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エピローグ
14.2人の、影。
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日も落ち始め、校舎が茜色に染まる頃、踊り場に二人の生徒の姿があった。
「鷹野君、最近、美島君の様子おかしいよ。確かに貴方のお陰で彼は変わった。でも最近は貴方の事で頭が一杯で、依存しきって、他の事もまま成らないほど。はっきり言ってあれは病気よ。お願い、彼を解放してあげて、私見てられない」
今にも泣きだしそうな顔で女はそう言う。
「解放…?」
当惑した表情で男は続ける。
「何で人のプライバシーに君が口をだすんだ。依存が病気?依存こそ愛の証だよ、分かってないなあ」
そう言って彼は嗤った。
「ああ、前のあなたは魅力的だった、誰とでも接し、誰にでも平等で、理想的な人だった。そんな貴方はどこへ行ってしまったの?」
長い睫毛を伏せて今度は悲しげな表情で訴えかける。
「で?だから君は僕には興味ないと、そして今は美島が好きだからこの俺に諦めろと?」
一方彼は心底呆れたような様子だ。
「『前の貴方は魅力的だった』ああ、そうだろうね。ああなるまでに一体僕がどれだけの努力を費やしたと?そして杏、お前が美島を好きになって一体幾らだ、たかが二,三カ月と云ったところか?俺はそんなお前に愛について説き伏せられる覚えはないのだが」
その女、杏は今まで見たことの無い、鷹野の高圧的な態度に驚き、そして首を傾げる。
「どういう意味?言っていることが分からないのだけど」
「ああ、分かるわけないさ、仕方がない、説明してやろう、あれは中1の夏の事だった」
懐かしむように彼は続ける。
「俺は部活が終わった後、友達と喫茶店に来ていた。ああ、今思えば馬鹿な話ばかりしていたな。コーヒーの匂いが立ちこめる、そんな店内の一角に、ただ一人で勉強している奴がいた。それが美島だった。俺はあの華奢な座り様、光に照らされ、茶色に輝く髪、そして、透き通るような、だが何処か憂鬱を帯びたグレーの瞳に心奪われた。世界にはこんなにも美しい人がいるのだと思った」
「それから俺は彼について調べた。幸い彼はそこの常連だった。後は簡単さ。着いていけばすぐに家は分かったし、学校も分かった。ああ、少し苦労したのは志望校を知る事だったかな、毎日家庭ごみを漁って彼の通っている塾の資料が出てきたときは大喜びしたね。この高校に丸がついていたから、当時馬鹿だった俺は、この進学校に進もうと、血の滲む努力をしたものさ」
非人道的な行い何故か誇らしげに語る彼。しかしまだ彼の話は終わらない。
「ああ、そういえば、中一の秋頃、美島に対するいじめが始まっただろ。実はあれも僕の手回しなのさ。どうしても僕の手が届かない中学のうちは他の人間共に近寄って欲しくなかったからね。それに、俺が美島を手に入れるには、美島が女嫌いになる必要があったから。なあに、簡単なことさ。美島に成績がいつも届かず、恨んでた女がいただろう、そいつに吹き込んだのさ、『美島は捨て子だ、だから親に似つかず、目は灰色に濁っているのだ。クォーターなど恰好つけたことをいっているがあれは全部ほらさ』とね。あとは早かった、恨みに任せてその女はその噂を広め散らした。いやあ、女の恨みとは怖いものだねえ。でもお陰で美島を手に入れやすくなったよ。思春期をいじめられて過ごした“可哀想”な美島は俺がちょっと優しくしただけですぐ懐いた。捨て犬が直ぐに懐くのと同じ理屈で。しかも俺以外には簡単に懐かない、ああ、なんて可愛いのだろう」
「鷹野…あなた、何てことを…」
杏はショックで慄く。
「美島に懐かれても、俺は緻密な計算を怠らなかった。わざと美島に隠し事をした。わざと約束をすっぽかした。俺だって本当は美島と夏祭りに行きたかったさ、一度しかない十七の夏。でも俺はそれを捨てて、未来に視点を置き、美島となるべく長くいれるような手段を選んだ。ただトントン調子の恋なんて面白くないだろう、あそこで美島の心を嬲って、壊して、再び俺が治癒させる。そうすることで美島はより一層俺に依存するようになった。わざわざ俺への愛の深さを確かめて、俺がいなかったら死ぬと断言するほどに」
彼は惚気ているような口振りで語った。
「だ、か、ら。俺は何年も前から緻密に計画を練って美島を手に入れた。これは努力の賜物だ。お前なんかの一時の恋に邪魔できるようなものじゃないのさ。その証拠にもう美島は俺無しじゃ生きられないよ。美島に告げ口するかい?俺を失った美島はどうするだろうね。きっと、いや、確実に死を選ぶだろう、誰もに裏切られた人生に絶望しながら。ああ、可哀想な美島。可愛い美島。俺は絶対あいつを離したりなんかしない。もう逃がさないよ」
歪んだ愛を嬉々と語る鷹野の顔はもはや人とは思えなかった。狂気を孕んだ彼の様子に、杏はただ震えることしかできなかった。
「鷹野君、最近、美島君の様子おかしいよ。確かに貴方のお陰で彼は変わった。でも最近は貴方の事で頭が一杯で、依存しきって、他の事もまま成らないほど。はっきり言ってあれは病気よ。お願い、彼を解放してあげて、私見てられない」
今にも泣きだしそうな顔で女はそう言う。
「解放…?」
当惑した表情で男は続ける。
「何で人のプライバシーに君が口をだすんだ。依存が病気?依存こそ愛の証だよ、分かってないなあ」
そう言って彼は嗤った。
「ああ、前のあなたは魅力的だった、誰とでも接し、誰にでも平等で、理想的な人だった。そんな貴方はどこへ行ってしまったの?」
長い睫毛を伏せて今度は悲しげな表情で訴えかける。
「で?だから君は僕には興味ないと、そして今は美島が好きだからこの俺に諦めろと?」
一方彼は心底呆れたような様子だ。
「『前の貴方は魅力的だった』ああ、そうだろうね。ああなるまでに一体僕がどれだけの努力を費やしたと?そして杏、お前が美島を好きになって一体幾らだ、たかが二,三カ月と云ったところか?俺はそんなお前に愛について説き伏せられる覚えはないのだが」
その女、杏は今まで見たことの無い、鷹野の高圧的な態度に驚き、そして首を傾げる。
「どういう意味?言っていることが分からないのだけど」
「ああ、分かるわけないさ、仕方がない、説明してやろう、あれは中1の夏の事だった」
懐かしむように彼は続ける。
「俺は部活が終わった後、友達と喫茶店に来ていた。ああ、今思えば馬鹿な話ばかりしていたな。コーヒーの匂いが立ちこめる、そんな店内の一角に、ただ一人で勉強している奴がいた。それが美島だった。俺はあの華奢な座り様、光に照らされ、茶色に輝く髪、そして、透き通るような、だが何処か憂鬱を帯びたグレーの瞳に心奪われた。世界にはこんなにも美しい人がいるのだと思った」
「それから俺は彼について調べた。幸い彼はそこの常連だった。後は簡単さ。着いていけばすぐに家は分かったし、学校も分かった。ああ、少し苦労したのは志望校を知る事だったかな、毎日家庭ごみを漁って彼の通っている塾の資料が出てきたときは大喜びしたね。この高校に丸がついていたから、当時馬鹿だった俺は、この進学校に進もうと、血の滲む努力をしたものさ」
非人道的な行い何故か誇らしげに語る彼。しかしまだ彼の話は終わらない。
「ああ、そういえば、中一の秋頃、美島に対するいじめが始まっただろ。実はあれも僕の手回しなのさ。どうしても僕の手が届かない中学のうちは他の人間共に近寄って欲しくなかったからね。それに、俺が美島を手に入れるには、美島が女嫌いになる必要があったから。なあに、簡単なことさ。美島に成績がいつも届かず、恨んでた女がいただろう、そいつに吹き込んだのさ、『美島は捨て子だ、だから親に似つかず、目は灰色に濁っているのだ。クォーターなど恰好つけたことをいっているがあれは全部ほらさ』とね。あとは早かった、恨みに任せてその女はその噂を広め散らした。いやあ、女の恨みとは怖いものだねえ。でもお陰で美島を手に入れやすくなったよ。思春期をいじめられて過ごした“可哀想”な美島は俺がちょっと優しくしただけですぐ懐いた。捨て犬が直ぐに懐くのと同じ理屈で。しかも俺以外には簡単に懐かない、ああ、なんて可愛いのだろう」
「鷹野…あなた、何てことを…」
杏はショックで慄く。
「美島に懐かれても、俺は緻密な計算を怠らなかった。わざと美島に隠し事をした。わざと約束をすっぽかした。俺だって本当は美島と夏祭りに行きたかったさ、一度しかない十七の夏。でも俺はそれを捨てて、未来に視点を置き、美島となるべく長くいれるような手段を選んだ。ただトントン調子の恋なんて面白くないだろう、あそこで美島の心を嬲って、壊して、再び俺が治癒させる。そうすることで美島はより一層俺に依存するようになった。わざわざ俺への愛の深さを確かめて、俺がいなかったら死ぬと断言するほどに」
彼は惚気ているような口振りで語った。
「だ、か、ら。俺は何年も前から緻密に計画を練って美島を手に入れた。これは努力の賜物だ。お前なんかの一時の恋に邪魔できるようなものじゃないのさ。その証拠にもう美島は俺無しじゃ生きられないよ。美島に告げ口するかい?俺を失った美島はどうするだろうね。きっと、いや、確実に死を選ぶだろう、誰もに裏切られた人生に絶望しながら。ああ、可哀想な美島。可愛い美島。俺は絶対あいつを離したりなんかしない。もう逃がさないよ」
歪んだ愛を嬉々と語る鷹野の顔はもはや人とは思えなかった。狂気を孕んだ彼の様子に、杏はただ震えることしかできなかった。
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ひ、ひえ、ありがとうございます…!!😭😭
投票まで!?嬉しすぎます…!
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