死にたがりの私を生かす、死神の事情。

卯崎瑛珠

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第三話 明るく死ぬために

14. 月曜朝の、修羅場

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 無言で会社に戻ってきた私たちは、荷物を一階総務課のフロア入り口に積み上げると――どこに何があったかなんて、知らない――家路に着いた。
 こんな時、隣人なのが良いのか悪いのか。
 電車から降りて自宅まで歩く十五分の間に、一軒だけあるコンビニに寄って、鳴神さんは夕食にとお弁当を買ってくれる。しかも、缶ビールとおつまみ、それからデザート付き。豪華だ。

「これ、寿命何年分ですか」
「こんなもんでいちいち取ってられるか。打ち上げ代わりだ。先輩からの慰労」

 がさりと差し出されたビニール袋を、私は素直に受け取った。
 寿命と交換でなくても、鳴神さんに何かしてもらえることに、慣れてきたのかもしれない。
 
「ありがとうございます。なんていうか、理由づけが上手いですよね、鳴神さん」
「監察官だからな」
「あは! 特級で、監察官な死神。めっちゃ怖い」
「面白がってるだろ」
「なんか、気が楽になりました」
「……そうか」

 思い返してみれば、具体的に「死にたい」と思い始めたのは、多分中学生の時からだ。実家の環境で身を縮こませるしかできなくて、ずっと逃げたい・いなくなりたい、と思ってはいたけれど、自分で自分の命を――とまでは思い至っていなかった。
 
 同級生に裏切られた時、初めて、死のうと思った。
 その時、何か良くないものが側にいたような気がしている。いきなり命のベクトルが、死に向かって一直線になったような感覚があったと思い出したからだ。
 
「環境や性格のせいもあるかもしれませんけれど。背中を押した存在死神が側にいたのなら、腑に落ちました」
 
 カン、カンと響くアパートの鉄階段を上りながら、鳴神さんは言う。

「死神について、詳しくは言えないんだ。すまない」
「十分です。理由が分かるって、なんていうか、晴れやかな気持ちです。病気の診断してもらった、みたいな」
「例えが物騒すぎるだろ」
「へへ」
「でも、そうだな。早死にフラグは変わらないが、表情は明るくなった。よかった」

 部屋の前で立ち止まった鳴神さんも、照明の足りていないアパートの廊下で、晴れやかな顔をしている。

「話してくれて、ありがとうございます」
「俺の方こそ、信じてくれてありがとう」

 なんだか気恥ずかしくなった私は、誤魔化そうとして、鳴神さんを茶化す。
 
「えーっと、だってさっき、耳尖ってました。どう見ても死神でしたよ」
「げ」
「歯も伸びましたし」
「まだまだ俺も修行が足りないか」
「特級なのに?」
「それを言うな」
「ふふふ。ねえ、鳴神さん。このお弁当、一緒に食べませんか?」

 コンビニ袋を掲げて誘ってみると、鳴神さんはビタリと動きを止めた。死神も、金縛りに遭うのだろうか。

「鳴神さん?」
「……夜、異性を部屋へ招くのは、良くないぞ」

 さすが死神、古風だ。
 なんだか誤解があるようなので、しっかり否定をさせていただく。
 
「私が死神を誘うということは、つまり?」

 ニヤッと笑ってから玄関扉を開けた私に、鳴神さんは苦笑した。
 
「まだ死にたいのか? ……魂は、取らないぞ」
「ワンチャン?」
「ない」
「えー」
「まだ言うか」
 
 軽口を叩きながら中へどうぞと促すと、鳴神さんは渋々といった様子で、足を踏み入れてくれた。
 一人暮らしの女性の部屋、とはとても思えない質素な部屋に、恐る恐る入った死神は、小さく縮こまってテーブルに着く。
 お弁当を電子レンジで温めながら缶ビールで乾杯して、テレビで流れるバラエティをBGMにコンビニ弁当を食べる。
 今日の愚痴を満足するまで吐き出してから、瞼が重くなってきた私は、ブラウスのボタンを外しながら目だけでパジャマを探す。

「おい、待て待て。何してる⁉︎」
「眠いので。寝ようかと」
「こら! 脱ぐな!」
「私が脱いだところで、ふああ~」
「あああもう!」
 
 鳴神さんが必死に顔を逸らすのを、全く気に留めず着替え終えた私は、もそもそとすぐ後ろにあるベッドへと潜り込んだ。
 私を女性扱いする男性はいないのに、変な死神だなあと思いながら。
 
「ったく。無防備すぎるだろ。……なるほどな、工藤はこういう時につけ込んだのか。腹立つな」

 枕元の死神が、また苦笑している気配がしたけれど、私はむしろそれに安心して――ぐっすり眠った。

  +++

 どうやら私が尽くすと、人は幸せを感じる体質らしい。
 普通に聞けば「そんな訳あるか」と思うけれど、鳴神さんが言うことならばと私は信じることにした。
 
 つまり、私に懸命に対応してもらうということが、気持ちいいということ。

「そりゃ、辛くあたるわけだわ。厄介ですね」

 月曜日。
 散々迷った挙句代休は取らず出社する私に、鳴神さんは呆れながら付き添ってくれている。
 
「そういうことだ」
「治す方法はあるんです? この体質」
「ない」
「ぐほー」

 かなり気安くなった私の態度も、鳴神さんは何も言わず受け入れてくれている。
 どうやら酔っ払いつつ服を脱いだ時に、心の壁も脱いでしまったらしい。

 この死神に、命を取られたいと思っている。

「うーむ。まだ取れないな」

 会社へ向かう道すがら、鳴神さんはぽろっと呟いた。この死神もまた、私に心を許してくれているのかもしれない。
 
「フラグのことですか?」
「ああ。まだ死にたいと思っているのか」
「そうですね……そう急には、変わらないですよ」

 気持ちは変わっても、周囲の環境は変わらない。
 明るい気持ちで、生きるのを諦められる。そんな感じだ。

「ふうむ」
「でも私、鳴神さんにはとっても感謝しているんです。ご飯をちゃんと食べられたり、買い物に出かけたり。楽しいって思っていますよ」
「楽しいが続けば、生きたくなるか?」
「うーん……想像がつきませんね」
「なら、一回リセットしてみないか」
 
 ぴた、と足を止める私を、鳴神さんが振り向く。
 脇を忙しげに行き交う通勤途中の人々は、私たちを鮮やかに避けていく。まるで何の関心も持たない。みんな、日々のことに必死なんだなあと、ぼんやり思う。
 
「リセット、ですか」
「マインドリセットと言ってな、不安や不満を前向きに変える思考習慣というのがあるらしい」
「ブフ。セロトニンといい、勤勉な死神ですね。そんなことするより、私の記憶を消した方が楽では?」
 
 鳴神さんは、私をタイムリープさせるほどの力を持っているのに、あれ以来力を使った気配がないことが、不思議だった。

「……それは」
「今はできないんですよ、リッカさん」

 唐突に現れた天使が、満面の笑みで否定する。

「舞生くん! びっくりした、急に」
「ルイは、死神の力が弱まっています。そりゃあ時を逆行させたんだから」

 鳴神さんは、盛大に舌打ちをした。
 
「おい!」

 私は急いで鳴神さんの発言に被せるようにして、必死に尋ねる。
 
「じゃあ! どうやって元に戻せば?」
「そんなの簡単ですよ。魂を狩ればいい。なぜそうしないのか、僕には不思議でたまりませんけどね。職務放棄では?」

 私を、混乱が襲った。
 鳴神さんは、大いなる矛盾を抱えている。
 早死にさせないために来たと言ったけれど、魂を狩らないせいで力が弱まっている。
 あの世のキャパがと言っていたけれど、私一人を生きさせたところで、一体何になるのだろうか。

「忌々しい。天使が、死神の職務に介入するな」
「ええ~? 僕はルイのために言っているのに」
「ふざけるな」
「ふざけてません。リッカさんのことは、僕が責任持って連れて行きますから」
「だから、それはやめろと言っているだろう!」

 先ほどまで無関心に脇を通り過ぎていた通行人たちが、なんだなんだと興味を持ち始めた。
 時々、ニヤニヤしている人もいる。
 なぜだろう? と思った私は、改めて今の状況を見てみる。
 
 私を挟んで鳴神さんが舞生くんと言い争っている。つまり、この構図って――私のために争わないで的な……。
 
「ゲゲッ!」
 
 私から思わず出た声で、鳴神さんの舌打ちが呼んだと思われるあの世の使いっ走り――大きなカラス――が、ぎゃーす! と鳴いて方向転換し、帰っていく。

「おい天沢、今どっから声出したんだ?」
「うあー、リッカさんからすごい波動が」

 頭を抱えた私は、二人を無視して会社へ歩き出すことにする。

「おい、待てって」
「リッカさん!」

 早歩きの背中を、二人の男性が追いかけてくる。
 この状況をどう噂されるのか、恐ろしいと思っていたら、案の定。

『天沢を奪い合う男二人、月曜朝から修羅場』

 だなんて。
 後輩社員の中谷さんが珍しく近寄ってきて、爛々とした目で話しかけてくるから、とっても鬱陶しかった。

 それより仕事! してくれ!
 
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