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【五】話の通じない王子様
「待ちなさい、ルシア」
森の中をひたすら歩き、ときに魔物と遭遇して倒したり逃げたりつつ、俺は進んだ。予想外に道が険しく、かなりの時間をロスしてしまった。大人しく街に戻って翌日の乗合馬車を待った方が正解だったかもしれない。
ようやく森を抜けたと思いきや、目の前に広がったのは断崖絶壁だった。崖下を覗き込むと、遥か下に川が流れている。
「ルシア」
もうすぐ東の帝国の国境付近のはずなのに、何故こんなところに崖があるのか。ひょっとして道を間違えたか?
「……ルシア、聞こえてるんだろう?」
背後から鈴の音のような美声が響く。腕を掴まれそうになり、俺は咄嗟にその手を振り払った。ここで捕まるわけにはいかない。俺は声の主を振り返ることなく、崖っぷちに足を進めた。
その場で軽く溜め息をつく。
流石にここから降りるのは、無理そうである。
「ルシア」
もう一度その名前を呼ばれ、腕を強く引かれた。俺は思わず舌打ちして、その手を振り払おうとした。しかし、さらに強く握り込まれてしまい、振り払うことが出来ない。
「ルシア、こちらを向いて」
背後から抱き込むように腕を回され、顎に手を掛けられた。そのまま顔を持ち上げられて背後を振り向けば、そこには美貌の青年が微笑みながら立っていた。
「東の国境の街で待ってたのに、なかなか来ないから、心配になって迎えに来てしまったよ」
白銀の髪に翡翠の瞳。まるで彫刻のような、均整の取れた美しい容姿。その身体には、白地に金と銀の刺繍が施された豪奢な衣装を纏っている。
どっからどう見ても「やんごとなき身分の人」だが、何故か一人だ。青年の周囲を見回すが、付き人や護衛らしき人物もいない。
あれ?これ大丈夫か?
青年は、こんな場所に一人でいてはいけない人のような気がするのだが。
もしや、『失踪者』はコイツか?
「やはり生きていたんだね。……良かった」
頭の中で思案していると、青年は俺を見つめたまま瞳を潤ませている。そして俺の顎に手を掛けたまま、ゆっくりと顔を近付けてきた。唇が触れる寸前、俺は咄嗟にその口を手で塞ぐ。ナチュラルに手を出そうとするなんて、恐ろしい奴だ。
「貴方とは初対面です。人違いです。離してください」
そうキッパリと告げるが、青年は押し退けようとする俺の手を優しく握り込む。そのままうっとりとした表情で俺を見つめてきた。
「拗ねているのか?可愛いね」
「いや、だから人違いだって。……そもそも貴方みたいな人が、なんでこんな場所に1人でいるんですか?危険すぎます。護衛は?従者は?」
俺は先ほどから気になっていたことを、そのまま青年に尋ねた。こんな場所に似つかわしくない、身分が高いであろう人物が1人でいるのは不自然だ。もしかしたら、魔物の類いが化けているのかもしれない。
「僕の身を案じてくれてるのかい?なんて優しい子なんだ」
青年がふわりと微笑み、流れるような動作で俺の頬に口付けた。しまった、油断した。俺は硬直したまま、全く悪びれた様子もない青年を呆然と見つめる。
コイツ、殴ってもいいかな?
「……護衛はちゃんと控えてるから、心配しなくても大丈夫だよ。ルシアと二人きりで話したくて少し離れて貰っているけど、僕に危害が及びそうになったらすぐに駆け付ける手筈だから安心して」
俺はその言葉を聞き、青年の鳩尾に一発喰らわせてやろうと振り上げてた拳を止めた。
危ない、攻撃方法を見誤ってしまうところだった。
周囲に護衛がいるのなら、一撃で倒して即座に逃げられるタイミングを狙おう。
青年は妖艶に微笑むと、振り上げていた俺の腕を掴んで強く引いた。不意をつかれてバランスを崩した俺はそのまま青年の胸に倒れ込む形となる。
「ルシア……この髪は染めたのか?この色も素敵だけど、僕は君の美しい金髪の方が好きだな。帰ったら、本来の色に戻しなさい」
青年は俺を強く抱きしめたまま、耳元でそう囁いた。その吐息がくすぐったくて、思わず身を捩る。
「……人違いです、離してください」
俺はそう繰り返し、青年の腕の中から抜け出そうともがいた。しかし、青年は俺を離そうとしない。むしろさらに強い力で抱き締めてきた。
「そんなに拗ねないでくれ。君を酷く傷つけてしまったことは謝るよ。だけど、仕方ないだろう?僕は、君を躾け直さなければならなかったんだから。僕の言うとおりにしなかった君が悪いんだよ」
腰を撫でられながら、耳元に唇を寄せられ、まるで睦言のように囁かれる。
「ほら、一緒に王都へ帰るよ。君の居場所はきちんと準備してあるし、役目も用意してある。君は何も考えずに、僕に従っていればいいんだ。そうすれば、君は幸せになれる」
「……第二夫人、とかいうやつですか?」
先ほど遭遇した自分勝手な美少女が叫んでいたことを思い出す。なんか勉強とか仕事とかがたくさんあってとか言いながらグズグズ泣いてたから、もしそうなら面倒くさいことを押し付けられそうな気がする。
青年は驚いたように目を見開くと、クスクスと笑った。
「……ああ、分かった。彼女がなんか言ったんだね。だから嫉妬しているのか?ルシアは本当に可愛いな」
「いえ、全く違いますけど」
俺は即座に否定したが、青年は気にした様子もない。むしろ嬉しそうだ。
「彼女は聖女だから、僕の立場上無碍に扱うこともできないんだ。神殿の協力を得やすくする必要もあるし、君の代わりに子を産んでもらわないといけないからね。でも、安心して。ちゃんと君のことも毎日寝室に呼んで、一緒に愛してあげるから」
「人違いだけど、結構です。絶対嫌です。ていうか死ね」
優雅に語られたゲスい発言に思わず本音が漏れてしまい、顔を顰める。しかし青年はそんな俺を見つめ、恍惚の表情を浮かべた。その頬は微かに紅潮している。
「ああ、本当に……ルシアは可愛いね。その苦しそうな表情も堪らないよ。早く連れて帰って、躾け直したいな。……まあ、城へ戻ったら、僕を心配させた罰として、すぐにお仕置きだけどね」
翡翠の瞳を妖しく光らせながら饒舌に語る青年を、俺は無表情で眺めた。
どうしよう。
この人、なんかさっきからめちゃくちゃムカつくし、話通じないし。変態だし。
面倒臭いから、もう刺しちゃおうかな。
腰の剣にそっと手を伸ばしながら、俺は思案する。コイツを黙らせるにはどうしたらいいだろうか。
そんな俺を見て、青年はさらに笑みを深くした。そして、俺の腰に手を回したまま、俺の耳朶に唇で触れてくる。
「そうそう、君のことを僕に報告してきてくれたのは、君の幼馴染だよ」
「……!」
思いがけない言葉に、俺は固まった。青年はそんな俺の反応に満足したように微笑み、話を続ける。
「彼はね、君の居場所を突き止めるのに協力してくれたんだ。……とても優秀だよ。今は騎士団でも重要なポストに就いているし、君も知っていると思うけど婚約者と、もうすぐ結婚するんだ。安定を手に入れた彼は、君を守ってくれる。だから、君自身がこんなものを振り回す必要はないと、以前も教えただろう?」
青年は諭すような口調で語りかけた。そして俺を抱きしめていた腕をゆっくりとほどくと、そのまま俺の右手を掴み、剣の柄から指を外していく。その滑らかな手つきに呆気に取られて、俺は抵抗すら出来なかった。
「それに、君の行き先を知らせてくれたのも彼だよ」
青年は甘く微笑んでいる。まるで俺を愛しているかのような眼差しだが、その目の奥には冷たい光が宿っていた。
手を伸ばされて、思わず後ずさる。後ろは断崖絶壁だ。もう逃げ場はない。
再び腰に手を回され、首にも青年の指が巻き付けるようにまとわりつく。その生温い感触に、身体が震えた。俺の首に下げられた首飾りが青年の指で弄ばれている。
「これ、全く君に似合ってないよ」
青年は少し不機嫌そうに首飾りの石を指で弾いた。
「これは没収。城に戻ったら、君に新しい首輪をつけてあげるよ。君の所有者が誰か、はっきり分かるようにね」
青年は俺の首筋を撫でながら、笑みを溢す。
「君が僕の元へ戻るなら、君の幼馴染の彼を、君専用の護衛にしてあげよう。彼もそれを望んでいるしね」
青年は、俺の目を真っ直ぐに見つめながらそう告げた。
「……どうする?ルシア」
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