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第3章
27 怪しい人影
しおりを挟むその日の夜、ルカは悪夢にうなされていた。
血塗れの自分の手と、目の前に横たわる幼馴染の亡骸。傍らには自分が抜いてしまった聖剣が転がっていた。
「なんで、どうして……」
ルカは泣きじゃくりながら、冷たくなった彼を見下ろした。
(僕のせいだ……)
そんな自責の念に駆られて泣きじゃくるルカを嘲笑うかのように、目の前に横たわっていたはずの彼がむくりと起き上がった。そして、血まみれの顔でルカににっこり微笑む。プラチナブロンドの髪に、金色の瞳。ルカの胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。その見知った彼の美しい顔を、血に塗れた手でぞんざいに拭うと、彼は穏やかな口調で告げた。
「何故、俺を救ってくれなかったんだ?」
***
ルカは叫び声をあげながら飛び起きた。そして、自分の両手を呆然と眺める。
(……まただ)
学園に入学してから、前世の悪夢にうなされる日が続いていた。ルカは汗をかいた額を拭いながら溜め息をついた。
クライヴに引き取られて、実験体として酷い扱いを受けていた頃、ルカは毎晩のように悪夢にうなされていた。レオを自分が殺す夢を何度見たか分からない。現実ではないと理解しているのに、毎回味あわされる絶望感は少しずつルカの精神を蝕んでいった。
ルカは気を落ち着けるためにベッドから降りて、窓のカーテンを開けた。窓の外はまだ暗く、夜明けにはまだほど遠いようだ。月の姿は確認できない。
ふと、視線を向けた先に夜空を舞う人影らしきものが見えた。漆黒のローブを身に纏って、フードを目深に被っているため顔は見えない。
こんな夜中に、こんな場所で何をやっているのだろうか? ルカが疑問に思っていると、浮遊している人影のフードが一瞬はだけ、その下の顔が露わになる。ルカが目を見開いて硬直し、窓を開けようとしたときだった。
「……大丈夫?またうなされてたみたいだけど」
すぐ背後で声がしたので、ルカはビクッとして声が聞こえた方向を振り返る。いつの間にか同室のアベルが目を覚ましていたようだ。自分のベッドからルカを心配そうに覗き込んでいる。
「……あ、うん……ちょっと」
ルカは曖昧に笑って誤魔化した。そして窓のカーテンを静かに閉める。
「大丈夫。ごめん、起こして」
「いや、いいけど……」
アベルは困惑したようにルカを見つめている。ルカはバツが悪そうに頭を掻いた。孤児院時代に逆戻りしたみたいで、なんだか恥ずかしい。
「僕……ちょっと、外散歩してくる。汗かいて気持ち悪いから」
ルカはアベルにそう告げて、自室を出ていこうとする。すると、ベッドから降りてきたアベルからいきなり腕を掴まれた。ルカは驚いてアベルを振り返る。
「……もう消灯時間過ぎてる。それに、今日は新月だ。こんな時間に外に出るなんて……危険だよ」
アベルは真剣な顔をしてルカに訴えた。新月の夜、闇属性の魔力が活性化すると言われている。闇の眷属と呼ばれる魔物が出るという言い伝えもある。
「……大丈夫だよ。学園内には結界が張ってあるし、ちょっと外の空気を吸ったらすぐ戻ってくるから」
ルカはアベルの腕をやんわり振りほどき、適当な言い訳をしてから部屋を出ていった。部屋に残されたアベルは溜め息をつき、それ以上ルカを引き止めることはしなかった。
***
(まだいた。良かった)
ルカは自室の窓から見えた人影が浮遊していた地点に転移すると、遠くの空にその人影を見つけて安堵した。どうやら学園に張り巡らされた防護結界をすり抜けて学園の敷地外へ向かっている。
ルカは仕方なく飛行術を発動させて、彼の後をついて行った。このまま行けは街まで辿り着きそうだ。こんな時間にたった一人で抜け出すなんて、彼の表向きの身分を考えると、夜遊びにしては少々危険すぎる。とんだ不良少年である。
夜の街が近づいてくる。そろそろ街灯りが見えてくる頃だ。こんな時間でも、王都は煌々と明かりに溢れていて、思わず感嘆の溜め息を溢した。
前を浮遊していた人影は、繁華街の端、目立たない路地裏にふわりと着地した。青年はフードを深く被り直すと、足早に路地裏の奥に入っていく。どうやらこの辺りに詳しいようだ。ルカは慌ててその後に続いた。
深夜なのに行き交う人々は意外に多い。一人佇む影とすれ違う人々の様子を眺めていたが、その殆どが彼に見向きもしないようだ。もしかしたら、認識阻害魔法でもかけているのかもしれない。
ルカは影に気づかれないように、距離を保って尾行した。影はどんどん路地裏の奥へと進んでいく。
そして、さらに奥まった行き止まりに辿り着いた瞬間、突然その影の姿がかき消えた。
「え?」
一瞬の出来事にルカは目を瞬く。周囲を見渡しても、青年の姿はどこにも見当たらない。
「……幻術?逃げられた?」
ルカは呆然とその場に立ち尽くしていた。そして、恐ろしい事実に気が付く。
「……ここ、どこ?」
ルカは見知らぬ街並みの中に、一人取り残されていた。完全に迷子である。ルカは青ざめた。
「こんばんは」
ルカは背後から聞こえてきた声に、思わず飛び上がった。いつの間にか後ろにいた青年は、口元を押さえて笑いを堪えている。その姿を見て、ルカは「あっ」と声を上げた。
フードの影から、あの美しいプラチナブロンドが見えている。ルカに正体を気づかれたにもかかわらず、彼は嬉しげな笑みを浮かべて佇んでいた。もしかしたら、最初からルカの尾行に気が付いていたのかもしれない。
「こんな夜中に、一人で外出とは感心しないな。素行不良で退学になってしまうぞ?」
透き通った声音は聞き慣れた声だ。月のない夜でも彼のプラチナブロンドの髪は輝きを失わず美しいな、とルカは場違いなことを考えてしまう。彼に聞きたいことが沢山あるし、言いたいことも山程あった。
「……それはこっちの台詞だよ」
ルカは溜め息混じりに呟くと、目の前の人物のフードを取り払った。プラチナブロンドの髪と金色の瞳を持つ少年が、悪戯っぽい笑みを浮かべて佇んでいる。
「……もう、僕に、目の色、隠さないのか?」
懐かしい色の瞳をじっと見つめながら、ルカはポツリと問いかけた。
「学園じゃないし、ここでは隠す意味がないかな。お前にはもうバレてるし」
彼……レオは事もなげに言い放つ。
「……オスカーさんも気が付いてるけど」
「ああ、そうだな。他にも疑ってる奴はいるだろうけど。面と向かって俺に堂々と指摘してきたのは、ルカぐらいだ」
王子様の仮面を外して、気安い雰囲気を醸し出しなから、レオが肩を竦める。
ルカはレオの姿を凝視しながら、その頬や首、腕をペタペタと触りだした。レオは困惑しきった表情でルカの行動を見守った。
「何やってる?」
「存在確認」
真顔で答えたルカに、レオは思わず吹き出した。何がおかしいのだろう?ルカにはレオが何を笑っているのか、さっぱり理解できない。
「お前、学園で俺が触ったら硬直してたのに、自分から触るのは平気なのか?」
「え?ああ……、レオなら触るのも触られるのも平気。緊張してたのは、君が王子様のフリしてたからで……」
ルカがしどろもどろに答えると、レオは首を傾げて「似合ってただろ?」と微笑んだ。ルカは曖昧な表情で頷く。確かに本物の王子様のようだった。しかし、何だかレオのペースに飲まれている気がする。
「なんでこんな時間に、こんな場所にいるの?」
ルカは気を取り直してとりあえずレオに問いかけた。一番尋ねたいことは後回しにした。
「人と会う約束してるんだよ。まだ待ち合わせまで時間あるけど」
「……それって誰?女の人?」
ルカはすかさず質問してしまう。カロリーナが以前、サミュエルが夜な夜な寄宿舎を抜け出して密会していると、意気揚々と話していたのを思い出したのだ。何だか心の中がモヤモヤしている。
「愛人じゃないから、安心しろよ」
「……え?あ、うん。分かった」
ルカは焦ったように頷いた。何だか浮気を問い詰める恋人みたいな台詞になってしまい、ちょっと恥ずかしい。
「いつもなら、時間まで一人でブラブラして、その辺の店に入って時間を潰すんだが……。今日はせっかくルカが来てくれたからな」
レオは懐かしそうに呟いて、ルカをじっと見つめた。そして身を屈めてルカの耳元に顔を寄せる。
「なぁ……俺とデートしよう」
「……は?でーと?」
ルカが間の抜けた声を出すと、レオは楽しそうに笑いながら、ルカに向かって手を差し出した。
(デートって……何するんだ?)
ルカの頭に疑問符が浮かぶ。
「そう。ルカは何して遊びたい?どこか行きたい場所はあるか?」
「行きたい場所……」
ルカはレオの言葉にしばし考えを巡らせた。そして、頭に浮かんだ考えを口にしてみる。
「ひとつだけ、行きたい場所が」
「へえ、どこ?」
レオは興味深げにルカの顔を覗き込んだ。ルカは差し出された手を握ると、レオと一緒に賑わう夜の街へと足を踏み入れた。
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