏しくさせた。

 このような店は会食にも用いられる場でもあるため料理毎に配膳されるまでの待ち時間が長い。場に馴染めていない二人はほとんど会話ができず無言のままその時間を過ごす。ようやく最後のデザートが届けられると口に放り込み飛び出すように店を出た。

「ええっと、よかったね」

「はい…。あんな豪華な食事生まれて初めてです」

 料理の味は良かったが楽しめたとは言えない。それゆえ当たり障りのない感想しか言えず話が止まる。宿を探しに通りを進む二人に気まずい空気が漂った。そんな中でユリィは通りの先で多くの人がたむろする店が目に留まる。それは酒類を提供する店だった。

「ねえアヤン。バーってどんなのか気になっていたんだ。一回入ってみようよ」

 ユリィは気分転換を図ろうと誘う。

「あのようなお店に入ったら危ない目に遭わないでしょうか?」

 確かに、ガラの悪い連中が集まっているというイメージはある。

「なんかあったら俺がすぐに助けるよ」

「そういう問題ですか…」

 暴力は暴力で制するとも受け取れる対処法。そう言って半ば強引にアヤンを諭して店へと連れ込む。バーに入るのは二人とも初めてでつい店の中を幾度も見回してしまった。

 この店はさっき行ったレストランとは違い完全に酒を飲みながら楽しむ場所。店の中央にはステージがありそこでバンドによる生演奏が行われていた。ノリのいい曲に合わせて踊る人の姿があった。

「あの席が空いているって」

 ユリィは大きめの声でアヤンに伝えた。楽器の音が鳴り響いているので普段の声量だと聞き取りにくい。話しかけられたら耳に神経を集中しないと聞き逃してしまうような環境だった。

 二人はカンター席に着いた。メニューを見ようとしたらオススメ品が目に入った。

「この店で一番人気があるのは泡の出る酒か。マスター、二人分!」

「あの…、私一度もお酒飲んだことがありませんが大丈夫でしょうか」

「俺もそうだよ。人生は何ごとも経験だから今日ここで飲んじゃおうよ!」

 アヤンがそのように戸惑っていると注文した酒が各々の前に置かれた。歓声をあげながらユリィは容器の取手を掴む。それを見てアヤンも渋々取手に手を添えた。

「じゃあアヤン、かんぱ~い!」

「…かんぱい」

 ユリィは一気に飲みほした一方アヤンはチビチビと喉へと流し込んだ。ユリィはすぐさま二杯目を注文した。酒の味を嗜んでいると別の客が声をかけてきた。

「えっ何?」

 バンドのいる方を指差しながら何かを伝えようとしている。しかしその演奏のせいで話が聞き取れない。

「何て!?」

 聞き取ろうと耳を寄せた。

「うっ…」

 近づいたせいで酒の匂いが鼻腔を刺激し咽そうになる。聞き終えたユリィは先程の匂いにむせながらアヤンの耳元に近づいた。

「アヤン!」

 聞き取れるよう大声で名前を呼んだせいでビクッとなった。

「どっ…どうしました?」

「踊りに行こう」

 ユリィは踊ったらどうかと誘われていた。乗ることにしたユリィはアヤンを誘った。ユリィは立ち上がりアヤンの手を引いた。

「わっ…私は行くとは言っていませんけど!」

 拒否しようとしたが一方的に誘導されることになる。バンドの前では多くの客が踊っていた。巻き込まれる形となったアヤンだがしばらく経つと場の雰囲気に溶け込むことができた。

「次は姉ちゃん一人で舞台に立ちな!」

「えっ、あっ…はいっ!」

 酔いが背中を押したのかアヤンは従い踊りを披露することになった。二人にとってこのような場所で踊ることも初めての体験だった。この後遅くまで二人は遊んだ。レストランよりこっちの方がずっと楽しかった。


 遊び疲れた二人は街で一番豪華な宿へと向かった。普段利用している場末のボロ宿とは比較にならない程立派だった。今までは入浴がわりに水浴びをしていたが、ここには各部屋に風呂がある。

 ベッドも普段とは別物だった。昨日泊まった宿に敷かれていたシーツはボロ布に近かった。その前は汗の匂いが染み込んでいた。その他では朝起きたら体中が痒くなったこともあった。だがこの日眠るベッドには真っ白なシーツを皺一つない状態で張られていた。芸術作品のようなそれを崩してしまうことに抵抗感を持ちながらめくりあげるとその中へ潜った。

「はあ~、今夜はよく眠れそうだ」

 このような清潔なシーツに入浴を済ませていない身体で触れたことに背徳感を感じながらもその感触を楽しんだ。


 数日が経ち報酬が渡される日がようやく訪れた。ユリィはアヤンと共に冒険者ギルドの窓口へと向かった。

「それでは受け取りのサインをお願いします」

 ユリィは手渡されたコインの枚数を確認し終えると指示された通り領収のサインを記載した。報酬の入った袋を抱え帰ろうとすると別の職員が現れ二人を呼び止めた。

「しばらくお時間をいただけませんか?」

「えっ?別にいいけど…」

「何か問題でもあったのでしょうか?」

 職員は二人を関係者専用入り口へ通した。このような場所へは部外者は立ち入れないので通されると特別感がある。二人は一番奥にある部屋へ案内されそこにある応接用の席に座らされた。しばらくして物々しい感じの男が入ってきた。男はこのギルドの長であることを証した。

「ギルド長が何で?」

 二人の表情はこわばった。

「ははは、君たち硬くならなくて良い」

「はっ、はあ…」

 そうは言われたが二人の緊張は解れなかった。

「ギルド長が直々に呼び出すって何の用事だ?」

 ユリィの問いでギルド長の目つきが変わった。緊張しなくていいと言った本人が緊張感を漂わせてきた。

「それだが、これからいう話は他言しない欲しい。昨日の夜、君達が捕えた賊が死んでいた」

「死んだ!?」

 ユリィは耳を疑った。

「三人の中のどなたがですか?」

「三人、つまり全員だ」

 深夜の看守が巡回中に倒れ伏せた三人を発見。駆け付けた警備兵によって全員の死亡が確認された。

「この先三人からは余罪の追求や略奪物の転売ルート、さらには背後関係を解明する予定だった。誠に残念な結果だ」

「そうなんだ。その報告のために俺たちを呼んだのか?」

「それもある」

「も?」

 ギルド長の言い方は意味ありげに感じる。

「問題は奴らの死因だ」

「確かに、三人同時は不自然ですね」

「何者かの口封じの線も考えた。しかし何者かが侵入した気配はない。宿直した警備兵が関わっていないか調べたが可能性は低い」

「じゃあ誰が…」

 ユリィは胸騒ぎがした。似た話が過去にもあった。

「三人はおそらく呪術を使って殺された。そう結論づけている」

「呪殺!?」

 その答えを聞いて二人は叫んだ。似た展開が過去にある。ユリィはその時起きた現象を思い返し聞いた。

「もしかして身体に何か描かれていたの?」

「さすがは魔導士、よく勉強しているね。三人の身体には呪い系の紋様があった」
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