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第7話 迷宮の悪意
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「はぁはぁ……はぁっ……!!」
我武者羅に走った。
来た道順なんて関係ない。形振りなどを構わずにただ、死なないために逃げることしか考えられなかった。
「は、ハヤテ……」
いつの間にか身体を持ち上げられて、なすがままに運ばれる少女《マリネシア》は不安げに奴隷《ハヤテ》の名前を呼んだ。
それに反応できるほどの余裕は今のハヤテにはなかった。
「「「グギャエェェエエエッ!!」」」
背後からはいつの間に増えたのか総勢6体のモンスターの影。
腹の傷は時間が経つにつれてその痛みをましていく。背負ったマリネシアは依然として錯乱状態。息が浅く、恐怖に身を震わせて今にも気を失ってしまいそうだった。
「───チッ……」
さすがにこの手負いで、今からあの数を相手取るのは不可能。ハヤテは悪態を吐く気にもならずにひたすらに走る。
部屋と部屋を経由して、雁字搦めに絡まった糸のように不規則に進んでいく。果たして、この先は出口に繋がってるのか。それは神のみぞ知ると言ったところだ。
「※※※※※※※ッ!!」
大鼠とは違う、初めて聞くモンスターの声が耳朶を打つ。その姿はハッキリとせず、識別するには立ち止まって観察する必要がある。
───そんな暇あるかってんだッ!
悪態を零したのと同時に、不意に足が上手く回らなくなる。
「なっ────!?」
体勢が崩れて前のめりに倒れた。一瞬、何が起きたのか分からずハヤテの思考は混乱する。地面に激突して揺れる視界の中、それが姿も分からないモンスターの仕業だと気がつくには数秒ほど擁した。
先程の喘ぐようなモンスターの声。それは意味の無い声ではなく、世界の法則を少しだけ塗り替えることの出来る真に力ある言葉───〈魔法〉だ。
「大丈夫ですか、お嬢様!?」
「こ、怖い……怖いよ、ハヤテ……」
何とか背負った少女に傷がつかないようかばいながら受身を取っていたハヤテ。無理なかばい方をした所為か、左肩に激痛と妙な違和感が生じる。
───脱臼したか。
咄嗟に抱いた主人の不安げな声を聞き取り、不快な痛みによってハヤテは顔を顰めた。
「大丈夫です。貴方だけは絶対に死なせません」
気休めにもならない言葉をかけて立ち上がる。それは奴隷として与えられた命を全うするためか、それとも少しばかりの幸福の恩返しか。ハヤテ自身もよく分からなかった。
「───さあ、殺ろうかバケモノども」
少女は地面に座らせたまま、ハヤテは痛む左肩を庇いながら刀の鯉口を切った。逃げる足が一度止まってしまえば、後はもう正面から殺り合うしか選択肢は残らない。
───まだ戦える。絶体絶命の状況など戦場では幾度もあった。こういったことには慣れている。
ハヤテは自分に言い聞かせる。不意に自分の足が震えていることに気がついた。それは武者震いか、はたまた恐怖から来るものか。正直、この際どちらでも良かった。
────随分と忘れていた感覚だ。
久しく感じることのなかった感情が湧き上がる。命の危険、圧倒的不利、目の前には明らかに自分と同等───いや、それよりも上の強者。
「───強者、か……くくっ」
思わず、笑みがこぼれた。
───こんな状況を俺は待ち望んでいたのではないか。
そう死線蔓延るこんな絶望の最中に在ることを確かに彼は望んでいた。命のやり取りをするのならば自身よりも圧倒的な強者と立ち会ってこそ、その技術は洗練されていき強くなっていくのだ。
忘れていたことを次々と思い出していくような感覚がハヤテを襲う。
────ここでなら成れるかもしれない。
確信めいた思い。ここを生き抜けば自身はまた一つ、あそこへ近づける、と。
凛と鈴の音が鳴る。それは昔から嫌というほど耳にしてきた、とても懐かしい音色。いつまで経っても消え失せることの無い未熟者の証。
「…………ハヤテ」
「───ッ」
依然として不安げな少女を一瞥して、ハヤテは暗闇を駆けた。覚悟はとうにできていた。不気味に蠢く影も飛び出した。逃げている途中で松明は何処かに捨ててきた。至近距離まで来て、ようやくその正体を判別できる。
「グギャエッ!」
「ジジジジジジッ!!」
「※※※※※※※」
大鼠が3に蛾のようなモンスターが2、残り1体はそこまで行っても識別できなかった。
────関係ない。相手が誰であろうと斬るだけだ。
常闇に薄らと輝く獣の赤い瞳。強制的に視線がかち合い、互いの荒らげた呼吸がすぐそこにある。
死線を潜り抜ける感覚。確かにハヤテは今、死に際に自らを投じていた。自然と彼の口角は更に引き攣る。
「───去ね」
目にも止まらぬ速さの抜刀。一振で大鼠の首を二つ同時に斬った。
「「────ッッッ!?」」
「グギャエッ!!」
声に成らない断末魔。宙を舞った鼠首を無視して、ハヤテは間髪入れずに三体目の大鼠に斬り掛かる。先の戦いで既に大鼠の動きは見切っていた。そのまま殺し切るつもりでハヤテは肉薄するが、彼の刃は既の所で阻まれる。
「ジジジジッ!!」
「……チッ!」
耳障りな蛾の金切り声、次いで不自然に当たりが照らされた。急激なその場の温度上昇と焦げ臭いに、ハヤテはその原因を見つける前に大きく後ろに飛んだ。
「───なっ……!?」
数秒後にハヤテが今まで立っていた場所に火球が通り過ぎる。それはハヤテが迷宮で初めて見た魔法の顕現であった。
───小焔……か?
魔法を見た経験はあった。しかし、今しがた見た小焔はハヤテの知る小焔ではなかった。
───戦場で見た小焔と比べれば、今見たものは大焔に匹敵する威力だ。
そんな規格外な魔法を行使したのは間違いなく目の前の蛾の一匹だ。
「これが迷宮に巣食う魔獣の実力……」
拙いながらも相手方は連携を取ってくる。加えて、魔法を行使できる奴が最低でも一匹いることが確定した。絶望に更に拍車がかかる。これを理不尽と言わず何と言おうか。
それでもハヤテは戦うことを止めなかった。
「上等だッ───!」
寧ろ、その口角は限界まで引き攣って不気味な程に歪んでいた。地を這うように駆けて、再びモンスター共に肉薄する。
───また魔法を使われるのは勘弁だ。先ずは五月蝿い蟲から片付ける!
ハヤテの速度にモンスター達は目が追いつかない。簡単に接近を許した。
しっかりと地を踏みしめて、ハヤテは刀を横一線に振り抜く。鈍く光った刃は薄く軌跡を描いて闇を切裂いた。
「ジバ、ジババババッ!?」
確かにその一振は目の前の蛾に届く。羽と胴を真っ二つに両断され、気味の悪い声を上げた。しかし、相手方もやられて終わりでは無い。
「※※※※※※※ッ!!」
「ジジジジジジッ!!」
「グギャェアッ!!」
三つの獣声が聞こえた。瞬間、ハヤテは足払いをされたように体勢を崩す。視界が廻り、気がつけば地面に激突した。
「くっ……また……!?」
頭が混乱する。その違和感には覚えがあった。けれどその違和感の原因が何なのかまでは分からない。
体勢を崩して困惑するが、悠長に思考を巡らせている暇もない。次いで別の方向から攻撃が飛んでくる。
「チッ、大鼠に、また小焔か………!」
不自然な熱量とそれを背にして大鼠が迫ってくる。即座に立ち上がり、回避を試みるが間に合わない。
「う、ぐぁっ……!!」
脱臼した左肩に追い打ちをかける大鼠が噛みつき、目の前まで迫った火球は傷を負っていた右腹側部を焼き抉った。
想像を絶する激痛に意識が揺らぐ。それでも執拗く肩に噛み付いくる大鼠の息の根は止めることが出来た。
「はぁ……はぁ……」
これで残るは蛾と未だ未確定の謎のモンスターのみ。しかし、簡潔に言って、今の攻防でハヤテは満身創痍。立っているのも不思議なくらいであった。
呼吸は浅く、拙い。焼き抉られた腹は疼くように痛み、噛み砕かれた左肩はもう動かすことも出来ない。そこまで俯瞰して、ハヤテは自身が死ぬことを確信した。
「───くくっ、ははは……!」
それでも彼はまだ諦めていなかった。寧ろ、死が近づくほどに彼の内は満たされていくような感覚だ。楽しくて仕方が無いかのように笑いは止まらない。
───そうだ、俺はこんな瞬間を待っていた。
ハヤテが望んでいたのはこんな死闘。こんな瞬間を待っていたのだ。ようやく訪れた本当の命の殺り取り。おちおち、死んでもいられない。
「くはははははははははっ!!!」
笑いが止まらない。嬉しくてたまらない。別にハヤテが死の恐怖から錯乱した訳では無い。それは確かに彼の本音であった。
笑いに吊られて柄頭にぶら下がった鈴も騒がしく鳴る。こんなに音を立てていたらいつまでもソコには行けやしないだろう。
───まだまだ鍛錬が足りないな。
己の未熟さを痛感して更に笑う。こんな感情に浸ったのも久方ぶりのことであった。背後で今にも泣きそう……というか泣いている少女に、わけも分からず買われて良かった、とハヤテは思う。
───俺をこんな魅力的な場所に連れてきてくれたんだ。
最後に礼の一つでも言いたかったが時間が無い。その時は刻一刻と近づいている。
───次で終わりだ。
ハヤテは漸く笑うのを止めて、最後の力を振り絞り地面を蹴った。それに呼応するように二体のモンスターもその影を揺らす。
三度目の肉薄、ハヤテは一心不乱に刀を振った。
「ジジ────」
また〈小焔〉の魔法を行使しようとした蛾を魔法が出る前に斬る。鈴の音が鳴る。
「※※※───!!」
すぐ隣にいた謎のモンスターに即座に斬り掛かる。モンスターは魔法の詠唱を中断して攻撃を躱した。鈴の音が鳴る。
「※※※※※※ッ!!」
上手く聞き取れない声。謎のモンスターが魔法の詠唱を成功させた。眼前に異常な熱量、〈小焔〉がハヤテを襲う。
「望むところッ───!!」
鈴の音が鳴る。零距離の魔法だった、完璧に回避することは不可能。それでも右足を犠牲にハヤテは何とか生き残る。
「ハァアアアァアアアアアッ!!」
焼き焦がされ右足は黒炭になり、平衡感覚を崩すには十分。ハヤテは前のめりに倒れ込んだ。それでも謎のモンスターの首を斬った感覚があった。
「※※ッ────!?」
相打ちだ。それが分かれば十分であった。流れ去るように意識が薄れていく最中、最後に聞こえたのはやはり意味の分からないモンスターの声。
そこで、ハヤテは死んだ。
我武者羅に走った。
来た道順なんて関係ない。形振りなどを構わずにただ、死なないために逃げることしか考えられなかった。
「は、ハヤテ……」
いつの間にか身体を持ち上げられて、なすがままに運ばれる少女《マリネシア》は不安げに奴隷《ハヤテ》の名前を呼んだ。
それに反応できるほどの余裕は今のハヤテにはなかった。
「「「グギャエェェエエエッ!!」」」
背後からはいつの間に増えたのか総勢6体のモンスターの影。
腹の傷は時間が経つにつれてその痛みをましていく。背負ったマリネシアは依然として錯乱状態。息が浅く、恐怖に身を震わせて今にも気を失ってしまいそうだった。
「───チッ……」
さすがにこの手負いで、今からあの数を相手取るのは不可能。ハヤテは悪態を吐く気にもならずにひたすらに走る。
部屋と部屋を経由して、雁字搦めに絡まった糸のように不規則に進んでいく。果たして、この先は出口に繋がってるのか。それは神のみぞ知ると言ったところだ。
「※※※※※※※ッ!!」
大鼠とは違う、初めて聞くモンスターの声が耳朶を打つ。その姿はハッキリとせず、識別するには立ち止まって観察する必要がある。
───そんな暇あるかってんだッ!
悪態を零したのと同時に、不意に足が上手く回らなくなる。
「なっ────!?」
体勢が崩れて前のめりに倒れた。一瞬、何が起きたのか分からずハヤテの思考は混乱する。地面に激突して揺れる視界の中、それが姿も分からないモンスターの仕業だと気がつくには数秒ほど擁した。
先程の喘ぐようなモンスターの声。それは意味の無い声ではなく、世界の法則を少しだけ塗り替えることの出来る真に力ある言葉───〈魔法〉だ。
「大丈夫ですか、お嬢様!?」
「こ、怖い……怖いよ、ハヤテ……」
何とか背負った少女に傷がつかないようかばいながら受身を取っていたハヤテ。無理なかばい方をした所為か、左肩に激痛と妙な違和感が生じる。
───脱臼したか。
咄嗟に抱いた主人の不安げな声を聞き取り、不快な痛みによってハヤテは顔を顰めた。
「大丈夫です。貴方だけは絶対に死なせません」
気休めにもならない言葉をかけて立ち上がる。それは奴隷として与えられた命を全うするためか、それとも少しばかりの幸福の恩返しか。ハヤテ自身もよく分からなかった。
「───さあ、殺ろうかバケモノども」
少女は地面に座らせたまま、ハヤテは痛む左肩を庇いながら刀の鯉口を切った。逃げる足が一度止まってしまえば、後はもう正面から殺り合うしか選択肢は残らない。
───まだ戦える。絶体絶命の状況など戦場では幾度もあった。こういったことには慣れている。
ハヤテは自分に言い聞かせる。不意に自分の足が震えていることに気がついた。それは武者震いか、はたまた恐怖から来るものか。正直、この際どちらでも良かった。
────随分と忘れていた感覚だ。
久しく感じることのなかった感情が湧き上がる。命の危険、圧倒的不利、目の前には明らかに自分と同等───いや、それよりも上の強者。
「───強者、か……くくっ」
思わず、笑みがこぼれた。
───こんな状況を俺は待ち望んでいたのではないか。
そう死線蔓延るこんな絶望の最中に在ることを確かに彼は望んでいた。命のやり取りをするのならば自身よりも圧倒的な強者と立ち会ってこそ、その技術は洗練されていき強くなっていくのだ。
忘れていたことを次々と思い出していくような感覚がハヤテを襲う。
────ここでなら成れるかもしれない。
確信めいた思い。ここを生き抜けば自身はまた一つ、あそこへ近づける、と。
凛と鈴の音が鳴る。それは昔から嫌というほど耳にしてきた、とても懐かしい音色。いつまで経っても消え失せることの無い未熟者の証。
「…………ハヤテ」
「───ッ」
依然として不安げな少女を一瞥して、ハヤテは暗闇を駆けた。覚悟はとうにできていた。不気味に蠢く影も飛び出した。逃げている途中で松明は何処かに捨ててきた。至近距離まで来て、ようやくその正体を判別できる。
「グギャエッ!」
「ジジジジジジッ!!」
「※※※※※※※」
大鼠が3に蛾のようなモンスターが2、残り1体はそこまで行っても識別できなかった。
────関係ない。相手が誰であろうと斬るだけだ。
常闇に薄らと輝く獣の赤い瞳。強制的に視線がかち合い、互いの荒らげた呼吸がすぐそこにある。
死線を潜り抜ける感覚。確かにハヤテは今、死に際に自らを投じていた。自然と彼の口角は更に引き攣る。
「───去ね」
目にも止まらぬ速さの抜刀。一振で大鼠の首を二つ同時に斬った。
「「────ッッッ!?」」
「グギャエッ!!」
声に成らない断末魔。宙を舞った鼠首を無視して、ハヤテは間髪入れずに三体目の大鼠に斬り掛かる。先の戦いで既に大鼠の動きは見切っていた。そのまま殺し切るつもりでハヤテは肉薄するが、彼の刃は既の所で阻まれる。
「ジジジジッ!!」
「……チッ!」
耳障りな蛾の金切り声、次いで不自然に当たりが照らされた。急激なその場の温度上昇と焦げ臭いに、ハヤテはその原因を見つける前に大きく後ろに飛んだ。
「───なっ……!?」
数秒後にハヤテが今まで立っていた場所に火球が通り過ぎる。それはハヤテが迷宮で初めて見た魔法の顕現であった。
───小焔……か?
魔法を見た経験はあった。しかし、今しがた見た小焔はハヤテの知る小焔ではなかった。
───戦場で見た小焔と比べれば、今見たものは大焔に匹敵する威力だ。
そんな規格外な魔法を行使したのは間違いなく目の前の蛾の一匹だ。
「これが迷宮に巣食う魔獣の実力……」
拙いながらも相手方は連携を取ってくる。加えて、魔法を行使できる奴が最低でも一匹いることが確定した。絶望に更に拍車がかかる。これを理不尽と言わず何と言おうか。
それでもハヤテは戦うことを止めなかった。
「上等だッ───!」
寧ろ、その口角は限界まで引き攣って不気味な程に歪んでいた。地を這うように駆けて、再びモンスター共に肉薄する。
───また魔法を使われるのは勘弁だ。先ずは五月蝿い蟲から片付ける!
ハヤテの速度にモンスター達は目が追いつかない。簡単に接近を許した。
しっかりと地を踏みしめて、ハヤテは刀を横一線に振り抜く。鈍く光った刃は薄く軌跡を描いて闇を切裂いた。
「ジバ、ジババババッ!?」
確かにその一振は目の前の蛾に届く。羽と胴を真っ二つに両断され、気味の悪い声を上げた。しかし、相手方もやられて終わりでは無い。
「※※※※※※※ッ!!」
「ジジジジジジッ!!」
「グギャェアッ!!」
三つの獣声が聞こえた。瞬間、ハヤテは足払いをされたように体勢を崩す。視界が廻り、気がつけば地面に激突した。
「くっ……また……!?」
頭が混乱する。その違和感には覚えがあった。けれどその違和感の原因が何なのかまでは分からない。
体勢を崩して困惑するが、悠長に思考を巡らせている暇もない。次いで別の方向から攻撃が飛んでくる。
「チッ、大鼠に、また小焔か………!」
不自然な熱量とそれを背にして大鼠が迫ってくる。即座に立ち上がり、回避を試みるが間に合わない。
「う、ぐぁっ……!!」
脱臼した左肩に追い打ちをかける大鼠が噛みつき、目の前まで迫った火球は傷を負っていた右腹側部を焼き抉った。
想像を絶する激痛に意識が揺らぐ。それでも執拗く肩に噛み付いくる大鼠の息の根は止めることが出来た。
「はぁ……はぁ……」
これで残るは蛾と未だ未確定の謎のモンスターのみ。しかし、簡潔に言って、今の攻防でハヤテは満身創痍。立っているのも不思議なくらいであった。
呼吸は浅く、拙い。焼き抉られた腹は疼くように痛み、噛み砕かれた左肩はもう動かすことも出来ない。そこまで俯瞰して、ハヤテは自身が死ぬことを確信した。
「───くくっ、ははは……!」
それでも彼はまだ諦めていなかった。寧ろ、死が近づくほどに彼の内は満たされていくような感覚だ。楽しくて仕方が無いかのように笑いは止まらない。
───そうだ、俺はこんな瞬間を待っていた。
ハヤテが望んでいたのはこんな死闘。こんな瞬間を待っていたのだ。ようやく訪れた本当の命の殺り取り。おちおち、死んでもいられない。
「くはははははははははっ!!!」
笑いが止まらない。嬉しくてたまらない。別にハヤテが死の恐怖から錯乱した訳では無い。それは確かに彼の本音であった。
笑いに吊られて柄頭にぶら下がった鈴も騒がしく鳴る。こんなに音を立てていたらいつまでもソコには行けやしないだろう。
───まだまだ鍛錬が足りないな。
己の未熟さを痛感して更に笑う。こんな感情に浸ったのも久方ぶりのことであった。背後で今にも泣きそう……というか泣いている少女に、わけも分からず買われて良かった、とハヤテは思う。
───俺をこんな魅力的な場所に連れてきてくれたんだ。
最後に礼の一つでも言いたかったが時間が無い。その時は刻一刻と近づいている。
───次で終わりだ。
ハヤテは漸く笑うのを止めて、最後の力を振り絞り地面を蹴った。それに呼応するように二体のモンスターもその影を揺らす。
三度目の肉薄、ハヤテは一心不乱に刀を振った。
「ジジ────」
また〈小焔〉の魔法を行使しようとした蛾を魔法が出る前に斬る。鈴の音が鳴る。
「※※※───!!」
すぐ隣にいた謎のモンスターに即座に斬り掛かる。モンスターは魔法の詠唱を中断して攻撃を躱した。鈴の音が鳴る。
「※※※※※※ッ!!」
上手く聞き取れない声。謎のモンスターが魔法の詠唱を成功させた。眼前に異常な熱量、〈小焔〉がハヤテを襲う。
「望むところッ───!!」
鈴の音が鳴る。零距離の魔法だった、完璧に回避することは不可能。それでも右足を犠牲にハヤテは何とか生き残る。
「ハァアアアァアアアアアッ!!」
焼き焦がされ右足は黒炭になり、平衡感覚を崩すには十分。ハヤテは前のめりに倒れ込んだ。それでも謎のモンスターの首を斬った感覚があった。
「※※ッ────!?」
相打ちだ。それが分かれば十分であった。流れ去るように意識が薄れていく最中、最後に聞こえたのはやはり意味の分からないモンスターの声。
そこで、ハヤテは死んだ。
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