彼岸花

司悠

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1968年春

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 僕は二回生になった、神尾も。そして美沙は三回生。サークルに新人が入ってきた。「笑いは生命力や」と言っていた工藤会長はW大の演劇科へーー 、合格したのだ。弾けていく何か。
 僕と美沙は裸で抱きあっていた。≺さくら さくら やよいのそらは みわたすかぎり≻僕は美沙の上で歌った。その時、
「妊娠したみたい」美沙が言った。
「えっ! 」僕は驚いた。誰の子? 工藤さん? 神尾? 僕じゃない。 
一瞬、頭をよぎったが、すぐに誰でもいい、と思った。僕はその事実を厳粛に受け止めた。僕らの子だ。
 美沙が妊娠、その言葉を聞いて、僕は異和感を覚えた。動揺? いつもの行為が初めてのことのような感覚になった。美沙のジャメヴュが伝染した? 
そう言えば美沙の乳首は過敏になって来た。そしてお尻も少し大きくなって来たような気がする。僕はエロい風になろうとした。でもなれない。何かがちがう。神尾の言う錯誤? いつもの風景がまるで初めてみたい。何かがちがう。
僕は、野性になり損ねた手と舌ではぐれ鳥のように、あっちではぐれ、こっちではぐれ、それが宿命かのように、ぐるぐる回って、戻って来る。まるで方向音痴だ。美沙が舌で奮い勃たせてくれた。でも、風が風をデフォルメする。あっ! また、戻って来た。風が人までデフォルメする。まるでキュービズムの絵画やね。勃たないのだ。
不安感、怯え、いつものエロい風が空回り、初めての風をともなう。駄目だ。昇華になりえぬ凝華、凝華になりえぬ昇華、混沌、焦燥。コスモスの心を震わせて、美沙まで揺さぶって、哭きながら空へ走っていった風。時に荒くれ、時に優しく、風が風をデフォルメする。いつもの風にならない、ならぬ風だ。与太郎だ。風に人生を重ねて、委ねて、預けて、だから方向音痴。
僕は美沙の身体の上でセッセ、セッセとセックスだ。初めての経験のように、セックスにならぬセックス。

 そうあの時、大学入試の終わった日、五条楽園へ行った。初めてのセックス。女は二つ折りの座布団の上にお尻を乗せ、下半身を突き出した。白い肌から陰毛が怒ったようにリアルで艶めかしかった。
僕は裸丸出しの間抜けな恰好、ナマケモノの果てのノモケマナの姿そのものだ。憂慮、焦燥、狼狽、鬼胎のあげく、不能、僕は不能になる。僕は戸惑う。女はその姿勢をやめた。
「初めてやねん」
「ふぅ~ん」。
女はその姿勢をやめ能動的になる。僕自身をしごいたり、舐め回したり、
「いま、いま、いま、このまま、このまま」女は手をそえて確かなモノを自分自身へと導いた。でも僕は頓馬なボクになる。直前に間抜けになる。風が風をデフォルメした。
「あっ、あ~ん」女が言った。
「あっ、アカン」男にならぬ男。正真正銘のノモケマナだ。与太郎だ。
「駄目や」僕は卑屈に笑った。女は恨めしそうに僕を見た。
それから、僕は女の前でノモケマナのプライドをしめすようにオナニーをした。
「わぁ、出た、出た」
「月みたいに言うな」僕は漫才のようにかぶせ、
「次のとき頑張る」と言った。
女は涼やかな眼で僕を見ていた。

 あの女のように、美沙は僕に愛しみ、慈しみを奉仕する。時々、子豚の鼻をふくらませて上目使いで僕を見る。だから風にまかせて、また不能から可能へ戻っていく。このまま、このまま、可能のまま。僕は裸の美沙に、そして彼女の中で息づいていく僕らの子に祝福の正義と愛を注入しようとする。でも駄目だ。焦れば焦るほど出来ない、あの時と同じ、出来なかった。僕が照れ笑いを浮かべた時、
「どうしたの? 」美沙があの女のような涼やかな眼で呟いた。
          ☆
 僕はバイト先のスナック『白川』でゴミ出しをしていた。
「工藤ちゃん、W大合格したばいんね。こん間、美沙と一緒に来よる」ママが言った。
『白川』はオカマのラウンジだった。掃除と残飯処理と皿洗いが僕の仕事。でもときに、僕は数字の8の字を描くようにシェーカーを振った。以前、工藤会長が『白川』でバイトをしていた。僕は工藤会長の後釜として働かせてもらった。
 ママはR大学出身で『オカマの立(りっ)ちゃん』と呼ばれていた。モスグリーンの着物がよく似合った。酔っている時、酔っていない時、いつも同じテンションだ。マックスのテンションだった。ママは年齢不詳、学生の頃は空手をやっていて、嫌な客は体を張ってでも追い出した。
「意気と度胸のあるオカマや」僕は言った。
「どげんオカマやねん」神尾は呟いた。
「オカマん股は一つ、おなごしん股は二つも三つもあっけんっち」ママが言った。
僕はその言葉を美沙にそのまま言った。
「二股、三股ってーー 」美沙は笑い、
「コンセントじゃあるまいし」と続けた。
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