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第四章 別離?? 決意!? 溺愛!!

58 悪童の後始末(レナートside)

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※非常に残酷な表現があります。
 苦手な方は、ご注意ください。


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 さらに丸二日、俺とキーラはルイスの薦めもあって(残念ながら色々中止になりましたしね、と)、休暇を取ったのだが。
 メイドのアメリから話を聞いたと、ロザンナ、メリンダ姉妹が見舞いに来たのには驚いた。

「キーラが、退屈してるんじゃないかと思ってね!」
 とロザンナは焼き菓子を大量に作って持ってきたし
「ほら、このお茶飲んでさっさと治しなっ」
 メリンダは良い香りのするお茶を淹れてくれた。
 親切な人たちだな、と思う。

 力強く肩や背中をバシバシ叩かれる俺は、もうすっかり元気なのだが、素直に頷いておいた。
 ダイニングテーブルでお茶を囲み、笑い、おしゃべりを楽しむキーラ。なじんでいる様子にホッとする。

「あー! ずるい! 僕も飲む」

 一度騎士団本部に行き、戻ってきたロランが勝手にテーブルに座ると、キーラがすぐにキッチンへ食器を取りに立つ。
 想像もしていなかった日常が、ここにある。
 
 
 ――振り返れば、いつも、ひとりだった……

 
「レナート? 傷、痛む?」
 ロランが、顔を覗きこんでくる。翠がかった碧眼が、ダイニングに射し込む柔らかな光の中できらめいて、綺麗だと思った。
「ああすまん。少しな。大丈夫だ」
 潤んだ瞳を誤魔化すのは、昔から得意だ。
 
 
 ――この幸せを壊さないためにも、決着をつけよう。
 

「ロラン、明日から復帰する」
「無理しなくてもいいんだよ」
「いや、動かないとなまりそうだ。見ろ、この甘やかされよう」
「確かに!」

 ロランと話していると、
「団長さんも笑うのねえ」
「笑えばいい男じゃないか」
 などと姉妹にからかわれた。
「え? なになに?」

 戻ってきたキーラが、慣れた手つきでロランにお茶を淹れる。
 ――そういえば、割れてしまったカップを買いそびれている。

「団長さんがいい男だって話だよ」
「! へへへ~」
「なんでキーラがいい気になるのさ?」
「む! 銀狐め! お茶あげないよ」
「ひっど! ちょっとレナート、なんとか言ってよ!」

 
 楽しい、などと。
 感じる自分に――未だ慣れない。

 

 ◇ ◇ ◇


 
 騎士団本部の地下牢。
 そこに、ボイドが収監されている。
 
 見張りに立つのは主に一番隊だ。二番隊の騎士団員たちは、ほとんどが騎士団を辞めてしまった。
 キーラの名簿でも、退団勧告対象はほぼ二番隊だったのだから、支障はない。王太子直轄領となった今、不足人員はアルソスから派遣されるだろう。
 
 暗い石階段を、蝋燭を持って先頭に立つのはロラン。
 続いて、ヨナターンと自分とボジェク、オリヴェルとヤンだ。

「ルイスは遠慮させました」
 と言うと
「その方がいい」
 ヨナターンの即答。

 帝国の海軍大将というからには、数万人の部下を抱えているはずだ。
 それでも、関わったひとりひとりへの思い入れがあることに驚く。
 
「いちいち覚えててもキリがねえ、って言うやつもいるけどよ」
「……はい」
 
 考えを見透かされていることにも、驚く。
 
「俺はできるだけ、ちゃんと関わりてえの」
「んだからうちの大将は、いつまでたっても独身よ~。女より軍の方が大事なんでしょってねえ~」
 
 ボジェクが、ガハハハと笑う。
 そんな少将には三人の子がいるそうだ。全員男で、家に帰ると倒されるぐらいに、元気でやんちゃなのだとか。
 
「へえ~なるほど。良いように言うね」
「おいロラン。違う理由は言うなよ?」
「一晩で十分てやつ?」
「うおい、こら!」
 
 やがて湿った空気に、鼻の曲がりそうな臭いが混じり、

「さあて。どんな面してっか拝むとするかねえ」

 海軍大将の軽口には、殺意が混じる。

 無言だったオリヴェルが懐から何かを出し、
「じっくりとどうぞ」
 付けると、途端に明るくなった――ネズミや虫が、慌てて壁の中や穴へと逃げる。
 さすが帝国の技術。小さいのに十分な明るさを発する魔道具だった。
 
 もぞもぞと、鉄格子の向こうで人影が動く。

「ボイド」
 呼びかける俺の声に、
「待ちくたびれたぜえ、団長」
 答えた。

 全員が、押し黙る。
 誰が何を言っても無視し続けていたボイドが、なぜか俺には反応した。一体何が狙いなのか。
 
「なあ、キーラっておっぱいでかいな! もう揉んだ? 柔らかかったなー。また揉ましてよ」
 
 ボイドは続けて、にたぁ、と笑いながら、手を空中で卑猥に動かす――反吐が出る。
 
「……質問にだけ答えろ」
「嫌だって言ったら?」
「貴様に選択肢はない」
「へえ」
「何が目的だったんだ」
「金」
「それだけか?」
「そ。つまんなかったんだよね~」

 ボイドが、がん! と鉄格子に身体をぶつけたかと思うと、格子の間から一生懸命顔を出そうとする。
 
「まーいにち、たーいくつでさー! くだんねーし、飽きてたの。仕方なしに部下たちと『赤か白か』で遊んでたら、それを見たクレイグが、悪知恵を色々持ってきてくれたってわけ」
「悪知恵?」
「そ。税より効率いいとかなんとか。俺が胴元になるんなら、分け前やるって言うから、それに乗っかったってだけさ。おもしれえぐらいに金が入ったね。バカがバカを嵌めてきゃいーんだから。芋づる式ってやつ?」

 実際、騙して勝って、敗者に自分の借金ごと背負わせるやり方がまかり通っていたらしい。借金から逃れるために勝負し続け、結果どんどん増えて身動きが取れなくなる図式だ。
 
「貴様は、騎士だろう!」
「っはあ? 親に言われてなったってだけだし」
 
 ――絶句。

「まともに考えたら、だめだよレナート」
 ロランが、静かに言う。
「……分かっている」

 行き場のない、地位のある若者たちを騎士団で収容するまではよかった。
 問題はその後だ。
 誰も教育や指導を行わなかった結果こうなったのか、と全身から力が抜けそうになる。

「甘ちゃんだねえ」
 
 やれやれ、とヨナターンがボイドに近づいた。
 
「ああ? あんだてめえ、部外者だろ」
「いや。人間として言ってるんだよ、ゴミクズ君」
「はあ!?」
「退屈だの、くだらないだの、飽きただのと。自分の生き様を他人に依存してんじゃねえよ」
「けっ。どうとでも言え」
「おう。ベラベラしゃべってくれてありがとよ。おまえが空っぽだってよーくわかった。今まさにおまえ、ゴミクズになった」
「あ?」
「ヤン」
「ういっす」
「こいつ、もういらね」 
「……っすね。あ、執行宣言だけおなしゃす。決まりっすから」
「あーそっか。めんどいなあ」
 
 オリヴェルがヨナターンの隣に進み出て、また別の魔道具を手に持ち、どこかを押すと『かちり』と音が鳴った。
 
「オリヴェル中尉であります。今より、執行宣言の記録をいたします」

 それを受け、うおっほん、とヨナターンが大きな咳ばらいをしてから、告げる。

「ブルザーク帝国海軍大将、ヨナターン・バザロフの名のもと、かの者を斬首刑に処す。罪状は、皇帝陛下の妹君、キーラ殿下への狼藉である」

 ボイドが目を見開き、動揺し始めた。
 
「うお、ちょ、な、まて、な、な!」

 今度はロランが、ボイドへ冷たく告げる。
 
「大したことなどしていないと団長に話せば、釈放されるって読みだった。そうだろう? セバーグ伯爵家の権力を使って、圧力をかけてきていたのは知っている。だけど、キーラはブルザーク帝国皇帝陛下の妹君だ。この国の圧力なんて無意味だし、そんなものに屈する団長じゃない」

 ヨナターンが、ロランの肩に気安く腕を乗せて、ボイドを見下した。

「そういうこった」
「……おい、まっ」

 次に、ヤンが笑顔で、何かをずるずると引きずってきたかと思うと、鍵を開けて牢の中へと入っていく。

「お待たせしました、二番隊隊長ボイド殿~! わざわざキーラ殿下への狼藉を自白頂き、ご苦労様でっす。てわけで~。ほいっ」

 どさり、と投げられたのは……大きな布にまかれた、なにか。
 ごろごろと転がされ、布がほどかれて出てきたのは。

「うわ、くっせえ! あ? なん、あ! アーチー!?」
「う、う、……」

 呻くのは、武器庫でキーラを襲った実行犯のアーチーだ。オリヴェルが身柄を確保し、ボイドの命令でルイスに手引きされて本部に侵入したと自白。さらに、ボイドの手の者が脱獄に協力し逃走したものの、腹が減ってろくに動けず王都へ舞い戻ったのだとか。
 それらの報告は、既に終わっている。つまり――

「じゃ。まずひとりめー」

 ヤンは、仰向けに寝転んでいたアーチーの肩に剣を躊躇いなく突き刺し、ぐいと上に力をいれて(串刺しの要領だ)上体を起こさせる。
「ぎゃ!」
 と鈍い悲鳴を上げながら起きたアーチーが、何事かと顔を上げたのを見計らい
「せいっ!」
 と、あっという間に剣を引き抜いたかと思えば、くるりと身体を回転させながら、すかさず横に振りぬき――ごろん。

 どさり、ぶしゃああああ、と、石の床に黒い大きな血だまりができていく。

「う、ぎゃ、うぎゃああああ! うげおえ、おええええええ!」

 飛び散った血まみれで、涙と嘔吐と糞尿にまみれた悪童が、汚い悲鳴を上げながら嫌々と顔を振るのを、レナートは
「せめて、命で償え」
 と突き放した。

「いや、いやだああああ!」
「ふったりめー。せいっ」

 一言の謝罪も、罪を償う言葉もなく――また一つ、ごろりと地に転がった。

 
「はあ。とりあえず、終わったな」
 ヨナターンが眉尻を下げて肩をぽん、と叩いてくれた。
「多大なる御協力に、感謝申し上げる」
 ブルザークの面々へ、ロランと並んで深く頭を下げる。

 
 兄に蔑まれていると勘違いをし、自尊心を取り戻そうと、間違った道へ走ってしまった国王。
 権力者の弱い心に付けこみ、私利私欲を満たそうとした、クレイグ。
 退屈と欲望を消費するだけだった、ボイド。


 虚しい結末だが、それでも良かった。


 皆の苦しみの根源を、断てたから。
 あとは、愛しい人の幸せを、願うばかりだから。
 


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 お読みいただき、ありがとうございました。
 帝国のみなさん、優しそうなフリして裏ではこうなんです。オンオフきっちり。
 そしてボジェク少将、
「俺、いらねんじゃね!? 出番が全然ねえのよ!」
 でした。ゴメンネ……
 
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