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1,怪伐隊入隊編

1-8「怪伐隊入隊試験」

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 黒栖に連れられ、一同は怪伐隊本部から廊下に出て、道なりに進んでいた。

「いやぁ、春平さん。流石ですぅ~。筆記試験を合格できるなんてぇ~」とナリナリが手を擦りながら春平の横を歩く。

「任せんかい。ワシかてただ覗きだけしとるんちゃうでッ。ちゃんと勉強もしとるんや」
「頭の中も変態筋肉かと思ってた」

 鬱陶しげに言い放った櫻子に、「なんや櫻子ちゃん、俺に惚れ直したんか?」と笑顔を向ける。

「そもそも惚れても無ければ、拒絶したい。更に言えば関わりたくもない」
「またそんなん言うてぇー。素直にならんとぉー」
「めちゃめちゃ素直ですけど」

 櫻子は歩調を早めると慎之介と肩を並べ、「なんでアイツが筆記試験受かるのよ」と不機嫌そうに呟く。

「仕方ないだろ。受かったモンはさ」
「カンニングでもしてたんじゃない?」
「あの状況じゃできないだろうな」

 そう言い、慎之介は桃眞の後ろ姿を怪訝そうに見つめる。
 それに気づいた櫻子が、慎之介の狩衣の袖をツンツンと引っ張った。

「アンタ、睨みすぎ」
「別に睨んでなんかない」
「点数負けたから悔しいんでしょ」
「うるさいッ!!」
「ほーら、図星」

「鬼束 桃眞君だっけ? 桃眞で良い?」と声を掛けてきた櫻子に「あぁ、好きに呼んでくれよ。……えーっと雉宮ぁ……さん」と桃眞は、探り探り上の名前で呼んだ。

 櫻子は否定の意味で、手を顔の前でふりふりしながら「あぁ。櫻子でいいよ。コイツの事は慎之介って呼んでるんだし」と言うと、桃眞に近づく。

「そうそう。慎之介がね、桃眞に試験の点数負けたの滅茶苦茶ショックみたいよぉー」と、ワザと慎之介に聞こえる様に卑しい笑みを浮かべなら、桃眞に伝えてきた。

 慎之介が顔を真っ赤にして「そ、そんな事ない。勝手に決めつけるなよッ!!」と憤慨する。

 桃眞は、皇に教えて貰っていたとも言えず、気まずそうに「う、うん」と答えたのだった。

 別にカンニングでもなければ、不正でもないだろう。
 皇がどういう意図で、陰陽寮への道中にソレらを話したのかは分からないが、記憶するもしないも桃眞次第なのだから。
 約二週間のハンデがある事を思うと、むしろフェアなのかも知れない。

 慎之介と櫻子……仲が悪いとかではなく、こう言う関係で成り立っているように見える。
 むしろ仲が良い様にも見える。
 その事に付いて、疑問に思った桃眞が訊ねた。

「てか、櫻子と慎之介は付き合ってるの?」

「んなワケないでしょッ!!」と即全否定する櫻子の横を通り過ぎ、春平が慎之介の胸倉を掴んだ。

「お前、コラァ!! 誰の許可取ってワシの櫻子に手ぇ出してくれとんねん? あぁッん?」

「何でもねぇよッ!! ただの幼馴染だ」と慎之介が面倒くさそうに答えると「幼馴染? ホンマやろーな?」と言い、手の力を緩める。

 そう言って落ち着く春平の頭を巨大なバチが弾いた。

ポクッ!!

「効っくぅぅッ!!」

「勝手に私をお前のモンにすんなッ!!」と櫻子が激怒する。


 黒栖が歩みを止め振り返った。

「お前ら、それ以上騒ぐと、全員不合格にするぞ」

 舌打ちをする漣季と、黒栖に向かって、桃眞達は謝った。


 一同が歩を止めた。
 大きな両開きの格子戸の上には、『式神拳闘倶楽部』と記されている。

「しきがみ……けんとうくらぶ?」と首を傾げる桃眞に、慎之介が「式神ファイトクラブ」と訂正した。

「ほぉ、式神ファイトクラブね。かっちょええ名前」

 指先を唇に当てた黒栖が術を唱えると、両開きの扉が開いた。
 中に入る一同。

 そこは、だだっ広い畳張りの柔道場のような場所だった。
 四方を年季の入った木製の壁が囲む。
 ただ、桃眞にとって見慣れないのは、部屋の中心に浮遊する、スイカ程の大きさの白く光る球体。そして、部屋の四隅に設置された脚の長い蝋燭ろうそく台だ。

 一同が周囲に視線を巡らせる中、黒栖が振り返り口を開いた。

「今日は、この部屋を特別に怪伐隊が借りさせて貰った」

 そして、咳払いをした。

「これより実技試験は二人一組での組手を行ってもらう。勝敗は関係ない。その内容で合否の判断を下す。勿論呪術の使用も許可する」

 すると、真っ先に前に出た漣季が桃眞を指さした。

「アイツとヤらせてくれませんかね?」と卑しい笑みを浮かべる。

「俺?」と、自分の顔に指を向ける桃眞の下に歩み寄った漣季が、その意図を口にした。

「お前みたいな素人に怪伐隊に入られちゃ困るんだよ。筆記試験は奇跡的に合格したみたいだが。実技となるとどーかな?」
「さ、さぁ……」
「あそこに居る女と当たって、また奇跡を起こされちゃ困るんだよ。だったら俺がお前の怪伐隊になるって思いを根こそぎ破壊してやろーかとね」

「なんか、お前、見たまんま嫌みな奴だな」と皮肉る桃眞に、「陰陽師になる資格のない人間に居られちゃ迷惑なだけさ」と漣季はワザと肩をぶつけた。

「資格?」
「陰陽寮はただでさえ、神社、仏閣出身者でしかその門を潜る事は許されない。なのに、お前はなんだ? ただの一般人だ。汚れるんだよ、風紀がな。まぁ、一部、例外はいるけど」

 そう言い、漣季は慎之介を見ながらニヤリと笑った。

「慎之介がどうしたんだ?」と訊ねると、漣季は慎之介の前に歩み寄り、足元から頭の先の烏帽子までを哀れみの眼差しで眺める。

 慎之介は怪訝そうな表情を返した。

「知ってっか? えっと……なんだっけ? 猿田彦神社? どこにあるんだっけ? てか、そもそもあったっけ?」と肩を震わせて卑しい笑い声をあげる。

 それに対し反論せず、慎之介は黙って俯いた。

「なんだよ?」と桃眞が問う。

「誰も拝みに来ないオンボロ神社……だったよな? なんのご利益があるんだ? あぁ? 恥ずかしくないのかよ。空前の灯くうぜんのともしびって言うんだよな。そーいうのを。そんな低俗な奴に居られても困るって話」と、慎之介を馬鹿にして、またも笑って見せる。

「アンタ、ちょっと言い過ぎよッ!! 慎之介の気持ち考えなさいよ」と櫻子が叱咤したが、今度は櫻子を睨むと、「黙れ。女の分際で俺に意見するな。雑魚が」と言い放つ。

 桃眞は、慎之介と櫻子を馬鹿にし続ける漣季の態度に腹が立ってきた。
 誰が聞いても言い過ぎだ。
 漣季がどれだけ偉くて凄い存在かは知らないが、二人をコケにする筋合いは無い。

「おい、お前、いい加減にしろよ」と、気付いた時には漣季に詰め寄っていた。

「何だコラぁ? 一般人がよ」

「お前、仮にも神社、仏閣出身者だろ? だったら人を差別してどうすんの? 性別、出身関係ねぇ!! 人間はブランドじゃない。ここだろ」と桃眞は自分の胸を叩いた。

 桃眞の熱い言葉を聞いて、漣季が笑い出す。

「だっせぇ。マジでだせぇよ。何、本気になっちゃってんの? うわうわうわッ、鳥肌立ってるし」と、漣季は袖から出した腕をさすりだした。

「うるせぇ。俺がお前の性根を叩きなおしてやる」
「やれるモンならやってみろよ。五秒でその言葉、そっくり返してやるぜ」

 黒栖が二人の間に割って入る。

「そこまでにしておけ。決着は試験で付けろ。いいな」との言葉に、桃眞と漣季が頷く。


 丸い球体の前に立ち、向かい合った両者。
 黒栖が術を唱えると、部屋の四隅の蝋燭に突然、火が灯った。

「場所はこっちで決めるぞ」と告げる黒栖に、「あぁ。そうだ兄さん。ライブ配信を頼むよ。コイツが完膚なきまでにのされる様を、寮内全てに見せ付けてやるんだ」と下卑た笑いを見せる。

 その提案を受理した黒栖も、卑しい笑みを見せた。
 やはり兄弟と言う事だろうか。

「では、試合開始だ」

 黒栖がそう言うと球体が強く輝きだし、光が収まると二人の姿は消えていた。



 その途端に、慎之介や櫻子達のスマートフォンにヨッキーから通知が届いた。

 ――『ヨッキーだよ!! ヨッキーだよ!! 怪伐隊一年生の実技試験。黒栖 漣季と鬼束 桃眞の試合を生配信するよ!! 観たい人は僕の指をターーッチ!!」

 慎之介達は、スマートフォンの画面に現れたヨッキーの指先をタッチした。


 寮内でも、ざわめきが起きていた。
 食堂内で、仲間と集まりタブレットで視聴する者達。
 寮の自室で視聴する者達。

 皇、陣内。
 その他の教員も視聴を開始したのだった。



 光が収まると、そこは夜の渋谷のスクランブル交差点だった。
 だが、人は居ない。
 乱雑に停まっている車と、意味も無く点灯する信号機のランプ。
 アーケードのネオンや照明も、都会の喧騒が無いと寂しくも有り、不気味でもある。

 そんな交差点の中心で向かい合っていた二人。

 桃眞は、ハッと辺りに視線を巡らせ、「え、コレどういう事?」と声を出す。

「そんな事も分からねぇのか、こんな素人が試験を受けるとかマジでムカつくぜ」と言うと、「仕方ねぇ。特別に教えてやるよ。ここは仮想世界だ。あの道場はどんな場所でも疑似的に作り出す事ができる」と漣季は哀れみを込めて説明した。

「ふーん」と言った桃眞が、「あっ……」と声を出した。

「なんだ?」
「もう五秒たったぞ」
「うるせー。今から五秒だッ」

 そう言うと、地面を踏みしめ、一気に飛び出した漣季の拳が桃眞に直撃した!?

 かに思えたが、漣季の拳が桃眞の頬の横に逸れていた。
 予測して避けた訳ではない。
 ただのマグレだった。

「あっぶねぇ」と焦る桃眞に対し、「チッ!!」と舌打ちをした漣季の拳の猛打がクロスガードに突き刺さる。

 徐々に圧力を増す漣季の拳に、ついに吹っ飛ばされた桃眞は、セダンタイプの車のフロントガラスを突き破った。



 スマートフォンの画面でその状況を見ていた慎之介。

「ヨッキー。二人の法力値を計測してくれ」

 ――『オッケーだよ!!』
 ――『黒栖 漣季の法力値516ポイント。鬼束 桃眞の法力値67ポイントだよ』

「絶望的じゃんッ!!」と櫻子が叫んだ。

「何やあのガキ。いっちょ前に啖呵たんか切っとったけど、ホンマにただの一般人レベルやないかい」

 食堂内でも、法力値を確認した寮生達から失笑や嘲笑が起きていた。

 ――「こんなの勝てないだろ。黒栖 漣季の圧勝だな」などを始め、口々に寮生が批評をする。

 ――「なんだコレは? 公開処刑かよ」と動画配信その物に懐疑的になる者も少なからずはいた。



 車のドアが開いた。
 中から出て来た桃眞の額から血が流れている。

「痛ッッッッてぇー。おぉー痛ぇー。そこらじゅうが痛ぇ」と全身を摩る。

「どうだ。降参するなら今だぞ。顔面血だらけで無様な姿を晒したくねぇなら、土下座すりゃ許してやる」
「そんなのする訳ないだろ。こっからだ」
「なんだと? 力の差は明白だろ?」
「さぁな」

 眉をひそめる漣季。

 桃眞は、狩衣の首元から鏡の首飾りを取り出した。
 あれからまた首飾りを付けていたのだ。
 しかも、母親に紐を補修して貰った際に、付け外しが簡単に出来るよう、首の後ろに強力な磁石を縫い付けて貰っている。

「やっぱ、このままじゃ無理か」と桃眞が言った。

 そして、首飾りを掴む。


 その状況をスマートフォンで観ていた皇が、微笑みながら呟いた。

「さぁ、桃眞さん。皆さんに見せてあげなさい。貴方の本当の力を」


 ブチッ!! と音を鳴らし、マグネットが離れる。

 そして首飾りを外すと、懐に仕舞い込んだ。
 目付きが鋭くなった桃眞の体を中心に、見えない圧力が波紋の様に広がり、アスファルトの上の砂利やゴミを吹き飛ばし、漣季の足をも後退させた。

「な、何が起こった?」と目の前の光景に漣季がたじろぐ。


 大勢の視聴者がその状況に息を飲む中、更に画面に表示された桃眞の法力値を見て絶句した。
 ご丁寧にヨッキーが情報修正を告げる。

 ――『鬼束 桃眞の法力が上昇!! 法力値は1860ポイントだよ!!』

 画面を見つめていた慎之介や櫻子、そして春平もが仰天する。

「嘘だろ!? コイツ、本当に一般人かよ!?」
「桃眞すごい……」
「ま、まぁワシも本気出したら……イケルんちゃうかぁ……」


 桃眞は、不敵な笑みを見せると拳を握った。

「さて、じゃあ反撃すっか」
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