タグ・アンソロジー ~異世界恋愛の人気タグを元にした、ひとひねり短編集~

卯崎瑛珠

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タグ4 限界オタクな悪役令嬢の、暴走 <後編>

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「ディアンドラ嬢には、魔力暴走の痕跡がありました。投獄も確認が取れましたし、脱獄のためにかなりの無茶をしたのでしょう」
「……なんと痛々しいことだ……」
「腕輪は、どうされますか?」
「俺の責任でしないと判断する。あれは魔力を制限してしまうからな。もし協力を得られるなら、その方が良い」
「かしこまりました」


 夢心地で、頭上の会話を聞いていた。

 
 なんという幸せなのだろう。私の推しが生きて目の前にいるだけでもすごいのに、私を認識してくれている。

「ディアンドラ嬢? 目が覚めたか?」

 しかも起き抜けに覗き込んでいるだなんて、もう今すぐ死んでも良いっ! けど、魔法皇国を救ってからね! である。

「はうっ! はいいぃぃ」
「無理に起きなくても良いぞ」

 体を起こそうとしたのを、優しく止められて昇天しそうになった。少しでも気を抜いたら、危ない。召されてしまう。
 
「あの……こ、ここは」
「国境近くにある、魔石研究施設のうちのひとつだ。宿泊用の部屋もあるから、連れてきた」
「それは、申し訳ございませんでした……」
「いや。体調は大丈夫か? 魔力暴走の痕跡があったそうだ」
「あ」


 完全にやりすぎた感は否めない。


「あの、初めて魔力を使いましたの。必死でしたから……わたくし、脱獄しております。かくまったとあらば、殿下へ多大なるご迷惑が」
「いや、そなたの名前は聞いておらん」

 しれっとバチスト様が言う。

「で、なんと呼べばよい?」
「ででででは、ディアと」
「ディア」
「っひゃい」

 恥ずかしくて、顔の半分以上をシーツで隠したまま、返事をする。愛称で呼ばれた。愛称で呼ばれた。愛称で呼ばれたああああああ。

「起きたばかりで済まないが、事態は一刻を争う。そちらの状況を聞かせてくれるか」

 気づけば皇太子の背後には、魔法使いや騎士と思われる装備をした人間が何人も立っている。

「はい。ですがその前に」
「なんだ?」
「殿方の前に出られるような服へ、お着替えを……させてくださいませ」

 治療のためか、ボロボロのドレスやコルセットは脱がされており、中に着ていたアンダードレスは――ぶっちゃけ透ける。
 
「! ごほん、すまない」
「いえいえ! お見苦しいので!」
「……とはいえ、ここには女性の服がない」
「男性用で構いません」

 バチスト様が手を上げると、侍従の一人がシャツとベスト、それからトラウザーズとブーツを持ってきてくれた。
 全員がいったん退室したので、早速着替えるとやはり大きい。腕まくりをして、トラウザーズの腰ひもを限界まで引き絞る。ブーツも大きいので、アンダードレスのすそをちぎってつま先に詰めた。ブラジャーがないので、ベストの存在はありがたかった。ディアンドラの胸の大きさが普通といっても、色々はばかられるから。
 
「よし、こんなもんか!」

 長い赤髪を後ろの高い位置で結んでから、部屋の扉を開けると、意外にもバチスト様は廊下の壁に背を預けて待ってくれていた。

「えっ、待っていてくださったのですか!」
「気にするな、護衛がてらだ」
「恐れ多いことです」

 部屋に戻りながら、バチスト様が私を見てふっと笑った。
 
「あの……やっぱり変ですか?」
「いや、大丈夫だ」
「ほんとですか!? 嬉しいです!」

 目尻が下がった推しもまた、よし!
 
「殿下、笑って……!?」
「おぉ……笑ってらっしゃる……」

 後ろのざわめきは、聞かなかったことにしよう、そうしよう。

 
 
 ◇



 私の証言でもって、魔法皇国は正式に鉱山への調査立ち入りを申し入れたが、当然拒否。逆に全面戦争も辞さない構えを見せられ、魔法皇国は足踏みをしていた。本国の皇帝陛下も、これには対応を慎重にせよと言うしかできない。

 施設内の会議室では、連日協議するものの、無駄に時を消費するばかりだった。

「このままでは、地竜が暴れて多数の犠牲者が出る……だが戦争となるともっと犠牲者が増えるだろう」

 バチスト様をもってすれば、武力や魔力で制圧することはできる。
 けれども、そこに住んでいる人々の命をいたずらに奪うことはできない、と苦悩する姿がセクシーだし色っぽいしハアハア、ハアハア!

「ディア? どうしたのだ」
「ごほごほ……ゴティエを保護いただきありがたく存じます。父から、殿下へお言伝ことづてがございます」
「言伝? なんだ」
「あの鉱山の元々の所有者はゴティエ侯爵家。そして、我が家の一部の者しか知らぬ、入山可能な隠しルートがございます」
「!!」
「ですが無闇に広めるものではございません。殿下おひとりであれば、わたくしがご案内を」
 
 これは、原作にもあった話だ。
 ただしディアンドラがそれをバチスト様に教えるのは、もっと後。戦争で大多数の命が失われてから、致し方なく、である。
 なぜなら、ふたりの信頼関係はまだ構築されていなかったからだ。でも今の私は違う! 全面的にバチスト様推しなので。持っている情報は全て! 惜しみなく捧げるのだっ!!
 
「おおっ」
「なんという!」
「争いなく辿り着ければ、あるいは間に合うやも」
「……落ち着け」

 色めき立つ部下たちを押さえ、バチスト様は私に問う。
 
「ディアがそこまで俺を信頼する理由はなんだ?」
「え? えっと」

 確かに超機密情報をいきなり渡すと言われたら、疑うのも無理はない。

 信頼する理由を言えといわれても、推しだから? 大好きだから? そんなの、初対面の私が言っても信じてはくれないだろう。
 でも、私がバチスト様を好きな理由は、前世も今も変わらない――彼の正義感と優しさだ。

「殿下が、どちらの国に属していようが関係なく、『犠牲者』と仰ったからです」
「っ!」

 目を見開くバチスト様をテーブル越しにまっすぐ見つめると、私の胸は高鳴り頬は熱くなる。
 
「命の価値を等しく想える殿下であればこそ、平和をもたらす最後のつるぎとなる。わたくしは、そう信じました」
 
 ばっ! とマントをひるがえして椅子から立ち上がったバチスト様が、私の横までツカツカとやってくると、突然ひざまずいた。

「殿下!?」
「ディア。なんと誇り高く慈悲深い女性だろう。貴女のその信頼に、全力で応えることを誓う」

 それから手の甲に口づけをされたので(フリじゃなくて! くくく唇が! じじ直にっ)、とてもじゃないけれど受け止めきれず――
 
「はにゃぁ」
「ディア!?」

 ふらぁと椅子から転げ落ちそうになったのを抱きとめられて(がっしりとした腕ぇ)、さらにキャパオーバーになり気絶した。

 以降、『バチスト様の魔力は強力すぎて、手の甲へのキスですら失神するらしい』というまことしやかな噂が流れてしまったのは、大変申し訳ございませんでした。


 
 ◇



「おいディア……」
「はいいぃ」
「大丈夫か?」

 馬に乗れない私を前に乗せようとしたバチスト様だったが「だめです気絶します」と断固拒絶をして(だって常に抱きしめられるようなものだよ、鼻血で貧血どころか失血死しちゃう)、後ろからマントを掴む形で乗せてもらっている。
 背中の私を心配して、こうして度々振り返って聞いてくれる優しさに、萌えが襲って来て意識が遠のきそうになる。
 
「大丈夫です!」
「もうすぐだ」
「はいっ」

 ほぼ休まず走り続けて、王国の索敵や監視の目を幻惑魔法でかいくぐり、鉱山のふもとに着いたのは二日後だった。
 その間、私は回復魔法でバチスト様を癒し続け「わが国でも滅多にいない魔力量だ」と感心された。

 見張りや巡回を警戒し、鉱山入り口からだいぶ遠い場所で下馬をした私たちは、軽食を取ることにした。

「ふう。ディアが俺のところに来てくれてよかった」
「へ?」
「敵になっていたらと思うと、恐ろしい」
「バチスト様の敵に!? 絶対なりませんから!」
「……俺のことは、恐ろしくないのか?」
「全然」

 言い切ってから、水筒をあおる。ふう、と息を吐く。
 
「お優しいです。誰よりも」

 剣の腕も魔力も、国のためなればこそと懸命に鍛えてきた。
 そしてそれが原因で恐れられ、自ら孤独でいることを選ぶ、この人ほど優しい人はいない。
 
「だから、大好きなんです!」
「っ」

 グバギャッと派手な音がして、バチスト様が持っていた木の水筒が、手の中で割れていた。粉々だ。
 結構丈夫な水筒のはずなのに。

「えっ!? ええっ!?」
「あー……」
「えっと、わたくしので良ければどうぞ?」
「っいや、いい。ふー……」
 
 目をぎゅっと閉じて瞑想のようなものをしてから、バチスト様は目を開けた。
 
「ディア、これが終わったら」
「はい」


 ドン! グラグラグラ……ゴゴゴゴ……


 突然地震のような大きな揺れが襲って来て、私たちの会話は中断されてしまった。
 
「えっ!?」
「地竜の怒りだ……! 急がねば」
「バチスト様、わたくしの後をっ」
「ああ。振り返るな。必ずついていく」
「はいっ」

 身体強化の魔法を唱えると、ふたりの体が白いぼんやりとした光に包まれた。

「いきます!」

 返事を待たず、走り出した。起きた地竜は、大地の全てを破壊するまで止まらない。
 怒りを鎮めなければ、この王国のたくさんの人々が死んでしまう。

 
 私は、バチスト様がついてきてくれることを信じて、振り返らずに全力で走った。
 
 
 鉱山の隠しルートは複雑で、暗い。
 身体強化魔法がなければ、真っ暗闇の中でお互いが見えないだろう。足元も、砂利や石ころが転がっていて、油断をすると転ぶ。
 途中からは斜めに下りていく洞窟の中を、転がり落ちるように走った。
 曲がりくねって、落ちて、またグネグネと行く。

 岩肌に跳ね返る足音と砂利が跳ねる音、それから自分の呼吸音を聞きながら、無言で走っていく。


 やがて、ぼんやりと黄色く光る大きな穴ぐらが見えてきた。

「きたっ! 地竜の! 住処っ!」

 ぜえはあと息を切らせて、ようやく振り返る背後で、バチスト様が顔をくしゃりとさせて笑った。

「ふはっ。ハア、ハア。この、俺が、追いかける、のに。ハア、ハア。精いっぱいだ、ったぞ!」


 息切れすらもセクシーってどういうことですかああああああ尊いいいいいいいいいいいいいいいい!!

 
「? せくしー? てなんだ?」
「げ! (無意識に叫んじゃってた!?)えっとあのその、行きましょう!」
「……後で聞くのを楽しみにしとこう」

 ぱちん、といたずらっぽくウインクされました。
 え? なに鉱山の奥底って天国? 天国だった? ファンサすごすぎない? あああ拝みたい!

「行くぞディア」
「はあああああいいいいいいい」

 一生ついていきます!

「一生か。ははは」


 ――また叫んでたっぽい。大変申し訳ございません。

 
 さて、原作を読み込んでいた私は、バチスト様の後悔として語られていた『この問題を無傷で解決する方法』を覚えていた。
 
 鉱山をみだりに掘り続け、資源をおろそかにする人間に怒りを覚えた地竜を、魔法皇国内にある別の山へと招くのだ。元々魔石の豊富な土壌であり、特に国境近くの魔石研究施設は自然が豊富で、人間も少ない。地竜のような強い魔法生物が住むことに、なんの問題もなかったのに、と。

 もちろんこの世界のバチスト様も、それができれば是非と頷いてくれていた。

 地竜の住処へ足を踏み入れた私たちは、平身低頭、心からの言葉でもって会話を試みる。
 
「地竜様。どうかお怒りをお納めください。我らの土地へおいでください」
「心から歓迎したく存じます」

 敵意のないことを示し、対話を試みた私たちに、地竜は怒りを納め頷いてくれた。基本的には土地の守護を行う生物なので、人間には優しいのだ。それを怒らせたのだからよっぽど、である。
 
『そなたらの曇りなき魔力、しかと見た。その敬意と誠意に、応えよう』
「感謝いたします」
「ありがたく存じます、地竜様!」

 ばさりと大きな翼をはためかせ、巨体とは思えないほど軽やかに飛び立った地竜は、住処のはるか上空に広がっていた穴から外へと出て、あっという間に魔法皇国の方向へ飛び去っていく。
 
「はあ、よかった」

 力の抜ける私を、バチスト様は厳しい顔をして見つめる。

「ゆっくりしている暇はない。鉱山が崩壊する。脱出しなければ」
 
 主を失った今、この地に溜まっていた資源も失い、ガラガラと崩れ去っていく。

「ああああどどどうしましょう」
「……そうか、出口は上にしかないのか」
 
 ふたりで穴を見上げる。竜が出られるというのにだいぶ小さい。ということは、だいぶ高い。
 
「出ること、考えてなかったぁああああああぁあああ」
「なるほど」
「ああああごめんなさい、ごべんださいいいいいいい」

 私は! あほか!

「ふは、ディアは表情がコロコロ変わる」

 笑顔のバチスト様は、眩しい。
 そんな彼の背後には、上から次々落ちてくる石つぶて。どんどん振ってくる小さいものが、いくらも経たないうちに大きくなってきた。
 
「バチスト様ああああ」
「なんだ?」
「だいしゅきいいいいいい」

 えぐ、えぐ、ずびしゅ。
 もう死ぬなら言ってもいいよね、である。

「可愛いな、ディア。一生側にいてくれるか?」
「いましゅうううううう」

 するとバチスト様は私を抱き寄せ、おでことおでこをくっつけるようにしてから両眼を閉じ――静かに言った。

運命を、超える出会いオーバー・デスティニーに」
 
 途端に、私たちを守るかのように、紫の光が包んでいく。

「え!? あ、あ、あ」

 私の脳内に、かつて読んだストーリーが鮮明に蘇る。
 間違いない、間違えるわけがない。どんな困難も乗り越える、『究極魔法の覚醒』イベントだ。

 ふわりと浮いた体を、さらにぎゅっと抱き寄せられた。
 それから、空に向かってビュンと飛ぶ。あっという間に穴から抜け出て、眼下に森を眺めながら、魔法皇国へと向かっている。
 
 私は問題が解決したことよりも、助かったことよりも。

「オバデ……」

 ふたりの思いが通じ合った時に現れる、奇跡の魔法を見たことに感動していた。
 
「さて、ディア。聞かせてもらおうか」

 夕暮れの赤い光に照らされるバチスト様は、やがて私を横抱きにしながら地上に降り立った。
 美しくてかっこよくて、とてもじゃないが直視できない。

「あの……?」
「せくしーとは、なんだ?」


 ひええええええええええ!

 
「説明なんて! できません!」
「なぜだ。ああ、悪いことだとしても俺は怒らない」
「悪いんじゃなくて、罪なんですぅ~~~!」
「! それは由々しき問題だな。一体なんの罪だ?」

 バチスト様の腕の中から降りた私は、即座に身体強化をした。

「ディア?」
「言えませーーーーーーーーーーんんんんんん!」


 ばびゅーんと走り去る私の後ろを、豪快に笑いながらバチスト様が追いかけてくる。
 

「っははははは! 速いな、ディア!」
 

 逃げるのに必死すぎて、『究極魔法が発動』した、つまりは? という事実に気づいたのは、ずっとずっと後のことだった。



 ――大変、申し訳ございませんでした。
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