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1,怪伐隊入隊編

1-12「試験結果や如何に……」

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「ふ、不合格ですか……」

「不満そうだな」と村雨が言った。

「いや……だって、俺、最後絶対勝ったし……」

 桃眞が不服そうに答えると、「理由を聞きたいかい?」と如月が声を掛ける。

 「はい、お願いします」と桃眞が真剣な眼差しを向けた。

 如月が近くのデスクに座り、指先をクイクイと下に動かすと、背後の大きなスクリーンに、桃眞と漣季の戦闘映像が映し出される。

 フロントガラスを突き破る桃眞と漣季。
 呪符が交差点内の車を切り刻み、桃眞がムーンバックスカフェの外壁を突き破る。
 レディース服エリアを破壊し、漣季の無限連弾で交差点の向かい側のビルに突っ込む桃眞が色んなアングルで映し出された。
 天災が起きた跡の様な紳士服エリアで、今度は桃眞が放った無限連弾が暴れまわる。
 桃眞が倒れた所で、映像が暗転した。

「これを見て君はどう思う?」と如月が桃眞に訊ねる。

「どうって……とにかく必死でしたね。それに戦いの中で、自分がどんどん成長してる。そんな気がしました」と、当時の経験を蘇らせながら答えると、ベンチに座る村雨が鼻で笑った。

「だからテメェは不合格なんだよ」

 紫煙を吐き散らしながらそう言った村雨に、「どう言うことすか?」と桃眞が訊ねる。

 その答えを如月が告げた。

「被害を出しすぎなんだよ」
「被害……?」

 首を傾げる桃眞に対し、如月が溜息をつく。

「いいかい。僕達は怪伐隊だ。闇に潜み、隠密に事件を処理するのが仕事だ」

 そう言い、如月はもう一度指を動かすと、後方のスクリーンに再び戦闘映像が流れる。

「僕達の存在は一般社会には知られてはならない。だけど、こんな目立った戦い方をすれば、どれだけの人の目に付く? どれだけの確率で写真や映像が世に出回ると思う?」

 そう言われたが、桃眞は自宅での騒動の後、怪伐隊が関係者や目撃者の記憶を消した事を思い出し、反論しようと息を吸った。
 だが、空かさず如月が桃眞の言葉を封じる。

「ヨッキーや、怪伐隊の術で記憶やデータを消せば良い……そんな事を思っているんじゃないのか?」

 桃眞の心の内を見透かしたように青い目が光る。
 言おうとした事を先に否定され、桃眞は言葉を飲み込んだ。

「いいかい、修復するのは、記憶だけじゃないだろ? 家屋の損壊、そして自然破壊。我々怪伐隊や陰陽師も含め、呪術や討伐の規模によっては計り知れない程のダメージと痕跡を残す事だってあるんだ」と言い、如月が足を組み直す。

「記憶や記録の削除。そして被害の修復にどれだけの労力が必要か? そんな事に時間をさくならもっと他の人を救えるかも知れない。そうは思わないかい?」

 如月の言っている事は正しく、的を得ていると桃眞は思った。
 漣季と戦っていた時は、周りの被害状況など全く気にもしていなかったのだ。
 ただ、目の前の敵を倒す。それしか考えていなかった。
 その後処理をするのも怪伐隊の仕事だ、全て自分で処理が出来ないとなると、協力してくれるのは仲間だと言う事だ。

 桃眞が黙っていると、後ろから村雨が声を掛ける。

「実技試験は勝敗は関係ない、その内容で決める。と黒栖が試験前に言っていただろ。そう言う事だ。物事の全体、その後の事を考えて行動できるか? 立ち回れるか? それをお前達は審査されていたって事だ」

 ぐうの音も出ないとはこの事だ。
 反論の余地がないし、あったとしても、今の桃眞には知識や経験がない。
 ただただ、反省と後悔しか無かった。

 怪伐隊入隊試験は不合格。
 次の採用試験は来年となる。
 黒い鬼を追う為には、怪伐隊になるしか方法がないと皇が言っていた。
 経験を積み、実践での腕を磨く。
 だが、それも一年間のお預けとなるのだ。

 また来年にチャレンジする。
 そして必ずその時には、反論の余地なく合格を貰う。
 そう桃眞は心に近い、力強い眼差しを如月に向けた。

「しゃーないすね。言っても昨日ここに来たばっかだし。一年間で腕磨いて、出直して来ます。そん時は絶対合格しますんでッ」

 そう言い、怪伐隊本部の自動ドアを潜ろうとした桃眞の背後に如月と村雨が同時に声を掛けた。

「「なんちゃって!!」」

 ――(なんちゃって?)と心の中で今の言葉を繰り返したが、意味が分からない。

「……なんちゃって?」

 言葉を復唱した桃眞が、キョトンとした顔で振り返ると、ニコリと笑った如月が「試験結果は合格だよ」と告げる。

「俺……合格なんすか? だったらさっきまでのは?」
「君、調子に乗りそうだったからね。まずは出鼻をくじかないと。だけど、今言った事は本当の事だよ。先輩からの指摘と言うかアドバイスさ」

 そう言いながら笑う如月の表情はどうみても美女にしか見えない。

 合格と言われ、テンションが上がった桃眞が笑顔を見せる。
 そして、ガッツポーズを取った。

「よっしゃーッ!! 合格だッ」

「おめでとう」と如月が白く並びの良い歯を見せた。

「もう、如月さんも悪いっすねぇ。演技がうまいと言うか、さすがおネェっすね!!」

「あぁーあ。言っちまったねぇ」と村雨の声が聞こえた様な気がした。

 瞬間的な衝撃と共に、気付いた時には桃眞は天井にめり込んでいた。
 何が起こったのか理解が出来ない。
 遅れて内蔵が軋み、口から熱いモノが飛び出したかと思うと、鮮血の花が目の前に咲いた。

「がぁはッ!?」

 視線の先の如月を見て、桃眞は衝撃を受けた。
 そこに立っていたのは、先程までの美女の様な男ではない。

 真っ赤に光る目、顔中に浮き上がる血管の凹凸、そして伸びた犬歯。
 桃眞に向けて突き出している手は、赤黒い爪が尖っている。
 
「言ったそばから調子に乗るな新入りッ!! 僕達は君よりも遥か高みの存在だぞ」
「す、すみません……」

 そう言うと、瞬時に如月の姿が元に戻った。
 途端に、圧力から開放された桃眞が床に落ちる。
 そこに、立ち上がった村雨が声を掛けた。

「言葉に気を付けろ。あいつはヴァインパイアだ」
「ヴァ……ヴァンパイア?」
「今度怒らせたら、干物になるまで血を吸われるぞ」
「な、なんでヴァンパイアが……」

 すると、ニコリと笑った如月が口を開いた。

「村雨。ヴァンパイアって言うな、吸血鬼って呼んでくれ」
「どっちも一緒だろ」
「違うよ。全然」

 如月は、床にへばりつく桃眞を抱きかかえて起こすとベンチに座らせた。

「取り敢えず、合格おめでとう。そして怪伐隊にようこそ」

 そう言い残すと、如月と村雨は本部を出て行った。

 一人置いていかれた桃眞が、狩衣の袖で口元の血を拭う。

「怪伐隊……ヤベェ……」

 合格した喜びと、奇っ怪なその世界にどこか複雑さを抱く桃眞であった。
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