婚約者に売られ子供ができたけど、訳あり元騎士様が代理パパになってくれたので幸せです

富士とまと

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「どうすればいいの!」
 だからって、私はジャンを手放すつもりなんてない!
「相手は貴族だ。僕なんか手だしできない大物だから僕が取り返してあげることはできないけれど、君の話をすることくらいはできるだろう。アリーが伯爵令嬢だったと分かれば、ジャンの母親として迎え入れてくれるかもしれない」
 クリスの言葉にうんとうなづく。
「話をしに行ってくるよ」
 クリスが傷の手当てもせずに部屋を慌てて出て行った。
 足に力が入らないまま、床に座り込んだ。
「ジャン……ジャン……」
 私の……。
 私が眠ってしまったから、どうして眠ってしまったんだろう。
「ごめんね、ジャン、ママが……ああああああっ」
 床に伏して声がかれんばかりに泣いた。
 ドンドンとドアが乱暴にたたかれ、部屋に大柄な男が入ってくる。
「困るんだよね、トラブルは。宿のイメージが悪くなる。出て行ってくれ」
 宿の主人のようだ。主人の服の裾をつかむ。
「子供が、子供が攫われてしまったんですっ!何か知りませんか?」
「知らない。宿泊客を訪ねてくる者までいちいちチェックはしてないからな。昼間は食堂で人の出入りも多いから見てる暇もないんだ。自己防衛自己責任なんて常識だろ」
「フードをかぶった男を覚えていませんか?」
 主人が私の腕をとり引っ張り上げて引きずるようにドアの外へと連れていく。
「トラブルはごめんだと言ってるだろ、さっさと出ていけ」
「お願いです、何か知っていたら」
 そのまま宿の外まで連れ出され、腕を放された。
「うるさい、それ以上騒ぐなら警邏に突き出すぞ!」
 警邏という言葉にびくりとする。
 クリスの言葉を思い出す。
 騒がない方が安全にジャンはジャンの祖父の元まで運ばれていくだろうとクリスは言っていた。
 警邏に届けて騒ぎにするわけにはいかない。
「お騒がせしてすいませんでした。あの……クリス……あの部屋に宿泊していたクリスが来たらギルドに知らせてもらえますか?」
 主人が迷惑そうな顔をする。
 財布から金貨を1枚取り出し手渡す。
「蘭楽をしてくださったら、お礼も渡しますから」
 主人の表情ががらりと変わった。
「そういやフードをかぶった男が一人来たな。食堂じゃなく階段を上がっていったから宿泊客に用があるのかと思ったが、出ていくときに子供を連れてもいなかったぞ?子供はここでは目立つからな。でもまぁ小さな子ならマントの中に隠していたのかもしれない」
 泣いて騒いでいたわけじゃないの?じゃあ、怖い思いだけはしなかったのね。
 なんの救いにもなっていないけれどほんの少しだけほっとする。
「悪いがそれ以上のことは本当に分からない。フードを深くかぶっていたから顔どころか髪の毛の色も何も分からないんだ」
 申し訳なさそうな主人の言葉に、頭を下げる。
「いえ、ありがとうございました……」
 宿を後にする。
「早く見つかるといいな」
 どうやって西側から家に戻ったのか記憶がない。
 ジャンに会いたい。
 ジャンは泣いてない?
 いやいやとわがままを言ってない?
 さらった人たちにひどいことされてない?
 貴族からの依頼で連れて来いと言われたなら、ジャンを傷つけたりしないよね?
 クリスが言っていたように、依頼を破棄して逃げるようなことにならなければ……。
 どうしよう、道中に魔物に襲われてジャンの身に何かあったら。
 クリスが手を出せないような大物貴族だと言っていたから、ジャンを連れてくるように命じた人たちはしっかりした人だよね?
  ケーキなんて買いに行かなければよかった……。
 西側に行ったから……。
 ううん、違う、西側に行ったからクリスにヒガナカさんが亡くなっていること、ジャンの祖父が探していることを教えてもらうことができた。
「あ……」
 クリスが話をしに行くと言っていたけれど、私もついていくと言えばよかった。
 今からでも。
「動転していたから、名前も聞いていない……。家名を聞いていれば、今から行くこともできるのに……」
 クリスを信じて待つしかないの?
 ドンっと肩が人にぶつかった。
「あぶねーな、前見て歩けよ!」
 怒鳴られたけれど、何も感じない。
「あんた大丈夫かい?顔が真っ青だよ?」
 心配そうに声をかけてくれたおばさんに大丈夫ですと小さく答えようとして、体から力が抜けた。
 無理だ、大丈夫なわけがない、ジャンがいない……。
 倒れこみそうになった私の体を大きな手が支えた。
「シャリアっ」
 顔を上げると、ジャンと同じ色の髪が見えた。
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