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5、第一章最終怪異 平安京呪詛編

5-3「あの時見たヤツ」①

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「八咫烏のシラセ?」
「まぁ、偽名だけどな」

「はぁ?」と眉をしかめる桃眞。

 シラセはヘラヘラとしながら「俺達本名が無ぇんだ。だから偽名で生きてるっつーハナシ」と言い、思い立ったかの様に片手を振り「おっと。八咫烏はマジだぜ」と訂正した。

「何だよその八咫烏って……」
「八咫烏は、正義の秘密結社だ」
「応声虫を虐殺しておいて何が正義だよ」
「何でお前がその事知ってんの?」

 その時、桃眞は口を滑らせてしまったと気付く。
 桃眞の動揺する様子を見たシラセは「ははぁーん」と大仰に頷いて見せた。

「お前かぁ。応声虫の生き残りを退治したのは」
「………………」
「でも、お前の力じゃ応声虫は倒せねぇだろ? あ、そっか仲間が殺ったんだな。怪伐隊か?」
「さぁ、知らないな」
「嘘を付くな。怪伐隊かぁ……怪伐隊ねぇー」

 シラセはゆっくりと桃眞に近づくと、自分が持っていた傘の中に桃眞を入れた。
 桃眞は何が起こるのかとたじろぐ。

「安心しろ。別に今直ぐに殺しゃーしねぇよ、ずっと土砂降りの中で可哀想と思っただけだ。それに今はお前と話がしたい。そだなぁ、殺すのは五分後ってとこかな」
「マジで俺を殺すのか?」
「さっきそう言ったろ。俺の正体を知ったからには生きて帰すわけには行かねぇの」

 ――「ふざけるなッ!!」と言ってやりたいが声が出ない。

 シラセの言葉は冗談ではなく本気であり、そして自分を殺す事も容易く成し遂げるはずだ。
 巨大な鬼でも醜悪な姿をした鬼でもなく、そこらに居そうな青年に対し初めて恐怖を感じた。
 首飾りを外してのフルパワーで対抗出来るのか?
 シラセから感じる力は異質なモノだが、底知れぬ圧力は村雨と匹敵する程に感じる。

 なんで今、俺はこんな状況になっているんだ。怪伐隊を辞めて陰陽寮を出れば超常的な事件には遭遇しないと思っていた。てか首を突っ込んだのは俺か……。でもなんで、よりにもよって真理のバイト先に八咫烏がいるんだよ。

 心の中で自問自答をする桃眞へシラセが訊ねる。

「せっかく陰陽寮の生徒と話せたからさ。最後に一つ聞きたいんだけど。君、首飾り知らない?」
「首飾り?」
「そう、鏡の首飾り」

 シラセの言っている鏡の首飾りがどんなモノか分からないが、そう呼べるモノを桃眞は持っている。
 探しているのだろうか?
 下手に情報を与える訳にはいかないと思い、シラを切ると決めた。
 そして、至近距離で桃眞の首飾りの存在に気付かれる可能性もあると思い、悟られないようにシラセの傘から出て近くの服屋の軒下に入った。

「そんなの知らねぇよ」
「青銅色のフレームに楕円形の鏡がついてるらしいんだよねぇ」

 更に桃眞が付けている首飾りの特徴へ近づく。

「……らしい?」
「俺も本物は見たこと無いのよ」

 シラセが求めている首飾りが桃眞の持っているモノだとしたら、この謎の力の正体がわかるかも知れない。
 そう思い、シラセに怪しまれない様に質問を投げかける。

「その首飾りがあったとしたら何なんだよ? そんなに大切なモノなのか?」
「メチャ大切。探してるんだ。もう何百年も」
「はぁ? そんなに生きられるワケねぇだろ」

「それがさ」と溜息をついたシラセは「俺達長生きなの。ちなみに俺も見た目こんなのだけど三百年は生きてるからね」と呆れたかの様に言った。

「どう言う事だよ?」
「君、さっきから質問多いねぇ。正体を話してあげるって言ったけど、全部に答えてたら全然時間が足らないし、それにもう五分経っちゃうよ」

 ここで話を切られたら鏡の首飾りの事を聞けなくなってしまう。
 なんとか話を続けなければ。
 てか、マジで俺……死ぬのか?
 大量の雨粒に混じって、桃眞の額に汗が滲む。

「ちょ、ちょっと待てよ。まだ五分経ってないだろ。その鏡の首飾りって何なんだよ? それくらい最後に教えてくれてもイイだろ」
「残念、時間切れだ」
「ちょ、おいッ」

「じゃあ、笑顔で死んじゃおっか。俺の中でね」
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