【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈204〉終末の獣10

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※とてもとても、残酷な表現があります。



-----------------------------

 

「ククク、なかなか心地良いな、絶望の味は」

 バキバキバキバキ。


 ヴリトラを握り壊しながら、ゲルルフが、にやにやと出てきたのだった……

 右肩から先を失ったヒューゴーが、どさりと地面に倒れる。
 びくびくと、体が波打っている。ショック状態だ。

「っ、ジョエル! はよ連れてこいやっ!」
「は!」

 ナジャの叫び声で、ジョエルが放心状態からようやくハッとした。
 急いで抱きかかえるが、
「無駄だ。即死だぞ? クックック」
 ゲルルフの言に心が折れかけている。立ち上がれない。
 
「うそ、うそだ……」
 テオが、ナジャの隣でぶるぶると震えている。
「信じない! 信じない!」
 ダッと走り出した。
「テオ!」
「あかん!」

 レオナとナジャの制止を振り切り、テオは全速力でヒューゴーの体をジョエルから奪い取るようにして抱き、また戻ろうと振り返る。
「クハハハ、死ね、ちびっこ」
 ゲルルフが指を差すと、その背中から黒く太い針が、体を串刺しにした。
「が、ふ……」
「いやああああああああああああ!」
 
 だがテオは、歩みを止めず、全速力で戻ってきた。

「レオナ……さん……なおし……」
「あああああああああああああああ」

 レオナの絶望が、身から溢れ出る。

「アハアー! うまいなあ! 最高だなあ!」

 それに呼応するかのように、ゲルルフがさらに力を増していく。

「ぐ、くそ……」
 ゲルルフの間近にいるルスラーン、ジョエル、ラザールは、闇の威嚇で行動を縛られ、立て直すことができない。

「今度はそうだなあ、お前だなあ」
「いや! やめてええええ!」
「ゴハ」
 ラザールが、串刺しになった。
「次はあ、お前ぇ」
「ギャッ」
 じゅわあ、と肩から上を焼かれる、ジョエル。
 ふたりとも、無残に倒れた。
 
「……そう来たか……」
 ナジャは一人、唇を噛み締める。
 薔薇魔女の闇堕ち。リヴァイアサンは、それを誘っている。
「どないせえっちゅうねん。こんなん、絶望やんか……」
 隣で泣き叫ぶレオナに掛ける言葉が、思いつかない。

「最後はぁ、くくく、なーにが英雄の息子だ……いい気になりおって……」
「く、そ……」
「ハハハハハ! その首を、ヴァジームに届けてやろう!」
 ゲルルフが、長い爪を振りかざした。レオナはもう狂気の一歩手前だ。叫んでイヤイヤと首を振るしかできない。

「……ええ加減にせえ」
 
 その時、冷たく鳴り響いたのは。

「この、駄々っ子が」
 いつの間にかジズが、三人を抱えて飛びながら、上空で羽ばたいていた。
「全部、見せろ」
「あ? やめ、やめろ」
「その脆弱な心、さらけ出せ」
「やめろおおおおおおおお!」

 ばさり、ばさり、と羽であおられると、ゲルルフは悶絶した。
 突然頭を抱えて苦しみだす。
「見るな! 見るなああああああ!」
 顔の周りに、黒い霧があふれ出す。

 ジズはそれを見下ろしてから、そのままナジャとレオナのそばまで飛んで来ると、ヒルバーアに戻った。

「間に合わんくてすまん……最強の精神汚染、かましたった。けど、最後の力、使い切ってもうた……なんとかこれで、こらえてくれ……」

 三人を下ろしてナジャの肩をぽん、と叩くと、地面に倒れこみ、そのまま目を閉じた。――気絶している。
 
「レーちゃん」
「いや、いやよ」

 ナジャが優しく呼ぶが、届かない。
 唯一無事だったルスラーンが、ばっと立ち上がった。
 
「……レオナ!」
「うああああ! いやあ! みんな、みんなが!」
「俺の目を見ろ!」
 ルスラーンが、レオナの肩を掴んで強引に引き寄せる。
「いやああああ!! 死んじゃった! 死んじゃったよおおおおお!!」
「レオナァッ! 戻ってこい! まだだ! まだやらねえとっ」

 だがレオナの深紅の瞳は、焦点が合わない。半分黒ずんでいる。

「戻ってこい! 頼む――くそっ、愛しているんだ!」
「……!?」
「レオナ。聞いてくれ。俺はレオナを愛している! 頼む。一緒に生きたいんだ」
「愛? 生き、る……」
「レオナ。そうだ! 俺と一緒に生きて欲しい」
「ル……ス……?」
「そうだ、ルスラーンだ。レオナ。愛している。この世界の誰よりも」
「う、うそ! うそよっ! ……わた、し……わたし……こんな、おそろしい……!」
「誰よりも、愛していると言っただろう?」

 ぎゅう、と抱きしめる。

「レオナがいいんだ」

 耳元で、心から告げる。

「俺は、ずっとレオナだから、大好きなんだ」
 また離れて、目を覗きこんで、微笑む。
「大好きだ。何もかも含めて、全部愛している。何回でも言う。愛している」
「ああ……ルス……」
「まだ足りないか?」
「……いいえ」

 深紅の瞳が、瞬いた。
 涙で濡れて、まるで朝露の中で咲きたての、美しい薔薇のような――

「わたしも……わたしも――愛しているわ!」


 ぶわ、と大きな光がレオナを包んだ。


「ぐ」
 眩しさにルスラーンが思わず目をつぶると、
「戦いが終わったら、ちゃんと言い直してね?」
 いたずらっぽく、耳元で言われた。その後で。

「すべてを! いやせ!」

 凛としたレオナの声が鳴り響く。

 レオナを中心とした、巨大で力強い光の波動が、円状に広がっていった。

 ドン! とレオナの頭上に光の円柱ができ、暗雲を突き刺したかと思うと、どんどん青空が見えていく。

「光――や」

 いつぶりなのだろう?
 ほんの一日の出来事のはずが、そう思わせた。

「ギャアアアアア! やめろ! 照らすな!」

 ゲルルフの肌が光に当たると、焼けただれる。じゅわ、と音がして、のたうち回る。

 ヒューゴー、テオ。
 ラザール、ジョエル。
 元の姿に戻って、ナジャの足元でスヤスヤと眠っている。
 
「みんな無事や。治っとる……失くした腕まで……まさに奇跡やな……」
「レオナ。ありがとう。――いってくる」
「ええ。ルス。貴方にイゾラの加護のあらんことを」


 七色の光が、ルスラーンを包んだ。


「……ニーズヘッグ」
 七色の竜騎士が、すらりと漆黒のクレイモアを構える。

「寄るな! 見るな! やめろおおおおお!」

 

 ※ ※ ※

 

「はあ、せめて見目さえよければなぁ……」
「あなた、言っても始まりませんよ……」
 
 
 ――おまえらが、こう産んだんだろうが!
 
 
「うわ、きもちわるい。目が合っちゃったわ」
「逃げましょう。こわいわ」


 ――見ただけだろう! 誰も襲おうとなんてしていない!


「うちはもうダメだ。商売もうまくいかないし」
「ごめんね。田舎で細々、畑でも耕すわ」


 ――俺はどうなるんだ! くそ、こうなったら体格を生かして騎士団に行くしかない……


「ごーりらー」
「よっわ!」
「さっさとやめれば?」
 

 ――やめても行く場所がないのだ。耐える。耐えるぞ。絶対にこいつらを見返してやる……


「英雄にしっぽ振ってるるだけじゃねえか」
「あいつが副団長だなんて、終わりだな」


 ――実力だ! 何が悪い!


「スタンピードのおかげで団長になったくせに」
「いやあの、過去のことはさ、ほら、水に流してさ」
「クビにだけはしないでくれ! 田舎の家族が!」


 ――ふはははは! 媚びへつらうがよい! だが、退団だ! ばかものども!

 
「げはは、団長~さすがっすね~」
「団長強い!」
「団長かっこいいすねー!」


 ――ほめろ! ほめろ!


「だ、だいじょうぶですよ、騎士団長なら女だって、寄ってきますって」
「どっかりしときゃいいんすよー」
「あー。娼館なら? ほら、えっと手軽っすよ?」

 
 ――くそう、なぜだ! 身分さえあれば良いのではないのか!


「ドラゴンスレイヤーでもないのに、いつまで団長なんだろ」
「ジョエル様が団長ならなあ」
「あれが団長って、恥ずかしいよな」


 ――どいつも、こいつも……殺す! 皆殺しにしてくれる!

 

 ※ ※ ※ 


 
「少なくとも親父は、あんたのこと、認めてた」

 ルスラーンは、静かに構えて言う。
 太陽光を浴びて、黒い皮膚がぐしゃぐしゃに爛れてきたゲルルフは、地団駄じだんだを踏んでいる。
 仕草だけを見れば、ただ駄々をこねる子供のように思える。

「ゲルルフなら、実力もあるし、下の人間たちとうまくやるだろうって思ったって。真面目に修行してただろう?」
「嘘おぉ、つくなあああああああ!」

 とびかかってきた爪を、剣で防ぎ、ルスラーンは凄んで言う。
 
「嘘じゃねえ!」
「ぐるああああ! 俺は! どうせ嫌われ者だ!」
「そうか。なら、好かれる努力は? 嫌われても、誇れるものはあったか? 愛する人は?」

 脳裏に浮かぶのは――人形のような、冷たい目をした令嬢。
 彼女も自分と同じように、自分を殺していると思ったから、手に入れたかった。
 だが愛する? 愛ってなんだ?

「欲して、殴ってばかりじゃ、誰も近寄れねえよ!」
「うるさい! 拒絶したのは、おまえらだ!」
「てめえもだよ!」
 
 ぎりぎりと、ルスラーンをその大剣を押し込めていく。
 ゲルルフが、初めて後ずさりをした。

「気に食わないやつらなんてなあ、誰にでもいるんだよ! けどなあ、それでも譲れないもん、愛する人、大事に抱えて生きるのが人間だろうが!」

 ルスラーンの闘気が膨れ上がる。
 ニーズヘッグの真骨頂しんこっちょうだ。ゲルルフが、じりじりと押されていく。
 
「ぐ」
「勝手に全員悪者にすんな! 滅ぼしたら終わりじゃねえだろ!」
「うるさい! 殺す!」
「……馬鹿野郎がっ」

 ルスラーンは、剣を振り切って再び間合いを取る。ぼろり、とゲルルフの爪が落ちた。

「殺せば、満足なのかよ! その後何もない世界で、ひとりで! 生きていくのか!」
「うるさい! おまえに何がわかる!」
「わかんねえから、聞いてんじゃねえか!」

 ゴン、バキ、ゴキャッ!

 言葉と同様、激しい戦いが繰り広げられている。
 鈍い戦闘音が、こだまする。
 レオナとナジャはただ祈るように、二人を見ている。

「何をして欲しかったんだよ! 本音は!」
 ルスラーンが、叫びながら剣を大きく振り下ろした。
 ズガン! と剣先が土に埋まる。
 ぱきい、とゲルルフの額が、割れる。
「!」


 ――サビ……シイ……


 何かが、漏れ出た。
 

 ――ああ、そうだ……ただ……認めてほしかった……


「ふは、ふははは。なんとくだらん……くだらんな……そうか……だが、認めたくはない……」
 
 ゲルルフは、グオン、と魔力を膨らませた。

「あかん!」
「ルスッ」

 爆発した魔力が、ルスラーンを巻き込んだ。咄嗟に腕で顔を覆ったのは見えたが、無事かどうか、ここからは定かではない。
 黒く大きな炎が燃え上がり、竜巻状になって空を貫いている。
 おそらくゲルルフとルスラーンは、その中心にいる。
 
 ナジャは目を見開いた。
 その黒い炎は、リヴァイアサンが吸い上げた命たちの、怨念の声が渦巻いているものだと分かったからだ。
 
「……ちい、最後に余計な仕事残しよってからに……」
 
 えっこらしょ、とナジャは立ち上がった。
 
「ナジャ君?」
「あんなん、冥界へ帰ってもらうしかないねん。急やけどお別れや、レーちゃん」
「ナジャ君、いやよ」
「ま、死んだ後か生きてるうちかの違いしかないやん? ちょっと早まっただけやって」
「いや。いや」
「黒ポンコツと、レーちゃん賭けた勝負できへんのが、残念やなあ」
「いや! いや! いやよ!」
 
 ぎゅう、とレオナがナジャに抱き着く。

「わいもな、レーちゃんのこと愛してるんやで」
「うん。うん! だから、ずっとそばにいて!」
「……おるよ。心の近くに、ずっとおる」
「いやよ、離れたくない!」

 ふ、との体から力が抜けた。

「あ!? ナジャ!? まてや! 逝くな! わいも!」


 ――あほやなあ。幸せになれって、言うたやろ。
 十分楽しかったで。おおきにリンジー。残りの人生、その子についてあげーや。な。


「まてえ! ナジャ!」
 
 
 ――ほんま優しいやっちゃなあ。ゼブブがな、還ってええて言うとるから、安心しい。せやから……そのうちまた会おな!


「還るて……うそやろ……」
 すっとから抜け出た何かが、黒炎の竜巻に向かって飛んでいく。
 
「ぐす、いいよ、だって」
 リンジーに抱き着いたまま、レオナが泣きながら告げた。
「ゼブブが、もういいよって。たま休めもいらないから、還ればいいよって」

 リンジーは、開かない右目からも温かい涙が流れてきたのを感じた。
 
「ほっか……ほなら、最後の仕上げだけ、一緒にしよか。レーちゃん」
「うん!」

 二人並んで、手をつないだ。
 すう、と息を大きく吸うと、リンジーが唱える。

「闇よ。我が真名を受け取れ。ナーガ・リンジー」

 この時のためにずっと施してきていた名封じが、今、かれた。
 レオナは、ただただ、祈る。
 
「どうか、安らかに」

 リンジーから溢れる魔力は、闇。だがどこか優しい。
 柔らかく包み込むような、夜の静寂。母の胎内のように、安心する、暗さ。
 
「輪廻へ還れ。孵れ。帰れ」

 それがリンジーとレオナの身体を取り巻いたかと思うと、竜巻の方へ向かっていった。
 
「「オーム」」」
 
 パア、と竜巻の中心に光が現れたかと思うと、天空に向かって一筋の軌跡を描いて、駆け抜けていく。
 彷徨える魂たちを引き連れていくかのように。
 そして黒炎が、かき消えていく。――ルスラーンが、だらりと首をもたげたまま、宙に浮いているのだけが残った。
 
 どさり。

 やがて、その身体は無重力を失って、落ちてきた。

「ルスッ!」
 
 叫んで飛び出そうとするレオナ。だがリンジーは、握っている手を離さずに止めた。

「待て、レーちゃん」
「行かせて、リンジー! お願い!」

 リンジーは、躊躇したが、周りを見回すと……静かだ。
 驚くほど音がない。

「……気を付けるんやで」
「ええ!」

 リンジーにはもう、歩けるほどの気力がない。
 どしゃり、と膝を地に突いた。
 自身の影が、大きく伸びていく。
 
「夕方――夕焼け、か」
 
 赤い太陽が、首筋を焼く。リンジーは、疲労感で立てなくなり、スヤスヤと寝ている全員の寝顔を眺めながら――自身も壁にもたれて、やがて目を閉じた。
 
 
「ルス! ルス!」
 レオナは、ルスラーンの肩を揺すって声を掛ける。
 ぴったりと閉じられているその瞼は、ぴくりともしない。
「嘘よ……やめて……いやよ……」
 騎士服の胸元をつかんで、ぐらぐらと揺すってみる。
「起きて……ルス……」
 
 ルスラーンの頬に、触れてみる。冷たい。
 肌が、硬い。
 動かない。

「ねえ、起きて? 一緒に生きよう? 私の夢、叶えてよ。どうか、私のもとに帰ってきて……」

 固い胸元に覆いかぶさって、顔はルスラーンの方に向ける。

「ね。笑って? また一緒に本を読みましょう? おいしい紅茶を飲むの。それから、たくさん焼き菓子を焼くわ。そうだ、イチゴもね」

 胸の音が、しない。上下も、しない。

「ねえ。ねえ。ちゃんと、言い直してって言ったじゃない……ちゃんと、聞かせてよ……」

 レオナの両眼から涙があふれる。
 ――温かい雫が、ルスラーンの騎士服を濡らす。


 と。

 何かが光った気がした。

 ルスラーンの懐に、何か固いものが入っている。
 レオナは身を起こして、手で触れて、取り出してみる。

「あ……これ……」

 レオナが渡した、復興祭交流試合優勝記念の贈り物。願いを込めて刺繍をした、黒い布巻きのナイフケースだ。

「持っててくれてたのね……うれしい……」

 優しく手で撫でる。
 すると、ダイモンの家紋が光を放った。
 その光は、小さな光の玉となって浮き上がり、ルスラーンの胸に吸い込まれていく。

 ぴくり、と体が動いて。
 ゆっくりと瞼が開いて。
 少しだけ上体を持ち上げたルスラーンは。

「ぐ、は。あー? え? おはよ?」

 優しい紫の瞳で、笑った。
 


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お読み頂き、ありがとうございました。
多分あと二話で完結します。
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