【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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2 龍鬼に会いたいんです

     ◆龍鬼に会いたいんです

 異世界にやってきて、三日目の午後。
 紫輝は将堂軍の門の前に立った。

 頑丈そうな分厚い木材で出来た、高さのある門。門番がその左右に並ぶ。
 門番の服装は濃い茶色の制服だ。
 黒のタートルネックの上に、大きな襟のトレンチコート型の上着。丈が膝まであるが、スリットが入っていて動きやすそうだ。
 ウエストの革帯に、剣のさやを差している。
 ズボンも同色、同生地。靴は黒ブーツ。

 詰襟だった手裏軍の制服より将堂の方がおしゃれかな?
 でも黒で統一されている手裏の制服も、ストイックな印象で。実はなかなか格好良い。
 甲乙つけがたいですな。

「あの、入軍志望なんですけど」
 門番の前に立った紫輝は、ペコリと頭を下げた。
 大きな剣を背負っている紫輝の背中に羽がないことを確認した彼らは。すぐさま剣を抜く。

「りゅ、龍鬼? ひとりか?」
 うなずくと門番たちは動揺して、敷地内にいる兵士を呼びに行った。
 よしよし、どうやら無事、龍鬼として認定されたな?
 計画通りに運び、紫輝は心の内で安堵する。

 手裏兵は、片刃で少し反り返った刀を持っていたが。
 将堂は、真っ直ぐな両刃の剣を持っている。
 ライラの剣は、包丁だ。
 だってライラが、刃物は包丁しか見たことがなかったから。
 包丁は、片刃である。
 でも刃の身幅が大きいから、剣と言っても良いだろうか…包丁では格好がつかないし。

 なんて、考える余裕が紫輝にはあった。
 門番に剣を向けられても、山で追われたときのような恐怖を感じなかったからだ。
 おそらく将堂の兵士の腰が引けているのと。危害を加える気配、殺気がないからだろう。

「の、能力は出すなよ。案内するから…少し離れてついてこい」
 敷地内にいた兵士も加わり、三人がかりで紫輝は中に通された。
 広場に来ると、その場を仕切る兵士に紫輝を預け。門番たちは逃げるように去っていく。

 その様子を見て、やはり眞仲が言っていた通りだな、と感じた。
 龍鬼はかなり恐れられているみたい。
 剣で威圧してくるのは手裏兵と同じ反応だが。
 将堂では、加えてそばに寄るのも嫌という感情もうかがえる。

 広場には、羽先が腰まで届かない小さな翼を持つ青年が数人いたが。
 彼らも紫輝の存在に気づき、ざわついた。
 この世界では当たり前なのだろうが。羽のない紫輝を、一目で龍鬼と断定し、畏怖する。
 自分で龍鬼のフリをして入軍すると決めたんだけど…あからさまな嫌悪の視線が痛くて、紫輝はおどおどしてしまうのだった。

 しばらくして上官が現れ。素振りなどで個人の技量を確認し、面接も行われた。
 みんなは、将堂の主義主張に感銘を受けたなどと言っているが。
 紫輝は正直に話した。

「龍鬼に会いたいんです」

 上官は意味深な笑みを浮かべ。
 紫輝を、右第五大隊二十四組に配属すると告げた。
「右二十四組の組長は、龍鬼だ。すぐにも会えるぞ」
「本当ですか? やった。ありがとうございますっ」
 元気に返事をして、紫輝は面接を終えた。

 良かった。結構すんなり龍鬼に会えそう。紫輝はホッとした。

 余裕ができた紫輝は、面接室にある木の板に将堂軍の組織図が書かれてあるのをみつけて。
 自分がどの位置にいるのか、指でなぞって確かめてみる。

 軍は、大きく左右に分かれ、その右軍。
 幹部の下方に、第一から第八まで大隊があり、その五番目。
 第五大隊には、二十一から二十五までの五つの組があり、その二十四組だ。
 その下は書いていない。当たり前だが一番下っ端だ。

「そこには、絶対に行きたくなかった」
 誰かが、ポツリとそう言った。
 でも紫輝は。二十四組には、龍鬼がいるのだから。たとえどんなところだろうと、自分には好都合だと思ったのだ。

     ★★★★★

 兵士が二十四組の宿舎に案内してくれた。
 木造の建物で、廊下は年季の入った板張り。
 片側に引き戸がいっぱいある、画一的な作りなので。紫輝は校舎っぽいなと感じた。

 二十四組の兵士は、およそ百名で。九つの班に分けられている。
 紫輝は五班に配属されたようだ。
 扉に五と書かれた部屋を示し、兵士は去っていった。

 戸を開けると、大きめの部屋に男が九人いる。
「失礼します。間宮紫輝です。五班に配属されました。よろしくお願いします」

 新人らしく、大きな声で挨拶したが。
 班員たちは、紫輝を完全に無視した。
 どこにいたらいいのかとか、なにをしたらいいのかとか、いろいろ聞きたいことがあるのだが。
 話しかけても、さえぎられたり、席を立ったりされてしまう。
 本当に、龍鬼だと話をするのもままならないのか、と。痛感し。

 もう、さっそく眞仲が恋しくなった。

 ピリピリムードに耐え切れず、紫輝は一旦部屋を出る。
 戸が閉まると、わざとらしいため息が室内から聞こえた。
 やはり歓迎されていないみたい。

 天誠と、他の龍鬼に会うまでの辛抱だ。
 そう己に言い聞かせ。気持ちをなだめてから、もう一度部屋に入ろうとした。
 が、開かない。

「え、すみません。開けてください、あの…」
「うるせぇなっ」
 五班の戸を叩いていたら、隣の班の戸が開き、怒鳴られた。
 でもその顔を出した人も、紫輝の顔…というか、羽がないのを見て。慌てて、戸を閉めてしまう。
 声をかける、間もなくて。

 そして自分は、部屋から閉め出されたのだと気づいた。

「マジか。ありえねぇ…」
 しばらく戸を、引き戸なので、引いたり引いたりしたが。全く動かず。
 部屋に入るのは、あきらめて。紫輝は兵舎の庭に出た。

 奥まった位置、木が多く生えている隠れられる場所を選んで。ライラを呼び出す。
 困ったときのライラ様である。
 ドロンと出てきた、でっかいライラは。両手をそろえてかしこまり、紫輝の対面に座った。

「やべぇよ、ライラ。俺、チョー嫌われてる」
「あんなやつらと、話すことないわぁ」
 口元の柔らかい部分を、ムニムニと動かして。ライラも怒る。
 彼女がそばにいるから、他人と話せなくても我慢できた。
 でも、こういう状態が続いたら。問題なこともわかっている。

「ライラ、肉球」
 一言告げると、ライラは紫輝の顔に手を押しつけた。
 特大の、ピンクの肉球が。紫輝の顔一面を覆い。
 ふかふかで、つるつるで、ぷにぷにの、心がとろけてしまう心地好さに、紫輝は酔いしれた。
「はー、たまらん。これさえあれば、生きていける」
 ストレスなど瞬時に吹き飛んじゃうね?
 大きくなっても…いや、大きくなったことで、さらにライラの可愛さは増した。
 胸の内でそう断言する。

 紫輝は草地に寝転んで、寄り添うライラにしがみつく。
 ライラが一緒で、孤独に呑まれることはないが。
 それでも、寂しさがふつふつと湧いてくる。

 天誠、助けて。

 無意識に、紫輝は弟に救いを求めた。
 両親は多忙で、家を空けることが多く。紫輝は幼い頃から天誠と一緒にいることが多かった。
 日中は家政婦がいたが。交代のサイクルが早くて、心を開ける相手ではなく。
 だからつい、大人よりも年の近い弟を頼りにしていた。

 紫輝が困ったときは、天誠が。天誠が困ったときは、紫輝が手を差し伸べ。互いに支え合っていたのだ。

 小学生の頃、天誠がいじめられたことがあったが。
 それはどう解決したっけ、と。今の状況を打開する参考に、当時のことを脳裏に浮かべた。

 ぱっちりとした、青い目。金色のまつ毛は長く。血色の良いピンクの唇だった小学生の天誠は。
 まるで極上の西洋人形のごとく。あでやかな美少女顔だった。
 同級生の男子から『女の子とは遊べない』とからかわれ、仲間外れにされてしまったのだ。

 もう学校には行きたくない、と言って。泣く天誠を。
 紫輝はなだめ、一緒に学校に行った。
 手をつなげば、安心し。可愛い笑顔を見せてくれる。
 休み時間や放課後は、天誠のクラスに出向いたが。孤立状態はなかなか改善しなかった。

 そこで紫輝は、クラブチームに入っていた、サッカーの上手い友達に協力してもらい。天誠のクラスでサッカー教室を開いたのだ。
 女の子みたいな顔立ちだったが、天誠は当時から運動神経が良く。すぐに、リフティングやドリブルのコツを覚えた。
 クラスの誰より、足先でボールをさばくのが上手くなり。クラスの男子たちは天誠に一目置くようになったのだ。

 そうしていじめは解消された。

「兄さん、すごい。兄さんのおかげで友達が出来たよ?」
 それ以来、天誠は。紫輝を盲目的に尊敬するようになったのだが…。

 紫輝はきっかけを作っただけだと思っている。
 元々天誠は魅力的で。とても賢く、人柄も温厚なのだ。
 力なんか貸さなくても、すぐに友達を作れたはずだ。


「きっかけ、か。さて、どうするか…」
 二本になったライラの尻尾を、胸にかぶせ、紫輝は目をつぶる。
 一晩、外で寝るしかない。
 部屋を閉め出すなんて悪質な嫌がらせを入軍初日に受け。テンションは、ダダ下がりだ。

 ここに来る前の世界では、四月の初旬だった。
 陽気的には、ここも同じくらいの季節に感じる。
 ひんやりとした夜の空気が身に染みるけれど。ライラが温かいから、きっと凍死はしないだろう。

     ★★★★★

 日が明け、紫輝はライラを剣に戻した。
 そして五班の戸の前で座り込んでいると。しばらくして室内から男たちが出てきた。
 紫輝を、縦にも横にも一・五倍に膨らませたほどの大柄の男が、不遜に告げた。

「俺は五班班長の吉木だ。いいか、俺の言葉には絶対服従だ。おまえから俺に声をかけるな。それから同じ龍鬼だからって、組長に話しかけたりするんじゃねぇぞ。おまえとあの人じゃあ、格ってもんが違うんだからよぉ」

 閉め出したことには触れず。言うだけ言って、背を向けた吉木には。紫輝が話しかける隙は、ない。

 暗いグレーの髪と翼…紫輝は、庭の柿を食い荒らしたムクドリを想像した。
 小鳥の中では大きめで。だが、鳴き声はギャースと怪獣みたいだった。

 絶対にあいつだ。そう紫輝は決めつけた。

 初対面から威圧的な吉木には、当然悪い印象しか抱かない。
 組長に話しかけるな、なんて言われたが。そんな命令に従う気はない。
 龍鬼に聞きたいことが山ほどあるのだ。
 こちらは命が掛かっている。班長だろうが誰だろうが、邪魔はさせない。
 というのが紫輝の本音だった。

 とはいえ、これから何をするのか、どこへ行くのか、誰も教えてくれないので。
 とりあえず紫輝は班の人たちについていった。

 たどりついた広場には、二十四組の兵士、百人ほどが集まっている。
 一斑の班長が、基礎訓練だと言い、広場を十周しろと指示を出した。
 しかし、この広場。一周、約二キロほど、高低差のある、かなりの難コースじゃね? と走りながら紫輝は感じていた。

 実は紫輝は、筋肉がつきにくく細身な体躯だが。
 持久走だけは、運動神経抜群の天誠に勝つことができた。
 だから自信があったのだが。
 ここには体力自慢が多くいるみたいで。百人中、七位でフィニッシュした。残念。

 走ったあとは、剣の訓練が始まった。
 それぞれペアを組み、対戦するのだが。
 紫輝はなにもできずにいた。
 班の男たちが相手をしてくれないからだ。
 偶数の人数なのに、三人で組む人たちがいて。声をかけても無視されるから。
 練習風景をただ見ているしかなかったのだ。

 今までは、笑顔で元気に挨拶すればみんな好意的に受け入れてくれたのに。
 こんなにもシャットアウトな場面は、初めてで。手も足も出ない。

「君、さぼるな」
 そこに滑舌のいい声が響き、練習していた男たちが手を止める。
 誰に言われたわけでもなく、人垣が二手に分かれ。

 その間を、少年がゆっくりと歩いてきた。

 一番に目を引くのは、光る糸を織り込んでいるかのようなメタリックの緑髪だ。
 肩口辺りで切り揃えたセミロング。
 でも女性に見えないのは。くっきりとしたアーモンドアイから放たれる視線が、鋭いからだ。
 細身で、小柄な体格。身長も年齢も、紫輝と同じくらいに見える。
 だが彼は『眼鏡を掛けたら学年一の秀才』という印象の、理知的美少年だから。平凡な容姿の紫輝と、似通っているわけではなかった。
 口元はキリリと引き締め。立ち姿は、鍛え抜かれた剣のごとく凛としている。

「お疲れ様です、組長」
 兵士たちが頭を下げるのを見て。紫輝はこの少年が二十四組の組長で、龍鬼なのだと知った。
 あっと、思わず声が出るほど驚いた。

 そういえば、羽がない。

「新入りの龍鬼だな? 私が組長の高槻廣伊たかつきひろいだ」
「ま、間宮紫輝です。よろしくお願いします。あの…さぼっているんじゃないんです。相手がいなくて…」

 自分に非はないのだと、紫輝は彼に伝えたかった。
 でも、なんだか声が震える。
 ひたと見据える彼の視線には、迫力があった。
 絶対に同年代…もしくは彼の方が年下だと思うのに。その厳格な雰囲気にのまれてしまう。

「君は何故、所定の軍服を着用していないんだ? すぐにも支給されるはずだが」
 言われ、紫輝は自分の服を見下ろす。
 この世界に来てから、学校の制服を着たままだ。
 足には、眞仲にもらった足袋とわらじ…。
 兵士たちは、濃茶の軍服に黒ブーツでそろえている。
 だが組長は、緑の髪とマッチした深緑色の軍服を身につけていた。

 階級で、色分けされているのだろうか?

「昨日配属されたばかりで、俺、まだ何もわからなくて」
「そういう者のために、班長という役目があるのだが。吉木、どうなっているんだ?」
 組長に視線を向けられ、班長の吉木は背筋を伸ばした。

「はい。軍服は手配済みですが、こいつの要望がいちいち細かくて…仕立てに時間がかかるようです」
 紫輝はまだ、吉木とは一言も口をきいていない。
 はぁ? と声を出さなかった、自分を褒めたい。

「そうか。では、とりあえず今は練習相手の調達だな」
 組長が、腰に下げた剣の柄に手を伸ばす。
 ライラ剣より小さいが。一般兵士が持つものよりも、かなり大きめの剣だ。
 ライラと違い、本物のはがねでできているだろうから、すごく重いはずだ。

「では、私とやろうか?」
 薄い笑みを浮かべる、高槻組長…笑っているのに、なんだか怖いんですけど。

 外見は少年なのに、剣を構えると緑のオーラが背後に立ち昇っているように見え。
 挑発的な、オーラと同じ色の瞳に、魅入られそうになる。

 紫輝は彼に煽られるまま、後ろ手に剣の柄を握った。
 早々に龍鬼対決が実現し、周りの兵士たちが興奮して『オオッ』とはやし立てる。
 でもその声が耳に入らないくらい、紫輝は組長のことしか見えていなかった。
 緊張の糸をぴんと張って、極限に集中していたのだ。
 おそらく、組長も。

「いえ、高槻組長。ぜひ私とお手合わせを」
 緊張に満ち、だが高まる集中の心地よい感覚を漂わせていたふたりの間に。
 無粋にも、吉木が割って入ってきた。

 当然、周囲の兵たちからブーイングの嵐が巻き起こる。
 組長も、一瞬だけ『興醒めだ』という表情…いや、表情はほぼ動かないのだが。目の色が、そんなふうに語ったように見えた。

「なんだ、おまえは暇なのか?」
 微笑みつつも強い眼光は変えず、組長は吉木にたずねる。
 組長と話が出来たこと自体が嬉しいという様子で。吉木は、満面笑顔になった。

「はい。ですから、ぜひ…」
「なら、この新入りと組め。私をわずらわせるなよ、吉木」
 組長は吉木に、冷ややかな一瞥をぶつけたあと、修練中の兵士たちの間を縫うように歩いて行ってしまった。
 紫輝と組長の周りを囲んでいた兵士たちも、散り散りにばらけていく。
 チャンス到来とばかりに、紫輝はすかさず吉木に頭を下げた。

「吉木班長、いろいろ教えてください」
 しかし吉木は、顔を真っ赤にして怒り、紫輝を睨みつける。
「あぁ? 誰がおまえなんかと組むかっ」
 足音荒く、背を向けると。吉木は元の相手と組み。

 結局、紫輝はライラ剣を素振りして剣の訓練を終了したのだった。

     ★★★★★

 午後の訓練も終わると、夕日の赤が美しく感じる時間になった。
 紫輝は宿舎に隣接する講堂の廊下を歩いている。

 剣術訓練のあと組長が、この建物で打ち合わせをすると噂に聞き。彼を探しているところだ。
 講堂内は、木造校舎風。
 窓から夕日がさすと、放課後という雰囲気になり。なんだか懐かしい気持ちになった。

「おい、龍鬼が勝手にうろうろしてんじゃねぇよ」
 だが組長に会う前に。五班の者たちにさえぎられてしまった。
 名も知らぬが、班の仲間に紫輝は凄まれる。
 でも紫輝は良い機会だと思ったのだ。
 後方で腕を組んでこちらを見ている吉木に、話しかけた。

「吉木班長、俺は班長とちゃんと話がしたいです。訓練もしっかりと受けたい。ただそれだけで。俺は…龍鬼だけどなにもしないから、怖がらないでください」
「怖がるな、だって? おまえなんか怖くねぇよ」
 鼻で笑われるが。
 では、なんで仲間にこんな仕打ちをするんだ? と。紫輝は純粋に疑問に思う。

「つぅか、おまえから話しかけるんじゃねぇって、言ったよな? 新入りのくせに図々しい。おまえ、組長に俺らのことを言いつけに行く気だろ。でも、そうはいかねぇ」
「言いつける気なんかありませんよ。でも、話ができない状況が続いたら組長に相談するかもしれません。こっちも歩み寄りようがない」

 ケンカ腰の相手に、紫輝はなるべく冷静に対応しようとした。
 だが吉木は、取りつく島もない。

「はっ、気色悪い。龍鬼なんかに気安く寄って来られたくないな」
 どうしても、龍鬼というレッテルがついて回る。
 嫌がらせを受け、鬱憤が溜まっていた紫輝は、いい加減イラッときて、声を荒げた。

「龍鬼、龍鬼、言って。俺を仲間外れにするけど。班長は組長に話しかけられて、嬉しそうにしてたじゃん。言葉と行動がちぐはぐじゃないですかっ?」
「あの人は龍鬼だが、俺たちを守ってくれる人なんだよ。でも、おまえは得体の知れないただの不気味な龍鬼だ」

 吉木が言ったそばから、班員が次々に声を上げる。
「龍鬼がそばにいると子孫に影響が出るって、俺の村には言い伝えられているんだよ」
「俺の子供が龍鬼になったら、お前のせいだぞ」
「そうだよ、おまえと同室なだけで苦痛なんだよ。姿を見ると虫唾むしずが走る」
 面と向かった相手から、徹底的な拒絶を示され。

 紫輝は、単純に驚いてしまった。

 以前、村人に石を投げられたことがあったが。
 眞仲によれば、それは力を持たぬ村人が、驚異の力を持つ龍鬼から身を守るための行動だった。
 だから、悪いことだとは思うけど。仕方がないとも思える。
 紫輝も、たとえば森でクマに出会ったら、怖くて石を投げてしまうかもしれないと思うから。

 しかし、この場に居るのは。目的を同じにした仲間であるはず。
 縁あってチームを組み。共に命を懸ける境遇になったのだ。
 なのに同志に、そんなことを言うなんて…彼らの気持ちが理解できない。

 さらに言えば、紫輝の常識として。人に嫌いと告げて、相手を傷つける。その行為自体があり得ない。
 あまりにも人に対して情け容赦がなさすぎる。

「俺と話すだけで君の子供が龍鬼になるのか? 冗談だよね? 風邪じゃないんだから。人の能力や身体的特徴が、軽い接触で移行するとかあり得ないでしょ」
 というより、言い伝えとか科学的根拠のないことを言われ、ちょっと笑ってしまった。
 すると目に見えて、男たちが怒気をはらんだ。

「おい、おまえ。俺たちを馬鹿にしたな?」
「馬鹿になんかしていませんよ。とにかく俺はちゃんと訓練に参加したいだけなんです。無視するとか、仲間外れとか、子供っぽい真似はやめてくれませんか?」
「いいだろう、たっぷり相手をしてやる」

 吉木がそう言ったので、ようやく自分の気持ちが伝わったのだと思い、紫輝はホッとした。
 しかし、それも束の間。
 吉木がその場で剣を抜き、紫輝の前で振り上げたのだ。

 入軍したとき、門番も剣を抜いた。
 でも、あのときは。恐れを感じなかったのだ。門番には殺気がなかったからだ。

 けれど今、紫輝は。腰骨がしびれるほどの殺意を、吉木から感じている。

 突然の窮地に、紫輝はすくみ上がった。
 将堂軍の、同じ組の仲間に殺されるのか?
 そんなことがあっていいのか?
 でも龍鬼だから、仕方がないのか。

 そんなあきらめに似た気持ちが、脳裏をよぎる。

 一瞬にも、長い時間のようにも感じる中。
 紫輝は、背負っていたライラ剣を、鞘ごと胸の前に引き寄せた。
 危機を回避するための、無意識の行動だ。
 でも、剣を抜く余裕はない。

 吉木が剣を振り下ろす、その軌道を、ただ見ているしかなかった。

「おんちゃんを、いじめないでっ」
 ライラが叫んだ、そのとき。その場にいる者すべてが目を覆うほどの閃光が放たれた。
 吉木の剣が紫輝に到達する前に。
 彼は意識を失い。ばったりと、廊下に倒れ込んだ。

「ひーっ、だ、誰かぁ、龍鬼が、吉木を殺したっ!」
 大きな体躯の吉木が、受け身も取らず、そのままの勢いでどーんと倒れたので。
 他の班員が、腰を抜かして。半狂乱でわめいた。

 光はライラ剣から発されている。
 ライラが、吉木の生気を吸っているのだ。

 彼女の怒りが、紫輝の心に強く伝わってくる。

 ライラは吉木が倒れたあとも生気を吸っていて。このままでは、彼の命が危ないと感じた。
 光る剣を抱き締めて『殺しちゃ駄目だ』と何度もライラに言い含める。
 するとようやく、剣の輝きがおさまってきた。

 紫輝がライラの暴走を抑えて、安堵していたとき。
 叩きつける勢いで、近くの部屋の引き戸がバシーンと開いた。

「叫び散らかしてんじゃねぇ、馬鹿野郎がっ!」
 中から青い髪の男が出てきて、騒ぎ立てる班員たちを一喝したのだ。

 青年はずかずかと足音を立てて、紫輝に近づいてくる。
 剣を抱いて、ただ立ち尽くす紫輝を。彼はボリュームのある青髪の隙間から、眼光鋭く一瞥し。廊下で倒れている吉木のそばに、片膝をついた。
 吉木の頸動脈に手で触れ、拍動していることを確認すると。青髪は班員をキッと睨んだ。

「死んでないじゃねぇかっ、大袈裟に騒ぎやがって…殺すぞ、ボケッ」
 青髪は荒っぽいツッコミ芸人みたいに、そばにいる班員の頭をはたいた。

「でも、あの龍鬼野郎が…」
「組長の前で、龍鬼がなんだとまだ騒ぐつもりか? 良い度胸だな、おい」
 彼が顎を振って示す先、開いた扉付近で。

 組長が静かに、事の成り行きを見ていた。

 高槻組長の姿を目にし、班員たちは気まずそうに口をつぐむ。
「おいおい、こいつをネチネチいたぶったら能力使われるかもって、それぐらいの想像力は持っているよなぁ? ならこの顛末は自業自得ってことで、終了な。それで良いよなぁ?」
 青髪の男は、班員たちをなかば脅し。
 男たちがこくこくとうなずきを返すと、吉木を医務室へ運ぶよう指示した。
 そして、紫輝のことは。組長のいる部屋に押し込んだ。

     ★★★★★

 紫輝は、ほとほと嫌になっていた。
 この世界に来てから、石は投げられ、殺されかけ…ひどい目にばかり遭っている。

 眞仲には、龍鬼の姿をした紫輝は仲間に受け入れられないかもしれないと忠告されていた。
 心も体も、傷つくのだと。

 彼が行くなといった意味が、今ならわかる。
 自分は相当、考えが甘かったのだ。

 室内には、紫輝と高槻廣伊。そして組長の横に、彼より頭ひとつ分背の高い、青髪の男が並び立っている。
 でも紫輝の目には、組長しか映っていなかった。
 猛然と、紫輝は彼に喰ってかかる。

「あんたが、俺らをここへ呼んだんだろう? 天誠に会わせろ! 俺の弟を返せっ」
 紫輝の勢いに圧倒されることもなく、組長は冷静な口調で切り返した。

「君は自分で志願してきたと、報告を受けているが?」
「軍に入ったことじゃなくて。こことは違う世界から、俺と天誠とライラをここに呼んだろ?」
 組長は表情を動かさない。
 だが、理解不能という仕草で小首を傾げる。

「なら、こう言えばわかるか? 庭に大きな手が出てきて、俺たちを掴んで、ここに連れてきたんだ。あんたの仕業なんだろ? こんなことは龍鬼にしか出来ないって、ちゃんと教わってここまで来たんだ…」

「私じゃない」
 落ち着いた声を組長は出し、紫輝は若干、頭を冷やす。

「大きな手が、君をここに連れてきた。と言ったか? 仮に、君の話が本当だとして。その大きな手とやらは、私ではない。私は確かに龍鬼だが、人を掴んで移動させるほどの強大な力は、持ち合わせていないし。それに龍鬼は、私ひとりではない」

 淡々とした話口で言われ、紫輝はひるむ。
 でも、あきらめなかった。

「能力の大きさなんか、そんなの口ではどうとでも言える。天誠を俺と会わせたくなくて嘘をついているんじゃないか? 俺は弟と、無事に再会したいだけなんだよ。あんたらの邪魔を、絶対しないと誓うから。とにかく天誠に会わせてくれないか?」

「能力の詐称か、確かに、誤魔化そうと思えば出来ないこともないな」
 組長は紫輝の意見に納得し。フムとうなずく。

「君の弟だが、何故ここにいると思っているんだ?」
「龍鬼が、天誠になんらかの用があってここに呼んだのなら。呼んだ本人が弟を保護していると思ったんだ」
「なるほど、それで『邪魔をしない』という言葉になるのだな」
 じっくり思案してから、組長は説明を開始した。

「まず弟の件だが、私は本当に知らない。ただ龍鬼が君たちをここへ連れてきた、という話は否定しない。こことは違う世界、というのは。正直、理解不能だが。何者かが君たちをどこかから連れてくる。そんなことを実行できるのは、龍鬼しかいないからだ」
「だったら…」
 やっぱり、ここにいるのだと思い。紫輝は期待の目で廣伊を見るが。
 彼は首を横に振る。

「手裏軍の龍鬼か、将堂の幹部か、誰が実行したか私にはわからない。知っての通り私は組長で、幹部級の策略に参加できるほどの権限はない」
「でも、龍鬼なら…」

「龍鬼には、それぞれ異なる特別な性質があり。能力の大きさも個人差がある。それで。もし私に、君が言ったほどの能力があったならば、二十五にもなって組長に留まってはいないよ。もっと出世している」
 組長の説明を聞き、後方にいた青髪が声を殺して笑っていた。

「二十五…え、二十五歳?」

 紫輝は口の中で、組長の言葉をくり返し。言葉の意味を咀嚼して。ようやく、ものすごくびっくりした。
 組長のことを、自分より年下、もしくは同年代だと思い込んでいたからだ。
 彼のなだらかな頬のラインは。大人というよりも、少年のそれだ。
 眼光が鋭くても、瞳は丸く、愛嬌があり。
 光る緑色の髪が頬に掛かると、美少女めいて見える。

 どう見ても、自分より七歳も年上には見えない。

「ないでしょ。どう見ても中学生でしょ」
「チュウガクセイは、意味不明だが。見た目をからかっていることぐらいは、わかるぞ」
 組長の言葉に、青髪がこらえきれない様子で、とうとう声を立てて笑い始めた。

「やべぇ、腹痛ぇ…おもしろすぎんだろ」
 腹を手でおさえる男を無視して、組長は話を進めた。
「それで、間宮…」

「間宮紫輝です。紫輝と呼んでください」
 打ち合わせや、会議などに使うのだろう。すぐそばに黒板があったので。チョークで名前を書いた。
 紫輝のおおらかな性格を表すような、ダイナミックな書き文字だ。

「ならば、私のことも廣伊と呼べばいい。それで、紫輝。ここではない世界から来たというのは、どういう意味なんだ? 海の向こうから来たのか?」

「いえ、遠方とか別の国からとか、そういう意味ではなく。こことは全く性質の違う世界です。一番の違いは、俺の世界の人間には翼がついていないということです。戦は、昔はあったんだろうけど、俺が暮らしていた時代は平和だった。俺は普通の学生で。羽がないことで、いじめられることはなかった。だって羽がないことが当たり前だったんだから」

 答えているうちに、ここに来てからのひどい仕打ちを思い出して、悲しくなってきた。
 涙をこらえ、一生懸命顔をしかめたけれど。
 声だけは震えてしまった。

「でも、おまえは龍鬼だろ? さっき能力を使っていた。あぁ、全人口が龍鬼ってことか?」
 青髪の男が、口をはさんだ。
 チラチラと目端に映ってはいたが、紫輝はようやく、しっかりと男に顔を向けた。

「いいえ、龍鬼のような、特殊な能力などなく。翼もない、全人口がただの人です。で、あなたは…」
「九班班長の望月千夜もちづきせんやだ。俺も、千夜って呼んでいいぜ?」

 黒板の、紫輝の名前の横に、千夜もチョークをカツカツ言わせながら名前を書いた。
 無造作に伸ばしっぱなしの髪は、肩甲骨に届くくらいの長さがある。
 こめかみの辺りの毛を、細かい編み込みにして、おしゃれに見せているが。
 あれはボリュームを押さえるためだな、と。ゴワゴワの髪質に悩んでいる紫輝には、わかっていた。
 彼はきっと、毛量が多くて苦労しているのだろう…猛烈に親近感が湧いた。

 切れ長の目は鋭く。犬歯が目立つ大きな口で、ニヤリと笑うと。とても挑発的に見えた。
 言葉も態度も、自信をみなぎらせていて。とても荒い。
 髪と同じく青い羽は、翼の先の方に黒い筋模様すじもようがある。
 羽先がお尻の辺りまであるから、眞仲ほどではないが翼は大きめの方だ。

 青色の軍服を着ているから、上官かと思っていたのだが。班長ということで。
 どうやら軍服の色は、階級分けではないらしいと知った。

「でも、おまえ。武器も使わずに吉木を倒したんだろ? 翼も能力もないただの人が、どうやってあのデカブツを昏倒させたんだ? 話が矛盾する」
 嘘をつくなと言われているようで、紫輝は慌ててしまう。

「吉木班長を倒したのは、俺じゃなくて…ライラが…」
 見た方が早いと、思う間もなく。剣がキラリと光り。
 大きな獣の姿のライラが現れた。

「あたしのおんちゃんをいじめないでぇ」
 叫ぶライラを見て、彼らは一歩あとずさる。
 紫輝はライラの首に抱きついて、落ち着かせた。

「大丈夫だよ、ライラ。この人たちは、悪い人じゃない…たぶん」
「だって、おんちゃん。泣いているもの。ここの人、あたし、きらいよぉ」
 ゴールデングリーンアイズの美しいピカピカの瞳を、涙でウルウルさせ、ライラは激しく泣いた。
 涙を流すライラを見て、紫輝もなんだか、泣きたくなってきた。うぅっ。

 だが、廣伊が『妖獣だ』とつぶやいたから。意識を彼に戻した。
「妖獣じゃない。ライラは俺の猫です。こっちの世界に連れてこられたとき、なんだか、でっかくなっちゃったけど。なんだか、生気を吸うこともできるけど…でもそれは、俺が殺されそうになったからで、ライラは悪くない!」
 鼻息荒く、紫輝はライラを弁護した。

「その…猫が、生気を吸って、吉木を昏倒させたって…そう言ってんのか?」
 ライラを指さす千夜に、紫輝は大きくうなずく。
 その様子を、廣伊は呆れた目で見やり。
 続いて千夜に、目を移した。

「かなり面倒そうだが…悪い。いいか?」
 申し訳なさそうにたずねる廣伊に、千夜はなにやら苦笑してうなずいた。
 そのあと廣伊は、紫輝に向き直り、命令口調で告げる。

「紫輝。本来、龍鬼の力を仲間内で使用するのは規則違反だ。でも今回は、吉木にも落ち度があるようだから、不問にする。しかし同じ班員に危害を加えてしまったからには、もう五班には居させられない。よって望月が班長を務める九班に異動してもらう」

「嫌です」
 きっぱり、紫輝は首を振って拒絶した。
 寛大な処置であることは、紫輝にもなんとなくわかるのだが。

 驚きを隠せない廣伊と千夜に、紫輝は土下座して頼んだ。
「お願いします、組長。俺たちを元の世界に帰してください。こんな、羽がないだけでいじめられる世界は、もう嫌だ。もう、ここにいたくない」

 元の世界に戻れるなら、なりふり構わなかった。
 とにかく、嘘みたいな、夢みたいな、荒唐無稽な世界から、逃れたくてたまらなかったのだ。

 半泣きの紫輝を、廣伊はひたすら困った顔つきで見下ろす。
「いや、本当に、私は君を帰してやれないから」
「それに、たとえ今、廣伊がおまえらを帰してやれるとしてもよぉ、天誠はどうすんだよ。廣伊は天誠の居場所を知らないんだぜ?」
 廣伊の横で、千夜が問いかける。
 彼の指摘に、紫輝はグッと息をのんだ。

「天誠と会えていないのに、おまえらだけ帰っちゃうのは『あり』か?」
「あり、なわけないだろ。だから、天誠と会わせろって言ってんのにっ」
 紫輝は床板に拳を叩きつけ、激しく首を横に振る。

 正直、紫輝は。ここに来たときの状況を覚えていない。
 大きな手に掴まれて、この地で目覚めるまでの記憶がなかった。
 もしかしたら、この世界に天誠はいないかもしれない。そう考えたことも何度もある。

 でも天誠が自分たちと共に、あの手に掴まれたことは覚えていた。
 それを考えると、天誠がこの地にいるのは。

 ほぼ、確実なのだ。

 自分たちが元の世界に戻ったとき。そこに、天誠がいなかったら…。
 その場面を想像しただけで、背筋がゾッとした。
 天誠を探し出せないまま、元の世界に戻る、それは絶対『なし』なのだ。

「だったら、こんなとこで泣いてる場合じゃねぇだろ。おまえにはやるべき事があるはずだ」
 軍服の上からでも鍛えているのがわかる、太い腕を組み。不遜に見下ろしてくる、千夜を。
 紫輝は悔しげに見上げた。
 その拍子に、涙がポロリとこぼれ落ちる。

 もちろん、千夜の言葉が正しいから。
 そこに至らなかった、己の未熟さが悔しくて。涙が出たのだけど。

 それはともかく、まずは天誠の行方を知ることだ。
「ならば、教えてください。天誠につながる情報が欲しいんです。翼のない男が最近目撃されたとか。軍に入ったとか。なんか、ないですか? 弟は間宮天誠って名前で、十七歳です」
 素早く立ち上がり、紫輝は天誠の名前を黒板に書いた。

「近頃、龍鬼が入軍したのは。君だけだ。目撃情報も入っていない」
 廣伊の言葉に、紫輝はグスリと鼻をすすりながら、ため息をつく。

「あぁ、早く探し出してやりたいのに。まさか、誰かに監禁されているんじゃ…」
「そう悪い方に考えるな。紫輝のことだって、目撃情報が本部に入ったのは君が入隊したあとのことだった。情報が手元に来るまで、それなりに時間がかかるってことだ。この地へ来て日が浅いなら、まだ本部に伝達されていないだけかもしれないし。もし手裏側にいるのなら…残念だが、彼が戦場に立ちでもしなければ、将堂は把握できないだろう。龍鬼の存在は基本、機密扱いだからな」

「そんな、俺、龍鬼の情報がすぐ手に入ると思って、軍に入ったのに」
 元の世界と違い、情報の伝達スピードが格段に遅いと実感した。
 スマホで、海外の家族と連絡を取り合い。
 リアルタイムでニュースを見られた世界から来た、紫輝としては。状況が早く知れない現状が、もどかしい。
 そのスマホは、紫輝のズボンのポケットに入っているが。
 電気も電波もないこの世界で、使えるわけもなく。
 電源つかないし、充電も切れてしまった今、ただの鉄くずになり果てている。
 元の世界では、スマホ最強なんて思っていたものだが。異世界に来たら、全くツカエナイ。

「仕事柄、私には新しい兵の情報が逐一入ってくる。もし天誠が入隊したら、すぐに教えてやるから安心しろ。手裏側にいても、目撃情報さえ入れば消息だけでも掴めるだろうし。私がしてやれるのは、それくらいだが…」
「そうだな、廣伊の能力じゃ、この白墨すら動かせねぇ」

 廣伊は親身になって、紫輝を慰めようとするが。
 千夜が、軽口を叩いて場を濁す。

「事実だが、貴様に言われると腹立たしいな」
 とても不愉快そうに、廣伊は目をすがめた。

「あの、廣伊の能力ってどんなものなんですか?」
 天誠の消息が明らかになるまで、元に戻れないが。彼がみつかったときすぐにも帰れるように、龍鬼のリサーチをしておくべきだと紫輝は思った。
 龍鬼の力がどんなものか、紫輝はまだ知らない。
 眞仲に、地震を起こすとか、火を出すとか、聞いていたが。それは噂だ。
 とにかくその不思議な能力を、実際に見て見たかった。

「…本当にたいしたことないからな」
 紫輝の真剣な顔を見て、後には引かないという意志を感じたのか。
 廣伊はため息交じりにつぶやいて。目の前にあった木製の机を、バンと手で叩いた。

 するとたちまち緑のオーラが、廣伊の背後に立ち昇る。

 廣伊の端正な顔に、凄味が帯びていく。
 だが、すぐにオーラがしぼんだ、というか引っ込んだ。
 大きな仕事をしたとばかりに、廣伊は息をつき。手を机から離す。

 その下、机の真ん中から。小さな芽が出ていて。白い小花がぴょっこり咲いていた。

「…っ、それだけかいっ」
 我慢できず、紫輝は心のままにツッコミを入れてしまった。

 千夜は、ヒーヒー言いながら笑っている。
 儀式っぽい雰囲気に満ち満ちていたあげく。花芽が出ただけで。
 拍子抜けも良いところだ。

「だから、言っただろう。私の通り名は花龍かりゅうと言われていて、草木を異常繁殖させる能力しか持っていないんだ。紫輝を元の世界に戻すには、空間や、ときに時間までも歪めなければならないのだろうが。私にはその性質の能力がない」

 机に咲いた小花を、廣伊は指先でむしる。
「な? 戦場で使えねぇ、可愛らしい能力だろ」
 千夜に揶揄された廣伊は、先ほど摘んだ小花を、彼に投げつけた。
 そんなやり取りから、ふたりの仲の良さが紫輝にも伝わる。
 なんだか微笑ましい。

 自分と天誠も、こんな感じで日々過ごしていた。
 笑って、怒って、じゃれて。

 仲良しの彼らを見ていて、紫輝は。弟と過ごした幸福だった日常を思い出し…。
 とても寂しい気分になった。

「そうは言うが、この可愛らしい能力のせいで、私は村人に売り飛ばされたんだ」
 ちょっと切ない声で、廣伊が言う。
 猛者を従え、凛とした眼差しで顔を上げている彼は。強靭なのだと思っていたから。
 そんな重い背景があるなんて、想像できなかった。

「龍鬼が発見されたら。普通、袋叩きにして抵抗を奪い、軍に売られる。無傷でここまで来たのは、奇跡に近いぞ」
 紫輝の場合、眞仲に出会ったのが大きかった。
 彼は、紫輝が龍鬼でないと知る前から、差別することもなく、助けてくれたのだ。
 それどころか、この世界のことを何も知らず、見た目は龍鬼で、厄介事しか招かないような相手に。

 家族になろうとまで。言ってくれた。

 改めて思い返してみれば。眞仲が紫輝を売り飛ばせる機会は、山ほどあった。
 巡回している兵士に、声を掛ければいいのだから。

 だが、そうはせず。紫輝の意思を尊重してくれて、わざわざ将堂の基地まで送ってくれた。
 報奨金が出るみたいだったのに、将堂から謝礼を受け取らず、帰ってしまった。

「たまたま…優しい人が、この基地の場所を教えてくれたんだ」
 眞仲との約束だから、彼との邂逅をここでは話さない。
 だが、その出会いが。本当に幸運なものだったのだと。
 紫輝は廣伊に言われて。改めて再認識したのだ。

 龍鬼という見た目に、左右されず。内面をまっすぐに見てくれる。
 そんな人物の存在自体が、この世界では極めて少ないのだろう。
 自分を包むようにみつめてくれた、あの温かい瞳の色を思い出し。ありがたいと思い。
 そして眞仲に、今更ながら深く感謝した。

 そして龍鬼への風当たりが、それほどまでにつらいことなのだと。それも身に染みて思い知る。

「廣伊の能力は…わかったよ。確かに、元の場所に、俺たちを戻してもらえないようだ」
「役に立てず、申し訳ない」
 廣伊のせいじゃないのに、彼は律儀に頭を下げてくれる。
 上官に謝られてしまい、紫輝は慌てた。

「いえ。あの、出来れば、今、確認されている龍鬼の情報も知りたい…です」
「龍鬼のことは、軍の機密だと言っただろ?」
 廣伊ではなく千夜に言われ、紫輝はムッとして反論した。

「でも、廣伊に出来ないのなら他の龍鬼に当たるしかないじゃん。それに今いる龍鬼たちの中に、弟がすでにいるかもしれないし。俺たちをこの世界に連れてきたのは、龍鬼なんだから。龍鬼の連帯責任で、とにかく知ってる情報は全部教えてください。お願いします」

 なかば無理矢理な理論で、紫輝は押し通した。
 ここは紫輝にも、おそらく天誠にも、生きづらい世界だ。
 一刻も早くここから脱出したい思いで、必死だった。

「…みんなが知っている基本情報くらいしか、出せないぞ?」
 紫輝の必死さに根負けしたか。大きなため息をついて、廣伊は背を向ける。
 黒板に人の名前を書いていった。

「私を含め、現在確認されている龍鬼は、五名だ。将堂軍には氷龍ひりゅう時雨堺しぐれさかいという龍鬼がいる。でも彼は確実に天誠ではない。名門、時雨家の子息だからだ。堺の兄である炎龍えんりゅう時雨藤王しぐれふじおうも、同じ理由で除外できる。つまり将堂の龍鬼に、天誠はいない。まぁ…あくまで。私が知っている範囲での話だ。幹部が天誠になにかしているのか。そこまでは、わからない」

 天誠が将堂の幹部クラスに保護されているのでは、という紫輝の推測を、廣伊は濁すような言い方をした。
 紫輝のすべてを否定しないよう、配慮してくれているのを。その言葉から感じ取れる。

「手裏軍には、不確定情報だが。総帥の手裏基成しゅりもとなりに付き従う二名の龍鬼がいる。不破ふわと、安曇眞仲」

 その名を聞き、紫輝の心臓に電気が走った。
 安曇眞仲、それは紫輝の大事な人の名だ。

 まさか、同一人物か?
 しかし、紫輝は思い返す。
 紫輝の知っている眞仲には、立派な翼が生えていた。龍鬼ではなかった。
 ならば、きっと同姓同名なのだろう。
 その思考が、瞬時に脳裏をよぎる。

(だけど、自分の話を将堂でするなって眞仲が言ったのは、このことが原因なのかもしれないな?)

 敵軍の龍鬼と同じ名前の人に助けられたと、紫輝が言ったら。あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。
 スパイ疑惑とか。
 眞仲は、紫輝のことを気に掛けてくれる人だった。
 だから、自分の事で紫輝が傷つかないよう、配慮してくれたのだろう、と。紫輝は思う。

 彼との約束があったから、これ以上顔に出さないよう。紫輝は表情を引き締めた。

「不破も安曇も、有能な軍師で。我々は手を焼いている。しかし、手裏軍の臣下として、何年も前から名が轟いているから、十七という年若な者ではない」
「不破なんか、先代の頃からいるって話だし、爺さんかもな」
 廣伊の説明に、千夜が補足を入れる。
 とりあえず今、認識されている龍鬼の中には、天誠らしき人物はいないようだ。

「氷龍は強い龍鬼だ。もしかしたら、空間を歪めて人を移動させるくらいのことは可能かもしれない」
 そんな龍鬼がそばにいるなら、すぐにも会いたいんですけどぉ…。
 という考えが、顔に正直に出ている紫輝に。
 廣伊は腕を組み、難しそうに首を横に振った。

「彼には簡単に会えないだろう。時雨は右将軍うしょうぐん。つまり右軍の幹部だ。下の階級の者が、みだりに上官に話しかけてはならない。という規則が、我が軍にはある。礼儀を欠くと、その場で切り捨てられることもあるから、注意しろ」

 初めて聞くルールに、紫輝は衝撃を受けた。
 そういえば、吉木に『おまえから声をかけるな』と言われていた。
 あれは、そういう意味だったのかと思い直す。

 だとしたら、ヤバい。
 組長の廣伊にも、吉木と同じ班長の千夜にも。結構、雑に話していた自覚があるよ。

「ごめ…すみません。そんなルール…えーと、規則があったなんて、知らなくて。組長や班長にご無礼を…」
「いや、私は。そういう堅苦しいことはしていないので。二十四組の中では、普通に話していて構わない」
「そうそう、うちは荒くれが多いから、敬語使う奴なんかいやしないし。班長なんか名前ばかりで。使いっ走りの一般兵だよ。おまえと立場は変わらない」
 廣伊も千夜も、気兼ねするなと言うが。

「でも、吉木班長が話しかけるなって…」
「おまえ、それは…ただの意地悪だろ」
 ですよね。と、紫輝は苦笑するしかない。

「この規則は二階級上くらいの者に対して、わきまえておけば問題ない。つまり私が言いたいのは、紫輝の地位では、時雨と私事の話をするのは難しい、ということだ」

 紫輝は、将堂軍の中で底辺の地位だ。
 出世しなければ氷龍と、話しどころか会うことすら叶わないということらしい。

 出世なんか、どうすれば良いのかさっぱりわからない。

 途方もないことのように思え、紫輝は顔を青くする。
「ふ、藤王っていうお兄さんの方は?」
「彼は現在、行方不明で。弟以上に会えない。とりあえず氷龍は現在戦場におもむいていて、この基地にはいない。私以外の龍鬼に会うのも、天誠の行方を探るのも、時間がかかることだろう。紫輝はしばらくここにいて、情報収集をしたらいい」

「俺の言うこと、信じてくれるのか?」
 自分が、漫画チックなことを言っているのは重々承知の上だった。
 しかし廣伊も千夜も、眉間にしわを寄せつつも、うなずいてくれた。

「その猫、目の前に、見たことのないものがあるから。全否定ができない。それよりも…今日の訓練で、紫輝の素振りは見るに堪えなかった。もう少しまともに剣を扱えるようにならないと、戦場で死ぬ。その猫の力に頼らず、自分の身を守れるようになるまで、千夜の元で修行しろ。そうでないと、時雨のいる戦場に連れて行くことが出来ないからな。時雨に会いたいのなら、頑張れ」

 廣伊の言うことはもっともだ。
 その提案を今度は了承し。紫輝は、千夜のいる九班に行くことにした。

 新しく仕入れた情報を、紫輝は頭の中で整理する。
 とにかく一刻も早く天誠を探し出さなければならない、ということ。
 同時に、自分たちを元の世界に戻せる強い龍鬼も探すこと。
 まずは時雨堺に会うために、剣の腕を上げること。
 
 踏み出す方向が定まった気がして、そわそわしていた紫輝の心はようやく落ち着いた。

 ただ吉木とのことは、解決できず残念に思う。
 話をすれば、どんな人でもある程度わかってもらえると。紫輝は思っていたのだ。
 以前の世界では、話も聞かずに拒絶されるなんて目に遭わなかったから。

 でもこの件で、どうやっても駄目なものは駄目という状況があるのだと、痛感した。
 龍鬼というフィルターで、個人を見てもらえないというのは。この世界ならではだけど。
 対峙して命の危険があるのなら。その場から逃げても、それは逃げではない。命を守る行為だからだ。
 自分の心と体を守るために、とっとと撤退、退却、逃亡、それが正しい。

 生きてさえいれば、廣伊や千夜たちのように自分をちゃんと見てくれる人に出会えるんだから。

 自分をわかってもらう努力は、必要かもしれない。
 でも『龍鬼は生理的に無理』という人と、無理に関わるよりも…。
 眞仲みたいに、見返りなしに自分を支えてくれる人を大事にしたいのだ。
 そして、出来るとも思えない吉木との和解に。無駄な時間を割くくらいなら。

 紫輝はその時間で、天誠を探したかった。

 天誠…彼なら、あの魅力的な笑みひとつで吉木も悩殺できそうだ。なんて、つい考えてしまう。
 出来過ぎの弟。でも、自分にとことん甘い弟。

 兄さんと自分を呼ぶ、天誠の声が。一瞬、耳元によみがえった。

     ★★★★★

 廣伊と別れ、会議室を出た紫輝は。その足で九班に異動することになった。
 千夜の案内で部屋へ向かう途中、ずっと気になっていることを聞いてみた。

「なぁ、千夜。千夜の着ている軍服って青いけど。それって階級によって違うのか?」
 あぁ、とつぶやき。千夜は紫輝にニヤリと笑って見せた。

「軍服の色はなぁ…好みだ」

 ある意味、命懸けのおしゃれじゃないか、と紫輝は呆れてしまう。
「好みって…普通に考えて、戦場じゃ目立ちすぎなんじゃ…」
「確かに、戦場で目立たないよう、保護色の茶色を指定する者が多い。でも俺は、髪も羽も瑠璃色だから、保護色は逆に目立つんだよ。で、軍服を同色にしている。まぁ、大多数が保護色の中にいれば、やっぱ目立つから。狙われるけど。そこはほら、腕に自信があるってことだ」
 丁寧に教えながら、千夜は量の多い長髪に手を差し入れグリグリ掻き回す。

「千夜って、そんなに強いのか?」
「当たり前だろ。俺は二十四組に志願してきたんだぜ」
 千夜の言葉を聞き。
 紫輝は昨日、入軍志願の人が言っていたことをふと思い出した。

「隊の振り分けのとき、二十四組には絶対に行きたくなかったって言っていた人がいたよ? 意味がよくわからなかったんだけど、どういうこと?」
 そんなことも知らないでここに来たのか、という気の毒そうな顔を千夜はチラリと見せた。

「おまえ、信じられないくらい無知だな。あ、ここに来たばかりなんだっけ? じゃあ知らないのも無理はないのかもしれないが。えー、二十四組は。先陣としんがりを務める、隊の中でも最高の激戦組だ。つまり戦場で一番に敵と遭遇し、最後まで敵と戦うってわけ。わかるか?」

 千夜は、両手の指を合わせて三角形を形作り『敵と遭遇』と言ったときに、先端を紫輝にぶつけ。『最後まで』と言ったときに三角をそのままの形で引いた。
 それは、三角の先端に二十四組がいるということを表している。

「だから二十四組は。腕に覚えがある者は、頭を下げてでも入りたい組であり。死にたくない素人は、決して近寄らない組だ」
 そう言い、千夜は不思議そうな顔つきで紫輝をみつめた。

「おまえは、見た目が龍鬼だが。剣術は素人丸出しなのに。どういうわけでここに振り分けられたのかな? すごく謎だ」
「俺が龍鬼に会いたいって言ったから…かな?」
 紫輝の答えに、彼はあからさまなため息をついた。
 どうやら、それが原因らしい。

「紫輝。さっきの、違う世界から来た…みたいな話は。なるべくしない方が良い」
 事実を広めておけば、もし事情を知る者がいたとき教えてくれるかもしれない。
 そう思っていたから、千夜の忠告に紫輝は疑問符を浮かべる。

「おまえは仲間に危害を加えたんだ。周りの反発は相当だと覚悟した方が良い。もしおまえが龍鬼ではなく、なんの能力もないただの人だと知られたら。容赦のない制裁が下されるかもしれないんだ」
 瞬間、吉木が剣を振り上げた場面が脳裏によぎり。紫輝は背筋を震わせる。

「龍鬼は激しく差別される。だがそれゆえ、龍鬼を恐れる者は寄って来ない。龍鬼だと思わせておいた方が、紫輝は安全だと思う。たまに吉木みたいな馬鹿がいるが、恐れて近寄らない者の方が圧倒的に多いからな」

 死にそうな目に遭ったが、言われれば五班の人たちは大半が遠巻きだった。
「…よくわからないんだけど、特別な能力があるからって、なんでみんな龍鬼を嫌がったり怖がったりするんだ? むしろ龍鬼は、優秀で、大切にすべき存在だ」
 紫輝の質問に、千夜はものすごく深く、眉間にしわを刻む。

「俺もマジで、心の底から紫輝に同意する。だがこの意見は少数派なんだ。一般論は…」
 とても言いにくそうに、しばらくウゥッと千夜は唸る。
 なんだか、眞仲が龍鬼の説明をしたときの顔を思い出してしまった。
 眞仲はいつも優しげに微笑んでいた。紫輝も、その表情をよく覚えているのだが。
 龍鬼の話をしたときは、眉を八の字に下げ、相当困った顔つきになっていたっけ。

 紫輝が眞仲のことを思い出している間に、千夜は覚悟を決めたようだ。
 渋々、口を開く。
「あー、これ。絶対に廣伊の耳に入れるなよ? まず、龍鬼は。理解しがたい能力を持ち、羽がないという身体的特徴がある。それを自分の子に望まない者は多いんだ。全国的にそういう考えがある上で。龍鬼の両親は、どちらかが龍鬼と関わりを持ったせいで龍鬼が生まれたのだと…責められる」

「遺伝するってことか?」
「いや、おおよその龍鬼は子を持たない。こういう世情で、龍鬼と添い遂げようとする者は皆無だし。だから龍鬼が龍鬼を生んだ、という例はないんだ。遺伝ではない、と言い切れる。それに先ほど言った『龍鬼との関わり』というのは、触る、話す、見かける、というものも含まれる」

「見かける? それって、ほぼ言いがかりじゃないか」
 顔をしかめ、紫輝は『ないない』と手をハタハタ振る。

「風邪だって、見ただけじゃ感染しないよ。第一そんなことで自分の子が龍鬼になるなら…例えば廣伊がいる二十四組の兵士、みんなの子供が、龍鬼として生まれなきゃおかしいじゃん。そうしたら爆発的に龍鬼が増えるはず。でも、この世に龍鬼は五人だけなんだろ? 確率的にありえない」

「全く、その通り。根拠のない馬鹿馬鹿しい話なんだ。けれど龍鬼を嫌悪する排他的な風習が、全国に根強くある。龍鬼が生まれると、その一族すべてを疎外する村も少なくない」
「げっ、全体責任ってやつ?」

「あぁ。実際、高槻家は一家離散した。時雨家はもっと悲惨で。名だたる軍人を輩出し、将堂家を長年支えてきた名門なのに、龍鬼をふたりも生み出した責任を負い、お家取り潰しが決定している。みんなそうなりたくないから、龍鬼を恐れ、遠ざけるんだ」

 そばにいるだけで子孫に影響すると言った、五班の者を。紫輝は非科学的だと思って笑ったが。
 子供のときからそう言われて育ったら。
 それを真実だと思い込んでしまうこともあるのだろう。
 それでも、人を殺そうとした言い訳にはならないけれど。

「吉木は廣伊を慕っていた。だから龍鬼に差別感情がないと思っていたんだ。それで廣伊は、紫輝を五班に入れたんだが…結局、吉木も。龍鬼を否定する凡人だったわけだ。幻滅した」

 千夜は不満げな顔つきをしたが。
 それより紫輝は、廣伊が自分に配慮してくれていたのだと知って、嬉しかった。
 この世界で、眞仲の次に自分を気に掛けてくれた人だ。素直に感謝する。

「廣伊って、優しい人なんだな」
「そうさ。廣伊はおまえのこと、最初からとても心配していたぜ? 訓練で、はじかれているおまえを見て。すぐ俺に異動の打診をしにきたからな。でもさすがに…その日のうちにこうなるとは思っていなかっただろうがな」
 あまりに早い紫輝のリタイアをからかうように。千夜は鼻で、ふふんと笑った。

 吉木と決裂したのは、成り行きだったが。
 それでも少し、自分の態度も悪かっただろうかと考えてしまう。
 いろいろと心掛けてくれたらしい廣伊に、申し訳ない気になった。

「強くなれよ、紫輝」

 励ましのつもりか、千夜は力強く紫輝の肩を叩いた。
 そして首を傾げて顔をのぞき込み、目を合わせる。

「自分の身を守れるくらい強くなれば。いずれ周囲に、本当のことを言える時が来るだろう。天誠のことも探しやすくなる。それに組員が強くなることこそが、一番の組長孝行でもあるからな」

 間近で揺れる青髪が、光沢を放っていて美しい。
 紫輝は、親身に助言してくれる千夜に好感を持った。
 なんというか、彼のそばは心地よい。

 廣伊は、頼れる先輩という感じだが。
 千夜は、楽しみも苦しみも厳しい意見も、遠慮なく分かち合える、親友みたいな感じがする。

 以前天誠が『兄さんは自然に寄り添う感じで、落ち着く』なんて言っていたが。
 こんな気分なのかなって、想像した。

「今日のようなこともあるから、剣は常に携帯していろ。仲間内でも気を許すな」
「同志なのに仲間を傷つけるのって、理解できないんだけど」

「我らは、仲間ではあるが。競争相手でもある。出世や権力争い、剣技に秀でるだけでも嫉妬されることがある。死者が出れば、さすがに処罰されるが。脅しの意味での小競り合いはよくある話だ。加えて龍鬼だと、われなく斬りつけてくる奴も…あの、猫は?」
「ライラは、今は剣になっているけど」
 背負っている剣の柄を、後ろ手に叩き。ここにいるよと示す。

「…あぁ、なら安心だな。そうしてそばに置いて、守ってもらえ。このでかい剣なら襲う気力もそがれるし。でも獣の姿は見せない方が良いぞ? マジで引くから」
「なんで引くんだよぉ。チョー可愛い子ちゃんなのに…」
 ライラをけなされ、紫輝は唇をとがらせて拗ねる。

「なぁ、紫輝。ライラは猫だって言ってたが。おまえの世界の猫って、みんなあんなにでかいのか? それで剣に変化したり、生気吸ったりするのか? ここではそんな動物、見たことねぇ」

「ライラは、前は手で抱っこできるくらい小さな猫だった。こっちに来た影響で、でっかくなったり…いろいろできるようになったんだよ」
 紫輝はこのくらいの大きさだと、胸の前に手で丸みを描いて、猫の大きさを示した。

「その大きさの猫なら、こっちにもいるが。さっきのアレは、でっかすぎだろ?」
「しーっ、あまり『でっかい、でっかい』言うと、ライラが怒る。乙女心が傷つくんだって」
「乙女心? 女子かっ! っつか、でっかいものはでっかい」
「どっからどう見ても美人でおしとやかな女の子だろっ」

 ライラに聞こえないように、コソコソと。そんな話をする間に宿舎に到着し。
 九と書かれた扉を、千夜は無遠慮に開けた。

 部屋の中、十人ほどの男たちが振り返る。
「今日から仲間の、間宮紫輝だ」
 有無を言わせぬ千夜の声を耳にし。
 班員たちは、目に見えてがっかりした。

「ほらぁ、やっぱり龍鬼だよ。組長に呼ばれて行ったから、ヤバいと思ってた」
 さすがに、こういう反応にも慣れてきた。
 すみません、と。一応、初めは下手に出てみる。

 班を異動になる過ちは、二度と繰り返したくなかった。

 九班の男たちは、溜め息交じりにぼやくものの。五班の総無視状態よりは、マシだ。
 話しかけても、答えてくれそう。

「そういえば、さっき新しい軍服が届いていたぞ」
 班員の言葉に、千夜は荷物を確認する。

 真新しい紫輝の軍服は…鮮やかな紫色だった。

「こりゃ、派手だな。戦場で集中砲火受けそう。相当鍛錬しないと、だな? 紫輝」
 吉木の、龍鬼紫輝への、最後の嫌がらせだった。

感想 70

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