四竜皇国斎王記 〜火の章〜

卯崎瑛珠

文字の大きさ
26 / 28
四章 万世の炎、灯して

二十六話 想い、繋いで


「桜というのは、綺麗なものよなあ」
「はあ」
 清涼殿の修復を終えた、弥生の終わり。
 空見殿そらみどの簀子すのこ縁にゆるりと座る、ふたりの男がいる。
 太政大臣・有原ありはら徳正とくまさと、清平である。それぞれ、赤漆のさかずきを口に運び、酒を飲んでいる。
 右大臣は春姫のことが落ち着くまでしばらく休暇を取っており、竜宮内の政はふたりで担っていた。今日はそんな多忙の合間をぬっての、一休みだ。
 空見殿の一角には大きな桜が植えられていて、まだ枝の半分に満たないが、花開いている。
 見頃には少し早いが、太政大臣自ら花見をしようと誘ってきたので、さすがの清平も断れなかった。竜人を除けば最高権威である有原に、気安く関わろうとは思えない。幼い頃から知られているからか、時々親戚のような態度をされるのが鬱陶しい。
「諸々のこと、任せきりで、すまなかったなあ」
 まさに今、まるで伯父のような顔をされている。だから清平も、この場では大臣と思わないことに決めた。
「そんな心にもないことを、よく言えますね。わざとでしょう」
「バレてたか」
 いたずらっぽい顔をしてみせる徳正を疎ましげに見てから、清平は盃の中身を一気に飲み干し空にする。ぐいっと返す清平の手首の動きに合わせて、徳正は何度も酒を注いでやった。
「そら、分かりますよ。代替わりしたてで未婚、年も若い左大臣です。散々舐められっぱなしでしたからね」
 目の据わった清平は、歯に衣着せぬ勢いでまくしたてた。早くも酔っているのを見て、徳正は苦笑しながらまた酒を注いでやる。
「貴族というのはそういうものだから、仕方がない。だが、竜皇と三柱で支えるこの国の要職である御三家もまた、三本柱でなければならぬ」
 徳正の言うことは、とてつもなく重い。が、表情はゆるい。だから清平は、するりと受け止めることができる。
「はいはい。俺から柱が崩れると懸念した、ってことですよね。わかっていますとも」
「そう拗ねるな、清平」
「拗ねてません。石上は、昔から金に弱く膿が溜まりやすい。大江は清廉だが虚弱。有原は」
「豪快だが無責任。だろ? はっは」
「適当で、無頓着で、酒に強い」
「言うなあ! わっはっは!」
 ひとしきり笑った徳正は、なみなみと酒の入った盃を傾け、しみじみと言う。
「災厄の代は、風土水の三百年みほとせが作ったものなのになあ」
「火ノ竜様は、これから百年かけて、それらを祓っていくのですね」
「おう。祓うためには、血も流れる。悪しき名のみを背負う、苛烈な炎よな」
 清平は、床にトンッと盃を置き、徳正を睨んだ。完全に酔いが回り、首まで真っ赤に染まっている。
「ただひたすらにぃ、ひっく、おしゃさい支えしまする」
「うむ。それが我らの役目よ」
 呂律も怪しい清平に向かってにやりとしながら、徳正がまたしても酒の入った銚子ちょうしを掲げると、清平は吐きそうな顔をした。
「み、ず……」
「ははは! ははははは!」
 いよいよ床に寝だした清平を尻目に、徳正は一人で盃を傾け、桜を見上げた。
「すばらしい巫女様が見つかって、本当によかった……」

   ❖
 
「ちょっとお! そう、怒らないでよねえ!」
 修復の済んだ清涼殿の昼御座ひのおましに、風ノ竜・花嵐からんと、水ノ竜・慈雨じうが訪れていた。
 突如として始まった焔と花嵐の言い争いを、慈雨はちょこんとしとねの上に座った姿勢で、琴乃の淹れたお茶を飲みつつ聞き流している。
「うるせえ。おまえが手伝ってれば、さっさと終わったものを」
「アタシ、竜皇じゃないもん!」
「ああ? 最後だけ良いとこ取りしていっただろ。うぜえ」
「はああ⁉︎ アタシが吹き飛ばさなかったら、焼き切るの大変だったでしょ⁉︎」
「大変? 簡単だ。おまえごと焼き尽くしてやる」
「ひっど!」
 青空と、うぐいす
 暖かな春の、明るい陽の光が降り注ぐ、朝餉の後の時間。
 せっかく穏やかな気持ちで庭を眺めていたのに、と琴乃は大きな溜息を吐いた。
「だいたいさあ、焔! アンタがちゃんと琴に巫女のこと教えてやらないから、大変なことになったんでしょ!」
「余計な知識は、害になる」
「アタシの日記があったから、琴はちゃんと対応できたんでしょうに!」
「あの駄文がか。うだうだ天気だの歌だの、どうでもいいことしか書いてねえだろ」
「ちょ……勝手に読んだの⁉︎」
 琴乃は、今にも掴み掛かりそうなふたりをどう扱えばよいか分からず、戸惑うことしかできない。
 オロオロしている琴乃に慈雨は、事も無げに言う。
「ほっとけばいいよ。そのうち飽きるから」
 琴乃は、曖昧に頷くことしかできなかった。
「そう、ですか」
「それより、どう思ったの?」
「え?」
「焔に、愛してるって、言われたんでしょ?」
「あ、い……?」
 琴乃が首を傾げると、慈雨がバン! と勢いよく畳に両手を突いて、身を乗り出した。
「うっそでしょ、通じてなかったの⁉︎ 充輝が、ついに焔が! って教えてくれてさぁ、僕、すっごく驚いたんだ! だって初めてなんだよ? 暴力と暴言と暴動にまみれてた焔が、愛だなんて」
「えっと……ちょっと、暴れすぎですね……」
「うんうん。ずっとそう」
 腕を組んだ慈雨が、深く何度も頷いてから、
「っじゃなくってさあ!」
 叫びながら飛び上がった。それから両拳を握りしめて、花嵐と険悪な様子で睨み合っている焔へ迫っていく。
「ちょっと! 焔! 伝わってない! 伝わってないよ!」
「あ?」
「愛が! 伝わってない!」
「……ん~? まあ、しゃあねえだろ」
「しゃあねえって! それでいいの⁉︎」
 慈雨の背後で困ったように首を傾げる琴乃に、焔はふわりと笑ってみせた。
「いい、いい。百年もあれば、そのうち嫌でも分かる」
「うーーーーーーわ! 重っ。激重! 焔ってそんななんだ」
「慈雨もうぜえな。先輩面か?」
「先輩だもーん! だって僕には斎王、いるもーーーーん!」
 べえ、と青蛇を出した慈雨を、焔の炎が襲った。
「焼いてやるっ」
「ふーんだ、効かないよーだ」
 慈雨からたちまち水が溢れ、炎はすぐに白い煙となって、消え去る。
「こら! だめですよ!」
 それでもさすがに、琴乃は怒った。
 誰かが巻き込まれて怪我をするかもしれないし、また昼御座の修繕となると、面倒ごとが増えるからだ。
 琴乃が怒るのは珍しいからか、焔も慈雨もすぐさま大人しくなって、それぞれ座り直した。
「……ふん」
「ごめんね、琴」
 それを見た花嵐が、目をまん丸く見開く。
「うわあ。アタシ、そんな焔初めて見たわよ」
「どんな焔様です?」
「素直!」
 これで? という言葉を、琴乃はかろうじて飲み込んだ。
 焔本人は、頬を膨らませてぷいっと横を向いているからだ。
「こいつね、今はこうだけど、昔はほんとに焼いたからね」
 花嵐の言葉に、琴乃は何度も瞬きを繰り返した。
「焼く?」
「アタシ、それ書いてなかったっけ? 焔ってば、なんかをやらかしたどっかの貴族の家、見せしめに何軒も焼いちゃってさ。右大臣が、もう国のお金なくなっちゃったから勘弁してくれ! ってアタシに泣きついてきてさあ。慈雨とふたりで嵐作って、火消しして回ったんだよね。あれは辛かったあ。それでさあ」
「おい花嵐……」
 焔がまた鬱陶しそうに花嵐の発言を止めようと腰を浮かせると、
「嵐って、作れるんですね⁉︎」
 琴乃があまりにもキラキラとした目で聞いたので、三人の竜人は一瞬止まった後で、一斉に爆笑した。 
「あっはっは! 琴ってほんと、面白いわね~」
「作れるよ。今度作ってあげる!」
 花嵐と慈雨が胸を張った後、最後に焔が、満面の笑みで言った。
「琴。なんでも言うがいいぞ。なんでも作ってやる」
 ――暖かい風の吹く清涼殿には、いつまでもいつまでも、竜人たちの楽しそうな声が鳴り響いていたので――通りがかった貴族たちは皆、ありがたがって拝んだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」 ⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

恋は、やさしく

藤白ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。