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5、第一章最終怪異 平安京呪詛編
5-10「悪しき兆し」①
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――再び平安京。
「近頃は妖しの噂もあまり聞かぬなぁ」と村上皇太子は退屈そうに大きなあくびをした。
「これ。滅多な事を言うではない」
時の帝である朱雀天皇が側に座る村上皇太子を叱咤した。
二人の眼前には、黒い装束を着た宮中の政治を担う者達が二列に向かい合い、一段下の木の床に座る。
そこから更に先。
大内裏の中庭に恭しく頭を垂れる陰陽頭『賀茂忠行』が、今、ゆっくりと顔を上げた。
後ろで砂利の上に片膝をつく陰陽師達と違い、烏帽子の下に見える髪には白髪が混じっている事からも最年長であると伺える。
「恐れながら御上。一つご報告が御座います」
「言うてみよ」
「昨晩、北の空に大きな動きが見受けられました」
そう言った賀茂忠行の表情はいつにまして険しかった。
ただならぬ気配を感じとり、一同の身に緊張が走るが、村上皇太子だけはそうでは無い。
待っていたと言わんばかりに濁っていた目に輝きが宿る。
今年で二十歳となった彼だけは、退屈な日常をぶち壊す刺激を求めていたのだ。
季節の移ろいに風情を感じ、句を読む日々にはうんざりだった。 蹴鞠が得意ではあるが、近頃は対等に競い合える者もいない。
賀茂忠行の報告が妖しに繋がる事であれば、彼に会う口実ともなる。
その彼も本来はこの場に居るべきだが、殆どの祭事や行事に現れない事を村上皇太子は知っていた。
「で、続けよ!」と村上皇太子は前のめりになり、言葉を急かす。
神妙な面持ちで賀茂忠行は言葉を続けた。
「間もなく。この都に大きな災いが訪れましょう」
その言葉を聞いた役人達は、困惑と恐れを抱きながら互いに言葉を交わす。
だが朱雀天皇だけは違った。
落ち着いた声音で「して。如何程の災いなのだ」と問う。
「妖しか? 妖しなのか?」と目を輝かせる村上皇太子を朱雀天皇が叱咤した。
「災いの正体についてはまだ分かりませぬ。ですが、その災いは時に吉とも凶ともなりましょう」
――再び現代。
玄武寮の皇達の部屋に一同が立っていた。
慎之介もただならぬ状況に車椅子で現れている。
そんな一同の視線の先には、ベッドで横たわる真理の姿があった。
命に別状はなく、意識を失っているだけとの事だ。
そんな真理を見ながら皇が口を開く。
「弐課とヨッキーに依頼してビルの修復と目撃者の忘却は完了しています。あとは真理さんだけですが……」
桃眞はそれを聞いて直ぐに返答が出来なかった。
皇が言わんとしている事は分かってる。
真理の記憶を消す事だ。
だが、それは同時に桃眞の存在も消す事になる。
過去に一度は断ったが、今回はそう言うワケにはいかないのだ。
秘密結社八咫烏に桃眞と真理の関係性がバレている可能性がある。
そうなれば、真理の身に今後、どんな魔の手が忍び寄るのか分からない。
目的の為なら何でもする。どんな犠牲も厭わないのが八咫烏である。
「やっぱ。消すしか無いんすよね? 真理の記憶を」
「一般人が我々の世界と関わるのは危険と言うことです。陰陽師を雇っているオーナーならまだしも。自らを守る手段がありませんから」
すると隣にいた吉樹が言葉を発した。
ナイトキャップが気になる桃眞。
「こうなると、鬼束君のご両親の事も考えなくちゃね」
「え?」
「当然だろ。君の存在や力が八咫烏に知られていたとすれば、ご両親だって狙われる事にもなるんだ」
「でも。シラセとトランスフォーマーの女、それにデカイ奴は死んだっすけど。だとしたら……」
「そう都合が良いワケないでしょうね」と皇が遮ると吉樹が頷いた。
「八咫烏レベルになれば、仲間の見たモノを共有だってできるはずだよん。もうとっくに知られちゃってるかもね」
「マジすか……」
冷静に考えれば記憶を消すべきだろうが、やはり自分の存在が消える事になると決心がつかない。
自分と言う存在が消えてしまう。そんな気がした。
何故なら、両親と真理は外界で唯一自分と言う人間を理解してくれているのだから。
皇はスマートウォッチに目をやると「まぁ、今日でなくとも明日でも構いません。もう遅いですからね」と言った。
確かに時刻は既に深夜をまわっている。
慎之介は細胞検査が待っているのであまり夜ふかしはさせられない。
「一晩ゆっくり考えなさい。何が最善なのか。何がご両親や真理さんにとって一番なのかを」
そう言うと、皇と吉樹は新たに用意して貰った別の部屋へと向かった。
じっと話を聞いていた慎之介が口を開く。
「考えるまでも無いだろ。お前の記憶を消さないと八咫烏に消される。いや、お前を誘き出す為に利用される事にもなる」
「あぁ。分かってるよ」
「もし目が覚めたなら、最後の別れをするんだな」
慎之介は桃眞を残し、自室へと戻った。
静寂の中、真理の横顔を見つめる桃眞。
これまでの思い出を脳裏に浮かべながら、心の整理を始めた。
「近頃は妖しの噂もあまり聞かぬなぁ」と村上皇太子は退屈そうに大きなあくびをした。
「これ。滅多な事を言うではない」
時の帝である朱雀天皇が側に座る村上皇太子を叱咤した。
二人の眼前には、黒い装束を着た宮中の政治を担う者達が二列に向かい合い、一段下の木の床に座る。
そこから更に先。
大内裏の中庭に恭しく頭を垂れる陰陽頭『賀茂忠行』が、今、ゆっくりと顔を上げた。
後ろで砂利の上に片膝をつく陰陽師達と違い、烏帽子の下に見える髪には白髪が混じっている事からも最年長であると伺える。
「恐れながら御上。一つご報告が御座います」
「言うてみよ」
「昨晩、北の空に大きな動きが見受けられました」
そう言った賀茂忠行の表情はいつにまして険しかった。
ただならぬ気配を感じとり、一同の身に緊張が走るが、村上皇太子だけはそうでは無い。
待っていたと言わんばかりに濁っていた目に輝きが宿る。
今年で二十歳となった彼だけは、退屈な日常をぶち壊す刺激を求めていたのだ。
季節の移ろいに風情を感じ、句を読む日々にはうんざりだった。 蹴鞠が得意ではあるが、近頃は対等に競い合える者もいない。
賀茂忠行の報告が妖しに繋がる事であれば、彼に会う口実ともなる。
その彼も本来はこの場に居るべきだが、殆どの祭事や行事に現れない事を村上皇太子は知っていた。
「で、続けよ!」と村上皇太子は前のめりになり、言葉を急かす。
神妙な面持ちで賀茂忠行は言葉を続けた。
「間もなく。この都に大きな災いが訪れましょう」
その言葉を聞いた役人達は、困惑と恐れを抱きながら互いに言葉を交わす。
だが朱雀天皇だけは違った。
落ち着いた声音で「して。如何程の災いなのだ」と問う。
「妖しか? 妖しなのか?」と目を輝かせる村上皇太子を朱雀天皇が叱咤した。
「災いの正体についてはまだ分かりませぬ。ですが、その災いは時に吉とも凶ともなりましょう」
――再び現代。
玄武寮の皇達の部屋に一同が立っていた。
慎之介もただならぬ状況に車椅子で現れている。
そんな一同の視線の先には、ベッドで横たわる真理の姿があった。
命に別状はなく、意識を失っているだけとの事だ。
そんな真理を見ながら皇が口を開く。
「弐課とヨッキーに依頼してビルの修復と目撃者の忘却は完了しています。あとは真理さんだけですが……」
桃眞はそれを聞いて直ぐに返答が出来なかった。
皇が言わんとしている事は分かってる。
真理の記憶を消す事だ。
だが、それは同時に桃眞の存在も消す事になる。
過去に一度は断ったが、今回はそう言うワケにはいかないのだ。
秘密結社八咫烏に桃眞と真理の関係性がバレている可能性がある。
そうなれば、真理の身に今後、どんな魔の手が忍び寄るのか分からない。
目的の為なら何でもする。どんな犠牲も厭わないのが八咫烏である。
「やっぱ。消すしか無いんすよね? 真理の記憶を」
「一般人が我々の世界と関わるのは危険と言うことです。陰陽師を雇っているオーナーならまだしも。自らを守る手段がありませんから」
すると隣にいた吉樹が言葉を発した。
ナイトキャップが気になる桃眞。
「こうなると、鬼束君のご両親の事も考えなくちゃね」
「え?」
「当然だろ。君の存在や力が八咫烏に知られていたとすれば、ご両親だって狙われる事にもなるんだ」
「でも。シラセとトランスフォーマーの女、それにデカイ奴は死んだっすけど。だとしたら……」
「そう都合が良いワケないでしょうね」と皇が遮ると吉樹が頷いた。
「八咫烏レベルになれば、仲間の見たモノを共有だってできるはずだよん。もうとっくに知られちゃってるかもね」
「マジすか……」
冷静に考えれば記憶を消すべきだろうが、やはり自分の存在が消える事になると決心がつかない。
自分と言う存在が消えてしまう。そんな気がした。
何故なら、両親と真理は外界で唯一自分と言う人間を理解してくれているのだから。
皇はスマートウォッチに目をやると「まぁ、今日でなくとも明日でも構いません。もう遅いですからね」と言った。
確かに時刻は既に深夜をまわっている。
慎之介は細胞検査が待っているのであまり夜ふかしはさせられない。
「一晩ゆっくり考えなさい。何が最善なのか。何がご両親や真理さんにとって一番なのかを」
そう言うと、皇と吉樹は新たに用意して貰った別の部屋へと向かった。
じっと話を聞いていた慎之介が口を開く。
「考えるまでも無いだろ。お前の記憶を消さないと八咫烏に消される。いや、お前を誘き出す為に利用される事にもなる」
「あぁ。分かってるよ」
「もし目が覚めたなら、最後の別れをするんだな」
慎之介は桃眞を残し、自室へと戻った。
静寂の中、真理の横顔を見つめる桃眞。
これまでの思い出を脳裏に浮かべながら、心の整理を始めた。
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