5 / 7
( 四 )
しおりを挟むカフェレストランに警官が来たのは、もう午後の4時をとっくに回った時間だった。やって来たのは、公園駅口にある交番に駐在している木谷巡査だった。彼は定期的に公園内も巡察しているので、私も顔見知りだった。
カフェレストランのオーナーである青山二郎は商売柄親しいようで、相手がよく分かっている人で良かったと言った。
「警察の人が来ると言ったので、でっきり刑事さんが来るのかと思ったよ」
「はは、残念でしたね。ドラマじゃないですから」
木谷巡査が小さく笑った。
「木谷さん、さっきのあれは何だったの。僕たちは溺死事件の新犯人が捕まったんじゃないかと、噂話をしていたんだ」
私が横から話しかけた。
「あれは全く関係ありませんよ。今頃はマスコミにも情報が流れている筈です。実は、あの男がLSDを売っているとタレ込みがあったので、しばらく前から見張っていたんです。そこに源さんの溺死騒ぎがあったから、気取られない内に早く逮捕することになって」
「じゃぁ、やっぱり源さんは、酔っ払って池に落ちたのか」
店の中の誰かが言った。
「救急病院の先生も死因は水死で間違いないと言う話で、不審なところは何もありませんよ。だから司法解剖もしないことになりました」
木谷巡査ははっきりと言った。
「それじゃ、この後はどうなるの」
源さんは浮浪者だ。この後の扱いが気になって聞いてみた。
「遺体は病院にそのまま安置してあります。今は私の方で、ご遺体の引き取り先を探して、ご家族に連絡を取り始めた所です」
「亡くなられた奥さんの実家には連絡がついたのかな?」
青山二郎が聞いた。
「はい、源さんは生活保護を受けていたので役所に記録があって、連絡しました」
でも木谷巡査は顔を曇らせて、相手はけんもほろろだったと言った。当主の義兄が言うには、父親が生きていた時代に不義理を働いて、籍を抜いて縁を切った。死体は勝手にそっちで処分してくれと。息子が一人いるはずだったが、全く教えてくれなかったらしい。
「それは、困るね」
青山二郎が同情するように言った。
「それで困っていると、後からお手伝いさんから連絡があって、色々話が聞けました。その人の話を詳しく聞くと、実家の人が冷たいのも無理がないと言うか、ここにいる皆さんだから話すのですが」
「そうだよ。本当に弔いに行くのは、ここにいる人間だけだろうよ」
誰かが言って、周りで賛同の声が上がった。
「そのお手伝いさんはどんな人なの」
青山二郎が聞いた。
「なんでも、源さんが経営していた建築会社の経理だったそうです。会社が潰れた時に行くところがなくて、奥さんに泣き込んで実家の家政婦にしてもらった。だから奥さんには恩返しをしたいと考えていた。それが急に死んでしまった。何か自分にできることがあればと思って連絡したと言う」
「お手伝いさんがいくら同情してくれても、家族が反対しているようじゃ、どうしようもないね」
「でも実家は地元の名士と言う話ですよね。それなら、あまり冷たくすると田舎じゃ外聞もあるんじゃないですか」
あまりに冷たいように思えて私は思わず口を挟んだ。
「なんでも、潰れた会社を整理するのは本当に大変だったらしいですよ」
木谷巡査は答えた。確かに他人の債務を肩代わりすると言うのは並大抵では無いだろう。
その話によると、資産家の親父さんでも危うく財産を潰しかけたと言う。やっと帰って来たと思った娘は、男に無理をさせられて酷く体を壊している。最初から結婚に反対していたから、親父さんの怒りは大変なものだったらしい。奥さんの兄さんにしても、自分が相続するはずの財産が失くなった訳だから、そりゃ息子さんに冷たく当たったはずだ。同じ年頃の従兄弟の兄妹もいたが、その子供達にしても、やっぱり自分達の家庭を壊しに来た敵にしか見えない。それで息子さんは随分イジメられたと言う話だった。
「それでも息子さんはどう思っているのかな。何と言っても、実の父親なんだし」
私がまた口を挟むと、木谷巡査は淡々と話を続けた。
「理由はどうあれ、自分と母親を置いて出て行った相手だからね。何より母親の体調が悪くなるにつれて、父親の所為だと恨んでいたそうだよ。もう顔も見たくないし、もし大きくなって父親に会ったら、きっと殺してやるって。それで母親に随分諌められていたそうだ。高校生の時には、もう手がつけられないほど荒れて、母親の言うことしか聞かなかった。それでも大学を卒業して、就職する頃にはなんとか落ち着いて、これからは母親を楽にしてやりたいと話していたと言う。それが急に母親が死んでしまって、相当ショックを受けたんじゃないかな」
何とも辛い話にみんなが黙ってしまう。
「それで、息子さんには連絡がついたのかな」
それまで黙って聞いていた里見清史郎が聞いた。
「卒業した大学が分かったので、就職先を聞き出して、電話を入れました。ちょうど東京と千葉へ出張中だと言うので、会社から連絡をつけるようにお願いしています」
「なんとか連絡をつけて、源さんの死に顔を見せて上げたいなぁ」
身の上話を聞いたせいか、私は何とか円満な決着を期待してしまう。
「それはどうかな。顔を見れば知らないじゃ済まない。このまま全て知らない方が、彼にとてっては良いかも知れないよ」
里見清史郎はそんな私に冷静に答えた。
青山二郎が、木谷巡査に少し待っているように言って、預かっている荷物を取りに行った。しばらくして戻ってくると、手に信玄袋のような物を持っていた。袋は小さかったが、何やら少し重い感じだ。何が入っているのだろうと私は気になった。
「木谷さん、中身は一緒に確認しながらお渡ししたいのだが」
「了解です。流石にここで開けるわけには行かないでしょう。交番まで来てもらって良いですか」
木谷巡査が答えた。
その場にいた人間はみんな一緒に見るつもりだったので、がっかりした顔をした。特に私は、職業的にもこの成り行きに強い関心があったので、あからさまにがっかりした様子を見せたのだろう。青山二郎が笑いながら、後で自分が話してあげるからと言って出て行った。
里見清史郎が何を思ったか、出口のところで木谷巡査を掴まえて、小声で何かを聞いて頷いていた。
青山二郎たちが出て行くと、その場に残っていた常連客も散らばって出て行った。常連客に交じって話を聞いていた若い男は、少し離れた席に座ってまだ残っていた。誰が聞いても楽しくない話に、若いだけあって影響を受けたのだろう、とても暗い顔をしている。
すると、バイトの修くんが私の所に寄って来て、前の晩に源さんに酒を奢っていたのは、あの若い男の客だと耳打ちをした。
「やっぱり自分が奢った酒のせいで人が死んだら、気持ちがいいわけないですよね」
「何を言ってるの、それを言ったら、客の残り酒を分けた修くんも同罪だぜ」
私が返すと、修くんはそれを言わないでと言って、私から離れていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
寄生虫の復讐 ~美咲の冷徹な一刺し~
スカッと文庫
ミステリー
「お前みたいな寄生虫はゴミだ」
10年尽くした夫・雅也から突きつけられたのは、離婚届と不倫相手。
彼は知らない。私が家を飛び出した「サカモト・ホールディングス」の令嬢であることを。
そして明日、彼が人生を賭けて挑む調印式の相手が、私の実父であることを。
どん底に叩き落とされたサレ妻による、容赦なき「経済的破滅」の復讐劇。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる